旅一座(1)
次の日、父と二人で嵯峨野家に行って、アマナ様に協力を申し出た。
アマナ様は再び深々と頭を下げ、言葉を尽くして感謝の意を述べた。
「まずは現状を確認させてほしい。勾玉持ちはどのくらいいる?」
「今は、私の姪の子にあたる6歳の双子だけです。勾玉持ちが長く嵯峨野の家系に生まれず、ようやく生まれたのがあの双子です。争いの火種にならぬよう、今は未だ何の力も使わせていません。都の外にはもう少し勾玉持ちの方がいらしゃるかもしれませんが、今の菫都で神徒狩りを名乗りたい者はいないでしょう」
「じゃあそこからだ。6歳二人じゃ荷が重すぎる。まずは人員を募集しよう」
父があたしをちらりと見た。
「そのためには、何か催しが必要だな」
何かさせようとしているな。
あたしは困惑して父を見上げた。
集落育ちは皆そうなのだろうか。父も例に漏れず、即断即決即行動。
あっという間に話を進め、大々的に人員を募集する事になった。
宣伝のために大規模に神徒狩りをして古銭を大量に奉納する。普段、都の北側地域は寺社組織の敷地なので一般閉鎖されているが、奉納する時だけは門を開放してお社の見学を自由にするつもりだ。
ただ、他の二家が反発するだろうからあくまで嵯峨野家が管理する北のお社へのまっすぐな道だけだし、何かあってはいけないのでその間の警備の手はずも整える。
アマナ様自身もその場で演説をして神徒狩りを募集する予定だ。
「まあ、すぐには集まらんと思うが、しばらく活動を続けて行けば寺社に対する警戒も薄れてくる。そうやって神徒を恒常的に狩り続ければ金の集まるところへ自然に人は集まる。そこまで行ければ流れに乗れる。あとは古銭を奉納し続ければ都の範囲を元の位置まで戻すことも可能だろう」
「……そんな事が出来るのですか」
「出来る」
父はきっぱりと断言した。
ぞくりとした。
この人は、出来ない事を出来るなんて言わない。
父と過ごした時間は長くないが、不思議とそれを確信させてくれる強さがあった。
「ただ、俺達が手助けするのはあくまで一時的な措置だ。最終的には菫都だけで回るようにしてかなきゃならねえ」
以前、サイショウさんみたいに偉い人が何故父の事を敬ってくれているのか不思議に思ったこともあった。今では、その気持ちが少しわかる。
心が強い。心だけでなく体も強い。言葉が強い。到達点への道のりが明確に描かれている。そして自分の真贋を欠片も疑わない。その強さが人を惹きつけるのだろう。強い言葉を実行するだけの力があるから、傍にいると安心する。そして、意識的無意識的に関わらず周囲の人を助けていく。周囲の人を巻き込んでいく。
いつだったか、メイカ様とサイショウさんが、あたしの事を父と似ていると称したことがある。
規模は全く違うが、これまであたしもそうしてきたから。
精悍な横顔をじっと見ていたら、気づいた父があたしの頭にポンと手を置いた。
「……お前は紛れもなく俺の娘だ。考え方が驚くほど似てるよ。手元で育てた訳じゃないのに不思議だよなあ」
今回の事だってあたしがいなくても父は一人で何とかしただろう。その手腕を最も近い席で見られる。憧れのお手本がこんなにも近くにいるのは非常に幸運な事だ。
この人の娘である事を誇りに思う。
「あたし、お父さんの娘でよかった」
父にはあたしが何を考えているかなんてお見通しなんだろう。それでもあたしは、心の中を言葉にする大切さを知っている。
「あたしもお父さんみたいになりたい。そんなにも強くはなれないかもしれないけど」
そう言うと、父は驚いた顔をした。
その顔はみるみる笑み崩れ、最後に目を閉じてあたしの頭を抱いた。
「……お前は本当に可愛いな。お前が娘として傍にいてくれるのが本当に嬉しいよ。とーちゃんはお前の為なら何だって出来る気がする」
いつか聞いた台詞を繰り返して。
「ナユタ、お前だけは俺の命に代えても守ってやるからな」
父とテラスと3人で都周辺の偵察に行こうとしたら、アギも一緒についてきた。メイカ様を心配してはいるものの、一緒にいても出来る事が何もないのでこちらを手伝う事にしたようだ。
確かにメイカ様ならとっとと行け、と言うだろう。
兄と妹と両親と、本来の家族が揃ってお出かけするのは初めてかもしれない――神徒を狩りに行くのがお出かけに分類されるなら、だが。
