鯰討伐(2)
「よし、神都を潰そう」
「任しとけ」
あたしが宗主に輿入れする話が出たと聞いて父と兄が即答した。
「オレもそれでいいと思う」
「お願いやめて!」
悲鳴のような声が出た。
放っておくと本気で物理的に破壊してしまいそうだから。
「……ナユタ嬢との血の繋がりをすごく感じる」
アリ様がぼそりと呟いたが、あたしこんなに物騒じゃない。
お医者さんが後ろで爆笑していた。
「成程、これに囲まれて育つとこうなる訳か。確かに、怖い物などない筈だ」
笑い事じゃないですよ。
「それでもいいんだけど、本当はもうちょっと全体的に調整しとかないといけない」
ガーシャが紙を出してきてさらさらと全土の地図を描いた。
左側に大山脈、右に大陸。右の海岸線に一番上から蒼都、神都、紅都、黄都。大陸の真ん中に赤都、大山脈に翠都と菫都。
こうして見ると菫都から紅都までは蒼都と赤都より離れている。兄たちがいったいどんな速さで駆け抜けてきたのか知るのが怖い。
ガーシャは紅都から菫都までを指でなぞった。
「まず、菫都にメイカさんを置いてきちゃったんだよね。きっと彼女は責任感が強いからオレたちの代わりに神徒狩りの立て直しに協力してると思う。能力的には問題ないと思うけど、回復したとはいえ病み上がりだし一人戻った方がいいと思う。アギ、来たばっかりで申し訳ないんだけどそっちに行ってくれる?」
「分かった」
次に紅都から赤都へ指をなぞった。
「オレはサイショウさんたちのところに行きたい。この後の事で話したいことが色々あるのと、この先は神都中心に話が動くと思うから近くに移動してもらえないかお願いしてみる。その後も……ちょっと別行動したいな」
「えっ」
せっかく会えたのに行っちゃうの?
悲しい顔をしたら、ガーシャが笑って父が不機嫌になった。
「一緒に連れて行きたいけど……ナユちゃんはラクシャさんと待ってて。すぐに迎えに来るからさ」
お父さんと一緒ならいいか。
父があたしを確保して膝に乗せた。この場所は非常におさまりがいい。
「ラクシャさん、お願いだから攻撃仕掛けたりしないでね。ナユちゃんも大人しく待っててね」
あたしたち親子は、はあい、とお返事をした。
ガーシャの指示は絶対なので。
「……まあどうせ大人しくしてるはずないと思ってはいるけど」
ガーシャからの信用度が低い。
問題解決の仕方があたしたち家族とガーシャでは違う。あたしたちが派手に壁を壊しながらまっすぐ進んでいくなら、ガーシャはきちんと道に沿った最短距離を歩いていく。破壊も反発も少ない方法で前に進む。だから何もしていないつもりでもいつの間にか目的地にたどり着いている事が多い。
きっとあたしたちが気づかぬうちに解決されている問題がたくさんあるんだろう。
「何かあった時に困るから本当は二人とも朱印が使える状態の方がいいんだけど……拘束は解けないの?」
ガーシャがアリ様に聞く。
普通にしてるけどその人、紅都の神徒狩りの長だよ。相変わらず偉い人との距離感狂ってるな――と思ったけどあたしも似たようなものか。
「アケラ様からの指示だからな」
ずっとあたしを助けてくれるアリ様ではあるけれど、その一線だけは絶対に越えてくれない。
不満げなあたしに、アリ様は言った。
「俺は紅都の神徒狩りだ。神都の姉妹都市とは名ばかりで立場上は神都の下位組織になる。俺を長に任命するのも向こう、今なら宗主のアケラ様になるな。主導権はすべて神都の寺社組織にある」
「それは変えられないものなの?」
ふと首を傾げると。
「そこだけは変えるわけにいかない。命令系統を崩すにはそれなりの覚悟が必要なのさぁ」
アリ様が肩をすくめた。
「現在の都が安定しているのは命令系統がしっかりしているからだ。寺社組織が司法律法の最上段、その下に神徒狩り、市井の自治組織がついて治安を守っている。人的な意味でも神徒や獣から守る意味でも。法の下にすべてが一方向を向いて動けるのが神都の強さなんだよ。そこから逸脱するものを排除するからこそ堅調を保っている。紅都はそこに組み込まれている」
