里帰り(3)
赤都からはすぐに手紙が届いた。
手紙はガオウじいちゃんからで、父ラクシャが戻ってきてよかった、よくやったという賛辞と、新しい刀を打って持っていくからひと月ほど待て、という話だった。
じいちゃんに会えるのは嬉しい。でも、ひと月待つのはちょっと長い。
「もしかして、ひと月あれば村まで往復できるかな? 神徒の動きもないし」
ガーシャが地図を見ながら言う。
あたしは地図を上から眺める。
「できそうだけど、とんぼ返りにならない?」
あたしとガーシャの関係はびっくりするくらいこれまでと変わらなかった。彼の言うように、考えてみれば普段からアギと同じくらい甘やかしてくれているので、何の不自然さもない。メイカ様に話した以外は、特に誰も気づかなかった。
ただ、これまで不安だった気持ちがすごく小さくなって心穏やかに過ごせている。気持ちを言葉にするのって大事なんだな。
一緒に地図を見ていたアギが答える。
「ちょうどいいんじゃないか? 往復で長く見て15日、向こうに10日。あんまり長くいると戻りたくなくなるだろ」
「まあ、そんなもんか。ラクシャさん、どう思う?」
「いいんじゃないか? それより、どのくらいの人数で帰るつもりなんだ?」
「えーっと、アギとナユちゃんとオレとメイカさんと、あとはラクシャさん。あとテラスか。サイショウさんたちは来ないだろうけど……カラハは来るかな?」
「来てほしいけど、来ない気がする」
「そうするとテラスいれて6人か。いいんじゃねえか? これ以上多いと身動きとりづらいだろ」
その後で父は、カラハって誰だ、とアギに聞いていた。外道衆で一緒に旅してて、今は剣術の基礎だけ習ってる仲間だよ。
居合が得意なのだと聞いて父も興味を持っていた。
「さて、じゃあすぐにでも出発しようか。もう夏至近いから昼間が長いし、野宿の心配もあんまりないし、みんな慣れてるし、そんな準備要らないでしょ。アギ、メイカさんに伝えてきてくれる?」
「分かった」
翠都の人たちに新緑の民であることがばれてしまったガーシャはなるべく外に出ないようにしていた。
それでも神徒狩りの人たちが、特にリーリャさんがひっきりなしに訪ねてくるが、門前払いしているようだ。メイカ様とアギは変わらず神徒狩りの道場に通っているようだから、色々と聞かれて困っているかもしれないな。
申し訳ない。あたしが怪我をしたせいで。
いや、違うな、半分事故とはいえ父があたしを刺したせいだ。つまりは父の所為だ。
そしてあたしたちはいつでも即断即決即行動。
思い立ったが吉日とばかりに次の日出発することになった。
メイカ様が宗主にだけは伝えてきたようだが、基本的に誰にも言わずに消えるつもりだ。すぐ帰るのに、見送りされるのも面倒くさい。
日が昇った瞬間にあたしたちは関所を抜けた。
翠都の関所はあってないようなものなので、日の出からもう少ししないと門番はやってこない――この都は果たして、都として大丈夫なのだろうか。
進路を北に向け、軽い駆け足で山を抜けていく。
するとすぐにざわざわと周囲に白い人型の紙が現れ始めた。
「ラクシャさんは最初見てて、どういう感じでどのくらい湧くのか覚えてほしい」
「お前たちだけで大丈夫なのか?」
「慣れてるからね」
すでにアギは三叉戟で1体目を両断している。メイカ様は3つの回転剣を浮かべて次の神徒を切り刻み、横から現れたものはガーシャが新緑色の糸で縛ってあたしが頭を撃ち抜いた。
特に危なげなく何体もの神徒を狩っていく様子を見て、父は複雑そうだ――そういえば師匠も最初のころ同じ顔してたな。
昼頃まで狩り続けながら山を駆け抜けて、大山脈の尾根まで登りきったところで一息ついた。
結界をはり、一息つくと父がため息をつきながら言った。
「……いつもこうなのか?」
「ああ、ここから村に着くまではずっとこんな感じだ。昼と、夜寝る時だけ結界を使って休憩してる。見張りは交代。今は夏だから楽だけど冬は寒かったな」
「ほんと、赤都から翠都への山越えは凍えたよね」
「私は街道から行ったからな。あの冬山の野宿は想像もつかん」
「最初は結界もないから本当に大変だったしね」
「蒼都までの道は、師匠でなくとも思い出したくもねえな」
あははは、と4人で笑いごとにしていると、父は頭痛を催したかのように頭に手を当てた。
まだ子どもなのにどんな生き方してんだよ、と吐き捨てて。
