表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神徒奇譚  作者: 早村友裕
第三章 翠都編
PR
46/98

翠都へ(3)


 父ラクシャを助けに行くのは冬を翠都で越して暖かくなってからの予定だった。これから来る大山脈の厳しい冬に耐えながら境界を目指すのは得策ではない。冗談抜きにどこかで凍え死んでしまう。

 だから春まで少なくとも3か月はここに滞在するわけで、寺社組織との軋轢を抱えたまま過ごせるような期間ではなかった。

 きちんと解決しておかなくてはいけない。

 解決の糸口は全くないけれど。

「ガーシャはあたしと一緒にいてね。一人でいる時に連れ去られたら嫌だから」

「……いつもと逆だね」

 あたしの宣言に、ガーシャは何とも言えない表情でそう言った。

 アギがいれば大抵の相手には負けないし、ガーシャもあたしも何かに追われたって逃げられる程度の能力はある。でも、知らないところで何かあったらと思うと気が気ではない。

 逃さないように腕にくっついて歩いていたら、歩きにくいからやめて、と払われた。

 冷たい。

 膨れていると、諦めたように手を差し出してくれた。

 なんだかんだあたしには甘いのだ。

「あんまりオレと親しいって知られたくないんだよ。ナユちゃんまで狙われるよ」

「いいの」

 そうは言うが、むしろ周囲に牽制しているのだ。この人があたしたちにとって大事な人なのだと。

 幼馴染かつあたしに大変甘い兄は大きなため息をついた。


 寺社と戦うなら、まずは人を味方につけるべき。そのことを蒼都と赤都で学んだ。

 それには、あたしたちの事を知ってもらわなきゃいけない。外からやってきたばかりのあたしたちは翠都(スイト)の人たちにとって得体の知れないモノだから、まずは無害な普通の人間だとわかってもらわなければ。

「翠都に来てから、ずっと噂されて困ってるの」

 あたしは赤都の神徒狩りだったシャラさんを真似して小首を傾げながら物憂げに頬に手を当てた。弱さを主張するという意味でシャラさんの所作は完璧だった。お手本がいれば真似ることはさほど難しくない。

 力無きものであることを主張するため、朱印の力を使うのもやめた。だって、空をぽんぽん飛んでいたら、か弱そうには見えないだろうから。

「それは大変だったね。翠都で金色の髪は特別な意味があるからなあ、どうしても気になってしまうんだよ、すまないねえ」

 冬服を用立てるために入った着物屋で、店の旦那はあたしたちに同情的だった。

 規模の小さい翠都では店の数も少なめだ。店を選ぶほど多くない。

「見た目はそうなのかもしれないけど、あたしたちは蒼都(ソウト)から来たから違うよ。ここへ来るまで新緑の民の事は見たことも聞いたこともなかったくらいだもの」

「今は物珍しく見てるかもしれないが、そのうち落ち着くだろう。微力だけど、私も皆に広めておくよ」

「ありがとう、助かります」

 あたしがにこりと笑うと、旦那さんはでれっと笑み崩れた。

 シャラさんの所作の効果はすごいのだ。

 そんなあたしを見て、ガーシャは何とも言えない顔をしていた。

 高級な綿入れをたくさん買ったのもあり、呉服屋の旦那はあたしたちの味方になってくれたようだ。


 呉服屋を出ると、ガーシャがあたしの頭巾の端をめくりながら怪訝な顔で覗き込んできた。

「……ナユちゃん、こんなやり方どこで覚えたの」

「シャラさんの真似だよ」

 そう言うと、ガーシャは額に手を当てて空を仰いだ。

「ナユちゃんが悪い子になっちゃう……」

「失礼な」

 あたしにもシャラさんにも。

「アギは千年杉の加工場に行ってるはずだから、あたしは食料のお店と、両替商と、薬屋さんも行こうと思うんだけど」

「……わかった、わかった」

 ガーシャは諦めたように両手を上げた。

「キミたちが蒼都でどうやって見回り組の牢屋からオレを助け出したのかよーくわかったよ。オレも手伝うから、頼むからあんまり無茶しないで」


 次に入った両替商でもあたしは同じように訴えかけた。

 あたしたちは神徒を狩りながら旅をしているだけで、新緑の民とは全く関係がない事。いわれのない噂に翻弄されて困っている事。

 両替商の兄ちゃんはどちらかというと淡泊な感じだった。

「みんな悪気があるわけじゃないんだけど、翠都の人間としてはどうしても気になってしまうんだと思う。仕方ないことだ」

 さすが金勘定を生業とする人間だ。

 話を聞きながらも、ひいふうみい、とあたしたちの持ち込んだ古銭を数えてくれている。

「そうだね、オレがこんな容姿だから惑わせてしまったんだ。皆に期待させてしまって、悪いことをしたと思う」

 そんなことを言いながらガーシャがはらりと頭巾を脱いだ。

 金色の髪が零れて、金の瞳もあらわになると、さすがに両替商の兄ちゃんも手を止めた。ガーシャは男女構わず10人いたら10人が綺麗だと言うだろう。さらにガーシャは小さな若草色の光玉を指先に灯して言った。

