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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第四章 菫都・紅都編
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研究所(2)

 建物の外に出ると近くに川があるのか蛍が飛び交っていた。深い森の中、夏の夜の空気はじんわり暑いが汗をかくほどではない。月が見えない程度には深い森。常緑の広葉樹が多く、葉が分厚いのだ。

 ここは都の関所の外にある森の中だそうだ。不知森(しらずもり)と呼ばれる都近くの禁足地――禁足地なのにこんな大きな建物を作っていいのだろうか。逆に言えば禁足地だからこのような施設が見つからず許されるのか。

 近くに転がっていた大きな石に座ってぼんやりと待ってみたが、神徒が出ない。

「……神徒が出ない。普通ならとっくに出てもいいはずなのに」

 と思ったところではっとした。

「アリ様、あたしって今、朱印の力が使えないんだよね?」

「ああ、そうだ」

 アリ様があたしの胸元をとん、と指で突くと、桃色の朱印がふわっと浮かんだ。

 研究員の一人が察して首を傾げた。

「もしや、神徒を呼ぶのは、体質ではなく朱印の術の一つなのですか?」

「どうやらそうみたいなの」

 アリ様の牢獄にも、ガーシャの糸と同じ効果があるみたいだ。思わぬところで神徒の発生を抑制できる手段を見つけてしまった。

「成程……アリヤシャ様、ちょっとだけ……ちょっとだけ牢獄を解除することは出来ませんか?」

 研究員のお願いにとっても嫌そうな顔をしたアリ様。

 あたしの方をちらりと見る。

「大丈夫、解除しても逃げたりしないよ。だってお父さんがまだ紅都(ベニト)にいるもん」

 そう言うと、アリ様は渋々ながらあたしの胸元に指をあてた。

 ぴぃん、と甲高い音がしてあたしの胸元の朱印が消える。

 その途端、周囲がにわかに騒めき始めた。

 ひらひらひらと白い人型の紙が落ちてくる。キキキキキキと何かが擦れる音がする。

 背後に控えていた黒装束の2人が皆を守るように飛び出してきた。


―― ノウマク サ マン ダ


 細長い体をくねらせて現れたのは(イタチ)の神徒だ。前足に大きな鎌が伸びている。あの鎌に捕まったらおしまいだ。

 見上げるほどに巨大な3体の神徒があたしたちの周りに現れ、大きな咆哮を上げた。

 研究員たちは想像以上に早く現れた神徒に(おのの)いた。

 せっかく朱印が使えるようになったので、真言を唱えて周囲に光玉を浮かべる。

 上空から飛来する鎌の攻撃を避けながら、光玉で空に駆け上がった。夜の森は暗いが、神徒は白く発光するので非常に狙いが定めやすい。

 狙いを外して地面に突き刺さった鎌を抜こうとしている(イタチ)の首を、絞った光線で撃ち抜いた。

 ばあっと白い人型の紙に戻り、地面にじゃらじゃらと古銭が落ちる。

 黒装束の二人は左右から身軽に飛び掛かり、鎌を避けながら腕と足を斬り落としていく。最後に黒い糸で首を締め上げると、ぶつり、と首が落ちた。

 はらはらと白い人型の紙が舞い、じゃらじゃらと古銭が落ちる。

 最後の一体は、黒装束のガルトさんが影に引き込んで倒していた。

 倒した瞬間、影からぶわっと白い人型が吹きあがり、地面から古銭が噴出した。

 呆然とその様子を見ていたアリ様は慌ててあたしの胸元に朱印を施しなおした。

「びびびび、びっくりした」

 自らの胸元に手を当てて、心臓を落ち着けるように。

「ナユタ嬢といると何回心臓が止まるか分からない。婚約者とやらはお前がいつもこんな調子で大丈夫なのか?」

「んー、ガーシャはね、すごく過保護だよ」

 ああわかる、そうなるよな、と噛みしめたアリ様はもしかしたらガーシャと仲良くなれるのかもしれない。

 その横で研究員たちはいっせいに記録をとり始めていた。

 あたしからの出現距離を正確に測り、神徒の大きさ、落とした古銭の数まできちんと数えている。

「驚くべき量ですね……」

「これは……アケラ様でなくとも目が眩むな……」

 この一瞬で獲得した古銭は、研究所の一か月分の研究費より多いらしい。

 そう言えば、最初にここへ到着した時、あたしの事を研究費って呼んでるおじさんがいたっけ。

 まあいいけど。

「ですが、これは調査するにも神徒を狩る必要がありますね……」

「あたしの横に無限に神徒が狩れる人が一人いれば出来るよ」

 父とか。兄とか。姉とか――よく考えるとあたしの身内には攻撃力過多な人間ばかりが集まっている。というより、あたしといることで否応なしに神徒を狩らされるせいで強くなってしまうのかもしれない。

