狐討伐(3)
神徒を倒したあたしたちは火口を目指した。
戦いのせいで地形はめちゃくちゃだ。噴火は収まっていたけれど、噴火の爆発の所為か神徒が暴れたせいか、火口自体の形が大きく変わっている。神徒も溶岩もない火口は宵闇に包まれていた。
真っ暗な中でごごごごごごと足元地鳴りが響いている。地面も揺れ続けている。
火口を覗くと噴煙で奥までは見えなかったが、ぼんやりと明るくなっていて少し下りた場所に大きな横穴が空いていた。
「こんな場所にあったの。そりゃ火口の神徒が侵入してもおかしくないね」
「ああ、もともと自然の横穴だったものを広げたらしい。詳しいことは分からねえが、大将が初めてここを拠点にしたってのは聞いてる」
大将という単語にメイカ様が反応した。
そう、外道衆カラハの言う大将というのがメイカ様の父親であるサイショウさんらしいと判明したためだ。
「神徒はいなくなってるな。暗いから気をつけろよ。壁も地面もくそ熱い」
気絶したままのルシャナを背負ってカラハは歩みを進める。
横穴は奥に行くほど地下へ向かって降りていた。中は広く天井までは見えないが、想像よりかなり広い。
時折、残り火と思われるような炎がちらちらと何かを焼いていた。
「ガオウじいちゃんはここへ来たことあるの?」
ガーシャが問う。
「いんや、これでも神徒狩りを束ねる立場じゃったからな。わざわざ好んで外道衆のところへ来やせんよ」
それよりも、とガオウじいちゃんがガーシャに問う。
「お前らの方がよっぽど変じゃな。外道に対しての偏見がなさすぎる。赤都では道を外れることに対して他人がとやかく言うことはないが、神都や蒼都では迫害の対象になりかねんだろう」
「オレたち信仰心が薄いからね。落ちることに関しても忌避感はないんだよ。それに、これま出会ってきた人はガオウじいちゃんも含めて外道に対する偏見のない人ばかりだったからね」
ゴクジョウ師匠もそうだったよ、と付け加えると、ガオウじいちゃんは、あああの若造かと言った。
ガオウじいちゃんにとってみれば師匠も若造なのか。
何体かの神徒を狩りながらしばらく中を歩いていくと、特に焼け焦げている一帯があった。燃え残っているのは家具だろうか。今も炎を出して燃えている箇所もあり、ここだけ凄惨な神徒襲撃の様子が見てとれた。
「この辺りが居住区だった。完全に神徒に荒らされてたから絶望してたが……ルシャナの話だと、奥へ逃げたって言ってたな」
カラハが大声で叫んだ。
「誰かいるのか! 神徒は討伐した! 助けに来た! いるなら返事しろ!」
わーんわんわん、と声が反響する。
「……カラハ?」
奥の暗闇から声がした。
「大将! そこにいるのか!」
「はい。怪我人が多いのでここから動けませんでした。ルシャナが呼んでくれたのですね。助かります」
奥の暗闇がごそりと動いた。
これまで全く気配がしなかったのに、膨らんでいた何かがパリンと割れたような気配があって、急にたくさんの人々が現れた。
焼けるような地面に布を敷いただけの場所に何人も寝かされている。ほとんどがひどい火傷を負っていて、重症だ。
さすがのガーシャも息を呑んだ。
「ナユちゃん、疲れてると思うけどもう少し手伝って」
「わかった」
あたしはガーシャと共に怪我人の救護を始める。主に彼らの患部を冷やしていく仕事だ。力の使い過ぎでクラクラするけれど、そんなことを言っている場合ではない。
3名ほど命に関わりそうな状態の人がいる。
「まだ動ける人は手伝って、すぐにここを出よう」
アギもガオウじいちゃんも、動けそうな人たちも手伝って、怪我人を運び出していく。
明かりが少なく、地面は燃えるように熱い。しかも、間断なく地面がぐらぐらと動いている。
「また噴火するかもしれない。急いで!」
先導するテラスを追って全員が出口に向かう。
が、まるで通せんぼをするように白色の神徒が現れた。かなり大型の狐だ。
倒さねばならないが、全員怪我人を抱えているためすぐには動けない。
動けるのはあたしだけ。
あたしは反射的に光玉を蹴り、全員をかばうようにして前に躍り出た。翻った着物の袖に炎がかすめて千切れた。
「『オン・マカキャラヤ・ソワカ、オン・マカキャラヤ・ソワカ、オン・マカキャラヤ・ソワカ』」
早口で三回、真言を唱える。
そして、ガオウじいちゃんの真似をしてぱあんと両手を合わせ、敵の胴体を狙った。
「『斬』!」
じいちゃんに習った気合と共に打ち出したのは、高速回転する光玉だ。
