狐討伐(1)
カラハの案内で神徒のもとに向かう間、ガオウ様がアギを後ろからずーっと睨んでいる。
そりゃそうだ。可愛い孫娘に寄ってくる男なんて、知り合いの息子であろうとハエくらいにしか思っていないに違いない。
「俺たちの拠点は、実は火口付近にある。ガーシャが神徒は火口から出てくる未来を見たと言った時、さすがに怖かったぜ」
だからお前の未来視ってやつを信じたんだ、とカラハは言った。
引き潮の時にだけ現れる砂州を渡って桜島のある島へと渡ることになった。
しかし、今日の引き潮の時間は夕方以降だ。特に黄昏時が最も潮のひく時間になる。
不安すぎる。
先に話しておくべきだろうか。
「ガオウ様」
「じいちゃんと呼べ」
え。
既視感のある言葉。
「ガオウじいちゃん……?」
あたしがそう呼ぶと、ガオウ様はニコニコと笑った。
「本当はメイカにもそう呼んでほしいんじゃが、メイカは頑固でいかん」
ぷんすかしているガオウじいちゃん。
「ナユタ、お前は本当にラクシャに似とらんの」
「そうなのかな? あたし、父親に会ったことないから分からないの」
「そうじゃったか」
じいちゃんはあたしより背が低い。けど、速足に余裕でついてくるし、話しながら走っても息が切れている様子もない。この年ですごい体力だ。
「そうだ、ガオウじいちゃん。これから夕方になって、もしかしたらあたしたちの周りにたくさん神徒が現れちゃうと思うけど、びっくりしないでね」
「どういう事じゃ?」
「言葉通りの意味だよ」
ガーシャが言った。
砂州に差し掛かり、辺りが薄暗くなってきた頃、周囲に神徒の気配を感じ始め、白い人型の紙が砂州と湖と際から湧いてきた。
「何じゃあこりゃあ」
「また来るのかよ!」
カラハが悲鳴のような声を上げる。何日も何日もさらされ続けた恐怖を思い出したようだ。
「そうだ。今後の為にも、じいちゃんが戦ってるところ見てみたいなあ。メイカさんはじいちゃんがとっても強いって言ってたけど、オレたちはじいちゃんのこと何も知らないんだよ」
にこにこ笑いながらガオウじいちゃんにお願いするガーシャ。
メイカ様に褒められていると知って、悪い気分ではなかったのだろう。
「そのまま止まるな、お前らは走り続けとけい」
ガオウじいちゃんが言ったので、あたしたちは砂州を突っ切った。
背後で白色に発光する神徒が姿を見せた。
「寄居虫!」
一瞬蟹と見まごう生き物は、巻貝を背負った寄居虫だ。背中の殻は固く、蟹に似た鋏に捕まればそのまま中に引きずり込まれてしまう。
じいちゃんはくるりと神徒の方を向くとぱあんを両手を合わせて真言を唱えた。
そのまま両手を合わせて神徒に向けると――
「『斬』!」
寄居虫が真っ二つに切れた。
それだけではない。砂州にも一本割れ目が通り、湖の水が流れ込んだ。
びっくりして足を止めると、じいちゃんに抜かれた。
「ほれ、足を止めるなと言ったろう」
慌てて一緒に走り出す。
「じいちゃん、今の何?」
「次はよう見とれ、メイカと似たもんだが、ただの平面だ。本来は護りに使う力じゃ」
そう言われて次の神徒を倒すところをじっと見ていると、分かった。
盾のように円形の薄い回転体を超高速で飛ばしているのだ。
じいちゃんは両手にその回転体を出して見せた。橙色の円盤の縁に小さな刃のようなものが無数についている。それを回転させることで切断力を生み出しているのだ。
確かに、メイカ様の使う剣とよく似ている。
さらに言えば、攻撃に対して円盤の平面を向ければたいていの攻撃は弾けるだろう。確かにこれは護りに使う力だ。
――そうか、回転させればいいのか。強い殺傷力を持たせればいい。
いいことを思いついた気がする。
