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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第五章 黄都編
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七都会議(3)

「とっても上手だったね。舞踊を練習してるのは知ってたけど、あんなにも踊れるようになってるなんて知らなかった。それに……オレだけの為だけに踊ってくれてるみたいですごく嬉しかったよ」

「そうだよ。ガーシャの顔を見たら、ガーシャの事しか考えられなくなっちゃったの」

 あの瞬間の胸の高鳴りを伝える言葉をあたしは持たないけれど、どれだけあたしが貴方を愛しているか伝わったのならよかった。

 あたしの気持ちは何故かいつもうまく伝わってない気がしているから。

「たぶんラクシャさんがすぐに来てくれると思うから交代するね。本当はもっと一緒にいたいんだけど……遅れて到着したばかりでまだちょっと忙しくて。七都会議が終わったら時間あると思うから、ゆっくり話そう」

「また行っちゃうの……」

 悲しい顔をしたら、ガーシャがあたしをぎゅうと抱きしめた。

「可愛い……素直なナユちゃんは本当に可愛いな。でも残念ながらオレ、最近成人しちゃったんだよね。成人した状態で未成年に手を出すのはとても憚られるから我慢するね」

「本当だ、誕生日すぎちゃった。皆でお祝いしなきゃ」

 会議が終わったらみんなで盛大にお祝いしよう。

「でもね、ナユちゃんがやっぱり浮気してたのも知ってるから」

 おでこをごつんと当てて、幼馴染が目を細める。

「対面上だった神都の宗主との婚姻が、当人のアケラが本気になったせいで色々と根回しされてるんだけど、どういう事?」

 何を言っているのか分からない。

 首を傾げたら、大きなため息をつかれた。

「……ぎりぎりナユちゃんが成人する前に来られてよかった。強硬手段取られてたらこっちも強硬手段取るしかなくなっちゃっただろうから」

 そこへばたばたとアリ様と父が駆け込んできた。

 そして問答無用でガーシャからあたしを引きはがすと、威嚇した。アリ様はその様子に呆れ返ったが、仕方ない感じで言った。

「ナユタ嬢、ここからはラクシャと俺と一緒にいて欲しい。ちょっと不便だけど七都会議の間だけでいい。ルドラ様の事はアケラ様とカルラ様が何とかするから」

「じゃあ、オレもあっち行くね。ナユちゃん、アリヤシャさんとラクシャさんの言う事をちゃんと聞くんだよ」

「はあい」

 いい子だ、と笑ってガーシャは行ってしまった。

「あいつ忙しそうにしてんな」

「ナユタ嬢の為に頑張ってるんだよ。頑張る若者は三十路も過ぎた俺には眩しすぎる……ねえ、そろそろ認めてあげてはいかがですかお父さん」

 アリ様の言葉に、父は返事をしなかった。父も大概頑固である。


 ちなみに、舞台の出来をアヤハナ師範に聞いたら上手く出来ていたとお褒めの言葉をいただけた。しかし、もともとは世界に希望を見出す物語だったのに、誰かを想って舞った所為で恋物語になってしまったと苦言を呈された。勘違いする男性を量産するからやめろ、と。

 あたしが見てるのは一人だけなのに、非常に不本意である。

 ちなみに師範の師匠(せんせい)からは大絶賛された。彼女はこういうお話が大好きだそうだ。



 前夜祭は宗主の妹ルドラの凶行により中断。ルドラは謹慎処分と通達された。何故、という疑問は残るがいったん収束させるつもりのようだ。明らかにあたしの命を狙っていたものの、戦力過多な観客たちが未然に防いだため、何も出来なかったからだ。

 そして今日から、とうとう七都会議が始まる。

 あたしは朝からアヤハナ師範にきっちり着付けていただいた。

 アケラ様からは漆黒の着物を着ろと言われたが、アリ様が絶対やめろと言い張って舞台衣装に近い白藍色の華やかな着物に変更した。

 着物の色の問題もあるが、もしかするとお前の所属問題も発生するかもな、とアリ様に言われ、気が重い。


 会議は予定では3日間。

 一日目の午前は各都の挨拶と議題の確認、それと最初の議題である『白』の侵食に関する意見交換。ここであたしと父、そしておそらく兄も境界の中に関する証言をすることになっている。

 二日目は神都の朱印動原の絡繰(からくり)の紹介とこれからの研究について。おそらくここで、外道を外道と切り捨てず一歩踏み込む事を提案する。こちらは研究所所長のコウライバさんとサイショウさん、そして研究所の絡繰部門が出席予定だ。

 三日目の議題はおそらく、一日目と二日目の議論の状態によって変化するだろう。本当ならこれからどうしていくか具体的な方策を立てておきたいが、他の都がいったいどういう反応をするか分からないので未定だ。


