託宣(3)
残された人々はざわざわと騒めいている。
「静まれ」
再び凛としたアケラの声が響いた。
「神徒を呼ぶ娘の存在は以前より知っていた。そこへ今回の大黒天様の託宣を受け、ようやく意味を理解した」
再び静寂の訪れた部屋で、あたしは未だ頭を上げられずにいた。
「白の侵食も、神徒の侵略も、現実に起きている事だ」
神都の宗主が白の存在を認めた。
あたしたちのように実際に『白』の境界を見たのだろうか。それとも、大黒天様の言葉が絶対だからか、別の形で確信するような出来事を経ているのか。
そして、これを聞いている神都の宗主一族は果たして意味が理解できるのか。
「さらに現状、神都が古銭動原の絡繰による資源不足を憂いている現状を皆知っていると思うが……神徒を狩るために大黒天様がこの世に落とされた娘が神都のために尽力するならば神都は永久の安寧を得るであろう」
その言葉を聞いた瞬間、ようやくあたしは宗主一族の事を理解した。
成程、返答を求められていない。
これはただの命令だ。
お前は神都に留まって神徒を狩り、永久に古銭を奉納し続けろという命令を出したに過ぎないのだ。そして全ての神徒を狩り尽くせ、と。当たり前の事を当たり前に告げただけ。そして、ここで大声を上げる事は否定にも抗議にも何もならない。
あたしは曲がりなりにもこの1か月でそれを学べた――もちろん受け入れるかは別問題だが。
「勝手に人の娘を一所に縛り付けるな」
アリ様が答えるより、あたしが声を出すより早く、父が言い放った。
これまでにないざわめきが周囲に広がる。
まさか返答されると思っていなかったであろう宗主アケラも一瞬、言葉を止めた。
そう、声を上げても否定にならないのだ――本来ならば。
「勝手に神の所有物にするな。ナユタは俺の子だ。俺と、テラスの娘だ。これ以上ふざけた事を抜かすようなら神都自体を更地にするぞ」
残念ながら教育を受けたのはあたしだけで、父は粗野で粗暴な田舎の狩人のままだ。
神都の宗主を相手にしても態度が変わることはない。
もちろん周囲は嘲笑する。
宗主にそんな口をきいて無事でいられるはずもない。
「不敬だな」
アケラの言葉ですたん、と横の襖が開いて黒装束の集団がなだれ込んできた。
先頭をきるのはガルトさんだ。
が、父にはアリ様の牢獄の効果がかかっている。切りかかったガルトさんの方が後ろに吹っ飛ばされた。
悲鳴があがり、人々が逃げ惑う。
「この場で争うのはお止めください、アケラ様」
アリ様が御簾の向こうへ呼びかけた。
「逃さぬようにとの命令でこの親子には私の牢獄の朱印を施してあります。私以外は触れられぬ故、無為な争いとなります」
「……ああ、そうだったな。では解除しろ」
言われてアリ様は躊躇った。
きっと、牢獄を解除した父が暴れ出すだろう事を見越して。
しかし、宗主アケラは瀕死の父しか見ていないからそれが想像できていない。
強い口調で命令した。
「アリヤシャ」
「……御意に」
アリ様は父の朱印を解除した。
その瞬間にガルトさんが再び斬りかかった。しかし父は目にも留まらぬ速さで懐に入り、ガルトさんの攻撃はいなされ、くるりと床に伏せられて床板が割れるほど強く叩きつけられた。
そのままガルトさんの刀を奪った父は、朱印の力を乗せると両手で振りかぶってぶおん、と一振り、軽く振り回した。
ガルトさんの部隊の人たちが反射的にしゃがみ込んだ。
「全員伏せてて助かったな」
父はそう告げると降った刀を下に向けた。
御簾が天井近くで切れてぱさりと床に落ちる。
御簾の向こうの宗主アケラは険しい顔でこちらを睨んでいた。
何が起きたか分かったのは、ずずず、と大きな音がしてからだ。はっと左右を見ると周囲の壁が切れてズレている。襖はばたんと倒れ、天井は不穏な音を立てて軋んだ。
斬ったのだ。
天守閣そのものを。
我が父ながらぞっとした。
先ほど神都を更地にする、と言ったのは誇張でも何でもない、ただ言葉通りに出来るから口にしていたのだ。
「アリヤシャ、戻せ」
宗主アケラの言葉で、アリ様が父の牢獄を元に戻す。
