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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第五章 黄都編
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七都会議(2)

 父が天守閣を切り落としたのはすでにバレており――他の都でも話題になるほどだったらしい――その娘が神徒を無限に呼ぶという話もすでに世間に出回っているらしい。アギとメイカ様も遠くで噂を聞きながらハラハラしていたようだ。

 そして数十年ぶりに七都会議が行われるという事で、大陸中の人々がその行方を見守っているそう。

「ガーシャも戻ってくるかな?」

「間に合うようには来るだろう。メイカはそろそろ蒼都の一行と一緒に到着すると思うが、迎えに行くか?」

「行く!」

 赤都(セキト)は何と、じいちゃんとアギの二人だけで来たらしい。

 確かにじいちゃんに護衛は不要だし、荷物持ちもアギ一人いれば事足りる。身軽だから最初に到着したんだろう。赤都の賓客にも広い屋敷を用意していたが無駄になりそうだ。

 父には、アギが来たから一緒にいる、と伝えてもらう事にして――というか、父は今どこにいるんだろうか。いろいろ準備に忙しいって言ってたから紅都かな。思い返せばこの一週間ほど姿を見ていない気がする。あたしも稽古が大詰めでそれどころじゃなかったし。

 ガオウじいちゃんとアギと並んで歩きながらこの3か月の事を聞いた。

 菫都(キント)は新しい神徒狩りを組織して、少し落ち着き始めたところだという。都の関所を元の場所まで戻し、外に住む人々が安全な関所の中で暮らせるようになる事を条件に、野良で活動していたという神徒狩りが名乗りを上げてくれたそうだ。

 その後は少しずつ、隠れ暮らしていた勾玉持ちが集まり始め、訓練をはじめ、多少組織らしくなったところで七都会議の話が出て菫都を一度離れたそうだ。

 アギは赤都へ、メイカ様は蒼都へ。

「お前と親父の噂が入ってくるから毎日心配してた……いや、お前自身の安全の心配はしてない。何をやらかすか心配してた」

「だいたい騒ぎを起こすのはお父さんだよ」

「お前もだろ」

 アギがあたしの頭をぐりぐり撫でた。

「勾玉持ちの窃盗犯を城下町中追いかけまわしたのは? 大火になりそうな火事を川の水を呼んで鎮火させたのは? 神都の外の禁足地に住み着いた凶悪な獣の噂は? 他にも言うか?」

「……何で知ってるの」

 目を逸らしたら笑われた。

 でも凶悪な獣はあたしじゃなくてお父さんです。

 眉間に皺を寄せたところで武家地の入り口の門まで到着した。

 ちょうど入り口に、白い毛並みの狼がお利口に座っていた。

「テラス!」

 あたしは思わずその首元に抱き着く。おひさまの匂いがする。

 テラスはアギとずっと一緒にいてくれたので、ずいぶん長い間会っていなかった気がする。

 ぱたぱたと嬉しそうに尻尾を振ってすり寄ってくれて、あたしは幸せを胸いっぱいに吸い込んだ。


 ほどなくして蒼都の一行がやってきた。

 こちらは赤都と違って大所帯だ。

 先頭を歩いているのは、顔見知りの蒼都の神徒狩りだ。

 待っているあたしとアギの姿に気づくと、後ろの籠に声をかけた。

 聞きなれた声がして、籠から誰か飛び出してくる。

「ナユタ!」

「メイカ様!」

 まるで生き別れた恋人同士の再会ように、あたしたちは駆けよって抱き合った。

「元気にしていたか。怪我はしなかったか。病気にはならなかったか」

「メイカ様こそ、ちゃんと治ってよかった」

 最後に別れたのが菫都で攫われた時だから本当に久しぶりだ。

「お前が攫われた時に何も出来なくてすまなかった。アギとガーシャを見送る事しか出来なかった」

「あたしこそ、メイカ様がまだ治っていなかったのに菫都に一人残してしまってごめんなさい」

 泣きそうになったけれど、それ以上に再会できた嬉しさで胸がいっぱいになってしまった。

 寂しかったのも大変だったのも全部忘れた。

「……俺の時より喜んでないか」

「だってとってもメイカ様に会いたかったんだもん」

 でもよく考えたら恋人同士なのはあたしとメイカ様じゃなくてアギとメイカ様だね。

 今この場所を渡す気はないけど!