まあうちの家族にとってはお散歩のようなものだ。家族が揃っている事がこんなにも心強いとは。
「関所のすぐ外に人がたくさん住んでるから、近くで神徒が出たら困っちゃうかも」
「でも、朱印の封印が出来るガーシャは診療所に置いてきちまったぜ」
「大丈夫、被害は出させねえよ。ナユタは気にせず町の外を目指してくれ。今日は都を半周して、南の街道から戻ろう。明日は、反対周りに半周だ。人が多い方が神徒狩りの宣伝になるからいつも通りでいい。ここの人間は神徒を狩るってことがどんな事かよく分かってねえからまずはそこからだ」
テラスも答えるようにわんと鳴いた。
アマナ様からあたしたちの事を聞いていたのだろう。北の関所の門番はすぐに黒塗りの門扉を開いてくれた。先日ここから入った時は知らなかったが、これは都の裏門らしいので扉が開くことは稀有らしい。
その閉ざされた門を通過して、また誰かが出てきた事に住人たちは驚きを隠せないでいるようだ。
元は都だったお社裏の大通りをあたしたちはゆっくりと歩み出した。
かつて美しかったであろう寺社の敷地は見る影もなく。
真っ直ぐ続く道はもともと石畳で舗装されていたと思われるが、今は雑草が伸び放題、石は割れるか転がるかして面影がほとんどない。隙間なく葺かれていたはずの黒い屋根瓦はそれなりに補修されているものの割れている箇所も多く、白壁もひび割れて崩れている家の方が多かった。
当時住んでいた寺社の人間たちは関所の移動と共にこの場所を放棄したのだろう。
今では都周辺の農民らしき人々が残された家に移り住んだようだった。
「……もしここがもう一度都になったらどうなるんだろう」
今住んでいる人が追われて困ったりしないだろうか。
遠巻きに、物珍しそうにあたしたちの方を見ている人々の行く末が不安になった。
「それはこの地を取り戻した後に都の人間たちが考える事だ。まあ、今の嵯峨野家であれば過去と同じ轍は踏まんだろう」
しばらく大通りを歩いてみたが、神徒が現れる気配は今のところ、ない。
「持ち込んだ古銭が奉納されたせいかもな。関所の中ほどではないが、多少寿老人様の力が届いているようだな」
それでも、本来の関所にたどり着く道半ばになるとキキキキキキと何かが擦れ合う音が聞こえた。
―― ノウマク サ マン ダ
耳元に神徒の声が鳴り響き、周囲にはらはらと白い人型の紙が舞う。
こちらの様子を伺っていた人々からさざ波のようなざわめきが起きている。
人型の紙はみるみるうちに地面に積み重なって、白く発光する生き物の形をとっていく――最初に四つ足が、そこから体が、そして首から頭が。
赤黒く裂けた口から大きな咆哮が上がった時、周囲から悲鳴が上がり、皆が逃げ出すのが見えた。
アギは珍しく腰に差した刀を抜き放った。
特訓していた事は知っているが、神徒との戦闘に使えるほど上達したのだろうか?
父はそれを腕組みしたまま見ていた。手を出すつもりはなさそうだ。
人の倍ほどの体高がある立派な牡鹿の神徒を前に、アギは落ち着いていた。基本通り両手でしっかりと束を握り、呼吸を整える。
正眼に刀を構えたアギは父のラクシャに生き写しだった。
だん、と大きく足を踏み鳴らした牡鹿の神徒がアギに襲い掛かった。
その力強い前足に蹴り飛ばされる前に空中へ飛んだアギは、勢いよく突っ込んできた角を、刀を横にして受け止める。
「むやみに飛ぶな! 動作の選択肢が狭まる!」
父から檄が飛ぶ。
光玉を使うのに慣れて常に空中で戦ってきたアギは空中に逃げる癖がついている。だが、飛び道具のいい的になってしまう可能性も高い。あたしは過去それを実感している。
と、アギが相手をしている神徒の他にもう一体神徒が現れ始めた。
「そっちは任せるぞ」
父がアギに叫んで、こちらも抜刀する。
アギはうまく空中で体勢を整え、牡鹿の神徒の首を斬り落とした。
白い人型の紙が舞い散って、ザラザラザラと古銭が落ちる。
テラスはその古銭をうまく集めてあたしの持つ袋に入れていった。
あたしはそれを見ながらも歩みを止めず、都の外へ向かっていく。その間に兄も父も敵を倒し終わってあたしのところへ追いついてきた。
急に現れた神徒があっという間に倒されたので、逃げていた人々が何事かと恐る恐る戻ってくる。
