狐討伐(2)
戦闘中はガーシャの指先にのみ集中する。
集中力を切らすわけにはいかない。討伐はあたしの手にかかっているのだ。
「アギの方を見て」
指の方向を見ると、アギが三叉戟を振り回して、数本の尾が一度に飛んだところだった。
間髪入れず切断面に水を遣り、凍らせる。
すでに凍らせた尾は数十を超えている。が、半分以上がまだ残っているように見えた。
とんでもない数の尻尾だ。
鷺の時は翼が、蟹の時は鋏が、それぞれ数十の数になっていたが、それでもこの数には及ばなかっただろう。明らかに、倒さなければならない神徒が強くなってきていると思う――あたしたちの、強さに合わせるように。
そこに恣意的なものを感じそうになったが、すぐに頭から追い出した。余計なことを考えている場合ではない。
アギたちの頭上には、降ってくる炎や溶岩、炎弾から守るようにじいちゃんの円盤が回転している。あれがあるからアギたちは戦いに集中できているのだ。
目の前の神徒だけではなく、火山弾や眷属の小さい神徒も上から降ってきている。小さな狐ではあるが、炎を纏って落ちてくるソレは攻撃せず上から落ちてくるだけで十分な殺傷力を持っているのだ。
頭上からだけでなく、じいちゃんは狐本体の気を引くようにたくさんの円盤を出して空中に拡散していた。
「ガオウじいちゃんが来てくれて本当に良かった。あんなにも的確にみんなを守って攻撃だけに集中させるなんてオレにはできないからね。さすが年の功」
ガーシャはそう言いながらも、指ではすうっとカラハの方を指す。
あたしはカラハが居合で切り落とした尾の先を凍らせた。
「じいちゃんだけじゃなくて、メイカさんが一緒に来てくれたのも、カラハが来てくれたのも、本当に助かったよ。3人いれば、3倍どころじゃない戦力だからね。アギ一人でも最終的には何とかなったと思うけど、持久戦になっちゃってたと思う」
そう。アギもメイカ様もカラハも、いとも簡単に尻尾を切り落としているように見えるが、大きさ的にも動き的にも攻撃力的にも1本1本の尾が大型の神徒くらいの強さはあり、実はそうやすやすと倒せるものではない。本当に、3人が3人ともとてつもない攻撃力を持っているのだ。
そこそこ連携もできているはず。
遠いから言葉までは判別できないが、3人で何かを叫び合いながら攻略を進めているようだ……喧嘩はしてないよね? ここまで一緒に戦ってきた3人だから大丈夫だと思いたい。
とはいえ、大型の神徒程度の戦力のある尻尾が数え切れないほどあるこの状況、ここへ来るまでに山の中で神徒との連続戦闘を経験していなければ途中で心が折れてしまっていたかもしれない。
「アギも、メイカ様もカラハもすごい……」
ぽつりとこぼすと、ガーシャも唇の端に笑みを乗せた。
もしこの討伐までを見越して連携と連続狩猟の修行になるあの道を選んだのだとしたら、この幼馴染はいつもどこまで未来を見据えているのだろう?
