翠都へ(4)
その言葉で群衆がざわりとどよめいた。
彼らにとって、宗主は『新緑の民の力を譲渡されて』この都を治めているはずで、福禄寿様の力は宗主に帰依するはずで。だからこそ神徒狩りも宗主に従って動いているのだ。
それなのに、新緑の民だと宣言されたガーシャはそれを断った。
彼らの価値観と合わない行動だ。
どよどよと動揺が広がっていく。
「……オレは正直、セイカのこと大っ嫌いだけど考え方だけはまるごと支持してるんだよね」
ガーシャが言った。
その言葉の意味が分かる人間は、この場にアギとあたししかいなかったけど。
蒼都でセイカが目指していたのは、寺社と神徒狩りと、それから都の民と、皆が手を取り合って助け合って生きていくような都の形。
あたしも一緒。そんな考え方が好きだよ。
「新緑の民といえど、宗主様に対する反逆行為だと判断し貴方を拘束します」
神徒狩りの男は、勾玉を握り締めた。
真言を唱えると、男の両手から細い剣のような光が飛び出した。
両手を順に振ると、光の剣はまっすぐにガーシャに向かって飛んだ。
周囲から悲鳴があがる。
が、ガーシャの前に猩々緋色の衣が翻った。
「ありがと、アギ」
「おう」
三叉戟を振ったアギが間に立ちふさがる。
神徒狩りと二人の間で混戦が始まろうとしていた。
今のうちに。
あたしはこっそり人の輪の中から抜け出して、気づかれぬよう関所に向かって駆けた。光玉を出していることを悟られないように地面の近くを滑るように飛ぶ。
そして関所近くで空高く飛び上がり、見つからないように都の外へ出た。
なるべく遠くまで飛んで、森の中に着地する。
さあ、来い。
今は夕刻。じっと意識を集中すると、地面から湧き上がるように白い人型の紙が現れた。
2体の神徒があたしの目の前に降臨する。
巨大な猿が2体、甲高い声を上げながら跳びあがった。
上空からの攻撃を横っ飛びで避け、再び光玉で空中に舞い上がる。
そのまま翠都へと誘導すると、関所の門番たちが大慌てで警鐘を鳴らすのが見えた。
「神徒が現れたぞ!」
普段あまり現れない大型の神徒が急に2体も現れたものだから、翠都は混乱に陥った。
お社が守っているので関所を越えることはないだろうが、目の前まで迫る巨大な白い発光生物に皆がおののいている。腰を抜かして逃げられていない人もいる。
動き出す人波に、子どもたちが翻弄されているのが見えた。
危ない、と思ったら、関所に向かってゆっくりと歩を進めていたガーシャが子どもらに手を差し伸べていた。
先ほどまで相対していた神徒狩りは、突然のことに動けないでいる。
こう考えると、火山噴火にすぐ適応した赤都も、大型神徒の進撃を祭りと勘違いしていた蒼都もかなり特殊なのだろう。
いや、むしろ大山脈の奥で閉鎖された時間を過ごしていた翠都の方が特殊なのかもしれない。
異形の神徒が1体でもやってきたらあっという間に滅ぼされてしまいそうだ。
「大丈夫、オレは神徒狩りだから」
子供たちを落ち着かせるようににこりと笑って、ガーシャは再び関所へ向かって歩き出した。
ふわりと金色の髪が風に揺れて、黄昏時の薄暗い中で目立っている。
そうしてガーシャは神徒の目の前まで歩み出ると、ふわりと手をかざした。新緑色の光玉が見る間に増殖し、神徒2体を取り囲む。
綺麗。
幼馴染を見慣れているあたしでも釘付けになったのだ。
福禄寿様を、新緑の民を崇める翠都の人が見たら、それこそ奇跡だと思うだろう。
「オレは翠都の者じゃない。でも、もしオレの目の前でこの都が襲われることがあったなら――」
ガーシャは1体目の神徒を新緑色の糸で縛り上げた。
すさまじい咆哮をあげる神徒に全く怯むこともなく。
