町へ(1)
一番近い都までの道のりは歩いて3日ほどらしい――「一番近い」といったのは、どうやら都というのは一つではなく七つもあり、それぞれがとても大きなお社を抱えているらしい、と分かったからだ。
そしてその七都のうち、一番大きい都は神都と呼ばれていることを知った。
あたしもガーシャも村から出たことがなかったから外の知識は人づてと本から得た知識以外にはほとんどない。
アギだけは神徒狩りで遠くまで出ていることが多かったが、人里には下りず、山の中を突っ切っていたため、人と接していたわけではない。なお、山の地形はかなり遠くまで把握しているらしい――今回の旅では役に立たないけど。
山の麓の一番近い町に入って最初にわかったのは、アギがでかくて目立つということ。
どうしようもなく周囲の視線を感じる。
「ねえアギ、ちょっと小さくなれないの?」
「なれるわけねえだろ」
アギとガーシャが阿呆みたいなやり取りをしながら土の道を歩いていく。石や何かで舗装されているわけではないけれど幅広くきちんと固められていて、左右に木造家屋が整然と並んでいた。時折、道端に布を敷いただけの露店がでているのが気になってしょうがない。
家も茅葺ではなくほとんどが瓦屋根で、道の端には雨水除けと思われる簡易的な水路も通っていた。
服や髪型は村の人たちとあまり変わらないが、時折、袴の女性がいたり、村ではない見たことのない履物をはいている人もいる。
「……ナユちゃんもちょっと落ち着いて。変な奴だと思われるよ?」
「でも、こんなに建物がいっぱいの場所って初めてだからさあ」
大人しくあたしたちの後をついてくる賢い白狼は、あたしのように物珍しさで辺りをきょろきょろ見渡して歩いたりしない。
でも、山を下りてからというもの、狼の姿は一度も見ないから、テラスも町中では珍しい部類に入るのだろう。
どうしても目立ってしまうあたしたちに、ガーシャは大きくため息をついた。
「この町の中心部にお社があるみたいだから、まずは行ってみようか。村以外のお社の影響範囲がわからないから、黄昏時までにできるだけお社の近くにいたいよね。ついでに今日はお社の近くで夜明かししたほうが安全な気がする」
地図とにらめっこしていたガーシャは、ぱたぱたと地図を閉じた。
「さて、町中の地図はもらってないから、お社の場所を誰かに聞こうか」
ガーシャは顔を上げて、ちょうど通りがかったお姉さんに声をかけた。ちょうどランカお姉ちゃんと同じ年頃だから声をかけやすかったんだと思う。
「すみません、この町のお社を探してるんですけど、道を教えていただけませんか?」
いつものようににこにこ笑って声をかけると、その女の人はガーシャの顔を見て固まった。
ほうっと軽く口を開けて、息をのんだように見えた。
ガーシャが慌てて言い訳する。
「あー、あの、怪しいものじゃないんです。山から下りてきたばっかりで、なんにもわからなく……て……」
女性の目の前で手をひらひら振ると、その人はようやくはっとした。
「はひっ」
そして心なしか声を上ずらせ、頬を紅潮させながら答えた。
「あっ、お社って円珠院のことですか? はい、この道をまっすぐ行ったら大きな松の木があるので、その分かれ道を右に行っていただければわかると思います!」
お姉さんがあわあわと道を示した。
「ありがとうございます。でも、なんだか、怖がられてる気がするんですけど……気のせい?」
ガーシャがおそるおそる聞いた。
怖がる要素はガーシャにないのにな。アギはでっかいし強いから普通に怖がられそうだけど。
「いえ! いえ! 怖いのではなくて……あなたが、とても、その、綺麗だから……ちょっと直視できない……」
お姉さんにそう言われて、ガーシャはきょとんとしつつも、半笑いで返した。
「あーそれは……なんだか、すみませんでした」
道を教えてくれたお姉さんにお礼を言って別れても、ガーシャはずっと困った顔をしていた。
「え、ガーシャって……そうなの?」
「わからん」
少し離れて聞いていたあたしとアギもきょとんとしてしまう。
幼馴染の顔なんて、見慣れすぎててよくわかんないよ。
でも、つまり、アギがでかくて目立ってて、ガーシャはどうやら見目麗しいから目立ってて、あたしは奇行で目立ってて、しかも街中で狼を連れで歩いてて。
なるほど、どうしようもなく目立つ集団が歩いていたわけだ。
