旅一座(2)
嵯峨野の離れの部屋をひとつ拝借して、かちんこちんに緊張で凍ったセリキャさんたちと向かい合った。
声をかけて少し話すだけのつもりが、気が付いたら寺社組織の、それも御三家の嵯峨野家の屋敷に連れてこられていた。
文字にすると災難だな。
でも、父に関わってしまったのが悪い。この人は全部を勝手に巻き込んでいってしまうのだ。そもそも、父が何者なのかもよく分からないまま連行されたに違いない。
父も兄も体が大きいので威圧感がある。二人に挟まれちゃったら普通の人は逆らえないだろう。ガーシャかメイカ様がいれば少し緩和されるのだけど、いないものは仕方ない。
「ええと、初めまして。あたしはナユタです。貴方達が、たぶん、蒼天の舞姫と呼んでるのがあたしです。あと、こっちが父のラクシャで、こっちが兄のアギです」
あたしが話し出したことで少し緊張がゆるんだのか、セリキャさんが肩の力を抜いた。
「お父様でしたか……改めまして、私はセリキャと申します。扶桑華という名の旅一座の座長をしています。こちらが演目の脚本を書いているデイゴ、こちらは主演のヒナミナ。急な申し出にも関わらずお時間いただけましたこと、誠に感謝いたします」
演劇をやっているからだろうか、少し芝居がかった大げさな動作だ。
「あの、最初に言っておくとね、ここに連れ込んじゃったけどあたしたち別に寺社の人間じゃないからね。偉い人ではないんだ。ごめんね」
「存じております。演目を書くときに調べさせていただきましたから」
セリキャさんがにこりと笑った。
「出身は蒼都領の西、大山脈手前の奥の山。神徒狩りとして蒼都、赤都、翠都でそれぞれご活躍されておりました。蒼都の神徒狩りの長であるメイカ様には一度お会いさせていただいておりまして、深くご興味を持っていただけました。ちなみにメイカ様は……?」
「今、病気で療養中だよ」
その言葉で、主演だというヒナミナという女性が少し顔を曇らせた。ふわふわの髪をきゅっと後ろに束ねている。健康的に日焼けしたその女性は見るからに闊達そうで、着物の裾からはすらりと長い脚が伸びていた。
さっき主演って言ってたけど、この素敵な人があたしの役をやってるって事? ほんとに?
「演目は今、蒼都の神徒襲撃と、赤都での狐討伐があります。それから翠都の演目も追加したいと準備を始めております」
「待て、何で赤都の狐討伐の事を知ってんだよ」
あの時あの場にいたのはあたしたち以外にはカラハとガオウじいちゃんだけだ。他の人間が神徒狩りの様子を知る由もないはずだ。
「討伐の様子はメイカ様に直接お聞きいたしましたので信憑性は高いかと思います。演劇向けに多少編纂しておりますが」
メイカ様あああ!
他人事だと思って嬉々として適当な事を話したに違いない。だって、翠都に到着してその話をしている時にはとっても楽しそうだったもの。
「で、俺はそれを見たいんだが」
「はあ? 何言ってんだ、親父」
父の言葉にアギが心から嫌そうな声を出した。
が、父は気にしない。
「娘と息子の活躍が大衆演劇になったって言うなら普通興味あんだろ。ついでに言うと、今から俺たちがやろうとしている事に役に立ちそうだしな」
今からやろうとしている事。
菫都での神徒狩り組織の立て直し。つまりは神徒狩りの人員募集。
広告塔にしようってこと?
分からなくはないが、自分が主役の演劇なんてあまりに恥ずかしいのだけれど。
あたしは絶対見たくない!