「いや、俺が置いて行っちまった所為だからな、何を言う資格もねえか」
顔の両側をはさむようにぱん、と両手で叩いて、父は切り替えた。あの仕草もゴクジョウ師匠がしてた気がする。いや、違うな。師匠が父の癖に感化されたんだろう。
父はアギを隣に呼んだ。
「アギ、お前は本当に強くなったな。まだ動きの統制がとれてないのは型が体に染みついてないせいだと思うが、続ければもっと強くなるだろう。槍の使い方を学んだことはあるか?」
「ない。全部、我流だ」
「ならそれも学んだ方がいいな。あとは剣術だったな。基礎は始めていると言っていたが、一通り覚えているか? 覚えたらひたすら繰り返せ。俺は実践の方を教えてやる。まだ真剣は早いからあとで練習用の木刀でも切り出すか」
アギが嬉しそうに父と話しているのをメイカ様が楽しそうに見ている。メイカ様が楽しそうだとあたしも嬉しい。
その後、数日かけて大山脈の尾根を駆けぬけた。
途中壮大な景色に足を止めたり、美しい湖で長居したり、黒大羆の群れの縄張りに入ってしまって追いかけられたり、うっかり焚火が燃え上がりすぎて危うく山火事を出しそうになったり、大変だった。
それでも何とか全員で奥の山の集落まで辿り着いた。
「……いや、これは疲れるな」
父ラクシャも最後はへとへとになっていた。
「でも、楽しいでしょ?」
あたしがそう言うと、父は苦笑した。
もちろん、あたしたちも疲れ果てている。けど、この場所へ戻ってこられた嬉しさの方が大きく、集落入り口の石碑を越えて走り出した。
「えっ、アギ? ガーシャ?」
石碑に一番近い薬屋の前を通ったとき、最初に声をかけられた。
おっとっと、と転びそうになりながらカシギがこちらに駆けてくる。
「ナユタちゃんも。あれっ? アギ?」
薬師のカシギは、あたしの隣を歩くのがアギではないと気づいたらしい。
だってアギはガーシャと一緒に先を歩いている。
「まさかラクシャ……?」
「よう、カシギ。10年ぶりらしいな」
父は旧知の友に会い、本当に嬉しそうに笑った。
子どもらがラクシャを連れて帰ってきた。
そんな話は一瞬で村を駆け巡った。
とりあえず父は薬屋の縁側に座らされて、ひっきりなしにやってくる村人が次々話しかけて、大変な騒ぎになっていた。何しろ10年も行方不明だったのがふらりと帰ってきたのだ。
「お父さん、先行ってるよー?」
聞こえてないだろうけど一応声をかけてあたしたちはお社に向かって歩き出した。
メイカ様と並んでアギを追いながら、帰ってきた集落の道を歩く。テラスの尻尾がゆらゆら揺れる。初夏の匂いが懐かしくて思わず微笑んだ。
ここを出立したのは、夏の終わりだったから、1年近くが経過したことになる。
あたしたちは一つ年を取った。そして、友達のメイカ様と行方不明だった父を連れて帰ることが出来た。成果は上々ではないだろうか。
お社に古銭を奉納してお参りして、さらに通り過ぎていくと、向こうから手を振る人影があった。
「あっ、ランカお姉ちゃーん!」
ランカお姉ちゃんとジンさんが立っている。ジンさんは、小さい男の子を抱っこしていた。
ジンさんとは去年の秋祭りに蒼都で会ったから……でも、あれから数か月経ってるなもんな。月日が過ぎるのは早い。あたしが3か月の時をすっ飛ばしたのは置いておくとしても。
「お帰り、アギ、ナユタ。ラクシャさんを連れ帰ったって聞いたわよ」
「うん。10年ほど変な場所に挟まってたのをアギが引っ張り出してきた感じ」
「先に見つけたのはナユタだけどな」
「殺されかけたけどね」
あははは、と笑い話にしたら二人とも苦笑していた。
「で、そちらの女の子は?」
「メイカ様だよ。あたしの友達!」
メイカ、という名でジンさんの目が泳いだ。蒼都で神徒狩りの長が一時的にゴクジョウ師匠になっていることも、もしかしたらジンさんなら知っているのかもしれない。そしてこの人が誰なのか、分かってしまっただろう。
そんなことは露とも知らぬランカお姉ちゃんはいつものようににこにこと笑ってメイカ様に挨拶した。
「メイカちゃんね。よろしく。私はランカ。アギとナユタのお隣さんよ」
隣、というほど近くもないのだが、密度の低い村の中では一番近い家だ。
「でも、アギたちと一緒にラクシャさんが帰ってきたなら今日は祭りかなあ」
「なら、私も久しぶりに釣りに行ってこようかしら」