それは周囲からの視線が痛いわけだ。
「まあ、とりあえずお社の場所が分かったから、行こうか。ここよりは……人が少ないといいんだけど」
お姉さんに教えてもらった道を行くと、目の前に大きな石の鳥居が現れた。鳥居に刻まれた文字は古くて読めないが、おそらくお社の名前が彫ってあるんだろう。
先ほどの女性は円珠院と言っていたか。
境内にはつるつるの石畳で参道が敷いてあり、その真ん中に立派なお社が建っていた。白い漆喰の壁に青銅色の屋根、ところどころ金の装飾もある。村ではほとんど見ない立派な建物だった。
お邪魔します、と手を合わせて、昨夜拾った古銭をじゃらじゃらと奉納する。あたしが一晩過ごすくらいなら足りるはずだ。
幸いにもほんのり暗くなり始めた境内に人影はなく、このまま落ち着けそうだった。
お社の裏手に屋根のある場所を見つけて地面に荷物を下ろし、腰を下ろす。
「……なんだか、疲れたね」
「まだ一日目なのにね」
「昨日も一昨日も徹夜だったからな」
あくびをするあたしにつられて、アギとガーシャもあくびした。
テラスもつられて一緒にあくびした。
可愛いテラス。ふかふかなお日様の匂いがする。今日はテラスと一緒に眠りたい。
「さて、でもちょっとオレ、町の方に行ってくるよ。どうやらオレたちは思ったより常識からほど遠いところにいそうだからさ。ちょっと情報仕入れてくる」
頭をがりがりとかいてガーシャが立ち上がった。
「いろいろ本読んでたつもりだけど、やっぱ現実は違うなあ」
「待て、俺も」
「アギは目立つからここで待ってて。ナユちゃん一人にするわけにもいかないでしょ。オレ一人ならそこまで目立たないよ。それに――」
ガーシャは悪戯を思いついた時と同じ笑みを見せた。
「どうやら、オレの顔には使い道がありそうってわかったからね」
ガーシャを見送った後、黄昏時だけは神徒が出ないか警戒したが、それを過ぎて辺りが真っ暗になったら、安心して眠くなってきた。
夏の終わりの時期、外で寝ても風邪はひかないだろう。
壁に寄り掛かったアギの胸元に潜り込み、テラスのふさふさの尻尾をお布団代わりにして目を閉じると、何を考える間もなく眠ってしまっていた。
「うおっ、びっくりした! 何でこんなとこで寝てんだ?! いったい何なんスか、あんたら?!」
誰かの大声で目が覚めた。
テラスがぱっと飛び起きてあたしとアギを守るようにぐるるる、と唸る。
急に狼が威嚇したのでびっくりしたのだろう。慌てて飛び退ったのはあたしと同じ年頃の男の子だった。
蒲公英のように鮮やかな色の着物。黒髪は癖があってあちこち跳ねてぼさぼさだ。髪の間からお世辞にもよいとは言えない目つきでこちらを睨んでいた。
いつしか朝になっていたのか靄がかった境内はしんと静まり返っている。
何とか朝を迎えたようだ。
どうやらガーシャは戻っていないみたいだけど――まあ、ガーシャなら一人でも大丈夫か。
頭の中で幼馴染への心配を打ち消し、目の前の男の子に視線を戻した。
よく見ると首から勾玉を下げている。
「あなた、もしかしてこの町の神徒狩り?」
首をかしげながら聞くと、その子もこちらの勾玉を見てはっとした。
警戒しているアギとテラスを押さえて、あたしは前に進み出た。
二人とも好戦的すぎる。
ここはあたしが出るべきだろう。
「あたしも神徒狩りなの。勝手にお社の軒下を借りちゃってごめんね。ちゃんと古銭は奉納したけど、昨日、山から下りてきたばっかりで何にもわからないんだ。色々教えてくれると嬉しいんだけど……だめ?」
そういって首を傾げると、男の子はみるみる顔を赤くした。
「いや、だめ、じゃ、ないス」
「ありがとう!」
にっこり笑うと、その子は困ったように頭をかいた。
どうしようかなー、とぶつぶつ言っていたが、すぐに決めたようだ。
「そうしたら、あとで俺の師匠のところに案内するっス。師匠はこの町の神徒狩りの長だから、困ったことは相談するといいスよ。師匠はものぐさな人だから、解決するかわかんねースけど」
その男の子は、ケイ、と名乗った。あたしより年下の13歳。この町の神徒狩りの一人で、お社の掃除に来たところ建屋の裏で眠っていたあたしたちに出くわしてびっくりしたらしい。
「町の中では普通、あんなとこで野宿する人はいないんスよ。お二人とも、ちょっと変わってるスね」
「じゃあどうしたらいいの?」