 アギは諦めたようにため息をついた。


 当日までにはガーシャも来ると言っていたのに二日経っても来なかった。

 ずーっと門の方を見て待ってたのに、と不満の声を上げていたらアギとメイカ様に宥められた。

 忙しそうなのは分かってるけどさあ。

 不満で寂しい気持ちのまま前夜祭が始まってしまって、あたしは一人で着られない特注の衣装を着つけられて、舞台裏で待機していた。

 演目の特性を考え動きやすさを重視して袴を選択した。薄い素材にして裾の布を増やしたので細やかな動きが衣装にひらひらと反映される。袖も同じく薄手の素材だ。

 日が落ちた秋の夜は肌寒いので、正直早く動きたい。

 前夜祭については、他の演目もどういう進行なのかも何も知らないままここに立っている。よけいな事を考えさせないために教えなかったんだろうな。

 アヤハナ師範があたしの両手を握って笑った。

(わたくし)達が教えられる事はすべて教えました。ナユタ、貴方はこの数か月本当によく頑張りました。川床での発表も没頭して踊る貴方の感情に皆が巻き込まれました。それは紛れもなく貴方の才能です。後は楽しんでいらっしゃい」

「ありがとうございます、アヤハナ師範」

 最後にとんと背中を押され。

 あたしは眩い光の舞台へと足を踏み出した。



 ゆったりとした三味線から始まる曲は、序盤は不安を煽る音が鳴り響く。高い笛の音が空を切り、あたしはそれに合わせて緩やかに舞台中央へと進みゆく。

 古銭動原の絡繰(からくり)を駆使したという舞台は、秋の夜だと言うのに暖かく、夜だと言うのに眩かった。

 一歩進んでは立ち止まり、時折、くるりくるりと回転しながら。

 沈む感情を表現する重い足取りで……ちょうど今、会いたい人に会えていなくて悲しい気持ちだったから、感情を殺さずそのまま発散した。

 中央まで進み、ふっと客席を見渡したら、ほうとため息とざわめきが広がった。

 舞台からすぐ、畳敷きの升席のような客席がいくつかあり、それぞれ各都の宗主やその一族が並んでいる。

 アギやメイカ様、隣にセイカ、ガオウじいちゃんや菫都のアマナ様達が見えた。

 もちろんアケラ様とアリ様もいて、ちゃっかり父も一緒に座っているのが分かった。

 知った顔を見て落ち着いた。

 一度音楽は途切れ、音のない中をあたしは一人、舞い続けた。

 これは絶望。

 『白』に追われ、神徒に責められ、行くあてのない旅に出る。集落を追われ逃げ出したあの日の絶望。先の見えない放浪に踏み出したあたしの心だ。

 自分のせいで兄と幼馴染を巻き込んで未来なんて何も見えない旅路へ。

 自責の念で心はばらばらになって、砂になって消えてしまいたかったあの頃のあたしの感情だ。

 舞台の真ん中で倒れ伏したあたしの耳に、再び笛の音が届く。徐々に演奏する楽器が増えていき、曲調を明るく転じていく。


 下を向くな前を見ろ。

 足を止めるな進み続けろ。

 過去に絶望するな、未来に希望を見ろ。


 言葉で、行動で、ずっとずっと兄と幼馴染があたしに伝え続けてくれたことを、今度はあたしが世界中の人に伝えるのだ。


 その時、左手の小指に結ばれた新緑色の糸がしびれるようにかすかに揺れた。

 これはガーシャが別れる前に朱印を固定していったものだ。

 もしかして。

 音に合わせてばっと顔を上げた時、視界に金色が飛び込んできた。

 今来たばかりなのだろうか、少し息を切らして。

 でも、あたしの方をしっかりと見て。

 いつものように穏やかに微笑んだ。

 思うより先に彼に笑い返していた。

 観客が息を呑んだのが分かった。

 どうしよう。顔を見られただけでこんなにも嬉しくなってしまうなんて。

 ほんの3か月会わなかっただけなのに。

 寂しかったことも悲しかったことも全部吹き飛んでしまうくらいに。

 ただ貴方に会えて嬉しい。

 それほどまでに、貴方の事が――愛しい。


 花柳流(はなやぎりゅう)の新しい演目として追加されたのは、未だ無題の長唄の踊りだ。絶望から希望を生み出す、未来のための物語。あたしの為だけに作られたこの踊りは、おそらくあたしにしか踊れない。

