七都会議(1)
七都会議というものを開催するらしい。
そんな話を聞いたのは残暑の気配が残る初秋だった。蒼都の秋祭りがもう目の前に迫っている季節、稽古も兼ねて父と共に禁足地の中で神徒を狩って古銭を稼いで、休憩中に戻ったコウライバさんのお屋敷でサイショウさんが教えてくれた。
研究所の所長を務めるコウライバさんはアケラ様と同じ左天派の一人で、傍家の代表だそうだ。 武陽城のすぐ外にある武家地に広いお屋敷を構えているため、サイショウさんは神都に来てからずっとここでお世話になっている。
そして研究所から近いのであたしたちもよく遊びに来る。
お屋敷の使用人の人たちにはよく来るなあと思われていると思う。今日も縁側にいるだけで勝手に冷えた梨が出てきた。美味しい。
縁側から見える部屋ではアラージャさんが相変わらずずっと何かを描いている。
アラージャさんの能力は非常に貴重で到着すぐに手厚く保護されることが決定した。厳重な警護の元、表向き右竜派には存在を隠したまま守られている。知られたらすぐに拉致されるかもしれないので、守る意味もあって父と共にここへきているのだ。
決して、それぞれ各地に散った兄たちが何をしているか毎日確認しに来ているわけでも、会えない寂しさを紛らわすために絵を描いてもらっているわけでもない。
ちなみに、アリ様の牢獄を解除した途端、あたしと父の元には拉致したり存在を消そうとしたりする勢力からの刺客がこれでもかと襲ってきた。
けど、全部父が叩きのめした。アギとガーシャが安心して旅立てるわけだ。
聞いたところによると、神徒狩りや研究所を擁しているアケラ様の左天派は、定期的に古銭を奉納するあたしと父を快く受け入れてくれているらしい。ただし、あたしをアケラ様に嫁がせようとしてくるのもこの派閥だ。都度断っているけれど。
対して右竜派は反応がいくつかに分かれている。大黒天様のお社を守るカルラやルドラは動きがなく、静観する体制のようだ。反して裁判や立法を司る組織があたしを嫌っている。それはそうだろう、明らかに平穏を破壊する存在なのだから。
刺客はしばらく返り討ちにし続けていたら、現れる頻度は徐々に低くなり、どちらかというと嫌がらせの段階に入った。
とは言っても城内を歩いていたら足を引っかけられる程度のものだし、遠くでクスクスと噂話をされても別に何も困らない。しかも宗主一族の世界は狭いから城を出てしまえば何の事はなかった。
また、明言はされていないがアケラ様があたしを娶るらしい、という噂が流れているので思ったほど婚姻の申し込みがなくて助かった。
また、紅都でアヤハナ師範のさらに師匠の舞踊の舞台も見せていただいた。本物を一度見ると言うのは何物にも代えがたい経験だ。大きな劇場にたくさんの人が入って、静かな中に曲が響いて、衣擦れの音すら演技の一部かと思うような迫真の舞踊を見たあたしは、一つの文化の完成形を見た。
神都の町にも少しずつ出る事を許され、アヤハナ師範と二人で出歩くこともある。本丸に行くとき以外はさほど服装にうるさく言われないので相変わらず町を駆けまわっていた。
というわけで、平穏かと聞かれると微妙だが、後見人のアリ様とその後ろで睨みを利かせる父のお陰でさして困るような事もなく、穏やかな日々を送っていた。
そんな中で入ってきたのが先の七都会議の噂だった。
「七都会議とは、七つの都の宗主が集結し大陸全土の問題や方向性を話し合う会議の事です。僕の父が幼い頃には何度か開かれたらしいですが、最近は聞かなくなっていましたね。しかし、今回の大黒天様の託宣を受けて、七都の長が集まって『白』の侵食についての情報交換を行う事が目的のようですよ」
サイショウさんが言うと、アヤハナ師範も頷いた。
「私の実家は神都の城下町でそれなりに大きな宿を経営しているのですが、祖父の時代にそういった催しがあったと聞いております。長だけでなくその護衛、お連れの方、その他関係者の方も多くいらっしゃるのでまるでお祭りのように町が賑わうそうですよ」
「お祭り!」
お祭りは大好きだ。
父も梨を食べながら空を見上げた。薄雲のかかった空、でも空気は未だ夏のように暑い。
すぐそこにそびえる天守閣は、あの日から突貫で工事を始めていた。町の左官屋さんに行ったら、何を置いても最優先で修復しろとのお達しが来ていると言っていた。
「そうすると、蒼都からサイショウの父親と、赤都だとガオウじいさんも来るのか? 菫都からは嵯峨野家のアマナが来るかもなあ」
神都がアケラ様で紅都はアリ様。
翠都はあの宗主さんが来るのかな。リーリャさんが来ないといいなぁ。あの人とっても苦手だから。
こう考えると、黄都以外はほぼ知っている事になる。
ガーシャもアギもメイカ様も、それまでには神都に帰ってきてくれるかな?
