七都会議(4)
あの状態から気を取り直して司会進行を続けてくれたコウライバさんは本当に優秀だと思う。
あたしは席に戻った瞬間に超小声でアリ様にお説教されたし、アケラ様とガーシャは対面で睨み合っていた。
メイカ様は頭を抱えていたが、セイカは笑いをこらえきれていなかった。年長組のガオウじいちゃんとアマナ様はやれやれという空気を醸し出していた。黄都のハテルマ様はなんだかよく分からないけど面白そうだとワクワクしているようだった。
「『白』の境界については、まず神都の研究所よりご報告させていただきます」
コウライバさんの声で、中央に大きな紙の地図が運び込まれた。精緻な地形が書き込まれたこれは、巨大な大陸地図だ。見覚えのあるこの絵はきっとアラージャさんが描いたものだ。
ちょうど円卓の宗主の位置に合うように、配置された都の周囲には、朱色の墨で線が引かれていた。
「ちょうどこの線が、『白』の境界の侵食です」
そしてその朱色の墨の少し外、点線で書いてある墨の線を指す。
「そしてこちらはすでに記録が失われてしまった為、記憶から起こしたものになりますが、10年前の『白』の境界です」
そこで全体がざわりと騒めいた。
「この速度ではあと20年もすれば翠都と菫都は飲み込まれるぞ」
ガオウじいちゃんが眉間に皺を寄せた。
「福禄寿様と寿老人様のお社が守る都が簡単に飲まれることはないでしょう。ですが、都に境界が近づくのもまた事実で御座います」
「待て、境界境界と言うが、具体的にはどういったものだ? 想像も出来ん。それも黄都から遠い話をされても今考えるのは難しい」
黄都のハテルマ様が止めた。
「では、実際に『白』の境界に入った者の証言を伺いましょう」
コウライバさんが外に合図をすると、父と共にサイショウさんが入場した。
今度はセイカがぎょっとしている。
まさか、10年以上前に外道に堕ちて蒼都を追放された自分の叔父がこんなところにいるとは思わなかったのだろう。メイカ様もサイショウさんが神都に移動したのを知らなかったのか、動揺が見えた。
アリ様に促され、あたしと兄も父に並ぶ。
サイショウさんが話し出した。
「こちらはラクシャ。蒼都の神徒狩りです……10年前の、ですが。およそ10年前、僕とラクシャは翠都近くの『白』の境界を調査していました。そして、ラクシャは『白』の境界に囚われたのです」
境界に入れる人間と入れない人間がいる事、中の様子、そして10年目に娘のあたしと息子のアギが父を助け出した事。父は10年間年を取らず、そのままの姿で帰ってきた事。
そして、アリ様が各地に神話的に残る神去りやニライカナイの話をした。
そこでようやく、黄都のハテルマ様も想像が出来たらしい。
「成程、ニライカナイの伝説か……」
皆、あたしと兄、そして父を交互に見て、年を取らないという事を実感したようだ。
菫都の宗主一族も言葉を失っていた。地図上で翠都の次に近いのは菫都だ。失われた数十年の間にこのような脅威が自分の都に迫っていたなど、誰が想像できただろうか。
「本会議の一番の目的は、この『白』の侵食を大陸全土で知識共有し、今後の対策を進めていくことにあります。もし、少しでもこの脅威がご理解いただけましたら遠路はるばる皆様にお越しいただいた意味があるという事で御座います」
コウライバさんがそう告げ、各都の宗主たちはお互いの顔を見合わせて頷いた。
どうやら最初の関門は抜けられたみたいだ。
一日目の成果としては上々だ。
早めに結論が出せたので、昨日はルドラの所為で出来なかった交流宴会の続きを行う事になった。
