黄都へ(1)
七都会議、二日目。
宴会でだいぶ打ち解けたのがよかったのか、会議は雑談交じりの和やかな雰囲気で始まった。
昨日と同じ席順で座した宗主たちと、今日は最初から父とサイショウさんも出席している。それと、研究所の絡繰部署の責任者がやってきている。
最初に始まったのは朱印の固定化と、古銭動原の絡繰の説明だった。案の定それは他の都にはまだほとんど伝わっていない全く新しい技術で、どの都の宗主も時折質問を挟みつつ興味深く聞いていた。
特にガオウじいちゃんは興味津々だ。もっとたくさん弟子を連れてくるべきだった、と言い、赤都の職人向けのこの説明会を再び開催するか、実際に赤都での実演を求めていた。
今は朱印の固定で神都の町人街で使うような便利な道具ばかりが作られているが、おそらく神徒を狩る事において大いなる転換期がやってくるだろう。刀や他の武器に朱印を付与できればそれは勾玉を持たない人にとっても神徒に対抗できる手段となり得る。
その時に中心となるのはおそらく道を外れる事にも寛容で、研究熱心な職人が多い赤都だ。
「……予想はしてたんだけど、朱印の固定化を思いついたのは小さい頃のアケラらしいよ」
ガーシャがこっそり教えてくれた。
昨夜の宴会で何やら親しそうに話していたと思ったら、そんな情報を仕入れていたらしい。
「そこから前任の研究所長と共同で古銭動原の絡繰の原型を作ったらしい。ある意味で、アケラも天才と呼ばれる類の人間だね。でも断言していいけど宗主には向いてない」
「何で?」
「抱え込む質だからだよ。無表情だし不愛想だし考え方があまりに合理的すぎておそらく周囲と合わない。処理能力が半端ないから今は誤魔化せてるけど、すでに軋轢はすごいだろうね」
何でずっと一緒にいたあたしより理解してるの。
なんだか不満である。
そんな感情なんてガーシャにはお見通しなんだろう。困ったように笑った。
「オレは、オレの話を聞いてくれる人なら仲良くなれるよ。でもね、最初に全く心を開いてない人を振り向かせるのは不得手なんだ。無防備に入り込むのはアギやナユちゃんの方が得意だからね。二人ともよく人を見ているから。オレの話を聞いてくれたのは間違いなくナユちゃんとラクシャさんが仲良くなっておいてくれたお陰だよ」
ガーシャと話しているうちに朱印固定化の実演が始まった。
光玉の朱印を刻んだ薄い漉き紙を雪洞の骨に張り付ける。そしてその朱印に古銭を指で押し付けると、古銭がきぃんと高い音を立てて砕け散り、代わりに雪洞に明かりが灯った。これが古銭動原の絡繰の基本らしい。
「古銭を奉納している事を考えると、もしかしてお社そのものも朱印の一種なのかな? 暴くことになるから見る事は出来ないけど」
ガーシャはさらっと言ったが、それってとても大事なのでは――お社を暴くなんてものすごく外道中の外道だけど。
お社の加護が少ない菫都近くの土地で育って、神徒に兄弟を喰われ外道に堕ちたカラハにとって、救いの道になるのではないだろうか。
「アリヤシャさんの防御はかなりお社に近い動きをしていると思うんだよね。あれを神徒特化の防御にしたものがお社の効果のような気がする。後でサイショウさんとも話したいな」
また何か難しい事考えてる。
あたしはせっせと燃料を提供するから、それをどう使うかは皆に任せるよ。
質疑を挟みながら絡繰への動力伝達の話に入ったところで、外から伝令が駆け込んできた。
「失礼します!」
息を切らして入ってきた伝令に、全員が手を止めてそちらを見た。
「黄都より神徒出現の一報が入っております!」
全員がざっと空気を変えた。
「ガーシャ」
アギが間髪入れずに幼馴染の名を呼ぶ。
「黄都の神徒は、猫だ。密林の中を滑るように走る山猫。体自体は強くないから攻撃は通りやすいんだけど、速い。とにかく速いから捕捉するだけでかなり苦労する。あとは、五本の尻尾から毒針を飛ばしてくるから厄介だ。毒消しの調合は……一度、毒を採取して解析しないと無理だな。被害を最小限にする為には、神都と菫都の医療部の手助けが必要」
