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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第四章 菫都・紅都編
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研究所(1)


 アリ様の準備を待たず、神都から使者が来た。

 あたしを菫都から拉致し、ここまで連れてきた黒装束の男だ。

「まだアリ様が着替えてるから待ってあげて」

 そう言うと、黒装束の男はかすかに眉を上げた。

 時間に厳しい質なのかもしれない。

「……お前もその格好でアケラ様の前に出すわけにいかない。城に到着したら身なりを整えてもらう」

 昨日は攫ってきてそのまま会ったくせに。

 でも言われてみると着物に血がついていたり、地面に擦れて泥だらけだったり散々な格好だ。

 と、奥からアリ様が出てきた。

 漆黒の着物に薄紅色の羽織を肩にかけ、白銀色の髪を緩くまとめていた。こうしてきちんとした姿を見ると、だらけていたさっきの姿は何だったんだろうと思う。

 眠っている父にいってきます、と挨拶をして部屋を出ようとすると、一歩目で柔らかい壁のようなものに押し戻された。

「ああ、忘れていた」

 アリ様があたしに手を差し出した。

 その手を取って踏み出すと、壁は感じずに外に出る事が出来た。

「部屋を出たら俺からあまり離れる事は出来ない。人に触る事も出来ないから気を付けてくれ」

「そうなの?」

 前を歩く黒装束の人を触ろうとしたら、触れる前にバチンと弾かれた。

 アリ様も黒装束の人も驚いた顔であたしを見ている。

「……ナユタ嬢は放っておくと好奇心の為に命を落としそうで怖いな」


 紅都へ来た時と同じ、馬が引く籠に乗せられて夕焼けの街道を進んでいく。

 あたしたちの乗せられている黒塗りの籠はどうやら特別なものらしく、道ゆく人々がみな頭を下げて道を開けていた。投地している人さえいる。

 その様子を見てアリ様は苦々しげに言った。

「相変わらず神都の寺社の作法は趣味悪いねぇ」

「宗主一族を敬うのは当然の事です」

 がたんがたんと揺れる籠に、アリ様は眠そうだ。それはそう、今日の昼間は寝ずにあたしたちとずっと話していたのだから。

 頼れる父は未だ臥せったまま、味方はいない。

 不安だけを乗せたまま籠は神都への道を進んでいった。

 黄昏時を過ぎる頃、ちょうど紅都と神都の間を走っていく。湾に夕陽が反射してきらきらと光っているのが美しい。他より高みにある石垣の上の武陽城(ぶようじょう)はくっきりと赤の空に輪郭を映し出していた。


 実際に城を目の前にすると、その壮大さに息を呑んだ。

 近くで見ると石垣の石一つ一つがあたしの背丈より大きい。それを何十も積み上げて作られた土台。見上げても見果てぬほど空に近い天守閣。紅都の望楼と同じく、雪洞(ぼんぼり)のような灯りが白壁と黒瓦を照らし出している。

 口開けて上を見上げないで阿呆っぽいから、と幻影の幼馴染が囁いたのですぐに視線を前に戻した。

 黒装束の人に連れられて城の中に入ると、まずは身なりを整えろと奥の部屋に連れて行かれた。

「ラサーヤナ、こいつの身なりを何とかしてやってくれ」

「承知いたしました」

 黒装束の人が、もう一人の黒装束の人を呼ぶ。

 声からしてこちらは女性のようだ。

 その人に連れられて行ったのはまず風呂だった。客用なのか、さほど広くはない風呂場に突っ込まれて、汚いから洗ってこいと冷たく言われた。

 仕方ないので体中についた泥や血や、そのほか汚れを落としていく。

 湯船につかったらこのまま寝そうになった。

 が、外から寝るな! と怒声が飛んできたので慌てて起きる。

 アリ様の牢獄のせいで人に触れないので、全部自分で身支度しなければならない。面倒くさい。

 髪を拭いてしっかりと結い上げて、用意されていた黒の着物に着替え、蜻蛉玉の簪を差した。

 化粧道具も用意されていたので、うっすらした記憶を頼りに軽く目元に紅をつけた。

「……思ったより教育されているな」

 黒装束の女性がぽつりと言った。

「厳しい姉ちゃんたちに仕込まれたからね」

 帯も自分で結び終わって立ち上がる。きっちりと着付けをすると背筋が伸びる気がする。

 これで満足か。

 ざっと確認した女性がいいだろうと言ったので部屋を出たら、外でアリ様が正座して待っていた。そうか、あまりアリ様から遠くに離れられないんだっけ。

 彼はあたしの姿を見てぎょっとした。

「化けたな」

「化けてないよ」

「中身は同じかぁ」

 よけいな事言わずに黙ってろって言われないか? と聞かれて、あまりに心当たりが多かったので答えなかった。


 着替えたあたしはアリ様に連れられて恐ろしく広い畳の部屋へ通された。こんなに広いのに人がいない。夏だというのに空気が冷たく、きっちり着つけた着物でちょうどいいくらいだった。