水を薄くして回転させればいい。周囲に刃を付ければいいだろうか。回転、流転、輪廻、循環。高速の刃は何をも切り裂く。
頭の中で試行錯誤を繰り返す。
考えながら走っていたら、前を走っていたアギの背中に突っ込んでいた。
鼻を押さえながら前を見ると、いつの間にか砂州を渡り切っていて、目の前には黒々とした桜島がそびえたっていた。
暗くなってみるとよく分かるが、桜島の頂上からは明るい光が天の雲を照らし出していた。地下から火口に向かって明るい何かが迫っているということだ。それが神徒なのか、噴火前の本物の溶岩なのかはわからない。
足元からゴゴゴゴゴ、と何かの音がする。
いったい何の音かは分からないが、地面の下で何かが動いているような、蠢いているような。
「拠点は火口に下る途中に入口があったんだ。今は、どうなってるか分からねえ。俺が最後に見た時は大型の神徒と、小型の神徒であふれてやがった」
カラハはそのまま火口に向かって道なき道を進み始めた。
辺りはほとんど真っ暗だ。黄昏時を過ぎたが、まだ神徒が湧く可能性も高い。
しかし、足を止める選択肢はないだろう。
テラスがふっとカラハの前に出た。
まるで着いて来いとでも言うように。
尻尾に結んだ勾玉が光り、あたしたちの道標になる。そうだ、昔からテラスはあたしたちが暗闇に困ったときの道標になってくれているんだ。
その時、再び地震が起きた。
明らかに地震の間隔が狭まっている。
地震の揺れで足元の砂が流れる。
「ナユちゃん、飛んで!」
ガーシャの声で、咄嗟にじいちゃんの手を掴んで空に飛び上がった。
テラスは近くにいたカラハを背に乗せてガーシャの作った光玉の上に退避し、アギはメイカ様をおぶって光玉の上に跳んだ。
「地面は危ないからこのまま火口まで行こう」
周囲に轟音が鳴り響いている。暗いせいもあり、何の音か分からない。地面が動いているのか、水が動いているのか、溶岩が動いているのか、それとも他の何かが動いているのか。
テラスの光だけを追って、空から火口へと向かっていった。
その時テラスが、わん、と吠えた。
火口近くの地面に誰か倒れているようだ。
目を細めたカラハがはっとした。
「ルシャナ!」
テラスが方向を変えて急降下する。カラハも途中で飛び降りて倒れている人影の方に駆けた。
「ルシャナ、おい、大丈夫か?! 拠点はどうなったんだよ」
「無理に動かさないで、怪我してるかもしれない」
暗くてよく見えない。
と思っていたら、じいちゃんが不意に円盤をいくつか出した。
周囲が明るくなって、人が倒れているのが見えた――あれは、蒼都でカラハと一緒にいた女の子。師匠の道場のケイくんのお姉ちゃんだと師匠は言っていた。
一目でわかるほどにひどい火傷を負っていた。
「足がひどいな……ナユちゃん、すぐに水で冷やしてくれる?」
あたしはすぐに光玉でルシャナの火傷部分を包み込む。
冷やす。冷やす。
集中すると、パキキキ、と高い音がして光玉は結晶を含む氷の塊になった。
「冷やしすぎ! けど動かすならこの方がいいか」
脈と呼吸を確認し、近くで呼びかける。
「聞こえる? 意識があるなら教えて。声が出ないなら合図をだして」
ガーシャの言葉で、ルシャナの指がかすかに動いた。
うっすらを目を開け、けほりと咳をした。
「……カラハさん、助けてください。中に、まだ、みんないる……」
その言葉で全員が息を呑んだ。
「あの中にか?!」
「外に逃げられず、奥に結界、で……でも、もう無理、私一人が通り抜けて、助け、を……」
げほげほげほ、と大きく咳をして、呼吸が乱れた。
「大丈夫だよ。わかった。すぐ助けに行く」
ガーシャが穏やかな声で告げると、ルシャナは安心したように目を閉じた。
「……どうやら一刻の猶予もなさそうだね」
