黄都へ(2)
広い部屋に黄都の特産物が並んだ。大皿から取り分ける流儀で、見たことのない食べ物が並んでいる。
わかるのは大きな鉢に入った豚の煮物、一人ずつに取り分けられたのは麺類、味のついた炊き込みごはん、それから色鮮やかな魚の煮つけ。他にも極彩色の果物や炒め物らしき器もある。
ぷちぷちとした果物のようなものを見つけたので食べたら、甘くなくてしょっぱかった。後で聞いたら『海ぶどう』という海藻らしい。分かって食べるとこれはこれでとても好きだ。いくらでも食べられそう。
あたしがハテルマ様の子供たちにいろいろ聞きながら名物料理を堪能している間に、大人たちはみんなで黄都周辺地図を前に作戦を立てている。
大人組は酒片手な気がするが。
黄都のお酒は非常に強い泡盛と呼ばれる蒸留酒だ。すぐに討伐隊を組むって言ってたのに大丈夫かな?
ハテルマ様と、その長女であるミヤコ様が中心に地図を確認していく。
「ノエラ兄が巨大な神徒を見たのは、この辺りらしい。都から南、本島から一番離れた森の中。白く発光しているから夜の方が分かりやすい」
「ノエラは目がいいからな。大きく移動しているか?」
「分からない。今日、暗くなったらもう一度探すって言ってた」
「頼む。正確な場所が知りたい」
「ノエラ兄に頼んでくる」
ミヤコ様はそう言うと部屋を出て行った。
「さて、場所が分かったとして、どう対処するか」
「この神徒も結局、首を落とすしかないんだよね。毒の尾を無力化して、どうにかして動きを止めたい。場所が分かったら追い詰める位置を決めて作戦をたてよう」
ガーシャが言う。
「あと、とにかく人の多い都に近づけさせないほうがいい。毒が本当に危険だ。皮膚がただれるから絶対に素手で触らない事、もし毒を浴びたら大量の水で流す事、それから、解毒剤を早めに調合したいから、医師の到着前に解析用の毒を採取しておきたいな」
神都と菫都の医師はガルトさんが明日の夕方に連れてくることになっている。
「大人数で行くのは避けたいけどそれなりに戦力欲しいし、毒の採取はオレとアギだけで行ってきていい? ただ、あんまり土地勘がないから黄都の誰かがついてきてほしいかも」
「分かった、後でミヤコに誰か選定するよう言っておく」
「都の方は任せておけ。明日一日かければ南側だけ防御する程度でよければ出来るだろう。設置点の移動が面倒だからアケラ様に手伝って欲しい」
酒を片手にアリ様が言い、アケラ様も了承した。だいぶ不敬な感じになってないだろうか。
「俺も都に残ろう。何かあった時、都に戦える人間がいた方がいいだろう」
こちらも泡盛を煽った父がそう言って、必然的にあたしも残る事になった。
大人たち、軽率に酒を飲みすぎでは。
昨日の宴会が尾を引いているのか、それなりに方針が決まったら大人たちはそのままただの宴会を始めた。
深刻になるよりはいい気もするけれど。
夜更けに眠くなってきたのでメイカ様と一緒に明るい部屋から外に逃げたら、同じように逃げてきたらしい少年たちの集団がいた。
仲いいな。
「お前はいつもメイカと一緒に行動してるな。仲いいな」
「……そのままそっくり返すよ。ずいぶん仲良くなったんだね」
アギに言い返した。
大人の方からちゃっかり酒瓶を拝借している。ガーシャとアケラ様はともかくとして、アギは未だ成人前のくせに。
酒豪は奥の山の集落の血なのだろうか。
逆に皿に山盛りの果物を乗せてきているあたしを見て、アギは眉を顰めた。
メイカ様の隣に寄り添ってもぐもぐしていると、アケラ様は相変わらず感情の読めない漆黒の瞳でこちらを見ていた。でもその表情はいつもより穏やかに見えた。
欲しいのかな、と思って果物を勧めたが断られた。
この人もアリ様と同じで食に興味がない類の人間だ。
「そう言えば、無理やり討伐に連れてきちゃったけどアケラ様って戦えるの?」
いつも書類仕事をしている姿しか見ていないけれど。
「朱印の力があれば大型神徒も軽く倒せると思う。けど、体力はアリヤシャさんよりちょっとマシって感じかな」