とはいえ、放っておいても父が勝手に話を進めるに決まっている。止めることなど出来ないだろう。
兄と顔を見合わせ、諦めてため息をついた。
父は座長のセリキャさんを連れて、アマナ様のところへ行ってしまった。まさか彼もいきなり宗主の元へ連行されるなど夢にも思っていなかっただろう。
ごめんね、と心の中で謝りながら見送って。
残された二人にも声に出して謝った。
「いや、そもそも無理いってアンタらに声をかけた座長が悪い」
主演だというヒナミナさんがきっぱりと言った。演者だけあって声が凛として発声がよく聴きとりやすい。
デイゴさんもぼそぼそと何かを呟いていたようだけれど、聞き取れなかった。
「アタシらの本拠地は黄都なんだ。菫都は黄都の最寄だが……公演はこれまで一度もできていない。今回もダメ元で帰りに立ち寄っただけだったが、都の中まで入れたのは初めてだし、公演もできるなら初めての事になるな」
ありがとよ、とヒナミナさんは笑った。
そしてあたしをじっと見つめた。
「アンタは、会う前に想像してた姿とだいぶ違うな。小動物っぽいというか、何というか、大人しそうだ。本当にアンタは自在に空を舞うのか?」
「分かんないけど、飛ぶのは得意だよ」
「本人に頼むのも何だが、少し見せてもらえないか?」
「いいけど……ここは狭いから、明日一緒に神徒狩りに着いてきてもらえないかな? そしたら、お父さんもお兄ちゃんも戦うところが見られるよ」
次の日、約束通り北門を出てすぐのところへ旅一座の扶桑華の人たちが集まっていた。全員ではないらしいが、それでも十名以上はいる。
今日はまるで大勢で行く遠足のようだ。
父が手を挙げて引率する。
「危ないから出来るだけナユタの近くから離れないように。そうすれば俺とアギで神徒を狩るから怪我はさせねえつもりだ。余裕があれば古銭も拾ってくれると助かる。が、あんまり離れすぎるなよ」
何だこれ。
唐突に始まった神徒狩りの巡業にあたしは困惑していた。
つまりこれは、家族で散歩しながら、古銭を拾いながら、都の周囲を観察しながら、人々に神徒狩りの存在を知らしめながら、ついでにアギの修行もしながら、旅一座に神徒狩りを見てもらおうというお出かけだ。
すでにかなり目立っており、周囲からの視線が痛い。関所の門番もなんだあれ、とひそひそ話している。
……気にしたら負けだ。
菫都の未来のために羞恥心は殺そう。
「今日はナユタも戦っていいぞ」
心を殺す準備をしていたら、父からお許しが出たので嬉しくなってしまった。
あたしは、決して、まったく、前衛ではないし戦闘狂ではないが、身体を動かしている方が好きなのだ。血筋的に仕方ない。
夏の空は深い青に染まっている。雲は青を白く染め抜いて対比的な色をくっきりと浮かばせた。夏の朝は動くと汗ばむ程度の陽気で風が吹くとちょうど気持ち良い。
白藍色の光玉を浮かべて軽く空に駆け上がると、一団から歓声が上がった。そのまま上下逆転、足元に空を見ながら上から猪の神徒の頭を狙う。
テラスがそれに気づいて、狙いやすいよう神徒の腹に体当たりした。
「『斬』」
ガオウじいちゃんの技を思い浮かべながら神徒の首を一撃で落とした。
父や兄と比べると体格的に劣るあたしが一撃で神徒を沈めたことに、観客たちが絶句している。
再び空へと舞い上がったあたしを皆が眩しそうに見上げた――人の心を掴む大切さを幼馴染に説かれてから意図して魅せる事も増えた。
だから実は、こっそりとメイカ様から奉納舞を習っていた。お祭りの時に舞台の上で舞を奉納したメイカ様は本当に神々しく美しかったから。
身軽に戦うあたしの型は舞と非常に相性が良かった。
まるで武道の型を身につけるように、舞の型を身につけたあたしは空を舞うのがさらに得意になった。腕の振り、足運び、視線の方向、身体の傾き。すべてが戦いに結び付いた。
結果的に、アギや父とは違う意味で人々を惹きつける戦い方を学んだのだ。
音も立てずふわりと地面に降り立ったあたしに、感嘆のため息が漏れた。
羞恥心はすべて青い空に溶けて消え失せて、気づけばあたしは舞う事に戦いに夢中になっていた。
そうして夏の日差しが傾く頃にようやくあたしたちは南門の関所までたどり着いていた。昨日よりちょっと時間がかかってしまった。もうすぐ夕刻だ。
「集めた古銭はできれば渡してくれ。まあ、多少ちょろまかしてもらっても構わない。どうせここまでも全部は拾いきれてないしな」
最後に父が言うと、皆笑った。
今日はこれで解散! と言ったところで、ヒナミナさんがこちらに駆けてきた。
あたしの手を取って、興奮冷めやらぬ口調で。
「すごかった。想像していた以上にすごかった」
何かを脳裏に浮かべるように目を閉じて、またあたしを見て。
「アタシも軽業師の出だから殺陣にはそこそこ自信あったんだが、本当に戦うってのはまた違うんだな」
