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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第四章 菫都・紅都編
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旅一座(5)

 あの頃はまだ、何故あたしの周りに神徒が現れるのか知らなかった。

 だから、いつかもし神徒を意識的に、自在に呼び出せるようになってしまったら、その時あたしは人ではなくなってしまうのだろうと漠然と思っていた。

 今は少し違う。

 父親に会い、母親を知り、自分の出生を知ったあたしはこの力の源を知った。

 だから今は――神徒を意識的に、自在に呼び出せるようになりたい。そうすればあたしはアギを自由にしてあげられる。

 都の外に多い農地をなるべく荒らさないように、人の少ない土地を目指して駆け回る。


―― ノウマク サ マン ダ


 頭の中に声がする。

 目の前に立ち上がってきた大きな牡鹿の獣型の神徒を、あたしはまっすぐに見つめた。背後には別の神徒が立ち上がる気配がある。

 神徒の攻撃が始まる前に、あたしは空へと舞い上がった。

 メイカ様に習った舞の動作が染みついている。

 手足を大きく動かして、袖を風に乗せる。

「蒼天、かぁ……」

 足元に見える雲一つない夏空を見ながらこれまでの事に思いを馳せる。

 自分自身が何をしたいのか、今でもよく分からない。

 あたしを導いてくれるのはいつも二人の兄たちで、彼らは一度たりとも歩みを止める事がない。そうやってあたしをここまで連れてきた。立ち止まってしまいそうになるその度に叱咤し激励して引っ張っていく。