円盤の形をしたソレは、目の前の狐の胴体を難なく真っ二つに切り裂いた。
「急げ!」
その横を皆が出来る限りの速足で通り過ぎていく。
あたしは肩で息をしながら着地し、震えていた手を握り締めた。
できた。
ぶっつけ本番でどうなるかと思ったけど、先ほどじいちゃんの朱印を見てから考えていた円盤状の攻撃ができた。しかも、あたしの手持ちの中では断トツの攻撃力だ。
「えらいぞ、ナユタ」
アギが通りすがりに褒めていった。
しんがりを務めていたガーシャと共に、外道衆の拠点を後にした。
火口まで出ると、下からまた巨大な噴煙が上がっていた。一刻の猶予もない。
視界の悪い中を何とか全員で火口まで登り切り、先ほど異形の神徒を撃破したところまで戻ってきた。
ちらちらと燃え残る火を見ながら、真っ暗な山を下っていく。
地面がずっとぐらぐらと動いていて、酔いそうだ。
皆、体力の限界にきている。
足がもつれ、誰かが転んだ。
溶岩がなくなったとはいえ、地面はまだまだ熱い。素手で触ればじゅうと焼けるような温度だ。
そもそも桜島自体が急峻な火山なのだ。満身創痍で下れるような道ではない。
どうしよう。
このままでは、皆――
「ガオウ様!」
その時、山の下の方から声がした。
見ると、かがり火がいくつもいくつもこちら向かってきている。
「大丈夫ですか?! 山の頂上に見たこともないほど巨大な神徒が見えたのでこちらにも加勢に来ました」
「おお、シャラか! よく来てくれた!」
「赤都の神徒狩りか」
ガーシャはあからさまにほっとした顔を見せた。
「神徒は倒したが、怪我人が多い。重症者も何名かおるから運ぶのを手伝ってくれい」
「御意に」
シャラさんが合図すると、たくさんの神徒狩りがわらわらとやってきて、あたしたちの運んでいた怪我人を下ろしていった。
「助かった……のか……」
カラハが呆然と呟く。
無理もない。
ずっと戦闘続きで、一時たりとも気を抜く暇などなかったのだ。
特にカラハは、拠点が襲撃されたのを確認してからずっと焦燥にかられていただろうから。
背負っていたルシャナを神徒狩りの人に渡し、崩れ落ちるように座り込んで、地面の熱さに慌てて立ち上がっていた。まだぎりぎり元気そうだな。
「よかった」
重傷者はまだ予断を許さない状況だが、ひとまずの目的は達成できたようだ。
と、思っていたら背後ですさまじい爆発音がして火口から勢いよく噴煙が上がった。
間一髪。
上空から火山灰と焼けた石が降ってくる。
とりあえず退避。
あたしたたちは赤都の神徒狩りの力を借りて、何とか下山することができたのだった。
赤都には真っ黒な灰が降り注いでいた。夜だという事もあるが、ほとんど前も見えないような状態だ。灰を吸い込まないよう、神徒狩りの人が口元に充てる布を配ってくれた。
「小型の神徒はほぼ狩り終わり、皆家の中へ避難しています。備蓄は少し不安ですが、これ以上噴火が大きくならなければ数日後には出られるでしょう」
シャラさんがガオウじいちゃんに報告する。
この方も仕事のできる女性だ。最初に鍛冶場で見た時はおっとりした印象を受けたけれど、そんなことはない。
外道衆の素性を訪ねることもせず、全員を神徒狩りの詰所に案内、道場を開放して全員を休ませ、すぐに医師と薬師を手配したシャラさんは、あたしたちを別の客間に案内した。
「作業場も兼ねておりますので狭い場所になりますが、皆様もこちらでお寛ぎください。井戸は裏の小屋の中にありますから、灰も入っておりません。患部を冷やすときにお使いください」
「オレは薬師だけど、向こう手伝った方がいい?」
「いえ、今は大丈夫です。ぜひ皆さまご自愛ください。明日以降、薬が不足してくると思いますので、明るくなってからお手伝いいただけると助かります」
本当にてきぱきとした人だ。
大きさは合わないかもしれませんが、と言いつつも人数分の着物を置いて、シャラさんはまたどこかへ行ってしまった。忙しい人だ。
「よし、じゃ、こっちはオレの領分だな」
ガーシャが腕まくりをしてこちらを見た。
「さー全員着物を脱いで。怪我をしてたら申告すること」
あたしは前衛に出ておらずほぼ怪我をしていないので、裏の井戸で何度も水くみをしてきた。
手ぬぐいを濡らしてメイカ様の顔に当てておく。
炎の神徒と至近距離で戦闘したメイカ様の顔は真っ赤に焼けて腫れていた。メイカ様の白くて美しい肌が! なんてこと!