 着付けが終わったころ、アケラ様がカルラ様と共にやってきた。

 カルラ様の事は今も苦手なので逃げたい気持ちもあるが、そういうわけにもいかない。

「おはようございます。カルラ様」

 深々と頭を下げたが、反応はなかった。

 相変わらず冷え込むような影の気配が強い。見たことはないが、アケラ様もカルラ様もルドラ様と似た影の力が使えるのだろう。

 二人を追うようにして、会場の天守閣へと向かう。

 階段を上るところでもたもたしていたら、意外にもアケラ様が手を差し出してくれた。

「……ありがとうございます」

 びっくりした顔をしてしまった。

 こんな表情したらアヤハナ師範に怒られる。慌てて表情を戻した。

 そう言えば、いつも会うのは執務室だったから一緒に歩くのは初めてかもしれない。

 階段を上り切ってもそのまま手を繋いで歩いていた。

 意外と人の事を見ているんだなあと思ってじっと見ていたら、視線に気づいたアケラ様もこちらを見た。お互いに視線を逸らす習慣がないからすごく見てしまう。

「はい、交代です」

 途中にアリ様が立っていて、アケラ様を止めた。

「一応、俺が後見人ですから」

 アケラ様は少し眉を寄せたが、あたしをアリ様に受け渡した。

「……最初に後見人の立場を手に入れておけばよかったな」

「下心のある養父は嫌われますよ。そもそも、実父が許可しませんからね」

 アリ様の言葉に、舌打ちでもしそうな勢いで踵を返し、アケラ様は先に歩いて行った。

 その後ろ姿を見送って、アリ様は両手で顔を覆って大きくため息をついた。

「ナユタ嬢、頼むから自衛することを覚えてくれ。来るものを拒まずはお前の美徳でもあるが度を過ぎると迷惑なんだよ。お前のせいであっちからもこっちからも圧力がかかって心臓が止まりそうなんだよ。特にお前の父と幼馴染が過激派すぎる」

「ええと……アケラ様の手を振りほどけって事?」

「そうは言ってない。言ってないが、確かに相手がアケラ様だとどうするのが正解なんだろうな……」

 面倒見の良い養父はそう言って天を仰ぎ、この場合は俺がアケラ様より先にお前を迎えに行くべきだった、と結論付けてくれた。


 天守閣の部屋には未だアケラ様とカルラ様しかいなかった。出迎える立場なので最初に神都と紅都の人間が入場するらしい。

 神都の宗主一族が勢ぞろいした時と異なり、アケラ様たちが上座ではあるが、それ以外は上下をなるべく感じさせない円座になっている。大陸地図を模しているのか、左回りに蒼都、赤都、翠都、菫都、黄都の順だ。

「蒼都の宗主が到着されました」

 入口から大きな声がしてはっとした。

 襖が開けられ、蒼の衣装を纏ったセイカとメイカ様が並んで現れた。従兄ではあるがよく似た二人は並んでいても絵になる。蒼都の宗主は二人の祖父だと聞いていたけれど、お年を召していると遠くまで来るのが大変だから二人で来たのかな。

 セイカがこちらを見てにこりと笑ったので、あたしも微かに微笑んだ。

 二人が席に着くと、再び入り口から大きな声がした。

「赤都の宗主が到着されました」

 次は、緋色の衣をまとったガオウじいちゃんとアギが入ってきた。じいちゃんは年をとっても元気だな。ずっとこのまま元気でいてほしい。

 じいちゃんもにかっと笑ってあたしに手を振ってくれた。小さく手を振り返したら、アケラ様に睨まれたのでやめた。

「黄都の宗主が到着されました」

 黄都。あたしが唯一、宗主を知らない都だ。

 入口に立ったのは、非常に大柄な女性だった。年齢は30代ごろ、健康的に日焼けしているのは黄都の民らしい。山梔子(くちなし)色の衣を着崩し、体格に似あう闘気も纏っている。

 共は連れず一人。おそらく強い人なのだろう。

 いつか黄都にも行くだろうから、時間があれば話してみたい。

「菫都の宗主が到着されました」

 入っていらしたのは嵯峨野家のアマナ様と、おそらく堀川家と西京家の方と思われる壮年の男性2名だった。

 席に着くなり、蒼都の方を向いてメイカ様とアギに深々とお辞儀をした。兄と姉が菫都と築いた関係を見てあたしは嬉しくなった。

「翠都の宗主が到着されました」

 そう言われて入ってきたのは、翠都の宗主の男性とガーシャだ。

 そうか、幼馴染はアギと同じように会議の晩に入ろうとして翠都の宗主を脅したんだな。もともと翠都を巨大な(カメ)の神徒から救ったのはあたしたちだし、ガーシャ自身が翠都で崇められる新緑の民なのだからさほど難しい事ではなかったのかもしれない。