 彼らはあたしと父が悲観的だって言ってたけどきっと違う。

 アギとガーシャが強すぎるんだ。あの二人こそ、きっとこの世界を救うために遣わされた存在だ。

 もしそこへあたしが投入されたのだとしたら、それはただの舞台装置の一つでしかなく、きっと主役には成りえない。

 物語の主人公はアギとガーシャなのだ。

 あたしは――世界を救う彼らを助ける存在になろう。

 そう思ったら気が楽になった。

 大丈夫、誰かを助けるのは得意だから。


 十分に駆け回ってたくさんの神徒を呼び出して、あたしはアギの元へ戻った。

「背中にいるのがメイカ様じゃなくてごめんね」

 そう言うと、アギは笑った。

 きっと観客たちはあたしが神徒を呼んでいる事を薄々気づかれている。蒼都では気づかれなかったその秘密に気づいた時、人々はいったいどうするんだろう。

 テラスと共に神徒を狩りながら不安を覚えたが、ただ目の前の敵を倒すことだけに集中した。

「ねえ、アギ」

「何だ?」

「永久に湧き続けるけどこれって最後どうしたらいいんだろう?」

「……特に聞いてねえな」

 体力無尽蔵のアギと違って、あたしは戦うとちゃんと疲れるのだ。

 考えておいてもらわないと困る。

「もー!」

 怒りの声を出したら、ちょうど後ろから笑い声がした。

 はっと振り向くと、幼馴染がくすくす笑いながら立っていた。

「ごめんね、遅くなっちゃった」

 そう言いながら新緑色の糸を出して、あたしの胸元にくるくると巻き付けていく。

 封印の糸は神徒を呼び出す朱印を包み込んで、その効果を止めた。

「メイカ様は?」

「大丈夫、サキョウ先生が見てくれてるから」

 ついでに周囲の神徒をぎゅうぎゅうと縛り上げて。

 身動きの取れなくなった神徒の頭を撃ち抜いた。ガーシャがいると狙いを固定してくれるので倒しやすい。

「じゃあ、そろそろ終わりにしようか」

 ぶわりと長い糸を紡ぎ出すと、残っていた神徒すべてを縛り上げ、ひとところに固めると、よいしょっと掛け声をかけて引っ張り上げた。

 空中に放り出された神徒めがけて、アギが三叉戟を振り下ろす。

 すさまじい炎が迸って、空を焼き尽くす。

 まるで悲鳴を上げているようにキキキキキと白い紙が燃やし尽くされ、まるで雨のように古銭が降り注いだ。


 離れたところにいた観客たちがどおっと湧いた。

 蒼都の時もそうだったのかな。

 あたしはあの時、最後までいられなかったから知らないけど。

「このくらいやれば十分だろ」

 神徒狩りの宣伝としては申し分ない。少しでも興味を持ってくれるといいのだけど。

 光玉を蹴ってそのまま観客たちの前に戻り、深々と礼をする。

 よく見ると、旅一座の人たちがあふれ出す人たちの整理をしてくれていた。

 遠目だから分かりづらいが、そこには宗主のアマナ様とそれを守る嵯峨野(サガノ)家の人たちもいるような気がする。

 目を疑った。

 宗主一族が寺社の敷地を出る事は稀有だと知っていたからだ。敷地どころか都の関所さえ越えて、神徒が現れるような場所までやってくるなど本来ならあり得ない。

 一応、そこだけ舞台のように一段高くなっていて緋毛氈が敷いてあるような気もするが。

 見なかったことにして目立つ猩々緋色の着物に向かって叫ぶ。

「お父さーん! 古銭はそのままでいいんだよね?」

「ああ。先に戻ってろ!」

 無事帰還命令が出たので、あたしたちはまたひらひらと空中を舞いながら都の関所へと戻っていった。


 関所の手前に降り立って、そのまま都の中を歩き出した。

 最初に到着した時は排他的な空気を感じていたが、今はあまり感じない。どちらかというと遠巻きに気になってこちらを見ている人が多いようだ。

 なにしろ、初日には絶対に無理だっただろう、近くの店でお菓子を買えた。

 三角形の餅にあんこが挟んであって、食べると独特の香辛料の匂いがする。一瞬驚いたが、あんこと一緒に食べるとむしろ美味しい。三個くらい一気に食べたら、お土産の分がなくなるとアギに怒られた。

「生八つ橋って言うんだって。菫都の名物だよ。他にも色んな味があるみたい」

「いいな、色々食べてみたい」

 そうして菫都の大通りを歩いていたら、とうとう都の人に声をかけられた。

「お茶でも飲んでいきませんか」

 生八つ橋で口の中が甘くなっていたので美味しいお茶は大歓迎。あたしたちは勧められるままお茶屋さんの軒先に座った。

 丸盆に熱い緑茶が乗せられてくる。

 真夏の昼過ぎ、気温は非常に高いのだが、湯呑に入った透き通った緑色はとても魅力的だった。

「ありがとう。いただきます」

 ふうふう冷まして一口。暑い。でもすっきりしてとても美味しい。

 丸盆を抱えたお姉さんは、じいっとガーシャの横顔を見ていた。気づいたガーシャが微笑み返す。

 お姉さんはみるみる真っ赤になってしまった。

「……貴方たち、本当に本当の神徒狩りなの? 蒼都から来たって言う」

「そうだよ」

 答えると、お盆で顔を隠してきゃーっと悲鳴を上げた。

「舞台、見ました。とっても素敵だった。でも……本物の方がもっと素敵」

「そういえば舞台ってどんな話なんだろ。よく知らないや」

「俺も知らん」

「あたしも」

 蒼都での神徒襲撃の話だってのは聞いてるけど。

 本人なのに?! と驚いたお姉さんがあらすじを教えてくれた。


 蒼都にやってきた蒼天の舞姫一行だったが、仲間の一人が(いわ)れのない罪で投獄されてしまった。

 投獄したのは宗主一族の青年。

 宗主一族の青年は、舞姫に一目ぼれしたため、仲間を捕えて舞姫を都に縛り付けようとしたのだ。

 しかし、その時神徒の襲撃が起きる。大地を踏み鳴らし神徒が都を四方から襲ったのだ。

 逃げ惑う人々。混乱する都。

 舞姫一行は、神徒を倒すために投獄された仲間を助け出す。

 そして助けた仲間と共に空から飛来し、数百の神徒を蹴散らした。

 すべての神徒を倒し切った後、宗主一族の青年は皆の目の前で舞姫に求婚した。

 しかしながら舞姫は、これからも人助けの旅を続けるため宗主一族の申し出を断り、蒼都を後にしたのだった。


 残念ながら人々は逃げ惑ってないし人助けの旅も続けてない。

 けど、ほぼ事実だ。すごい。

 さすがにセイカが悪者過ぎて可哀そうだけど、宗主一族を悪者に仕立て上げた方が分かりやすく面白く、人々の心情に合うのだろう。まさにこれは大衆演劇だ。

「……ちょっと見たくなってきちゃった」

 ガーシャが笑いをこらえている。

 そういえばガーシャはセイカのこと大っ嫌いって公言してたな。

「もうすでに何日も都のすぐ外で旅一座がこの公演をやってるでしょ。そこから今日の神徒狩りでしょ、アマナ様が寺社から出てきて演説するでしょ、みんなで古銭集めするでしょ。もう十分だよ」

 あたしたちはほとんど都の北部から動いていないのだ。それなのに、数日でこの変わりよう。

 父の手腕が怖い。

「やり口がナユちゃんやアギと似てるよね、目的のために手段を選ばない辺りがさ」

 そもそも神徒の襲撃だってオレがいない間に二人が考えたことだしね、と苦笑しながら。

 話しながら休憩していると、今度は別の人がやってきた。どうやら浮世絵師らしい。あたしたちの姿を絵にして売りたいそうだ。

 別にいいけど。

 観察されるがまま、その人が絵を描き終わるまで座っていると、今度は着物屋が両手をこねながらやってきた。どうやら着物を勧めたいらしい。

 舞台衣装のせいでお金持ちだと思われたのかも。

 でも、旅の途中だから着物はそんなにいらないよ。蒼都の時だってどれだけ置いてきたか。


 そうしている間にずいぶん時間が経ってしまったらしい。

 大通りがにわかに騒がしくなった。

 人々が避けて、大通りが大きく開かれる。人を割って向こうから歩いてきたのは嵯峨野(サガノ)家の人々だ。豪奢な衣装を身にまとい、一歩ずつ、一歩ずつゆっくりと時間をかけて練り歩いていく。