「ちょっとマシ……」
アリ様の体力のなさを思い出して絶望した。
連れ歩くのは無理だ。
「念のため言っておくが、お前たちの体力が常人から飛び抜けているだけで、私は至って普通だ」
アケラ様の言葉に、メイカ様が笑って頷いていた。
最近忘れていたけれど、あたしたちはずっと野生児と呼ばれていたのだった。
「でも、今回はできればアリヤシャさんと後衛に回って欲しいかな。能力的にも補助向きだし。けど影は攻撃的に使えたらとてつもなく強力な能力だから、できればもっと戦場に出て欲しいんだけど」
「ああ、確かに。ガルトさんは影に神徒を引き込んで殺してたよ」
今なら分かる。あれはたぶん、父が影に飛び込んだ時と同じように朱印の力に巻き込んでいたのだ――本当に、よく生きていたな。
震えそうになる手でぎゅっと床を握ったら、アギがこっそり手を重ねてくれた。
南国の夜は過ごしやすい。じっとりとした空気ではあるが神都の夜の冷え込みが嘘のようだ。あまり聞きなれない虫の鳴き声が周囲で奏でられている。キシキシと巨大な虫の足が擦れる音もする。蜥蜴らしきものが近くの木をするりと登っていった。温かい場所では生き物も巨大化しいやすいと本で読んだ事がある。
アケラ様の背後から這い寄ってきていた大きな百足が新緑の糸で縛り上げられていた。
冬山と別の意味で危険があるな。
「……今、この4人しかいないから言うけど」
ふと、ガーシャが口を開いた。
「オレの知ってる未来の事。もしこの猫の神徒を倒せたら、残りの神徒は一体になる。そしてその一体は、神都に出る」
アケラ様がぴくりと眉を動かした。
「今は禁忌の森で眠っている。そいつが目覚めるとしたら、おそらく来年の春以降になると思う」
「強いの?」
「強い」
ガーシャが断言した。
「世界の最後の事、これまで話したことなかったよね。ちょっと思い出したくもないくらい悲惨だったんだ。前回は、その神徒の所為ですべての都が滅びた」
「えっ」
「はあ?」
それぞれの都が危機に陥ったことはあったけど、すべての都が滅びるほどの神徒とは、いったいどんなものなんだろう。
全員が絶句し、沈黙が訪れる中、メイカ様がばん、と床を叩いた。
「どうせお前はぎりぎりまで話さんだろうから、細かい事は聞かん。だが、もし話さないならどうすればそれを倒せるか考えろ。そして、私たちが何をすればいいかだけ教えろ」
強い意思の光をその瞳に灯して。
だからあたしはメイカ様が大好きなのだ。
ガーシャはそれを聞いて、笑った。
「アギとおんなじことを言うんだね。さすが夫婦」
言われたメイカ様はうるさい、と顔を赤くした。
「……今なら分かるよ。オレはもっと人を頼るべきだった。それなのに前回は、オレとアギだけでなんとかしようとして失敗した。でもそうじゃなくて、色んな人の力を借りて立ち向かえばよかったんだ。だから、今度は間違えない」
ガーシャの目の前にはすでに未来への道がはっきりと描かれているのだろう。
だからあたしもアギも、ガーシャの傍を離れられないのだ。
「オレ自身に出来る事は少ないけど、皆の力を借りたら大きな事を成し遂げられそうな気がするんだ。だから、皆の力を貸して欲しい」
アギが握ってくれていた手の震えは止まっていた。
「安心しろ。私はいつでもお前達の味方だ。お前達が問答無用で私を蒼都から連れ出してくれたあの時から」
素直にありがとう、とガーシャが言うと、メイカ様も笑った。
「そしてアケラ――もし、君の兄のカルラがオレと同じ地獄を見たんだとしたら、きっと絶望の中にいるはずだ。キミの存在に対してもどう接したらいいか混乱していても仕方がないと思う。けどね、キミはきっと世界と兄を救うために生まれてきたはずなんだ。アギのところへナユちゃんが来てくれたみたいに」
アケラ様は少しだけ目を伏せた。
その表情は泣きそうな子供のようにも見えた。
「きっとこれからアケラ、キミの力も必要になる。もちろんキミの兄上の力も」
ずっと黙り込んでいるアケラ様に向かって、メイカ様は言った。