座敷にそのままお膳に乗った料理とお酒が運ばれてきて、明るい光玉が照らし出して、会議中は閉ざされていた天守閣の窓が外を覗けるように開け放たれて。
美しい海の夕焼けが窓の外に広がっていた。
あたしはアリ様と父の二人の保護者に挟まれて身動きが取れない状態にされた。本当はメイカ様か、ガーシャの所に行きたいのに。
でもお料理がとっても美味しいので許します。
本膳料理の形式を取ってはいるが、少しずつ小さなお皿に乗った酒の肴のようなおかずをちょっとずついただく自由な形だ。
大人は飲酒を始めているからあたしとアギ、それからメイカ様だけ甘い果実の絞り汁だった。あたしは大好きな味だけど、甘いものが苦手なアギは眉間に皺を寄せている。ちょっと味見した後、メイカ様に押し付けていた。
煮物の蓮根が美味しかったのでにこにこしながら食べていたら父に頭を撫でられた。
「美味いものを食べてると本当に静かだな、お前は」
「お刺身も美味しかったよ」
山菜の和え物も好きだし、海が近いのでツブガイも美味しい。少しずつ美味しいものが食べられるこの形式はとてもあたしの好みだ。
ついでにお父さんも自分が苦手な酢の物をこっちの膳に移動してくる。やってることがアギとそっくりだ。
「なるほど、お前を黙らせるには食べ物を与えておけばよかったのか……」
感心したようにアリ様がみている。
アリ様も食が細くて体力がない系だから食の好みなんて気づかなかったのだろう。この力のなさと線の細さはセイカと張る。もっとよく食べた方がいいよ。
「今度、紅都の甘味処にでも行こうか。どうせラクシャは連れていってはくれないだろう」
「人の婚約者を勝手に誘わないでくれる?」
上からどん、と酒瓶を置いたのはあたしの婚約者だ。
「ガーシャ」
嬉しくて笑うと、父が警戒してあたしを膝の上に乗せた。
代わりにガーシャがあたしの席に座った。
「よお。たった3か月でよく描いた通りの場所まで来たなぁ」
「アリヤシャさんとラクシャさんがナユちゃんを大事に守ってくれてたからだよ」
にこりと笑ってアリ様の盃に酒を注いだ。
「神都の研究部と接触して外道衆を赤都から神都へ動かして協力体制にして、七都会議を開催するために各都の宗主に連絡とって、生き残りの新緑の民を翠都へ帰還させて勢力図を書き換え、自分が成人したら翠都で宗主の座を乗っ取って……それからあと何してたんだぁ?」
「何もしてないよ」
今の言葉だけでとんでもなく暗躍してたと思われるんだけど。そういえば父とガーシャは過激派ってアリ様が言ってたっけ。穏やかに見えて売られた喧嘩を買う主義なのは知ってるけど。
「ナユちゃんは知らなくていいんだよ」
にこりと笑ったガーシャ。
じゃあいいか。
父が相変わらずあたしを後ろから囲い込んでいる。ガーシャに威嚇しているのも相変わらずだ。
「アリヤシャさんには本当に感謝してるんだ。後見人になってナユちゃんを守ってくれたのも、教育を受けさせてくれたのも、心細くないようにたくさん友達を作ってくれたのも」
「俺こそ何もしてないさぁ」
やっぱりこの二人は割と似てるんだよなあ。
隣席の黄都のハテルマ様と意気投合して飲み始めた父を上目に見ながら、そおっと膝から抜け出した。意外と気づかれなかった。
ガーシャの隣にぴったり寄り添ったら頭を撫でてくれた。
撫でられたのが嬉しくて腕を絡めて寄り掛かって甘えていたら、目の前にいたアケラ様と目がった。心臓止まるかと思った。
だってガーシャの隣にはアリ様がいると思ってたんだよ。いつの間に場所変わってたの。
「ナユタ、お前……この男相手だとそんな感じなのか」