 中に守られたアマナ様の隣を父が歩んでいた。

 高下駄のアマナ様の手を取り、歩幅を合わせて歩いている。まるでその人を守護するように。猩々緋色の衣に身を包み、体格に恵まれた父は宗主一族の中でひどく目立っていた。現実ほど見た目の歳をとっていない父は、ああして真面目な顔をしているとひどく精錬されて端正な若者に見える。

 近くで行列を見ていた誰かが、ほう、とため息を漏らした。

 しかし、あたしたちと目が合うと、父は目を細めた――お前らまだこんなところにいたのか、と。

 その後ろを双子の稚児がちょこちょことついて行っていた。

 可愛らしい。

 こちらに気づいて小さな手を控えめに振ってくれた。

 お茶屋のお姉さんがその可愛さにため息を漏らしたのが分かった。

 その後ろに大きな牛車がついてきた。引いている車には大量の古銭が積まれている。古銭でいっぱいの牛車が一台、二台……いったいどれだけ集めたんだろう。あれだけ集めるのはさぞかし大変だったに違いない。

 先ほどの神徒狩りを見ていない町の人たちも声を失っていた。

 彼らはこのまま正面の大通りを練り歩き、お社に古銭を奉納するだろう。寺社組織の権威がこれで大幅に回復するのは間違いない――堀川(ホリカワ)家と西京(サイキョウ)家にどういった話をしているかは知らないが、

 ついでに神徒狩りになりたい人が増えるといいんだけど。

 みんな行列の後ろについていって、とんでもなく長い列になっていた。

 がやがやと騒がしく続く行列は、ずっとずっと、都の外まで続いているようだ。

 嵯峨野の屋敷までの道が解放されており、行列に続いて歩いて行った皆が鳥居の中へ吸い込まれていく。鳥居の先で先ほど集めた古銭を渡され、一人一人がお社に奉納していくのだ。

 せっかくなのであたしたちもその列に並んで歩く。

 隣を歩く全然知らない人と話しながらただ歩くだけ。でもその中には、菫都(キント)の中に住む人も、関所の外に住む人も、まったく外から来たあたしたちのような人間も、色んな人が混じっているはずだ。

 奇妙な一体感に包まれて、まるでこういうお祭りみたい。

「メイカ様も一緒に来たかったな」

 ぽつりと言うと、アギもそうだな、と笑った。

 そう思っていたら、堀川(ホリカワ)家のある方角の道に、メイカ様の姿が見えた。

「えっ!」

 思わず列を外れ、メイカ様の元へ駆ける。

 メイカ様には見習いと思われる女の子が二人ほどついていた。

「大丈夫なのか?」

 真っ先に駆け付けたアギが問う。

「ああ、少しくらいなら。あまり寝てばかりいても鈍ってしまうからな。行幸を見に行くというから二人に連れてきてもらったんだ。ラクシャ様の姿も見たかったしな」

「ラクシャ様、素敵でしたね」

 にこにこと笑う女の子に、メイカ様も同意する。だってメイカ様はずっと昔からうちの父の事が大好きだもんね。

 でも、それを見たアギは眉を寄せた。

 こんな反応をするのは珍しい。

 隣でガーシャもびっくりしていた。

「……アギでも嫉妬したりするんだ」

 えっ、メイカ様がお父さんの事を素敵だって言ったから?!

 それはあたしもびっくりした。

 メイカ様も目を丸くしている。

「アギって思ったよりずっとメイカさんのこと好きなんだね……」

「うるさい、人の感情を読むな!」

 声を荒げたアギが珍しすぎて、まじまじと見てしまった。

 でも確かに、戦っても勝てない相手が恋敵ではちょっと分が悪い。

「アギ」

 倒れこむようにしてアギの胸元に飛び込んだメイカ様が朗らかに笑う。その顔があまりにも可愛らしくてあたしがどきどきしてしまった。

 ガーシャが慌てて見習の女の子たちを後ろ向きにして、目隠しをした。

 憧れのお兄さん先生に目隠しなんてされるものだから女の子たちは舞い上がってしまった。

「ガーシャは今、未来のメイカ様を量産している……」

「何言ってるの、ナユちゃん」

 心底分からない、という顔をされたが、割とあたしの予感は当たっていると思う。

「それよりナユちゃん、あれが理想なんだよ、オレが誰かになびいたらヤキモチ焼いてほしいの」

「だってガーシャはあたし以外に惹かれたりしないじゃん」

 そう言うと、少し考えて、それもそうかも、と納得していた。

 そもそもやきもちを焼く隙もないくらいあたしは愛されている自覚があるのだ。貴方はそれがどれくらいの信頼なのかそろそろ理解したほうがいいと思う。


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