ざっと喋ったガーシャに、ハテルマ様が呆然とした表情を向けた。
その視線に気づいたガーシャはいつもの言い訳を挟む。
「……オレ、たまに少し未来が見える事があるんだ。だからその神徒も未来で見たことがある。その情報の正確性については、これまでの神徒も予言してきたからそれぞれの宗主に聞いてほしい」
ガオウじいちゃんが頷き、赤都の狐討伐の話をした。
それにより情報の信憑性は保証されたようなものだ。
「今、大陸の戦力が神都に集まりすぎている。このままみんなで移動したほうがいい」
「私はすぐに都へ戻る」
ハテルマ様が踵を返した。
「メイカ、僕の代わりに討伐の援護を頼める?」
セイカがメイカ様にお願いする。
「無論」
「俺も行く。じいちゃんはここで待ってて」
アギが進み出た。
「もちろんオレも行く。神徒の特性上、アリヤシャさんも来てくれると助かるけど、体力ないから任せるね」
うるせー! とアリ様が叫んだ。
「アマナさん、菫都のサキョウ先生をお借りすることは出来る? 危険な目には遭わせないから」
「ええ、すぐに都へ連絡を」
アケラ様は膨大な情報をまとめてさらりと皆に流し、的確に指示をしている事に驚いたのだろう、目を見張っていた。
「アケラ、神都の医者を何人か貸して。できれば、毒の解析が出来る器具も合わせて。それと、七都会議の続きは、神徒を倒した後でいいかな?」
呆然としていたアケラ様は、ガーシャに指示されてはっとした。
「……何故お前はそれほどすぐに動ける? 何故即断し指示を出せる?」
「これまでもたくさんの人の力を借りて神徒の討伐を繰り返してきたからだよ――ああ、そうだ、アケラも行こう。きっと、異形の神徒との討伐を一度は経験しておいた方がいい」
最後の一体は神都に出るから、という言葉は飲み込んで。
神都の神徒狩りの長であり宗主であるアケラ様を戦場に引っ張り出した。
神都から黄都は、船なら一週間ほど、陸路で歩いても10日ほど。あたしたちは、神徒が出なければ駆け抜けて3、4日もあればで到着できる。
しかし、毒を持つという神徒を相手にするなら、医師と行動しなければならない。
「菫都から応援を呼ぶにも時間がかかる。ハテルマさんは先行するだろうから、一緒に行って先に偵察しよう」
アリ様は必然的に医師と同じ後続の船旅に入るだろう。
アギ、ガーシャ、メイカ様、そしてあたしと父は先行だ。
「アケラはどうする? オレたちと行くと結構大変だけど」
「そんな事はしなくてもいい。私が全員を黄都まで送る……ガルト、手伝え」
「御意」
いつの間にか黒装束のガルトさんがいる。
「お前は一度黄都の位置を確認したら菫都の医師を連れて後から来い――ただ、ルドラがいないから先で細かくは指示が出来ない」
「では皆様の連絡係は僕がやりましょう」
サイショウさんが手を挙げた。
アラージャさんとサイショウさんがいれば連絡は問題ない。
七都会議の部屋をそのまま拠点とする事にして、コウライバさんと打ち合わせを始めた。
アケラ様はあたしたちを見渡して言った。
「影がのびる夕刻に発つ。それまでに用意しろ」
夕刻前に準備を終え、全員が武陽城の門に集合した。
神都、翠都、黄都の宗主3人に宗主一族のメイカ様もいるから本来なら護衛を付けて厳重に移動するべき集団だと思う。とはいえ戦闘力が偏っているので護衛がいるかと聞かれると不明ではあるが。
太陽が傾き、影が伸びてきた。
忘れていたつもりではいたけれど、父が瀕死の重傷を負った時の事を思い出して背筋がそわりとした。
気づいたアギがあたしの手を握る。今度は、一人にしないように。
あたしも手を握り返した。
お兄ちゃんが一緒なら怖くない。
「黄都の――関所前でいいな」
影ならばどの影でも良いのだろうか。
門が落とす大きな影を、とん、と指で突くと、まるで水面のように影が波打った。
「ガルト、先に行け」
言われてガルトさんが影の中に入る。
影の中を移動する能力は、ガルトさんのものではなくアケラ様の能力だったのだろうか。それとも二人とも同じ能力を持っているのだろう。