すると今度は、刀がすうっとアリ様の喉元に突きつけられた。
「この朱印には弱点があってな、俺なら割と簡単に朱印の主を殺せるんだよ。閉じ込めたって意味はねえよ」
アリ様は眉一つ動かさなかったが、額の汗が一雫、落ちた。
「それをしねえのはアリヤシャに恩があるからだ。友人の1人だと思ってるしな」
刀を下ろし、床に倒れたガルトさんの隣に刺した。
幼馴染は言った。父と兄が最強である限りあたしたちは自由だと。
「俺は基本的に娘の意思を尊重するつもりだ。が、粗末に扱ったり意思を無視するような事があれば、次こそ容赦はしねえからな」
父の言葉で部屋全体がしんとなった。
仕方ない。
あたしは父に再度座すように促し、あたし自身も手をついて深々と頭を下げた。
「発言をお許しいただけますか」
切られた御簾の向こうのアケラ様は嫌そうな顔をしたが、この空気のまま放置するわけにいかないと判断したのだろう。
「……許す」
不承不承ながら許諾した。
隣のルドラは声を失っていた。まさかこのような仕打ちを受けるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「父の御無礼、大変失礼いたしました。娘の私を愛するが故の事。どうぞ御容赦ください」
天守閣を切断するのを無礼で済ませていいのか分からないが。
それは後で考えればいい。
「大黒天様より直接のお言葉をいただきました事、誠に嬉しく思います。然し乍ら、私が御力を賜りました神は大黒天様のみではございません」
ざわり。
周囲の空気が変わった。
「私の元には大黒天様の他に、恵比寿様、毘沙門天様、福禄寿様、寿老人様の加護がございます」
お社にお参りすれば、おそらく弁財天様の加護も得られるだろう。そうすれば、黄都以外の神々の加護をすべて受けていることになる。
「もし本当に私が大黒天様の落とし子であったとしても、加護をくださった神々への恩返しの為には神都のみに留まる訳にはございません。もし私が少しでもこの世界のお役に立てるのでしたら、私を必要とするすべての都へ」
いかに神都が最も大きいとはいえ、他の都のすべてを蔑ろにしたりはしないだろう。力関係はあるかもしれないが、それぞれの都に宗主がいるのだから。
「無論、神都の安全と発展のためにも尽力させていただきます。ですが――」
しっかりと宗主のアケラを見て。
「御慈悲深き神都の宗主様であればこの都だけでなく全土の幸福をお祈り下さるものと信じております」
以上でございます、と最後に深々と礼をすると、再び部屋に静寂が訪れた。
父も共に頭を下げた。
「神徒の娘ナユタは未成人の為、私の庇護下に御座います。何か御命令が御座いましたら私までお申し付けください」
アリ様が最後にそう言って締め、失礼します、と部屋を辞した。
早足で歩くアリ様の後ろを必死で追った。こちらは大股で歩けないんだからちょっとは考えてほしい。合流したアヤハナ師範の顔は青ざめていたが優雅に速足でついてきた。すごい。師範も部屋の中には入れなかったが、中で何があったのかは大体察しているのだろう。
と思っていたら、後ろから研究所の所長さんが追ってきた。
「どうぞ、こちらへ」
流れるように研究所へ案内してくれた。
今日は天守閣に宗主一族が勢ぞろいするので、研究所も閑散としていた。
杉の木の大きな扉を場譚、と閉めたら、アリ様は足を止めた。
そしてくるりと振り返ると、あたしと父の胸倉を掴んでグラグラと揺らした。
「お前ら親子は全く何考えてんだ、馬鹿!」
ああ、怒ってたのか。
当たり前といえば当たり前か。
「特にラクシャ、お前武陽城の天守閣を切ってしまってどうするんだ」
「知らん。あいつらが悪い」
悪びれない父にアリ様は無駄だと悟ったのか手を離した。
はああああ、と深いため息をついて。
「でも、先ほどの対応は素晴らしかったですよ。きちんと発言していいか尋ねてから発言しましたし、言葉遣いも適切でした。内容については……良し悪しの判別は出来ませんが」
師範に褒められた!