宣伝するのなら人に声をかけた方がいいか? と思ったが、父はそのまま歩き続けていたのであたしも住人を無視して進み続けた。
「大山脈ほど神徒が発生しねえな。これならゆっくり半周しても余裕だろ」
言いながら父は新たに現れた神徒を蹴り飛ばし、アギが刀で倒していた。
神徒が出てもすぐに倒されるので、人々も安全なのか半信半疑ながら近くまで寄ってきて見学している。
家族で散歩しながら、古銭を拾いながら、都の周囲を観察しながら、神徒狩りの存在を知らしめながら、ついでにアギの修行もしているのだろう。あまりに効率重視のお出かけにあたしは苦笑した。
さて、そろそろ古い関所だ。
「ここを出たら外を通って、南門から入ろう」
本当に散歩でもするかのように父がのんびりと言う。
あたしたち兄妹は、はあい、と返事をして父の指示に従ったのだった。
予定通りきっちり都を半周した頃には昼を過ぎていた。そろそろお腹もすいてきた。
「アギ、残がいれば頼めるか。俺は先にナユタを連れて都に入る」
「分かった」
そう言うと父はあたしをひょいと担ぎ上げ、テラスの作った朱色の光玉を蹴って関所まで跳んだ。
街道側の関所は常に扉が開いており、少しばかり人の出入りがあるようだった。とはいえ中に入るための審査は厳しいようで、見ていると約半数が断られて関所の外で立ち往生している。
関所に近ければ神徒を呼ぶこともないと思うが、念のため関所の順番待ちの間も黒塗りの扉近くにテラスと共に待機していた。
と、ふいに知らない人から声をかけられた。
「こんにちは。少しだけお時間よろしいですか?」
見上げると、柔和な顔立ちの男性がこちらに話しかけている。
「こんにちは!」
元気よく挨拶を返したら、片眼鏡の優しそうな男性はにこりと笑いかけてくれた。
「初めまして。旅一座の座長をしているセリキャと申します。貴方は神徒狩りのナユタ様でしょうか?」
セリキャさんの後ろには、若い男女が佇んでいて、あたしにぺこりと礼をした。
「そうだよ」
急に名前を当てられて動揺した。この人はいったい誰だろう。
首を傾げていると、追いついてきたアギが横から入ってきてあたしを男性から遠ざけた。
「誰だ。ナユタに近寄るな」
「初めまして。アギ様ですね。私は旅一座の座長をしているセリキャと申します。一度あなた方にお会いしたかった」
旅一座と聞いて、アギは思い当たる事があったようだ。
「……メイカに聞いている。蒼都の神徒襲撃を演目にしたってのはお前らか」
「その通りです。まさかご本人と直接出会えるとは思ってもみませんでした。ぜひとも、少しお話をお聞かせ願えませんか?」
大きく手を広げて仰々しく歓迎の意を示したセリキャさんを見てアギは眉間に皺を寄せた。
「駄目だ」
アギはあたしを確保してそのまま父の方へ引っ張っていった、
が、セリキャさんは構わずついてくる。
「演目にもう少し現実性を与えたいんです。是非お話をさせていただきたく」
「……何やってんだ、お前ら」
あまりにしつこく食い下がるので、気づいたら父のところまで戻ってきてしまっていた。
関所の門番と話していた父だったが、あたしやアギを主人公にした演目で興行している人だと聞いて興味を持ってしまった。
門番と二言、三言かわした父は、セリキャさんとその仲間たちを手招きして一緒に中に入るよう促した。
関所を越えると、菫都の大通りがあたしたちを出迎えてくれた。
もともと栄えていた都の玄関口だ。寺社組織の区画ほど美しく整えられてはいないが、ぴっちりと石畳が敷き詰められ人の往来もそこそこある。白壁ではなく蒼都の繁華街のように木の家が軒を連ね、時折のれんが出ている店も見られた。
蒼都のように湧き上がるような活気はないが、落ち着いた雰囲気の街並みは静かではあるが確実に人の営みを感じさせた。
とはいえ、外からきた人間は少ないようで軒先に出てきた人たちからはじろじろと見られていた。都の裏から入った時には人がいないから気づかなかったけれど、排他的で閉鎖的な都だと言われていたのを思い出した。
あたしたちが前を通っただけでぴしゃりと店の扉を閉める人さえいる。
「……怖ぇな。これじゃ街中で落ち着けそうにない」
父は全員をぞろぞろ連れて、都の北側へ向かう。
そのまま真っすぐ北のお社を有する嵯峨野家の屋敷まで戻ってきたのだった。