「知り合いに泊めてもらうか、宿をとるか……どっちにしても、建物の中で寝た方がいいと思うス。まあでも、師匠に頼めば道場に寝泊まりできるんじゃないスかね。だめなら、俺の家でいいかお袋に聞いてみるス」
「ケイくん、ちょっと優しすぎない?」
思うより先に声が出た。
初対面のあたしたちにこの待遇。
「あたしもアギも人を傷つけたりしないけどさ、もし悪い人間だったらすぐに騙されちゃうよ」
ケイくんは、困ったようにあたしを見た。
何か言いたげにして、あーとかうーとか言った後、なんでもない、と口を閉ざした。
いったい何を言いたかったの。
ケイはこれから古銭の奉納のための神徒狩りに行くそうだ。
当然、アギとあたしも同行することにする。
この町に滞在するのなら、少しくらい役に立たなくては。
村と反対方向、奥の山ではなく平地へ向かう道を歩き、町を出てしばらく歩くと、地平までの平野が広がった。左右はまだ山が押し迫るが、まっすぐに青々とした草の茂る地面が開けている。
初めて見る地平線に、あたしは思わず息をのんだ。
ああ、そうだ。
忘れていた。
あたしはいつか、町を見てみたかったし、平野も見たかったし、海も見てみたかったんだ。ほかにもたくさん、見たいものも知りたいものもたくさんある。
村を去る寂しさは胸の中に残っているけど、新しい景色が見られるかもしれないという期待が膨らんできた。
あたしは思わず、隣にいたアギの手をぎゅっと握った。
「アギ」
「どうした、ナユタ」
「村を出るのは寂しかったけど、思ったより、楽しくなりそうかも」
そういうと、アギは珍しく優しい表情で笑った。
「そうか」
アギは無口で不愛想で目つき悪いし、ガタイもいいから怖いんだけど、本当はとてもやさしいのだ――そういうとガーシャは、アギが優しいのはナユちゃんにだけだよ、っていうけれど。
そんなことないと思うんだけどなあ。
ケイくんについて歩いていくと、足元の草原がだんだんと芦原に変わってきた。
「気を付けてください。そろそろ、湿地に入るス」
確かに、あちこちに小さな池が残りつつ、その間を芦原が埋めている。油断するとぬかるんだ泥が足にまとわりついてきた。
やだな、汚れちゃう。
「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ」
あたしは真言を唱え、浮いてきた白藍色の光玉にひょいと飛び乗った。
それを見たアギも同じように赤い光玉を出して足場にした。
「……なんスか、それ」
「何って? 光玉?」
「え? それも朱印の力なんスか? どういう原理だ?」
眉間にしわを寄せ、寄ってくるケイくん。
これ、そんなに珍しいものなのかな。あたしは最初から使えたし、アギも教えたらすぐに使いこなしたけど。
「足場に使えて便利だよ。ケイくんが使えないなら、後で教えてあげるね」
テラスも軽快な足取りでついてくる。
ケイくんは首をひねっていたが、ちょうど狩場についたようだ。
少し大きな池が目の前に広がっていた。
「さ、じゃあ、神徒を狩るっスよ」
彼が早口で真言を唱えると、その手に黄色い光が収束し、小ぶりの弓矢が現れた。
「なんの神徒がいるんだ?」
「ここで多いのはカエルっす。他にも水鳥か、あとはネズミなんかもいるスね」
「ああ、そのくらいなら大丈夫だ」
アギも真言を唱えて主武器の三叉戟を取り出した。
それを見て、ケイくんは再びぎょっとする。
「それって足場にしてる光玉と別の朱印なんスか?」
「別……? よくわからん、これは最初から使えた。光玉は後から練習して使えるようになった」
「え? 練習? 朱印を増やしたわけではなくて?」
「は?」
アギとケイくんの会話が絶望的にかみ合ってない。
私たちが田舎者だからか、それともケイくんとアギの相性が悪いのか。
「ま、よくわかんないから後で聞くス」
ケイくんは光でできた矢を番え、池に集中した。
ぴいんと張りつめた空気。さざ波たたぬ池の水面。
その静かな水面がゆらりと揺れて――
「くるスよ」
かまえたあたしとアギが見たのは、予想の10倍、いや、100倍小さい白色のカエルだった。あたしのてのひらに乗るんじゃないか。
「……なに、これ」
首を傾げたあたしを後目に、ケイくんは1本目の矢を放つ。
矢は正確に小さなカエルの頭を射抜き、古銭が一枚ぽちゃんと落ちた。
「さ、どんどんくるから指を食われないように気を付けるスよ」