 奥へ奥へ歩いていくと、一番奥は灯りが少なく薄暗がりになっていた。少し座面が高くなっており、御簾もありそうだがすべて上げてあった。

 アリ様はそこで立ち止まり、正座して深々と礼をした。

 あたしもそれに倣う。

「アケラ様、神徒の娘をお連れしました」

「遅かったな」

 不機嫌そうな声で迎えたのは宗主アケラだ。

 その隣に恐ろしく整った容姿の黒髪の女性が控えていた。掌に小さな生き物を乗せ、指で撫でている。

 その女性が撫でている生き物が黒い(ネズミ)だと気づいた瞬間、背筋に水を流し込まれたような感覚で全身がざっと冷えた。

 黒い(ネズミ)

 あたしを最初から最後まで糾弾するあの黒い神徒。

 女性があたしの方を見て微笑む。

 ひどく美しいが――怖い。

 逃げそうになる心を何とか叱咤してその場に留まった。ここには守ってくれる父も、兄も、姉もいないのだ。

 大きく深呼吸して二人をじっと見た。本当は偉い人を凝視したら不敬になるのかもしれないけど、作法も知らない田舎者をこんなところに引っ張り出してきたそっちが悪い。

「お前が神徒を呼ぶのは分かっているが、どの程度呼べるか把握しているのか。場所は、時間は、数は」

「知りません」

 そんなの分かってたらあたしだってアギたちだって苦労してないよ。

「その程度も把握できていないのか。では最初に研究所へ行って調べて来い」

 淡々と感情のない声で告げるアケラ。

 隣の女性がアケラの肩にしだれかかった。

「ねえ兄さま、それが終わったらどうなさるおつもりなの?」

「神都の郊外に配置する。身分上はガルトの下につけて神徒を狩るだけの組織を編成するつもりだ」

「ねえ、それよりもいい案がありますわ」

 こちらを見て、くすくすと笑いながら。

「兄さまの妻の一人にしてしまいましょう。もしかしたら、この女の子供も同じ力を持つかもしれませんもの、そうすれば神都はずぅっと潤い続けますわ」

「成程、確かに子も同じ力を持つ可能性はあり得るな」

 あからさまに隠さない敵意を女性から受けて、息が止まった。あたしが嫌がるだろう事を的確についてくる。

 兄さま、と呼んでいるという事は宗主アケラの妹なのか。

「貴方、年は?」

「……15」

「来年には輿入れ出来ますわね」

「え、しませんよ」

 思わず答えたが、女性は(たお)やかに微笑んだ。

「貴方の意思は関係ありませんわ、田舎者の分際で。神都の宗主である兄さまに嫁ぐ事を誇りに思いなさい」

 宗主一族は皆こうなんだろうか。

 あたしの知る宗主一族は、蒼都(ソウト)のメイカ様とセイカとサイショウさん、菫都(キント)でアマナ様とそのご家族。さほど偉そうな人を知らない。

 ああ、でも、翠都(スイト)の宗主はメイカ様に根性叩き直される前、こんな感じだったな。

 ここではっきり断っておかないと面倒な事になりそうだ。

「あたし婚約者がいるので貴方とは結婚できません」

 父は認めてないけど。

「お相手はどの寺社の宗主一族の方かしら?」

「宗主一族じゃないよ」

「話になりません」

「あたしも宗主一族じゃないけど?」

「ええ。ですから光栄に思いなさい」

 話が通じない。

 ちょっと疲れてきた。

 アリ様は隣で無になっていた。眠いのもあるだろう、本当にどうでもよさそうだ。

「婚姻に関しては来年以降どうとでも出来る。まずは寺社の研究所でその体質を解明しろ。アリヤシャ、連れて行け」

「……俺も都の長だからそれなりに忙しいんだが」

 ぼそりと呟いたが、アケラの耳にも入らなかったようだ。

 ため息をついたアリ様はあたしを連れて部屋を辞した。



神都(シント)は寺社組織が管理する都だ。宗主一族以外にも寺社の人間が多く様々に役割が分かれている。神徒狩りも寺社が管理している組織になるな。アケラ様が事実上の神徒狩り組織の長でもある。神徒狩り以外にも、市井の自治組織を管理する組織、法律を作る組織、何かあれば裁判を行う組織もある」