アケラ様が驚いている。
いつもよりずっと表情豊かなのは宴席だからか、ガーシャが獲り崩したからか。
「そうだよ。だから最初から言ってるでしょ、ナユちゃんはあげないって。絶対オレのところへくるように何年もかけて教育してあるんだから」
「……アリヤシャが事につけて邪魔をするはずだ」
「アリヤシャさんはナユちゃんの味方だもん」
苦々し気な顔をしたアケラ様も持っていた杯を傾けた。
空になった杯にお酒を注いであげながらガーシャが言う。
「ナユちゃんは本当に、本っ当に人に対して無防備だからきっとこうなるだろうなって思ってたけど……でも、実はキミと仲良くなりたかったのは、本当はオレ自身なんだ」
ガーシャは男女いずれも10人いたら10人が綺麗だと言う顔に穏やかな微笑みをのせる。
アケラ様は杯に口をつけながらガーシャを見ていた。
「だってキミはナユちゃんと同じ特異点だから。オレが切望した世界の転換点」
その言葉で、アケラ様はすっと表情を消した。
ガーシャは微笑んだままだった。
「今度、ゆっくり話したい。できればキミの兄上とも一緒に」
「……ああ」
目を細めたアケラ様は、静かな声で承諾した。
そこまで聞いたところであたしは後ろから引っ張られた。しまった、抜け出した事を父に気づかれた。
「ナユタ、お前はちょっと目を離すとすぐにガーシャのところに行くなあ。磁石でもついてんのか」
ひょいっと膝に戻された。
目の前には、黄都の長ハテルマ様。先ほどからの様子を見る限り豪快な女性だ。
「こんにちは、初めまして。蒼都の神徒狩りのナユタです」
「ふふ、こんにちは。息子と違ってラクシャと全く似ていないな。可愛い娘だ」
「だろ?! うちの娘可愛いだろ」
頭を容赦なく撫でられて頭がぐらぐらした。
そこへメイカ様がやってきた。亜麻色の髪をゆるく結い上げているのがとっても可愛い。着物もよく似合っていて大人っぽい。
「メイカ様!」
「お初にお目にかかります、ハテルマ様」
「おお、蒼都の、コウセンの孫だと聞いたが、こっちも似ていないな。えらく美しい孫娘がいたものだな」
「メイカは母親似だからな」
「何だ、知り合いかラクシャ」
「知己の娘で、あっちにいる息子の嫁だ」
「何だお前の息子も相手が決まっておるのか」
言われてメイカ様が恥ずかしそうにしていた。
手にした酒瓶でお酌をしながら、メイカ様はハテルマ様に笑いかけた。
「ハテルマ様には一度お会いしてみたかった。女性の神徒狩りであれば必ず憧れる存在なのだ」
「若い娘が憧れるようなものではないよ」
豪快なハテルマ様は着崩した山梔子色の着物が似合う。太陽のような大きな力を感じる。きっと黄都もそんな風に光に溢れる島なのだろう。
そして、そんなハテルマ様はいったいどんな戦い方をするのだろう。
とっても気になる。
じぃっと見ていたらハテルマ様が目を細めて笑った。
「お前なら結婚相手には困らないだろうな。この場だけで、少なくとも神都の宗主と翠都の宗主はそうなんだろう?」
「娘は嫁にやらん!!」
父が言い切ったのでハテルマ様は爆笑した。二人でどれだけ飲んだのか酒瓶がいっぱい転がっている。とても七都会議に出席している宗主の宴会と思えない飲みっぷりだ。
「まあ、公式な会議の場であれだけ熱烈に抱き合ってんだ、娘の心は決まっているようだが?」
さっきの事を思い出したのか、メイカ様が吹き出した。
あたしもあれは悪かったと思ってるよ。
「……ごめんなさい。だってまさかあたしの為に本当に宗主になってくるとは思わなかったからびっくりしちゃったんだよ」
「どういう事だ?」