「福禄寿様の力にかけて、この都を何者からも護ることを誓うよ」
糸は容赦なく猿の神徒を締め上げ、完膚なきまでに粉々に切り刻んだ。
もう1体の神徒が背を向けるガーシャに向かって襲ってきたが、横からアギが蹴り飛ばした。
キエエエエと耳をつんざく咆哮が耳を刺す。
三叉戟を手に上空から飛来したアギは、容赦なく猿の脳天から股にかけて、真っ二つに切り裂いた。
ばあっと白い人型の紙が舞い散って、その場に古銭が大量に落ちた。
瞬殺。
巨大な神徒をいとも簡単に倒してしまった二人に、皆呆然となっていた。
「さて、もう一度聞こうか」
ガーシャが再び口を開いた。
「何故オレたちが、その宗主とやらのいう事を聞かなきゃならないの?」
神徒狩りたちは言葉を失った。
格の違いを見せつけられて、とても武力で言うことを聞かせられる相手ではないと悟ったのだ。
そこへお社の方から、ぞろぞろと人を引き連れて誰かがやってきた。
もはや面倒臭さを隠しもしないガーシャがひどい顔でそっちを見ている。
「素晴らしい。流石、福禄寿様のお力だ」
大げさに拍手しながら現れたのは、新緑色の羽織に身を包んだ男性だった。
声に聞き覚えがあるから、ここへ来たとき最初にあたしたちを呼び立てた人だろう。宗主って言ってた気がする。
おそろいの袴を履いた神徒狩りたちをたくさん従え、偉そうな態度で。
こんな絵にかいたような施政者がいるんだなあ。
あたしもぼーっとそちらを見ていた。
「その力を翠都の為に使うのであれば、まずは翠都の神徒狩りとなっていただこう。福禄寿様の、新緑の民の力があれば、これからもこの都は安泰だ」
わっはっは、と笑った男に返す言葉もない。
先ほどの光景を見た後では、都の民も疑問を感じ始めている。
「力ずくでよい、連れて行け」
宗主の言葉で不意に神徒狩りの一人がさっと動いてあたしの背後に回った。
アギとガーシャは無理だと踏んであたしを後ろから捕まえて、武器を突き付けた。
「ナユタ!」
大丈夫。
あたしだって蒼都で師匠の稽古を受けているのだ。この程度の拘束、拘束の家にも入らない。
肘でみぞおちを一撃、崩れ落ちた頭を蹴って空に飛び上がった。そのまま光玉を蹴り、美しい杉の木の景観を見下ろして広場を眼下にくるりと回転した。
「――蒼天の舞姫」
誰かがぽつりとつぶやいた。
何故その名を知っているんだ。
しかも、ああ、ずっと猫かぶりしてたのにやってしまった。せっかく儚げな印象を付けて同情を誘っていたのに水の泡だ。
すとん、と地面に着地してガーシャの後ろにそっと隠れた。
「……いまさら清楚ぶっても遅いよ」
ガーシャが呆れた声を出す。
神徒狩りは、あたしでさえ捕えられそうにないと悟って動きを止めた。
都の人々は固唾を呑んで見守っている。
と、凛とした声がその場に響いた。
「ウチの神徒狩りが何かしたか?」
聞き覚えのありすぎるよく通る声。
亜麻色の髪をふわりと風に浮かせ、颯爽と広場へ足を踏み入れた。
「……メイカ様」
よく見るとこの寒い中、汗をかいている。ずいぶんと急いでここまで来たに違いない。
宗主の男は不快そうな表情で偉そうに言った。
「何者だ、お前は」
「ああ、申し遅れた。蒼都の神徒狩りの長を務めておる、メイカと申すものだ。以後お見知りおきを。そして――蒼都における現宗主が末子、サイショウの娘でもある」
メイカ様の言葉で男は少し引いた。
権力には権力をぶつけて黙らせる。メイカ様かっこいい。
でも待って。サイショウさんって蒼都の宗主の子だったの。メイカ様は宗主の孫なの。もしかして、追放される前はめっちゃ偉い人だったんじゃないの? そしてその従兄ってことはセイカも?