巨大な都を運営するにはそれなりの仕組みが必要だ。神都は法によってそれを実現している。
「もし俺がアケラ様に逆らうなら、それはある意味で法への反抗だ。それも紅都の名を背負っている以上、ここに住む全員を巻き込んじまう可能性があるからそう簡単には動けないのさ」
アリ様に言われて納得した。
法というのは全員が守っていないと意味がないのだ。特に名のある立場になると想像以上の重責なのだろう。
「俺個人としてはナユタ嬢のことを気に入ってる。助けてやりたいのはやまやまだがこんな小さな事でも積み重ねになってしまう。紅都の長として、そこだけは譲るわけにいかないさ」
ガーシャはアリ様の言葉を受け止めて、笑った。
「大丈夫、貴方の立場は理解してるつもり。もう十分にナユちゃんを――オレたちを助けてくれた」
あたしたちにそれぞれ指示を出したガーシャは描いていた地図を破棄した。
「それじゃ、オレたちは今夜出ようと思う。ナユちゃんもメイカさんも一緒なら観光して帰るんだけど、それはまた今度、皆で来た時の楽しみに取っておこうね」
即断即決即行動。
息つく間もなく前へ前へと進んでいく。
それは心地よいほど爽快に。
「あっ、そうだ! 待って、一つだけ話しておきたいことがあったんだ」
「なあに?」
「アリ様、朱印の固定化って分かる?」
「分かるも何もナユタ嬢とお父さんに使っているものは固定化した朱印だが?」
やっぱり。
「朱印の固定化って何?」
ガーシャが興味を持ったのでガルトさんに聞いた範囲の事を話した。
「確かに……オレたちが朱印を使えない場面ってそうそうないし、使うのが当たり前だと思ってたから、発動した状態で固定しようなんて考えたことなかった。成程、神都の絡繰ってそうなってるんだ。確かに外道衆の作った結界もそうだもんな」
何で気づかなかったんだろ、と言いながら、すぐに真言を唱えた。
指先に浮かんだ朱印をそのままあたしの手に移す。
手の甲にぼんやりと浮かんだ朱印からくるくると新緑色の糸を出てあたしの小指に巻き付いた。
「うん、出来そう。これでいつでもナユちゃんがどこにいるか分かるね」
「えっすごい」
そんな簡単に出来るものなの?
アリ様を見ると、ぶんぶんと首を横に振っていた。
「普通はなんの練習もせずに出来ない。特に、紙や木の板と違って『人』への朱印固定はものすごく難しいんだ」
「アリ様は出来てるよ?」
「……これでも神徒狩りの長になる程度には人より色んな事が得意なんだよ」
スミマセン。
実際、アギがやろうとしたら全く出来なかった。系統的に父とあたしも駄目そうな気がする。
「でも、これがあれば『白』の境界に入る時も寝ずの番をせずに済むな」
アギが嬉しそうに笑ったら、ガーシャは凄く嫌そうな顔をした。
「……お願いだから境界には落ちないでね。菫都は境界が近いから心配だよ。まあ、メイカさんがいれば大丈夫だとは思うけど」
「早めに合流して連絡する」
ガーシャは同じようにして父とアギの手首にも新緑色の糸を巻いた。
あと、使うか分からないけど……と言いながら、紙に朱印を移していく。
「これは?」
「治癒の朱印を残してく。使えるかよく分からないから、ただのお守りだと思って」
数枚ずつ移したものをあたしとアギに回した。
「ああ、そうだ、あと一つ試したいんだけど……その、牢獄の朱印はどこ?」
「えーと、この辺」
胸元を指し示すと、ガーシャはいつも神徒を呼ぶ朱印にするようにくるくると新緑の糸を巻いていった。
最後にぷつんと糸を切ると、朱印を使ってみて、と言った。
真言を唱えると、あたしの周囲に光玉が浮かぶ。
「使えそうだよ」
「よかった。固定化された朱印でも効果がありそうだね。アリヤシャさんが命令に背けないなら、何かあった時はそのままオレが上書きすればいいや」
幼馴染の器用さがすごい。
これまで知らなかった技術をあっという間に使いこなすので、アリ様も驚いている。
「……お前の幼馴染すごいな」
「すごいでしょ」
何でもできる自慢の幼馴染なんだから!