その後ろで脚本家だというデイゴさんも何かを必死に紙に書き散らしているし、他の仲間たちも何やら話し合っているようだ。
今日、この戦いを見た後で、いったいどんな舞台の形になるのか不安ではあるが。
「少しでも伝えられるように精進するよ。また、ぜひ戦うところを見せてくれ」
皆で拾った大量の古銭は、アギが持って先に嵯峨野家に運んでいる。もちろん、北のお社だけでなく堀川の東のお社にも、西京の西のお社にも同じように奉納してもらっているそうだ。
そのあたりの調整はアマナ様に任せているからよく知らないが、事情は根掘り葉掘り聞かれたそうで、あたしたちの存在は説明してあるとは言っていた。菫都を助けようとしている事に二家とも半信半疑ではあるが、古銭自体は受け取ってもらえて、話も聞いてもらえたそうだ。
少しずついい方向に進むといいのだけれど。
旅一座と別れ、都の北部に戻る頃にはもう夕方になっていた。
夕方の陽で影が伸び、美しい石畳に濃い黒い影を落としている。完全に真夏になった盆地の夕方はまだまだ熱気がこもっており、寝苦しい夜になりそうだ。
と、不意に父があたしの手を引いた。
同時に抜刀し、キィンと甲高い音が響いた。
「テラス!」
牙をむいた狼が影に飛び掛かった。
夕刻、木々の落とす影から黒い霧が立ち上り、まるで神徒が湧くときのようにざわざわと盛り上がって人の形をとった。
ぐるるる、と唸るテラスが威嚇している間に、白壁の影からも他の影からも、人間が湧いてくる。
次々湧いてくる刺客。一瞬で戦闘態勢に入った父を見て手ごわい相手なのだと知る。
周囲にはテラスの朱色の光玉がふわりと浮いた。
「名乗りもしないでいきなり手出ししてくる奴に娘は渡せねえよ」
大人しくしてろよ、とあたしの耳元で囁き、父はあたしを片手で抱き上げたまま刀を構えた。背後を守るのは牙をむく白狼。
アギの刀と対になる美しい直刃はガオウじいちゃん曰くほんの少し薄いらしいが、素人目には分からない。
静寂がその場を支配した。
それはほんの数舜。
周囲から一斉に漆黒の刃が飛んできた。
逃げる方向が上にしかなく、テラスの光玉を足場にして父が空に駆け上がった。地上と空が逆転して、足元に夕焼けが見えた。
そのまま落下するようにして一人目を切り伏せようとすると、何とその黒い影の男は父の斬撃を受け止めた。すさまじい金属音がして空気全体に衝撃派が広がり、男の足元の石畳がいくつか割れた。
本気で振り抜けば最固の亀の神徒すら両断する父の一撃を止めるなど、並みの刺客ではない。
攻撃の瞬間に全身に衝撃が加わり、あたしは思わず目を閉じた。
「振り落とされるなよ」
無茶を言う。
が、言われたとおりに必死にしがみつくしかない。幸いにも空中闊歩は慣れているから浮遊感と上下左右の分からない体移動は平気なのだが、とにかく攻撃の反動が重い。
とはいえ、父の攻撃を受け止めるような人間は何人もいないようで、横薙ぎの攻撃で大半は壁に叩きつけられて沈黙した。
刀を振って血払いの動作をした時、立っているのはわずか3人だった。
三方から同時に切りかかってくる中、一歩目で正面の男の刀を横へ弾き、返し様振り向きもせず――おそらくあたしを振り落とさないためだ――背後の男の脛を切った。
上段から刀を振り下ろしてきた剣檄を受け止め、弾く。
夕刻の赤い陽が刀に反射した。
最後の一人の懐に飛び込むと、そのまま肩で体当たりをして吹っ飛ばしていた。
黒い影のようなものが立ち上っているから相手も朱印の力を使っているのだろうが、こちらも強化している。膂力の違いがそのまま如実に表れた。
「……生身の人間じゃねえな」
ここへきて父がぽつりと呟いた。
倒したはずの黒い影が再び立ち上がり、日が沈んだ黄昏時にゆらゆらと黒い陽炎を見せていた。
「生身じゃねえなら手加減いらねえな」
え、そういう事なの。
裏に構えていた刀を表に返し、刃を相手に向ける。ずっと峰打ちだったのか。
そして、小さく真言を唱えると、刀に朱印を付与した。
刹那。
何度刀を振ったかすら分からないうちに、周囲の黒影が切り刻まれた。余波で白壁が切られてガラガラと崩れ落ちる。
輪切りになった影は、血も流さず、何も残さず、黄昏の闇に消えていった。
それを見送り、あたしを地面に下ろした父は刀を納めた。
テラスが足元にすり寄ってきたので、首元にギュッと抱き着いた。
「おそらく神都の刺客だろうな。前から潜んでいるとは思っていたが本格的に仕掛けてきたか。鳥居の中にいた方が安全だろうから堀川の方に行こう。それに……」
目を細めた父は、あたしを再び抱き上げた。
「思ったより破壊しちまったから怒られる前に逃げよう」
はっと見渡すと壁も地面も破壊されてしまっていた。石畳は新しい石に取り換えねば直せないだろうし壁も塗りなおしだ。敵も霧散して消えてしまったから、ここにいる容疑者は父一人になってしまう。
確かに逃げた方が無難かもしれない。