「本当に大丈夫なのか?」
言いながらハテルマ様が足を踏み入れる。
未知の能力なのに躊躇がなくてすごいな。
「先に行って様子見るね、ナユちゃんはアギと来て」
ガーシャも先に行ってしまった。
アリ様もひょいっと飛び込んで、メイカ様と父もすんなり影に飛び込み、あたしとアギも覚悟を決めて影の中に入り込んだ。
前回感じたような息苦しさは一切なく、一瞬で、周囲が明るくなった。
目の前をひらりひらりと蝶が通り過ぎた。
「いや、まさか本当に一瞬で来られるとは……」
ハテルマ様が驚愕している。
目の前に立っているのは真っ赤な朱色の門だ。瓦も赤茶色で非常によく目立つ。
そして、先ほどまで肌寒い秋の夕方の空気だったのが一変し、温暖な空気に包まれた。
「急に暑くなったな」
胸元をパタパタしながら父が辺りを見渡す。
鬱蒼と生い茂る鮮やかな緑の木々が並んでいた。ひらひらと舞う蝶が木々の間に見えるこれも鮮やかな花に群れている。夕方だというのに目に映るものすべてが鮮やかだ。
近くの葉を見たがこれまで見たことのない植物だ。植生が全く違う。
「とりあえず中へ入ってくれ、もう日も暮れる」
ハテルマ様に連れられ、あたしたちは黄都の関所をくぐった。
都の中も美しい花や植物であふれていた。
建物が低い。重そうな石でできている家が多く、瓦は関所と同じ赤茶色。それぞれゆとりを持った敷地になっていて広い庭には青々とした植物が繁茂していた。年中暖かいからたくさんの植物が育つのだろう。
夏は集落でも草刈りが大変な季節だった。年中夏では大変だ。
「とても綺麗な都だね」
そう言うと、前を歩くハテルマ様がそうだろう、と笑いながら振り向いた。
「一年中花が咲き乱れて、蝶が舞い、大ぶりの果実が成る。海産物も獲れるし、食べ物に関しては本当に豊かな土地だ。神都ほど多くの人間は住んでいないが、皆陽気で明るい」
言いながら、住民に声をかけられたハテルマ様が手を挙げて答えていた。
神徒が出たという話はあったものの、都近くではないらしい。
とはいえ、とにかく『速い』という神徒だ。油断していたらすぐに距離をつめてくるだろう。何しろ神徒は人を喰う事を目的としているのだから。
「母さま!」
遠くから小さい男の子が走ってきた。
10歳くらいだろうか、ハテルマ様に駆け寄ってそのまま抱き着いた。
可愛い。
「お帰りなさい、母さま。神徒が現れたから早めに帰っていらしたのですか?」
「ああ、そうだ。ミヤコはいるか? すぐに討伐隊を組みたい」
「はい、すぐにミヤコ姉さまにお知らせしますね」
男の子はあたしたちにぺこりと頭を下げるとまた走っていった。
「息子か?」
「ああ、義理のな」
ハテルマ様が答えた。
「うちは大家族だが、全員血は繋がっていない。私が宗主で、一族は皆孤児だ。そして孤児の中から次の宗主を選ぶんだ――私がかつて、そうだったように」
はっと見ると、彼女は穏やかに微笑んでいた。
「鮮やかな土地だが、災害もそれなりに多いんだ。島だから猟師が多く事故もそれなりにある。親を亡くした子、子を亡くした親、連れ合いを亡くした妻や夫……そういった者が、黄都では宗主一族の養子になるんだ」
大家族、と言っていた。
それは楽しいけれど、ある意味で悲しい事なのだ。
「暗くなるな、黄都では当たり前の事だ」
ハテルマ様はあたしの頭をぐりぐりと撫で、大通りをまっすぐ歩いた。
その先にあったのは関所と似た朱色の建物だった。
「ハテルマ様、戻ってくださったのですね!」
建物から駆け出してきた山梔子色の着物の子供たちがたくさん出てきた。
果たして大家族、という言葉で表すことが出来る人数なのだろうか?
ハテルマ様は子どもたちに、夕食と大人数の宿泊準備をするように言いつけた。言われた子供たちは良いお返事をしてそれぞれが準備に散っていった。よく教育されている。
「私も神都で歓待を受けてきたんだ。今度は私に歓迎させてくれ……明日からの討伐に支障が出ない程度にな」