午後からアケラ様の所へ遊びに行ったら、書類に囲まれてとても忙しそうにしていた。
それでもあたしと父が揃ってやって来たのに気づくといったん手を止めてくれた。相変わらず表情は少ないが、まずは会話をするという事を覚えてくれたようだ。
まるで愛想のなかった野生動物を手懐けたようで少し嬉しい。
「今日も忙しそうだね」
「ああ。聞いたかも知れないが2か月後、冬になる前に七都会議をすることになった。それまでにやる事が多すぎる」
「それまでに何をするの?」
「天守閣の補修」
「ごめんなさい」
「申し訳ない……」
二人で間髪いれず謝ると、アケラ様は一枚の紙をひらりと投げ寄越した。細かく金額と工事期間が書かれたそれは工事の概要書だ。
「補修分の費用はお前たちからすでに受け取っている。あとは予定通り間に合うかどうかだ」
「……手伝いましょうか」
そう言うと、アケラ様は不要だ、と断った。
「天守閣以外の事でも手伝うよ」
「お前たち親子は大人しくしていてくれるのが一番助かる」
まるでガーシャのようなことを言うなあ。
仕方がないので邪魔しない程度に手元の書類を覗きこんだ。
後ろから近い、と父が苦言を呈する。最近特に口うるさい。いつかのアギのようだ。
「これは七都会議の企画書?」
「そうだ」
アケラ様はそれを眉間に皺を寄せながら眺めている。
会議日程、各都の予想人数、出欠と席次、期間中の食事や宿の準備、それから会議以外の交流会や催しの手配。それ以外に観光客が増える事を見越した関所の体制。
通常業務の合間にこれを全部一人でやろうとしているのだろうか。
でもよく考えてみたら数十年前にやったきりって言ってたから、担当する人もいないし、何の手順も残っていないのだろう。無からこれだけの規模の運用を作り出すのは大変だ。
「ねえ、アケラ様。ちゃんとアリ様に相談してる?」
「アリヤシャ? 何故だ?」
「だって歓迎の催しをするなら紅都の協力は必須だろうし、大人数の宿泊場所を考えたら姉妹都市まで広げた方がいいよ。関所だって共有でしょ」
最近一緒にいて分かったけれどアケラ様は物事に対する理解力と単純計算にめちゃくちゃ強い。そして、正誤はともかくとして判断が早く、指示を出すまでがとんでもなく早い。
だから一人で何でもやってしまう。
「アケラ様は優秀だから一人でやった方が早いのかもしれないけど、お祭りはみんなでやった方が楽しいんだよ。ね、お父さん」
「そうだな。俺からアリヤシャの方に伝えておこうか?」
「……分かった、アリヤシャには私から言っておく。向こうから声をかけられたらお前たちも動いていい」
言外に勝手に動くな、と釘を刺された。
だから七都会議の事は後回しにしようと判断したのだろう、企画書を横に置いて別の作業を始めてしまった。
「ナユタ、これの検算をしておけ」
何枚かの紙を渡される。
はいはい、と受け取って半分父に渡した。
ここに来るのはアケラ様と仲良くなるためだけど、それだけでは邪魔をしてしまうので多少は手伝っているのだ。父もそれを知っているから黙ってあたしに着いてきて、静かに見守って、手伝って、一緒に帰る。絶対に一人にはさせないが、基本的にあたしの好きなようにさせてくれている。
週に一度は来るので鬱陶しいと思われているのは間違いないが、孤立しているようにも見えるアケラ様の実情や、右派からの嫌がらせのような嘆願書、今回のように首を突っ込むこともあり、少しは心を許してくれている……と思いたい。
「ガルトさんたちも暇なら一緒にやれば?」
姿は見えないけれど近くにいるのは知っている。
いつもここにいるのは、ガルトさんとラサーヤナさんだ。もしかすると、ラサーヤナさんはアケラ様ではなくあたしの方についているのかも知れないが。
今日は未だ返事してくれないな。
それでも近いうち、もう少しお手伝いの人数が増える事を予感しながらあたしは今日もお手伝いをするのだ。
七都会議に向けて、あたしも準備を手伝おうとしたら、なんとアヤハナ師範とアヤハナ師範の師匠から演舞に出て欲しいと頼まれた。