「ガルトさんなら出来ると思うけど。お父さんと同じくらい強そうだったし」

 何故か分からないが、菫都で父の剣戟を受け止めた影はこの人だという妙な確信があった。影だったけれど。

 この人は強い。父と同じくらいはさすがに言いすぎたかもしれないが、宗主アケラの直属部隊の頭領を務めているのだ。その実力は生半(なまなか)なものではないだろう。

 神徒との連続戦闘は慣れるまでとっても疲れるのだ。メイカ様もカラハも、慣れるまで大変そうだった。そう考えると父とゴクジョウ師匠はさすが、最初からついてきていたな。疲れていたのかもしれないけどそんな顔は見せなかった。

 にこにこ笑うと、ガルトさんはとっても嫌そうな顔をした。


 アリ様によって再び牢獄が解除されるとすぐにざわざわと湧き始めた。

 研究員の人達は怪我をすると困るのでアリ様が一時的な牢獄を付与してくれている。

 もしかしてこれ、あたしへの使われ方が特殊なだけで、もともと『閉じ込める』ための朱印ではなく『護る』ための朱印なのでは。アリ様って大規模な神徒狩りをするならかなり優秀な後衛なのでは。

 と思ったが、牢獄に入ると朱印が使えないのだった。神徒狩りを守るためには使えないな。

 残念。

 でももし都が襲われたりしたら、人々を守るための有用な手段になるだろう。

 こうしてすぐに大規模討伐を考えるようになったのは父の(カメ)討伐を見てからだ。自分だったらどう倒すだろう。ガーシャだったらどう倒すだろう。アギだったらどう倒そうとするだろう。

 幸いにもあたしの周りにはお手本がたくさんいるので具体例に事欠かないし、豊富な前衛が戦う姿も容易に想像できる。

 その想像の中にガルトさんたちも配置する。

 ガルトさんの主武器は父と同じ刀だ。けれど、おそらく使い方が違う。

 黒装束の彼はどちらかというと隠密に近い動きをしていて、刀も大きな攻撃力というより補助的な武器として使っている。攻撃より受け、前進より後退、無理な攻撃をするくらいなら退避を選ぶ。

 父の攻撃を受け流したのもその技術によるのだろう。おそらく、父のように(カメ)の神徒をぶった切るなどという事は出来ないに違いない。その代わり、あたしをさらった時のように虚を突いた動きは得意そうだ。

 対人戦闘という意味なら明らかにアギより強いだろう。

 ラサーヤナさんは脇差と黒い糸を使うようだ。糸を見ると誰かを思い出してしまって寂しくなるので視線を外した。

「余裕だな」

 ガルトさんに声をかけられた。

 適度に神徒を狩りながら、妄想しながら戦闘の分析をしていたのがバレたらしい。

 お互いに目の前の敵を倒して、背中合わせに着地。軽く肩が触れたが、牢獄がないのではじき返されない。

「今は反発しないね」

 そう言うと、とても嫌な顔をされた。

 何も言わずに反発の確認相手にされたのが不快だったらしい。

「……もし、本当にアケラ様に(とつ)ぐ気があるのであればもう少し大人しくしていろ」

「だから、嫁がないってば」

 何度言えば伝わるのだろう。

「そんな事しなくたって力になるって言ってるじゃん。今も協力してるし。どうして分かってくれないのかな」

「お前こそ何故宗主一族にそれほど反発する?」

「相手が宗主だろうが宗主じゃなかろうが、無理やり拉致されて父親が死にかけて、大好きな人たちとも離されちゃったら誰だって普通に怒るでしょ」

 そう言うと、ガルトさんは面食らった顔をした――まるで知らない価値観を突き付けられたかのように。

 神都では宗主が偉くて、寺社組織が偉くて、そこに逆らうなんて誰も考えもしないのかもしれないけれど、あいにくあたしは田舎生まれの田舎育ちでそういったものと無縁で生きてきた。今さら敬い方がわからないのだ。