 アリ様はあたしを連れて歩きながら説明をしてくれた。

「その中の一つに研究機関がある今向かってるのはそこだ。とりあえずそこでお前の体質を詳しく知ってこいというのがアケラ様からの命令だ」

 面倒くさい。

 顔に出ていたのか、アリ様もため息をついた。俺だって面倒くさいと言いたげだ。

「神徒狩りは5人程度の細かい組に分かれて動いちゃいるが、全体で所属員がだいたい数百いる。それと別に、アケラ様が個人で動かせる直属の部隊がある」

 他にもこれまで様々な都を見てきたが、神徒狩りだけで数百人規模となると、間違いなく神都(シント)の規模が最も大きいだろう。

「それが今俺たちの後ろからついてきている彼らだ。男の方が頭領のガルト、女の名前は知らん。輿入れ云々の前はガルトの下にいれる、と言っていたからもしかするとお前の同僚になるのかもなぁ」

「ナユタ様のお世話を申し付かっておりますラサーヤナと申します。アリヤシャ様だけでは気が回らぬ事もありますでしょうから何なりとお申し付けください」

「よろしく、ラサーヤナ」

 にこりと笑うと、彼女は静かに目礼した。

 先ほどと態度が全く違うのは、あたしがもしかすると宗主の妻になるかもしれないからだろう――なるつもりは一切ないが。

 長い廊下を抜け、階段を上り、下り、もはやどこを歩いているのかも分からない状態で、最後の長い長い階段を下りた先、ようやく大きな杉の木の扉が現れた。もしかするとこれも翠都の千年杉が素材になっているかもしれない。

 ぎいいい、ときしんだ音を立てて扉が開く。

 中は思った以上に広くなっており、所狭しと並べられた机で皆が忙しそうに動き回っていた。皆一様に医師の着るような白衣を纏っている。

 アリ様が入ってきた事に気づくと、働いていた人は一斉に頭を下げた。

「やめろ、俺は隣の都の神徒狩りだ。面倒な敬意を払うな」

 しっし、と何かを追い払うような仕草をすると、また皆仕事に戻っていった。どうにも非常に忙しそうだ。

 その中から、一人の男性が歩み出てきた。お腹がたゆんと大きなおじさん。

「このような地下までご足労いただきましてありがとうございます、アリヤシャ様。アケラ様よりお聞きしておりますが、こちらの方が……?」

「ああ、そうだ。神徒を呼ぶ体質だというナユタだ」

 アリ様に紹介されぺこりと礼をすると、その男性は大きく手を広げた。

「おおおおお、この方が我々の研究費、もとい神都(シント)の救世主! ぜひともよろしくお願いします!」

 男性の大きな声で研究所にいた全員がこちらを見た。

 怖! 何、何を期待されているの!


 おじさんはでっぷりしたお腹を揺らしながらあたしたちを案内してくれた。

「研究所は医療部門、絡繰(カラクリ)部門、動植物部門などいくつかに分かれておりますが、今回ナユタ様をご案内しますのは表向き存在しない部門です」

 少し声を潜めて。

「……道を外れる事になりますので」

「え?」

 この壮大な都の真ん中の、寺社組織の一部が……?

「この先が秘設された神徒部門です」

 地下の研究所のさらに奥、もっと地下深くへと潜る階段が姿を現した。

 階段の奥はさらに通路になっていた。

 土壁を固めただけの通路がずいぶん先まで続いている。天井から水滴が時折、落ちてくる。

「どこまで行くの?」

「さすがに都の中で道を外れることは出来ません。都の外まで出ます」

 城の中は涼しかったけれど、密閉された長い洞窟を何人も並んで歩いていると暑い。着替えたい。

「都からあんまり離れると神徒が湧くかも」

「……それは困るな」

 アリ様があくびをしながら言った。単調な道を歩いているから飽きてしまったのだろう。

 しかし心配したように神徒が現れる事はなく、長い長い道を歩いてようやく上りの階段が見えた。

 階段の先には城の中と似た研究所が作られていた。窓のない木組みの建物なので、いったいここがどこなのかは分からない。城の方より人が少ないのは、秘設された部署だからだろうか。研究員らしき人は数名、皆が首から勾玉を下げていたから神徒狩りも兼任しているのかもしれない。

「皆、集まってくれ」

 おじさんの声で研究員たちが集まった。

「昨日話していた神徒を呼ぶというナユタ様だ」

「えっ、あれって本当だったんですか?」

 研究員の人が驚いた声を上げる。

 そして数名が同時に質問してくる――意図的に呼べるのか、時間は、数は、場所は。先ほどのアケラ様とほぼ同じような質問だ。

 一つ一つ答えていくが、質問は尽きない。しかも全員が純粋に興味で知りたがっているのが分かる。

 その中の一人の研究員がぽつりと呟いた。

「……一度見てみたいです」

 その言葉に全員が賛同した。


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