「オレも一応、神徒狩りだからね。実は勾玉の力も福禄寿(フクロクジュ)様のものなんだ。残念ながら治癒の力は持っていないけれど……福禄寿様の力を持っているのも何かの縁だから、この翠都の人たちの力になれたらと思うよ」

 その姿に見惚れていた兄ちゃんは、はっとしてもう一度古銭を数えなおした。

「これだけの数の古銭を持ち込むんだ、さぞかし名のある神徒狩りなんだろう? ……また、贔屓に頼むよ。何かあれば味方してやるから」

「ありがとう、助かるよ」

 ガーシャは穏やかに微笑んでお礼を言った。

 今のあたしたちはどこからどう見ても(はかな)げに困惑している二人に見えるだろう。里のねーちゃんたちが言うように、見た目というのはとても大事だ。そして、仕草や言葉遣いも――その中身は全くの野生児だったとしても。


 次の店に向かう途中でアギとすれ違った。

「アギの方はどう?」

「千年杉の加工工房の元締めを紹介してもらったから行ってくる」

「ありがとう、よろしくね!」

 アギも何だかんだで職人たちとの交流は得意である。作戦以前の問題として手仕事にとても興味を持っている真面目で器用な青年であることが幸いしているのだろう。

 そちらはアギに任せておけば問題ない。


 サイショウさんからは引き続き、注意事項がたくさん送られてきていた。

 翠都では、蒼都や赤都と違い神徒狩りの立場がとても低く、実質的に寺社組織に取り込まれているから接触するときは気をつけるように。ただし、寺社組織自体にも大きな力があるわけでも統治に優れたわけでもない。外界の接触がないために世襲で長く続いているだけの形骸的なものである。

 都の土地が狭く、天然の盆地で守りが固いおかげで神徒に襲われることがほとんどないため神徒を狩ること自体が少ない。

 代わりに、蒼都でいう見回り組のような役目そのものを神徒狩りが行っている。だからもし寺社組織がガーシャを捕らえに来るとしたら、容赦なく朱印の武力を行使してくるだろう。

 ただし、外界との交流が少ないため信仰心が非常に強い。道を外れるような言動は絶対に慎むように。逆に信仰を煽ってやれば味方にするのは簡単だろう。

 とのことだった。


 翠都が他に比べて人が少なく、また人の出入りも少ない都であることが幸いし、あたしたちが活動を始めてほんの2、3日でガーシャは『蒼都からやってきて、いわれなき噂に巻き込まれ困っている、見た目が新緑の民っぽいだけのただの旅人である』という噂で染めることが出来た。