 神様を信仰する心と同じで、性根にソレが存在しない。

 あたしにとっては、神様も、宗主一族も、町の人たちも、皆同列だ。

「でも……もしお父さんが死んだらアケラの事も貴方の事も許せなくなるかもしれない」

 胸の奥底に揺蕩(たゆた)う怒り。奪われようとしている事に対する怒り。

 ふとした瞬間に溢れそうになる感情は悲しみと隣り合わせだから、冷静になるために厳重に蓋をして沈めてあるだけだ。

 あたしの言葉をどう受け取ったのか分からないが、ガルトさんはそれ以上聞かなかった。


 ほんのひと時の間にかなりの数の神徒を倒した。

 あたしは慣れているしガルトさんも平気そうだったが、ラサーヤナさんはもう無理そうだ。

 その時点で今日は終了。あたしに牢獄を付与しなおした後、アリ様はちょっと寝る、と言って建物に入っていってしまった。昨日からずっと寝てなかったもんな。

「もう紅都に戻っていい?」

「何を言っている。アケラ様から紅都へ戻る許可は出ていない。アリヤシャ様も城へ戻るように言われているはずだ」

「嫌だ。お父さんのところに帰りたい」

 ガルトさんに言うと、お前は子どもか、と窘められた。まだ子供だよ。来年成人だけど。

 とはいえどのみち、アリ様は寝てしまっているだろう――と、そこでふと気づいた。

「そう言えば、アリ様は寝ても朱印の力が消えないんだね」

「固定化しているからだろう?」

 当たり前のように言われたが、なんだそれ。知らない。

 首を傾げたあたしに、むしろガルトさんが眉を寄せた。

「古銭動原の絡繰(カラクリ)に使われている技術だ、誰もが知っていると思っていたが……」

「ごめんね、田舎者なんだよ」

 もしかするとこれまで出会った神徒狩りの人たちは知っていたのかも知れない。

 それが初歩の初歩なのだとしたら恥ずかしい話だ。

「教えてください。お願いします」

 深々と頭を下げた。

 寝ても朱印が発動した状態に出来るならガーシャの負担がとても減る。あの人すぐ自分の睡眠時間削り出すから。

「あれだけ朱印を使いこなしておいて固定化すら知らないのか……まさかお前の一家は全員そうなのか。それであの強さなのか」

 ガルトさんが何だか衝撃を受けていたようだけど。

 朱印の使い方については教えてくれるようだ。


 禁足地の森の中で、ガルトさんは腕組みをして講義を始めた――この人も部隊の頭を務めるだけあって面倒見がよさそうだ。

「固定化というのは読んで字のごとく朱印を勾玉から切り離して固定することだ。それにより、力さえ与え続けてやれば発動した者の意思とは切り離したところで朱印を動かし続ける事が出来る」

 そう言いながら、ガルトさんは指先に小さな朱印を展開し、それを石に焼き付けた。

 焼き付けられた真っ黒な朱印は黒々とした光を放っていたが、しばらくすると消滅した。

「最初に与えた力がなくなるまで動き続け、その先は新しい力を与えないと停止したままになる」

 そう言われて思い出した。

 外道衆が作っていた結界の箱。あれは、あたしの母が遺した朱印を古銭によって動かしていると言っていた。まさにあれは固定化された朱印だったんじゃないだろうか。

「普通は固定化した朱印を複数持ち歩いたり朱印を付与した武器を持ち歩いて使用する。そうでなければ朱印を使い続ける疲労の方が上回って動けなくなる……普通は(・・・)な」

 常に朱印を直接使い続けるお前たちはおかしい、と言外に告げられ閉口した。

 それ以外の方法を知らなかったんだよ。

「もちろん、実際に勾玉から稼働している朱印の方が強い威力を持つから使い分けが必要だ。その辺りは慣れていくしかない。あとは、固定化に向いている朱印と向いてない朱印がある。それも見極めが必要だな」

「で、固定化ってどうやったらできるの?」

「簡単だ。朱印をモノに移せばいい。紙でも石でも着物でも本でも何でもいい」

 簡単に言うけど、それって実はとっても難しいのでは?


 夜も更けていたので建物の中に戻るとアリ様が椅子を三つほど並べてその上で仰向けに寝ていた。器用だな。神都に来たときはきっちり着付けていた着物も崩れ、こうしていると神徒狩りの長とは思えない。

 ラサーヤナさんも壁に寄り掛かって休んでいる。

 その近くに風呂敷包が置いてあった。

 開くと、あたしが着てきた白藍色の服が入っていた。

 帯を広げると中から紙に包まれた何かがぽろりと落ちた。

「……あ」

 金平糖(こんぺいとう)だ。

 菫都でおばあちゃん先生にいただいて、メイカ様に分けようと思ってすっかり忘れていた。ずっと帯に挟み込んでいたんだった。

 広げると、金平糖が3粒零れ落ちた。

 一個はあたしがもらって、あと二個はガーシャがくれたんだった。

 一粒ころりと口に含むと、甘い味が口中に広がった。

 菫都でガーシャと一緒にいたのはつい先日の事なのにひどく遠い過去のように感じた。

 本当なら今すぐにでもガーシャを呼びに行って父を治してもらいたいのに、アリ様が部屋の中は誰も見えないし聞こえない、と言っていた通り、アラージャさんにあたしの手紙は届いていないだろう。

 誰かにあたしの居場所を知らせる手段がない。

 だから、あたしが連れ去られたらいつもすぐに見つけてくれる兄と幼馴染の勘に賭けた。

 おそらく、神都(シント)付近にいる事は見当がついているはずだから、近くまで来れば何とかなるかもしれない。

 相変わらずあたしは無力だ。

 じんわりと目の端に涙が滲み、鼻の奥がツンと痛くなる。

 泣くな。

 ここには慰めてくれる兄も幼馴染もいないのだ。

 残った二個の金平糖を紙に包みなおし、元の着物に着替え直した。こちらの方が動きやすい。

 口の中に残った金平糖をころころ転がしながら壁際にもたれかかった。

 膝を立てて顔を埋めたら、いつの間にか眠ってしまっていた。


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