ハテルマ様が首を傾げたのでメイカ様が経緯を説明すると、壮大すぎる恋物語だな、と天を見上げた。
「若いってすごいな。というかそこまでしたんなら認めてやれよ、お父さん」
「うるせえな、娘可愛いから手放したくないんだよ。ナユタはすぐ襲われるし攫われるから弱いやつには絶対やれねえし」
父の言葉にメイカ様は笑う。
「ガーシャは決して弱くないぞ。私もアギも、単独で戦ったら勝てんやもしれん」
「俺は勝てる」
「もー! お父さんに勝てる人なんてこの世にいないよ……」
その条件だとあたしは一生どこにも嫁に行けない。
あたしの言葉でハテルマ様はさらに大きく笑った。
「それだけ信頼されている父親と言うのもなかなか珍しい」
いいえ、ただの事実です。
「でも、あたしが神都に囚われそうになった時にお父さんは神都を更地にしようとしたけど、ガーシャは宗主になって戻ってきたんだよ。あたし達とは根本的に問題解決の方法が違うの」
「……どちらも相当に頭がおかしい解決法だがな」
メイカ様がため息をついて、ハテルマ様がまた笑った。お前たちは面白すぎるな、と。
父はあたしを後ろからぎゅうぎゅう抱きしめて、頭を撫でまわした。お酒の匂いがする。だいぶ酔っぱらってるなあ。
「だが、少なくとも大型の神徒の百や二百は軽く倒せねえと無理だな。ナユタが無限に神徒を呼び続けるからな」
「それも噂には聞いているが本当なのか?」
「もちろんだ。神都の宗主がナユタを狙ってるのもそのせいだ」
「そうか?」
それよりもっと違う感情に思えるが、とハテルマ様は首を傾げた。
「今日来ているところだと蒼都の宗主は? 年は近いが」
「セイカはね、だいぶ前に断っちゃった」
「は?」
聞いてねえぞ、と父が言う。
セイカの事は大衆演劇の方の蒼天の舞姫を見ていたら気づいたはずだけど。
「あんなもの、普通は話を面白くするための作り話だと思うだろ!」
「ああ、蒼都襲撃の演目は私も見た。あれはよく出来ていたな。面白かったが、事実なのか?」
「事実だよ。セイカはあんなに悪者じゃないけど」
そう言えば、あの大衆演劇を演じている旅一座は黄都から来たって言ってたっけ。
「あとは……アリヤシャはどうだ、三十路も越えて嫁の一人もおらんのだろう」
「最初に向こうからお断りされてるよ。手がかかるからさっさと誰か引き取れって言ってた」
「あの野郎、可愛い人の娘を何だと思ってんだ」
申し込んでも断っても怒るの、うちの父。面倒くさい。
メイカ様が隣で体を折って笑っている。
「相変わらずお前の家族は全員面白いな!」
と、その時、後ろからガーシャとアケラ様が同時に笑う声がした。
えっ、何で急に仲良くなってるの? 意味が分からないんだけど? 確かにガーシャは人の懐に入るのが得意だけどさ、アケラ様が一緒に声をあげて笑うくらい?
アギもいつの間にか後ろのガーシャとアケラ様の席に入っていた。
さらにそこへセイカもやってきて、若者たちがそろって話し始めた。何を話しているのかは知らないが、何やらとっても楽しそうにしている。
ガーシャなんてこの間までセイカのこと大嫌いって言ってたくせに!
「……ナユタ、お前が誰を選んでも険悪になりそうにはないな」
ハテルマ様がその様子を見てぽつりと呟いた。
一人の女を巡って都同士が争うなど見たくはないからな、と言って。
「七都会議へ来てよかった。急に通達が来たときは、いったいどうしたものかと思ったが……こういう夜も悪くはない。若者達の前途に明るい未来が続いている事を願うよ」
窓から見える海、水平線に上る月に杯を掲げながら、
ハテルマ様は穏やかに笑った。