褒められて何故かアギと父も得意げだった。
「でも面白いよね、朱印の力ってもっともっと自由なものなのかも。神様に反抗しない範囲で調べてみたいな。まだまだ色んな事が出来そう。古銭動原の絡繰もすごく興味あるんだけど、次から次へと色んな事が起きすぎて、今はそっちまで手を出してる暇がない」
主にあたしの所為ですね。すみません。
「神都の医療術にも興味あるし……時間がいくらあっても足りないなあ」
「忙しいな」
お医者さんが笑った。
「出立前に僕の家に寄っていくといい。菫都の医術は素晴らしいが、今の神都の医術は別格だ。一端だけも触れていけ」
「ありがとう!」
ガーシャが嬉しそうに笑った。
そうしてると年相応だな、とお医者さんが言う。
兄の相棒だからすぐ戦わされているし、あたしの所為で面倒事に巻き込まれる確率も高いけど、本当は実験したり研究したり考えたりしてる方が好きなんだと思う。本職は薬師だし。
いつかガーシャも好きな事を出来るようになるといいなあ。
遠すぎて意識できなかった、曖昧だった未来が形作られていく。一緒に育ったあたしたち幼馴染がそれぞれの道を見つけて歩み始める。問題がありすぎて、普通の人より少しだけ時間がかかってしまったけれど。
その時、外からどおん、どおん、と大きな音がした。
人の悲鳴も聞こえる気がする。
なんだろう。
全員の視線が窓に向かった時、ガーシャだけがあっという顔をした。
「ねえ、もしかして最近、ひどい大雨があった?」
「何日か前に六郷川が氾濫して土砂崩れも起きたくらいの大雨があったが……どうかしたか?」
それを聞いたガーシャが頭を抱えて下を向いて、考えながら、言葉を選びながら言った。
「ええと、実はオレ、ちょっとだけ未来が見える事があるんだけど……紅都に巨大な神徒が出るところが見えたことがある。大雨が続いて川が氾濫して、そのせいで海まで流された神徒が怒って都を襲うんだ」
「はあ? 未来? 神徒?」
アリ様とお医者さんは何を言っているか分からなかったと思うが、あたしたちはすぐに分かった。
鷺、蟹、狐、亀と倒してきた異形の神徒。そう言えば、神都に二体――って前に言っていた気がする。
そのうちの一体が現れようとしているのだろうか。
そう思った瞬間、外の天気が一変した。
晴れた青空だったのに、一瞬で黒々した雲が湧き、先も見えないような雨が降り出した。
「何なんだいったい?!」
次の瞬間には地面が、ごおおおおと大きな音を立てて動いた。
赤都の時と同じ、地震だ。
「紅都の神徒は鯰だ」
ガーシャが言った瞬間、外に凄まじい雷が落ちた。
「怒れる神徒は地面を揺らして雷を呼ぶ……もはや神徒というより災害そのものだ。早く倒さないと、都が破壊されてしまう」
窓から見えたのは、海岸線に横たわる巨体だ。
大雨の中でぼんやりと白く発光する体。山のような形をした体から細長い何かが無数に伸びている。
「気を付けて。あの髭一本ずつが雷を蓄えてる。触れたら痺れるから、触らずに切断して。あとは、じたばた暴れるのに呼応して地面も揺れる。体勢を崩さないように注意してほしい。飛べるならずっと空中にいた方がいい。あと体表が滑る。すっごい滑る。亀と違った意味で攻撃が通りづらい」
すでに戦闘態勢に入っている兄とガーシャが窓枠に足をかける。
「後は雷を帯びた眷属が湧くから、アリヤシャさん、神都にも神徒狩りに連絡して倒してもらって。さっきも言ったけど、なるべく触らないように」
「俺も行くか?」
「いい。ラクシャさんはさっきまで瀕死だったんだから休んでて。オレたちで倒せると思うけど……でも、もし駄目だったら、助けてほしい」
「倒せるのか?! あんな巨大な神徒見たことないぞ!」
アリ様が悲鳴のような声を上げた。
「元気な時のラクシャさんなら一撃だよ」
ガーシャの言葉でアリ様が絶句した。
「大丈夫、オレたちだってあれで5体目だから。それよりアリヤシャさん、古銭動原の絡繰と牢獄の固定化を見て思ったけど、もしかして都全体を守るような機構が作ってあったりする?」
ガーシャの言葉で、アリ様は嫌そうな顔をした。
「……何で分かるんだよ。もう、すごいを通り越してお前が怖いよ」
「じゃあ、町の方はお願いね。アリヤシャさん自身は戦闘向いてないでしょ。討伐は任せて」
先にアギが外に飛び出して、ガーシャも身を乗り出した。
「あたしも行く!」
「来てもいいけど怪我しないでね」
伸ばされた手を取って、雨の空に飛び出した。