 でも、逆にガーシャの容姿を宣伝しすぎたせいで拝みに来る年配の方が出てきたので少しやりすぎたかもしれない。

 サイショウさんの言う通り、他の都に比べてどこか閉鎖的な空気のある翠都は信仰心も厚い。お社に日参してお参りしている人も少なくない。

 だから、新緑色を纏ったガーシャが神格化されるのは時間の問題だったんだろう。

「……やっぱりサイショウさんはアギとナユちゃんを過小評価しすぎだと思うんだよな」

 目的のために手段を選ばない度合いで考えると、オレより断然二人の方が上だろ、と。



 食堂に降りて3人でご飯を食べていると、入口の方から小さな頭がいくつかこちらをのぞいていた。大人たちが噂をするから気になってやってきた子どもたちらしい。

 ガーシャはにこりと笑うと、子どもたちに手招きした。

 おずおずとやってきた10歳に満たない子どもたちは、口を開けてガーシャを見あげていた。

 隣のアギが皿に乗っていた細く切った大根を開いた口に突っ込むと、まるで愛らしいリスのようにぽりぽりと口の中にしまわれていった。

 可愛い。

 にこにこして見ていると、視線に気づいて恥ずかしそうに目を反らしていた。

「お兄ちゃんは新緑の民なの……?」

 一番小さい女の子が問う。

「違うよ。でも、よく似てるって言われる」

「そうかあ」

「でも、不思議な力は使えるよ。オレたちは神徒狩りだからね」

 小さな光玉を出して、店の中に何個も浮かせていく。

 子どもたちは捕まえようと手を伸ばし、逃げられて楽しんでいた。

「じゃあ、宗主様に仕えるの?」

 そう聞かれて面食らった。

 神徒狩りは宗主に仕える立場なのか――でも、よく考えたら蒼都でも名目上神徒狩りは寺社の下部組織だったな。おそらくメイカ様が権力的に強いから負けてなかったけど。

「いいや、オレたちは自由だよ」

 ガーシャの言葉で子供たちは目をぱちくりさせた。

「ここにいるかもしれないし、別の都に行くかもしれない。もともとオレたちは外から来たんだから」

「外……? 都の外ってこと?」

「そうだよ」

「嘘だ、都の外は神徒って化け物がいっぱいいて危ないんだぞ。人間は喰われちゃうんだぞ!」

 小さな男の子が一生懸命主張する。

 可愛い。

「だからオレたちは神徒を狩るんだよ。皆が襲われないように」

「守ってくれるってこと?」

「うん。それが神徒狩りの仕事だから」

「そうなの?!」

 どうやらあたしたちの知る神徒狩りと、この子たちの知る神徒狩りは少し違うようだ。

 ガーシャは肉の刺さった串を一人一人に与えて、またね、と手を振った。

「集落のチビたちを思い出しちゃったな」

「そもそもこの都自体が奥の山の集落っぽいんだよな」

「わかる、あたしも思ってた」

「大山脈を越えたら奥の山に抜けられるっつってたよな」

「……春になったら一回帰る?」

「それもいいね」

 思いがけず3人そろって郷愁に耽ってしまった。

 でも、春がきたら本当に里帰りするのもいいかもしれない。


 夕刻近く、宿の部屋に戻ると机の上に置いた紙からジジジジジ、と煙が上がり、みるみる焼き文字が刻まれていった。

 まるで線香や蝋燭の火で紙を焦がすように、文字の形に黒く焦げていく。

 そして大きな文字が紙に焼き付いた。

「……どうやらそろそろ襲われそうだね」

 大きく『逃げろ』と書かれた紙を持ち上げて、ガーシャは笑った。

 アラージャさんが何を見たのか知らないが、もちろん逃げるつもりなど毛頭ない。

 武力行使で来るなら幸い、こちらはアギ一人でも過剰戦力だ――むしろ住居に被害を出さないといいが。

 部屋から外を見下ろすと、眼下に見覚えのない集団がこちらへ向かっていた。いや、見覚えがないこともない。寺社組織に招かれたときに会った神徒狩りのリーリャさんだ。それ以外にも同じ緋袴の女性が2名、それから天色(あまいろ)をした袴を履いた男性一名の集団が連れだってこちらへやってきた。

「あれが都の神徒狩りかな?」

 少し黙り、何かを考えたガーシャは何かを決めたようだ。

「仕方ない。オレも腹をくくるか……ナユちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なあに、ガーシャ」

「あとで一瞬だけ都の外に出て――戻ってきてくれない? ここの神徒狩りは慣れてないってサイショウさんが言ってたから混乱させられるでしょ」

「ああ、うん。分かった。夕方だし大丈夫。すぐに近くまで連れてくる(・・・・・)ね」

 アギもあたしも、穏やかに見えるガーシャでさえ、売られた喧嘩は買う(たち)なのだ。


 ざわざわと周囲がざわめいている。不安そうに見守る人々が多い。さっきあたしたちに話しかけてきた子どもたちもこっそり混じってこちらを見ていた。

 遠巻きに皆が見守る中、あたしたちは樹上から大地へ降りてきた。

 寺社から派遣されてきたらしい先頭の男性が代表してガーシャに対して拱手(きょうしゅ)した。

「宗主様のご命令を受け、お迎えに上がりました」

「何故?」

「貴方が新緑の民であり、福禄寿(フクロクジュ)様のお力を持つからです」

「勘違いだって言ったはずだけど?」

 腕組みをして偉そうに答えるガーシャにもその男性は退かなかった。

「いいえ、貴方は新緑の民です。何故なら、まさにガーシャ様がそう(・・)であると福禄寿様からの託宣が下ったからです」

 その言葉で周囲がざわついた。

 福禄寿様の託宣――それはいったい何なのだろう。

 やはりそうだったのか、という声が周囲からあがった。地面に伏して敬意を示している人さえいる。

「貴方様自身の自覚の有無に関わらず、貴方がこの翠都を建立した民の末裔である事に間違いはありません」

 それを聞いたガーシャは顎に手を当てて首を傾げた。

「福禄寿様の託宣が何かは分からないけど、それは根拠がなくとも信用に値する情報なのかな?」

「その通りです」

 男性は鷹揚と頷いた。

「ですから、貴方には宗主様の下でその力を(ふる)う義務があるのです」

「何故?」

 再びガーシャは問う。

 美しい相貌(かお)に物騒な笑みを張り付けて。

「もし本当にオレがこの都を作った民の末裔だというのなら、何故関係ないその宗主とやらのいう事を聞かなきゃならないの?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