嬉しくなって笑っていると、アリ様は微妙な顔をしていた。
「まあいい。あれだけやっておけば中途半端に手を出してくる相手はいないだろう」
「どういう事?」
「お前自身に自覚はないだろうが、お前はどの陣営も喉から手が出るほど欲しい人間って事だよ。牢獄の中にいなければすぐにでも拉致されていただろうな。だが先ほどのラクシャの脅しがあったから、次は――それぞれ婚姻相手を立てて懐柔しようとしてくるだろう。覚悟しておけ」
父の眉間に皺が寄った。
来る相手来る相手、全員蹴散らしてくれそうだ。
「あたしはガーシャ以外と結婚する気ないよ」
「俺はよく知っている。新緑の民という血筋も稀有だが、宗主一族を相手にするには無名に近いあいつは不利なんだよ」
そう言えば、ルドラも最初にどこの宗主一族か、って聞いていたな。
「あたしだって宗主の血筋ではないよ。奥の山の神徒狩りだよ」
「だが大黒天様の落とし子なんだろう」
「それも全く分からないんだよ」
――浸食に抗えず泣く子を救うため、現世に命を落とした
その言葉は理解できないこともない。
だってあたしは、前の世界にはいなかったらしいから。そしてガーシャの言葉を信じるなら宗主のアケラも同じ。おそらくだけれど、あたしたちは大黒天様が誰かを救うためにこの世界に落とされたナニカなのだろう。
前の世界の話は時折ガーシャから聞くけれど、最後どうなったのかはいつも教えてくれない。唯一、『夢であってほしいような結末』と言っていたのと、過酷だった神徒討伐の話を聞くから、察することはできる。
だとしたら、大黒天様が救おうとした子は――
「今気づいたんだが、ナユタ、お前の勾玉にはもう一つ朱印があっただろう」
父に言われて気づいた。
そう言えばそうだ。あれは、もともと集落にあったお社の朱印なのだが、どこの神様のものか知らなかった。
勾玉を握り、刻まれた朱印を確認する。
恵比須様、毘沙門天様、福禄寿様、寿老人様。
そして、名も知らぬ集落の神様。
「これは大黒天様の朱印だね」
アリ様の言葉であたしと父は顔を見合わせた。
「これは集落のお社の神様の朱印なの。大黒天様の治める土地からあんなに離れているのに何故――?」
父も腕を組んで首を傾げた。
「そう言えば集落にはもともとお社なんてなかったんだよな。爺さんの時代にはお社がなくてかなり厳しい生活をしていたって聞いた。当たり前に聞き流してたんだが、つまりは集落に急にお社が出来たってことだよな」
「それ、もうちょっと気にしてよ」
「だが今考えても全く思い出せない。いつお社が出来たのか、記憶がすっぽり抜けてるな。集落の人間も誰も気にしてなかったように思う。あれはいったいいつ出来たんだったか……?」
「あんな立派なお社、出来たら覚えてると思うんだけど」
「大黒天様のお社だと言うのなら、大黒天様が作ったんじゃないのか」
大声でそんな話をしていたら、研究所の所長さんがにこにこと笑いながら止めた。
「……流石にこの場で道を外れるのはよしましょう」
はっとして父とあたしは口を噤む。
隣で聞いていたアヤハナ師範は完全に青ざめていた。普通の信仰心を持っている人からすればお社が出来るだの作るだの、大黒天様がやっただの、神様に対するとんでもない冒涜なのだろう。
アリ様も同じ感覚のようで、珍しく嫌悪感を示していた。
思ったよりも線引きが難しいな。
反省。
ため息をついたら、どっと疲れが出た。
そして、ほどなく宗主アケラから呼び出しがあった。