上手い下手の問題ではなく、アケラ様からあたし自身を神徒の娘、大黒天様の落とし子、蒼天の舞姫という謎の二つ名とを結びつけるためのお披露目が必要だと言われたためだ。
その為に新たな演目まで作成されてしまった。
もともと師範の花柳流は古典を重んじながら新しいものも取り入れる柔軟さもあると聞いていたけれど、ここまで型破りな演目を作れるものかと仰天した。
盛大な歓待のほんの一演目ではあるけれど、新しい演目まで用意されたら絶対に失敗出来ない。
あたしは他の事をすべて捨てて、朝から晩まで稽古に没頭する以外なかった。
七都会議では、会議開始の3日前から各都の代表者と付き添いが順番に到着する。当日はそれぞれの都から3名程度の出席者になるそうだ。
しかし、都に来るのはそれと別に荷物持ちや護衛を含めてそれぞれ2、30名。事前に人数を確認してあるそうだが、宗主の一行だけですでに大所帯なので大変だ。
武家地の大きな屋敷5つをそれぞれの都からやってくる賓客の歓待場所兼宿泊所として充てる事になった。今はあまり使っていない別荘地のような屋敷を選んで、寺社組織からそれぞれ都の担当氏を決定し、その氏族が会議期間中、客人の世話をする使用人をそろえ、食費などの予算を確保し……聞いているだけでクラクラした。
人を招待するのって大変なんだな。
ちなみに天守閣の工事はギリギリで終わった。
あの一番上の部屋が会議の主会場なので本当によかった。左官屋と大工の大将には後で個人的に菓子折りを持ってお礼に行くべきだろう。もちろん、父と一緒に。
歓待の宴は会議前日の夜、武陽城の堀の外の庭園に大きな舞台を作ってそこで行う。
秋が深まってきていて夜は寒いが、その辺りは神都の絡繰技師が頑張ってくれて、周囲を暖める古銭動原の機器を設置してくれるらしい。
これは各都から招いた人たちだけの宴会だが、神都の町人地と紅都ではまた別に観光に来た人たちや住人たち向けの大宴会を各所で行うらしい。父はそちらを担当して好き放題に企画したそう。
七都会議の準備は結局、アリ様と父がかなり口を出し手を出し、研究所の人員を一時的に裂き、さらに神都の町人会や紅都の芸子会もすべて巻き込んで、かなり大々的な準備となったようだ。
そしてあっという間に会議3日前の朝がやってきた。
あたしたちもこの期間中は神都のコウライバさんの邸宅でお世話になる事になっていた。他の都の宗主やその周辺の人物と顔なじみであり、もてなしの任を仰せつかっているからだ。
「ナユタは基本的にこの屋敷に留まってください。どこにいるか分からなくなるのが一番困りますから」
アヤハナ師範にぴしりと言われ、祭りを楽しもうと思っていたあたしはしゅんとした。
前夜祭参加は難しそうだ。
「お祭り行きたい……」
「前夜祭は出演がありますからあきらめましょう。後夜祭は自由だと思いますので少し我慢なさってくださいね」
そう言っているうちに、門を守っていたラハーヤナさんがさっと駆け込んできた。
「赤都の宗主様とお連れ様が、ナユタ様を訪ねていらっしゃっています。お通ししますか?」
ガオウじいちゃんだ!
部屋でそわそわ待っていると、ラハーヤナさんに連れられてガオウじいちゃんがやってきた。
「ナユタ、元気だったか」
「元気だよ! じいちゃんも遠くまで来てくれてありがとうね」
にこにこ笑うじいちゃんの後ろに、何故かアギがくっついてきている。
「あれ、アギ? メイカ様は?」
「今は別行動だ。メイカは蒼都の代表として来るはずだ」
「アギは赤都の代表なの?」
「どうしても会議の場に出たいと言うのでな、わしの弟子ということでねじ込んだ。どうせ赤都の宗主など、寺社組織でもないから、権威も何もないからの」
3か月以上ぶりの兄だ。
あたしは躊躇なくその胸に飛び込んだ。また少し背が伸びてたくましくなった気がする。
本当に、だんだん父に似てくるな。
「お帰り、お兄ちゃん」
「ただいま。元気にしてたか? 大人しくしてたか?」
「してた!」
あたしが堂々と嘘をつくので、アヤハナ師範が後ろでため息をついていた。