恭しく礼をしたメイカ様は、少々怒りを込めて男を睨みつけた。
「ガーシャは蒼都の神徒狩りだ。それを勝手に翠都へ? 聞き捨てならんな。この二人は蒼都の大事な戦力だ。手放すわけがなかろう」
腕を組み、メイカ様は吐き捨てるように言った。
宗主の男は怒りに震えているようだったが、メイカ様の迫力に押されている。
ぴりぴりした空気が満ちている。
「さて、引いていただこう、翠都の宗主よ。ここは何とも美しい都だ。大山脈の奥にこのような至宝が眠っているとは、蒼都の恵比寿様も夢にも思うまい。福禄寿様の加護を受け泰然と暮らすべきこの場所で言い争うのは無粋だと思わんか?」
くるりくるりとその場で回転し、桃色の衣を翻しながら。
可憐ながらに艶やかに、メイカ様はその場にいた人々を全員釘づけにしていた。
「どうか、ここはお引き取りを。何か文句があるのであれば後々、我が引き受けよう」
芝居がかった仕草と言葉でメイカ様はさっと首を垂れた。
翠都の宗主は完全に言い含められ、場を乗っ取られ、言葉にならない怒りで顔を真っ赤にしていたが、分が悪いと悟ったのかそのまま踵を返してお社へと戻っていった。
「メイカ様! すっごくかっこよかった!」
久しぶりのメイカ様に抱きつくと、背に手を回して受け止めてくれた。そのままよしよしと頭を撫でてくれる。
嬉しい。
「お前らは絶対に騒ぎを起こすと思っていた。本当に翠都の神徒狩りにされたらどうするつもりだったんだ」
「ならないよ。だってアギが最強である限りオレたちは自由だもん」
「……全く」
「それよりメイカさん、速かったね。カラハたちは?」
「あと2日ほどで到着するだろう。色々と不穏な予感がしたから私だけ先行したのだ」
「信用ないなあ。『逃げろ』って送ったのもメイカさん? 逃げるわけないじゃん」
「余計なことをする前に『逃げろ』という意味だ。絶対にお前たちは何かやらかすと思っていたからな!」
小気味よい会話で、ようやくメイカ様が来たのだと実感した。
「さて、どうするんだ、お前の記憶はどうあれ、ここは故郷ともいえる場所になのだろう? お前自身の力の源流だ」
「もしそうだとしても、さすがに何にも覚えてないよ。オレの故郷は奥の山の集落だけだ。でも――」
ガーシャは穏やかに笑いながら周囲を見渡した。
「空気が故郷とよく似ててすごく落ち着くんだ。オレ自身はここが好きだよ」
見ていた人が全員、ほうとため息をつくほどに。
ガーシャはそのままにこりと笑って見ている皆に手を振った。
「まだ当分、ここにいるつもりだからよろしくね」
寺社との関係はメイカ様が預かってくれて一件落着。明日以降にまた話をつけに行ってくれるそうだ。解決すればなんとか無事に翠都で冬を越せそうだ。
広場から宿に戻ろうとしたら、いろんな人に話しかけられて、賞賛されたり質問されたり拝まれたり、もみくちゃになってしまった。
夜になるころようやく宿の部屋に戻ることが出来た。
部屋は一つしかとっていないから、今夜はメイカ様も一緒だ。
念願かなってメイカ様と一緒に布団にくるまったあたしは、寒さを理由に手を繋いでもらった。
「また人に触れる躊躇がなくなっていないか?」
「仕方ないよ、寒いんだもの」
まったく仕方ないな、と言いながらも手を握ってくれるメイカ様があたしは好きです
「ナユタたちは予定よりだいぶ早くついていたようだな」
「メイカ様たちはどうだった?」
「蒼都から赤都へ移動した時を考えると何の苦労もない旅だったよ。父上の足が遅くて苛々したくらいか。ああ、そうだ、途中で旅の一座に会ったな」
そこで言葉を切って、何かを思い出すように笑った。
「その新しい演目が面白いんだ」
「どんなの?」
あたしが聞くと、メイカ様は笑った。
「蒼天の舞姫が主役のお話だよ」
「……え?」
どういうこと?
「蒼都での神徒の大進撃を芝居にしたもので、まあ、なかなかよく出来ていた。セイカが完全に悪役になっていたのはかなり面白かったな。機会があれば見てみるといい」
そういえばさっき、どこからかその二つ名が呼ばれていたような。外から来た人が他にもいたのだろうか。
「そのうち、赤都での出来事も芝居になってしまうだろうな」
「何もしてないのに?」
「噴火の中、火口の狐を討伐して、枯れ果てた温泉を復活させて……他にも何か必要か?」
メイカ様が意地悪く笑う。
事実だから否定はできないが、あたしが主役なのはおかしい。
「お前は自分で思う以上に皆の力になっているよ。もちろん、私もお前に助けられている一人だ」
「本当に?」
「ああ」
いつも役に立てないし、あんまり強くないし、御用聞きのようなことしか出来ないけど。
メイカ様がそう言ってくれるなら、それだけでいい。
メイカ様の声が心地よく、瞼が少しずつ降りてきた。
「おやすみ、ナユタ」
優しい声を聴きながら、あたしはゆっくりと眠りに落ちていった。