 何故ならこの演目は――

 曲に合わせてばさりと袴を脱ぎ捨てた。早着替えの要領で上の着物も一枚剥いでその場に脱ぎ捨てる。

 そして、あたしは光玉を浮かべて空に舞い上がった。

 もう怖い物は何もない。

 白藍色の衣を翻して眩い舞台の空まで舞い上がった蒼天の舞姫に、歓声が上がった。

 これはあたしにしか演じられない。何故ならこの演目は――空を飛ぶことを想定して作られているからだ。


 アヤハナ師範もおそらく、天才と呼ばれる類の人だった。

 わずか19歳で師範の免状をいただいたのもさることながら、空を舞うような全く新しい振り付けの演目を創り出してしまったからだ。

 あたしが戦うところを何度も見て、メイカ様に習った奉納舞を見て、そこから花柳流(はなやぎりゅう)の伝統的な動きを合わせ、さらに舞台衣装まで含めたこの演目を完成させたのだ。


 激しい曲調に合わせてあたしは舞台を飛び回る。

 光玉を蹴り、まるで戦うように舞う。

 いつも一緒に戦っていたアギやガーシャには神徒の姿が見えたかもしれない。

 すると、不意にガーシャがこちらを指さした。

 ふわふわ、といくつかの新緑色の光玉が浮かぶ。あたしの光玉に寄り添うようにゆっくりと飛び回るそれは、まるで応援してくれているようで。

 美しい色合いの光の中、あたしは舞い続けた。


 この先、この世界がいったいどんな方向へ進むのか分からない。

 あたし自身もこれからいったいどこへ行くのか、何をすればいいのかもわからない。

 今は神都にいるけれど、アギとガーシャがいてくれるならまだまだ他の場所にも行きたい。まだ見ぬ黄都(キト)にも行きたいし、都以外の場所にも面白いものがたくさんあるはずだ。

 だから、勇気を持って進んでいこう。

 例えば今は絶望しか見えなかったとしても、進み続ければ何かが見えてくるはずだから。

 そして、誰もが一人じゃない。

 皆で手を取り合って、皆で力を合わせて、進んでいけるはずだから。


 曲の終わりがやってくる。

 あたしはすうっと舞台に降りて、光玉を一つずつ、花火のように散らしていく。

 最後に残った新緑色の光玉を両手でそっと包み込んで、抱きしめるようにして唇を寄せた――本当はこんな振りなんてないんだけれど、愛しい気持ちを抑えきれなかったから。

 そうしたら最後の新緑色の光玉も弾けてしまって、あたしの手元にはキラキラした光の粒だけが残った。

 そして最後の二小節。

 遠くに見える光を追うように、両手を広げて空を抱く。

 きっと、この世界にも、希望がありますように。

 この世界を見守る七色の神様が皆を助けてくれますように。

 どうか。

 最後に祈りを捧げ、この長唄は終わりを告げた。



 大きな拍手を受けて、はっとする。

 完全に没頭していたあたしは現実に引き戻された。

 寒かったはずなのに汗だくで息を切らしていた。

 必死で体勢を整えて観客に礼をする。

 今にも倒れこみたい疲労だが、何とか舞台袖に下がらなくては。


 その時、明るい照明から落ちたあたしの影がゆらりと揺らめいた。

 中に光る、赤い目。

 まずい。

 何とかしようとしたが、すぐには動けない。着慣れない衣装が重いのと、疲れすぎている。

 影がぐわりと動いて、人型になる。

 菫都で襲ってきた影とおなじだ。

 同時に影から大量の黒い(ネズミ)が吐き出された。

 足をすくわれ、転んだところへ影が襲い掛かってくる。

 駄目だ、と思った瞬間、目の前に猩々緋色の衣が翻った。

「ナユタ!」

 三叉戟を振りかざして飛び込んできたのはアギだ。弾かれた黒い影は回転する刃に切り刻まれていた。

 同時に後ろから抱き上げられ、ふわりと身体が浮いた。

 新緑色の糸が小さな(ネズミ)を縛り上げ、別方向から飛んできた黒い刃はこちらも美しい光輪の盾に阻まれた。どこからともなく駆けてきた白い狼が黒い(ネズミ)を喰い散らす。

 はっと見ると神都の席にいた父はルドラを容赦なく関節を()めて床に伏せていた。


 何が起きたか分からず呆然としていると、上から呼ばれた。

「ナユちゃん」

 声につられて見上げたら、ずっと会いたかった幼馴染が穏やかに微笑んでいた。

 咄嗟に声が出なかった。

「遅くなってごめんね」

 震える手で胸元を握り締めるのが精いっぱいだった。

 ちょっと戦力過多だったかもね、とアギとメイカ様に言いながら、客席から防御の光輪を出してくれたガオウじいちゃんにも礼を言い、あたしを抱き上げたまま舞台袖に引っ込んだ。


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