 改めて集まってみてもほとんどが顔見知りの会議だ。

 あたしは少し気を抜いた。


 進行役として研究所長のコウライバさんが入り、順に都の紹介をしていった。

「本会議の主催は、神都と紅都が務めさせていただきます。皆様もご存じの通り両都は姉妹都市であり、宗主はアケラ様です。アケラ様は神徒狩りの長も兼任しておられます。そして兄君のカルラ様。大黒天様の(かんなぎ)でもあります。会議を催すきっかけとなった託宣もカルラ様が大黒天様より賜った物です」

 託宣については後程、とコウライバさんは話を切った。

「紅都の神徒狩りの長を務めます、アリヤシャ様です。そして、その隣はアリヤシャ様が後見人を務めておりますナユタ様です」

 アリ様に従ってあたしは礼をした。

「続きまして、蒼都の宗主、セイカ様です。先日、祖父であるコウセン様より代替わりされ、新たに蒼都の宗主となりました」

 えっ!

 声が出そうになったけれど何とか抑えた。

 セイカが蒼都の宗主になったんだ。もしかすると彼が思い描いた新しい都の形が現実になるのも近いのかもしれない。そう思うとなんだかとても嬉しくなった。

「お隣は、神徒狩りの長ゴクジョウ様の名代、メイカ様です。セイカ様と同じく祖父は前宗主コウセン様です」

 師匠は今日来てくれなかった。立場的には来てもいいのだけれど、守りが手薄になると言い訳し、その本音は自分の師匠、つまりあたしの父に会いたくない、という理由らしい。何か怒られるような事をしたんだろうか。単純に面倒だったのもあるだろうけど。

 時間が出来たら師匠にも会いに行きたいな。

「赤都の宗主兼神徒狩りの長であるガオウ様とその弟子のアギ様です。刀鍛冶組織の長でもあり、ガオウ様の刀は神都でも貴重な武器として取引されております」

 ガオウじいちゃんとアギが揃って頭を下げる。

 こうしているとおじいちゃんと孫みたい。

「続きまして――」

 コウライバさんが翠都を指し示す。

「翠都の宗主、ガーシャ様です」

「えっ?」

 今度は声が出てしまった。セイカの時はぎりぎりで我慢したのに!

 思わず自分で口を塞いだ。

 アリ様に睨まれたので必死で落ち着こうとするが、心臓がばくばく大きく脈打っている。

 宗主? 今、宗主って言った?

 その後の言葉が何も入って来ない。

 どういう事なのか、何が起きているのが全く理解できない。しかも驚いているのがあたしだけだから、アギやメイカ様は知っていたっていう事だ。つまりはアリ様も、もしかしたら父も。

 今すぐ本人を問い詰めたいのに、涼しい顔をして翠都の席に座っている。

「菫都からは、嵯峨野家、堀川家、西京家の各御党首様が出席されております。まず、嵯峨野家のアマナ様。堀川家のシロガ様、そして西京家の……」

 呆然とガーシャを見ていたら、軽く小首を傾げられた。

 確信犯だ。絶対あたしにだけ教えてくれてなかった。

 怒りとそれ以上に驚きと戸惑い。

「黄都宗主、ハテルマ様。宗主と神徒狩りの長を兼任されております」

 最後に黄都の紹介をして。

「――以上、七都の紹介で御座いました」

 コウライバさんの言葉で、軽い拍手が起きた。


 あたしは拍手を聞きながら呆然としながら立ち上がった。

 アリ様が慌てて止めようとしたが遅い。

 円卓になっている正面、翠都の方まで距離を詰めたあたしは、幼馴染を見下ろした。

「なんで」

「……まさか誰にも聞いてないとは思わなかったんだよ、驚かすつもりはなかった」

「嘘」

 泣きそうになったら、ガーシャは立ち上がって、いつものようにおいで、と両手を広げてくれたので何も考えずに飛び込んだ。

「遅くなってごめんね、ナユちゃん。迎えにきたよ」

 ぐるぐる頭の中が渦巻いている。

 状況が理解できてない。

 けど、目の前にいるのは確かによく知る幼馴染で。

「言ったじゃん、腹立つから権力手に入れてくるって」

 言ってた気もするけど。

 優しい手がゆっくり背中を撫でてくれていて、あたしは少しずつ落ち着いてきた。

「……ガーシャ」

「なに?」

「今度こそ一緒にいられる? どこにも行かない?」

「うん、約束する。これで……あいつとも対等だから」

 あたしの背後にいるアケラ様に視線を遣りながら。

 何か月分もの寂しさを溶かすように温かい腕の中を満喫していたら後ろから兄に引っぺがされた。

「人目を(はばか)らずいちゃつくのはやめろ」

「正直アギにだけは言われたくないけど、しょうがないな」

 ガーシャはあたしを放して、でも名残惜しそうに最後まで手を握って。

 その手を引き寄せて、甲に口づけた。

「ナユちゃんは絶対に渡さない」


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