あたしは、傍に控えるガーシャの姿をちらりと見た。
この先の何かを考えているのか、彼は目を細めて敵を見ている。多人数を動かして戦う時、ガーシャは必ずそれぞれの戦闘能力を知ったうえで最善の策を求めていく。まるで盤上の遊戯で最善手を詰めていくように。
「だいぶ減らしたね。もうちょっとだ。ナユちゃんも頑張って」
「うん」
あたしは熱さに一度目を細める。
ガーシャも同じく目を細めて狐の神徒を見ていた。
「……たくさんの人の力を借りると、こんなにも順調に討伐できるんだね」
その横顔からは感情を読み取れない。
また、幼馴染が遠くへ行ってしまいそうな気がして、あたしは唇をかんだ。
「前回はどうだったの?」
「ん……正直あんまり思い出したくない。アギが炎を使うから赤都の神徒討伐は相性が悪くて。ナユちゃんがいなかった時はこの狐戦が一番苦戦したんだ」
そういえばさっきガオウじいちゃんが『この情報を手に入れるために何人が犠牲になるか分からない』って言ってた。
もしかしたら――
あたしはそこで考えるのをやめた。ガーシャの心の傷を知ってしまうのを恐れたのだ。
代わりにあたしは、敵の戦力を削ぐことのみに集中した。
尾の本数はかなり減ってきている。
いつしか残り数本のところまで来ていた。
本当にあと少しだ。
これまで3人ばらばらに動き回っていたのが、数が減ってからは集まって戦い始めている。
しかし、残りがこの程度の数になってくると、ぎょろぎょろと動く目玉がアギたちの動きを監視し、簡単には攻撃を当てさせてくれない。狐本体が爪や牙で攻撃してくることも増えて、苦戦しているようだ。
じいちゃんの盾がまだほとんどの攻撃を防いではいるが、爪の攻撃は強烈で防ぎきれず絶えず動き続けなければいけない。
明らかに尾をつぶす速度が減り、少し焦りの色を見せるガーシャ。
「神徒の攻撃はほぼ無効か出来てるから時間をかければいつかは倒せると思うけど……残されてるメイカさんの父親たちを助けるならなるべく早く倒したい。拠点にも眷属が湧いてるだろうからいつまでも持たないだろうし……」
「あたしが目玉をつぶそうか?」
前に鷺の神徒と戦闘した時にやったことがある。かなり有効だったはずだ。
「いや、ナユちゃんは尾をつぶす方に注力してほしい」
確かにあたし自身も大量の光玉を凍らせているので制御が大変だ。気を抜くと溶けてしまいそうだが、絶対にそれだけは避けなくちゃいけない。ここまで弱らせた意味がなくなってしまう。
その時、異形の狐が口をぐわりと開けた。
「――危ない!」
ガーシャが叫ぶのと、3人がじいちゃんを連れて回避するのとが同時だった。
目の前が一瞬、真っ赤に染まる。
あたしはガーシャに助けられ、少し高くなっている岩の上に退避した。
アギもメイカ様を拾って光玉を蹴った。
じいちゃんを助けて空に跳んだカラハは、ガーシャが釣りの要領で糸を伸ばし、こちらに引っ張った。
が、あまりの熱に糸が燃え切れてしまった。
「カラハ!」
瞬間、あたしたちの横を白い毛並みが通り過ぎて、カラハとじいちゃんを助けて、戻ってきた。
遠くに倒れていたはずのルシャナも同じ場所に連れてこられていた。テラスが運んでくれたのだろう。
「……冗談だろ」
息を切らしたアギが眼下の景色に向かって零した。
先ほどまで黒い岩に覆われていた大地が、ぼこぼこと音を立てて煮えたぎる溶岩に完全に覆われていた。
ここへきて足場がなくなってしまった。
あたしの氷は物理的なものではないから消えはしないけれど、あたしの意識と連動している。周囲の温度上昇に耐えるよう、あたしは手を握って対抗した。
全員で減らしたこれだけは、絶対に壊させない。
炎を全身にまとった神徒は、自分の吐いた溶岩などまるで気にしないかのようにこちらに向かって歩を進めてくる。
残りの尾は9本。
それぞれに炎を吐く口と、大量の目玉がついている。
「ぶわーびっくりした! 長い人生の走馬灯を見てしもたわ」
じいちゃんがひっくり返っている。
それでもあたしたちの頭上には大きな盾が回転し守ってくれていた。
さすが年の功。
ガーシャの言葉を借りて心の中で賞賛しておいた。
「じいちゃんはここにいてナユちゃんとルシャナを守ってあげて。今度はオレが行く」
「どうやって行くのだ? お前たちと違って私とカラハは飛べんぞ」
メイカ様も浅く呼吸しながら言う。
「足場はオレが作る。ただ、さっきの感じだとオレの糸も焼けちゃって長くはもたないだろうから、燃えたらすぐに作り変える。高速での作り変えはあんまりやったことないから落っこちちゃったらごめんね」
「おい、お前ふざけんな」