「アケラ様。貴方はとても大きな約束を背負っているのだろう。私にも少し分かるよ。私も幼い頃に亡き母から蒼都を託されたことがあるからな」
母が急逝し、わずか13歳で神徒狩りの長となったメイカ様。神徒狩りの長である事が嫌だったわけではないだろう。けれど、あまりに孤独に頑張りすぎていた。
アギはそんなメイカ様の手を取って、外へ連れ出したのだ。
もしかすると、父親から神都の宗主を託されたアケラ様もある意味でメイカ様と似た立場なのかもしれない。
「ガーシャたちの事を信じてみてもいい。きっと、一人ではない事を思い出させてくれるはずだ」
アケラ様はメイカ様の言葉を聞いて、笑った。目を細めて、口元に手を当てて、少し声を出して。
「お前達は皆、同じことを言うな。ナユタも、ガーシャも、アギも。別々に全く同じ事を言っていた」
そう言われてあたしたちは顔を見合わせた。
言ったな。言ったね。言いました。
「もう分かった。もういい。言いたい事は分かった。もう十分だ」
アケラ様は両手を上げて降参の意を示した。
「神都に戻ったらもう一度兄上と話をする。ただ、その時には……お前達も同席してくれ」
そう言えば、メイカ様はガーシャが二度目の世界を生きている事をすでに知っていたのだろうか。
そう聞いたら、あたしが『白』の境界に落ちている間にガーシャが話したらしい事を知った。
「ガーシャがお前に対して異常に執着する心情は察するに余りある。いや、むしろよく我慢していると思うくらいだ。世界の終りの絶望を知って、それからお前の存在を知ってしまったら――いや、私が軽々しく言うべき事ではないな」
明日もあるからあまり夜更かしせずに寝るんだぞ、と撫でてくれたメイカ様を部屋の中に見送って。
欄干に寄り掛かって一人、外を見ているガーシャの隣に入り込んだ。
「どうしたの、ナユちゃん」
「もしかしたらガーシャは今日、眠れないんじゃないかなって思ったから」
そう言うと、彼はあたしの肩に頭を落とした。
「かなわないなあ」
頭を撫でてあげたら、さらに寄り掛かってきた。重い。
けど、彼自身が肩に乗せている重責を考えたら軽いものだ。
「夢の事を思い出すと怖くて眠れないんだ。また世界が滅びたらどうしようって」
軽々しく、大丈夫だよなんて言えない。
彼の記憶を知らないあたしは、その絶望を知らないのだから。
「……ちょっとだけ甘えてもいい?」
こくりと頷くと、ガーシャはあたしの手を引いてみんなが先ほどまで宴会していた部屋に入った。
部屋の奥にほぼ雑魚寝用の布団が乱雑に敷かれている。布団にくるまらなくても風邪をひかない気候なので十分だ。そもそもアリ様なんて酒を飲んでた床にそのまま転がって寝ている。
よく見たらアギとメイカ様も布団に並んですでに眠っていた。
皆を起こさないよう静かに布団に転がった。
いつもならあたしがガーシャに抱きしめてもらって寝るんだけど、今日はあたしがガーシャに手を伸ばす。
ガーシャも横になると、あたしの胸のあたりに顔を埋めて、少しだけ安心したように目を閉じた。
柔らかい金の髪が頬をくすぐる。
横になって抱きしめて、ゆっくりと背中を撫でてあげた。
ナユちゃんにくっついてるとよく眠れるんだ、とよく言うけれど、今日はきっとこれでも眠れぬ夜を過ごすだろう。それはあたしが一番よく知っている。
分かっていても、こうして少しでも心が軽くなるように、少しでも安らかになるように祈る事をやめられない。
胸の奥がきゅうっと締まって苦しくなる。この人の事が好きだと気づいたあの瞬間のように。
彼が情動的で衝動的でいつまでもアギと二人で、もしかするともっとたくさんの友達と一緒にただ遊んでいるのが大好きな子供っぽい少年だという事をあたしはよく知っている。
傷つきやすい心の裏に、穏やかな表情の裏に、痛みも辛さも全部隠して。
それでも前に進もうとする、貴方の事をとても尊敬している。
あたしの手は小さいけれど、少しでも支えられるなら。
「……おやすみ、ガーシャ」
眠れないと分かっていても、そう呟くことしか出来なかった。