それ以外は擦り傷と小さな火傷以外、特に傷はなさそうだ。
先日、鳥居が倒れた時に負った腕の傷はもう塞がりかけていたので包帯も外してしまった。打ち身は痛々しく紫色が広がっていたが、そのうち治るだろう。
「ナユタ、お前も冷やしておけ。明日には痛みが出るぞ」
言われて気づいたが、顔がひりひりする。気づかぬうちにあたしも炎に充てられていたようだ。
メイカ様が起き上がって代わりにあたしを床に転がし、濡らした布を顔に当ててくれる。
ひんやりして気持ちいい。
メイカ様の優しい手が患部をいたわるように当てられて幸せだ。
「ありがとう、ナユタ。神徒を倒せたのはナユタのお影だ。あの炎に包まれた戦場の中で、お前の操る水が、氷がどれだけ私たちの心を奮い立たせたか、お前は知らないだろう」
そんなことない。
絶望的な状況で炎にも溶岩にも全く怯まず戦場を駆けたメイカ様たちの姿こそ、あたしをどれだけ鼓舞したことか。
「ああ、そうだ」
あたしはふと思い立って起き上がる。
真言を唱え、光玉をふわりと浮かべると自分の顔に張り付けてみた。
「何をしているのだ?」
メイカ様が怪訝な声を出す。
中で目を開けると、行燈の光がぼんやり滲んでいる。光玉が触れている箇所はひんやり冷たく、目を閉じると水の中にいるようだ。でも、これは本物の水ではない。包まれていても呼吸ができるのだ。
これなら全身の火傷をいっぺんに冷やせるかも。
「メイカ様」
あたしはメイカ様の全身を水の膜で包み込んだ。
驚いたメイカ様だったけれど、中で呼吸ができることに気づくと、全身の力を抜いて水に浮かんだ。
「そのまま、おやすみ」
これなら患部を冷やしながら眠ることもできる。
ふわりと浮いた水の球の中で、メイカ様はしばらくあたしの方を見ていたが、やがて瞼を閉じた。
お疲れ様。おやすみなさい。
「ナユちゃん、アギにもお願いできる?」
あたしが振り向くと、ガーシャがアギの背に直接水をかけているところだった。
ひどい火傷だ。背中の半分が焼けただれすでに水ぶくれになっているところもある。腕と足は真っ黒になってしまっている箇所もある。明らかに重度の熱傷だ。
「お兄ちゃん、こんなにひどい怪我してたの?!」
まったくそんな様子を見せず戦い、人々を助け、ここまでやってきたのだろうか。
我慢強いとかそんな話じゃない。
あたしは急いでアギを水の膜で包み込んだ。
メイカ様と同じように浮かべた水の中で、険しかったアギの表情が少し和らいだ気がした。
「全く……火傷って皮膚の傷だからめちゃくちゃ痛いはずなんだけどね。アギは我慢しすぎ。冷やしておけば痛みはマシだと思う。ありがとう、ナユちゃん」
アギもしばらく目を開けていたようだったが、じきに目を閉じた。
ゆっくり休めるといいんだけど。
「でもこのままだとナユちゃんが眠れないな」
「いいよ、アギもメイカ様もすごく頑張ってくれたから、あたしは一晩くらいがんばれるよ」