「じゃあ他に方法あるの?」
問われてカラハは詰まった。
神徒はもう目の前に迫っている。
「あー分かったよ、行けばいいんだろ、行けば!」
ガーシャはいつも使っている新緑色の糸を出すと、まるで編み物のように格子に編んだ。器用だな。
「キミの大将も早く助けなきゃいけないし、ナユちゃんの集中力も限界きそうだし、速攻で倒さなきゃね」
溶岩の海の上を再び3人は駆けていった。
アギはいつも通り光玉を蹴り、カラハはガーシャの作った糸を足場に、メイカ様は舞を舞った時と同じようにガーシャの糸に吊られて。
うまく戦えるだろうか。
不安げに見送ったあたしの隣に、ガオウじいちゃんがどっかと座り込んだ。
「あいつらなら大丈夫じゃろ。これだけの達人が揃う事はそうそうない」
じいちゃんだってずっと防御の円盤を出し続けて、疲れていないはずはないのだ。
あたしもぐっと唇を噛みしめて神徒を見た。
さっきよりずっと距離の近づいた神徒からは絶えず熱風が吹いてくる。前衛3人はこんな状態で戦っていたのか。炎に触れずとも皮膚が焼けているに違いない。
気を抜けば炎を吐く尾の口か、鋭い爪か、炎の毛並みが襲ってくる状態で眼下には溶岩の海。足場は悪く、攻撃で踏ん張ることもままならない。
地面に足をつける事がどれだけ大事か、あたしは蒼都で受けた師匠の稽古でよくわかっていた。
それでも皆、敵に向かうのだ。
その時、後ろから、わん、とテラスとの声がした。
「おう、嬢ちゃん、まだ寝とけ」
ガオウじいちゃんの声で、ルシャナが目覚めたのだと知る。
「いや、私だけ寝てるわけには……」
「そこで大人しくしとるのが一番助かるんじゃ。わしもさほど力が残っているわけではない」
ぴしゃりと言われ、ルシャナは黙った。
敵に集中するあたしはそちらを確認できないが、この戦闘の中で足手まといになることはルシャナ自身も理解したはずだ。それ以前に火傷がひどい状態だったのだから動けるはずもない。
それなのに。
あたしの肩にとん、と誰かの手が置かれた。
荒い息と共に、ぐっと体重がかけられる。
「ルシャナ」
足を引きずりながら、ここまで移動してきたようだ。地面には、あたしの氷の跡が残っている。
テラスが足元に寄り添っていた。
あたしの肩を支えにするようにして立ち上がったルシャナは、震える手で胸元の勾玉を握り締めると真言を唱えた。
以前見た時と同じ、ばらりと数十の矢を番えると、敵に向かって引き絞った。
その姿は息を呑むほど美しく、あたしたちは止めることができなかった。
放たれた矢は正確に飛び、それぞれが狙いを射抜いた。
尾に残されていた目玉はルシャナの矢で残らず射抜かれ、つぶされた。
背筋がぞくりとした。
どれだけの研鑽を積めばこれほど正確無比な矢を射ることができるようになるのだろう。
異形の狐が赤黒い口を大きく裂いて咆哮を上げた。
無論、アギたちがこの瞬間を見逃すはずもない。
メイカ様の剣が回転し、残りの尾をいっぺんに刈り取った。
アギが足元に回り込んで狐の前足を二本とも刎ねる。
地面の溶岩にがくりと頭を落とした神徒の目の前にカラハが待機している。
時が止まるかのような集中。
次の瞬間にはいつ刀を抜いたかもわからぬまま、神徒の頭が地面に落ちていた。
「……やった」
一拍置いて、狐の体はぶわあっと白い人型の紙に還っていった。
人型の紙が地面に落ちると、埋めていた溶岩が吸い込まれるように消え、周囲は急激に暗闇に落ちていった。
溶岩の中を走り回っていた小さな眷属の狐たちも、間を置かずアギたちに倒されていた。
あたしはすべての氷を解除した。
疲れた。
本当に疲れた。
これまで知らなかったが、朱印の力を使いすぎると頭が疲れる。まるで何時間も難しい問題を考え続けた後のように、脳が疲弊しきっているのが分かる。
隙あらば意識を刈り取ろうとしてくる疲労に必死に抗った。
「ルシャナ……ありがとう。すごかったね」
ふらりと倒れこんできたルシャナを支えた。
あたしまで倒れるわけにはいかない。
ガオウじいちゃんも疲れた、と大の字に転がっていたが、盾は解除されていなかった。本当にすごいな。
「ナユタ!」
アギが真っ先に帰ってきて、あたしの頭をぐりぐり撫でた。
「よくやった。倒せたのは、お前のおかげだ。それと、こいつのおかげだな」
あたしの肩で気絶しているルシャナの背中をばんと叩いた。
「怪我人を叩かないで」
「もらうよ」
カラハがあたしからルシャナを受け取って、背負った。
その中でガーシャは皆に告げた。
「勝利の余韻に浸りたいところだけど、すぐに行こう。残されてたっていうカラハの仲間が心配だ」