「それがいいよ、ランカさん。子供は見ておくから」
「俺もガーシャ誘って狩りにいくかな」
「……元気だな、お前。ここまで休みなく何日も走ってきたというのに」
「それとこれとは別なんだよ」
しれっと言い切るアギに、メイカ様はため息をつく。
蒼都から赤都に行ったときはその場で眠るほど疲れていたのに、今日はやたら元気だ。アギ自身の体力がさらについているのと、あの時はやっぱり、アギに負担がかかっていたのかも。知らない外道衆と、慣れないメイカ様を気遣ってずっと気を張っていたのだろう。
今回は慣れた人間ばかりだし、父もいたから体力が有り余っているようだ。
「赤ちゃん、おっきくなったね」
「もう10か月かな? そろそろつかまり立ちはしているから、歩き出すかもしれないね」
「勾玉持ちなのだな」
男の子の首に下げられた勾玉を見てメイカ様が言った。
「そうなんだよ。神徒狩りとして働くのはまだまだ先だろうけど」
ジンさんが答えてくれる。動揺を見せず、メイカ様によけいな事も聞かない。大人の対応だ。
「……この子に恵比寿様のご加護がありますように」
メイカ様は幼子の手を握った。
その表情があまりに優しく慈愛に溢れていたから、あたしは思わず釘付けになってしまった。
「ところでメイカちゃんはどこに泊まるの?」
「あたしとアギと一緒に家に帰ろうと思ってたよ。どうせあれだとお父さんはしばらく帰って来ないだろうと思って」
「ナユタだけうちにきてもいいわよ」
「え、なんで?」
首を傾げたらランカお姉ちゃんが耳打ちした。
「……そこはね、気を利かせるところよ」
「ちょっと待て!」
メイカ様が割り込んだ。
「てっきりアギがお嫁さんを連れてきたんだとばっかり思っていたのだけれど、違うのかしら。そろそろ成人だし」
「違う!」
「だってアギがナユタ以外の女の子と一緒にいること自体がまずありえないし、さっきも見たことないくらい優しい顔でメイカちゃんを見てたし、口下手なアギが仲良さそうに会話できてるし、これはもうきっとそうなんだろうなって」
「うん、あたしもメイカ様大好きだからお姉ちゃんになってくれないかなとは思ってるんだけど」
「お前も好きな事言うんじゃない!」
「アギ、はっきりしなさい」
ランカお姉ちゃんがアギに詰め寄った。
勢いがすごくてアギが引いている。
「嫁……嫁? は、考えたことなかったな。メイカといるのは楽しいから一緒にいれたらと思うけど……」
本人を前にしてその回答はランカお姉ちゃんの逆鱗に触れたのだろう。
あたしですら、あーこれは怒られるな、と予感した。
そう考えると、有耶無耶にせずきちんと話しておきたいと言ったガーシャは誠実だったのだろう。
「ごめんなさいね、うちのアギが。ちょっと根性叩き直してくるから」
そう言ってランカお姉ちゃんはアギの首根っこ捕まえて引きずって行ってしまった。
ジンさんは無言でそれを見送って、困ったように笑った。
「……ごめんね。ランカさんはきっと二人が元気に帰ってきてくれて嬉しいんだと思うよ」
「だ、大丈夫なのか?」
メイカ様はうろたえているが、アギやガーシャがランカお姉ちゃんに説教されるのはいつもの事だ。
うちの父をして、あのお転婆に嫁の貰い手があったのか、と言わしめたのはダテではないのだ。ジンさんの前では絶対に言わないけれど。
家に到着して扉を開けると、中は埃っぽくなっていた。あまり気密性の高い家ではないから、土や砂が入り込んでいるのだろう。冬の雪で屋根も少し傾いた気がする。
「ちょっと修理しないとだね」
テラスもいつの間にかいなくなってしまっている。懐かしい場所でどこかに遊びに行ったのだろう。
「しょうがないなあ。メイカ様、お掃除するから手伝ってくれる?」
「勿論だ」
多くはないが家の中の家具をすべて外に出して、大まかに砂と土を掃き出していく。ほうきもボロボロになっていたから、その辺の草を刈って作り直した。
「ナユタ、お前がしっかりした年上の女性に弱いのは、隣のランカの所為だな?」
布団を干して叩きながらメイカ様が言う。
「あー……そうかもしれない」
当たり前に近くにいて時に優しく時に厳しくいろんなことを教えてくれたランカお姉ちゃんはもはや家族のようなものだ。似た雰囲気の女性が好きになるのはある意味仕方のないことかもしれない。
「アギとお前が何故こんな風に育ったのか、少し分かる気がするよ」