まだ地面が揺れ続けている。まるで船に乗っているようだ。
しかも闇夜だったはずの周囲がうすぼんやりと明るくなっている。
そのとき、がくんと地面が大きく揺れた。
「……来る」
アギが火口の方向を睨みつけた。
次の瞬間、火口から、凄まじい勢いで火柱が上がった。
じいちゃんが円盤で守ってくれたが、顔が焼けるように熱くなった。
「ナユちゃん、これからずっと炎と対峙することになる。出来る限りで水と氷を出し続けて」
「わかった」
あたしたちを守る円盤に沿うように、氷の結晶を作り、回転させた。
じいちゃんが器用なもんじゃ、とほめてくれた。
少し温度は下がっただろうか。
「ルシャナは危ないけど連れて行くしかないな。この状態で誰かを連れて下山する方が危険だ。テラス、着いててあげて。ガスも出るだろうから気を付けて、体に悪い空気は下に落ちる。しゃがんだり伏せたりは出来るだけ避けて、テラスも高台に――」
ガーシャの言葉の途中で、じいちゃんの盾にガアンと何かが当たった。
噴火の爆発で、凄まじい勢いで噴煙が上がり、火山灰と火山弾を周囲にまき散らした。火山弾に明らかに発光する生き物が混じっている。
「眷属が湧き始めた。赤都へ向かっておるぞ!」
メイカ様が叫んだ。
「大丈夫、赤都はシャラさんに任せてるでしょ。向こうはいったん忘れて。気にしながら戦える相手じゃない」
ガーシャが火口を睨みつける。
もはや周囲は昼間のように明るくなっていた。
「あの神徒は数十本の尾があって、そのそれぞれに目と口がついてる。自在に動く尾の先の口から炎を吐いてくるのが厄介なんだ。だから、最初に尾をつぶす。尾をつぶしてから本体を倒すよ」
最初に、火口から大きな爪のついた手がぐわりと現れた。
白く発光する体に、まるで毛並みが燃え盛っているかのような赤い炎がまとわりついている。大きな手が火口の岩に手をかけて、登ってくる。
「アギ、メイカさん、カラハ。キミたちなら尾を切るのはたやすいだろう。問題はそのあと。切っても隣の尾から炎が灯って再生してしまうんだ。それを止めないと永久に戦い続けることになってしまう。そこでナユちゃん、キミの力が必要なんだ」
「あたし?」
「うん」
火口からは二本目の手が出てきて、岩場を焼きながら爪をひっかけた。
両手をついて、神徒が火口を登ってくる。
ついに巨大な神徒が姿を現した。
ガーシャは狐と言ったけれど、とても狐には見えない。かろうじてとがった耳のような形をしている部分は狐に見えないこともないだろうか。
白く発光する四つ足の本体に赤い炎の毛並みを纏って、裂けるような口の中は赤黒く、数え切れないほどの尾を引いて。尾の一本一本の先にとがった口先と、おびただしい数の目がぎょろぎょろと動いている。
鷺と蟹の時と同じ、生き物の形の崩れた異形の神徒。
「尾が再生しないように、3人が切った端から凍らせてくれる? 全部の尾をつぶしたらあとはただの狐狩りだ」
「……未来が見えるというのは便利なもんじゃのお。その情報を手に入れるだけで何人の神徒狩りがあの炎の犠牲になるや分からんわ」
ガオウじいちゃんの言葉で、ガーシャは少しだけ悲しそうに笑った気がした。
その表情にどきりとする――またガーシャが遠くへ行くんじゃないかという不安。あたしの知らないガーシャがいる。
地面はまだ揺れているが、最初の噴煙が上がったことで地下の圧力が少し下がったのか、立っていられる程度の揺れに収まっていた。
異形の狐と向き合うと、顔が燃えるように熱かった。
「ガオウじいちゃんは、前線で戦う皆の事を守ってあげて欲しい。そうしたらオレはナユちゃんの指示に集中できる」
「任せておけい」
じいちゃんが腕まくりをしながら前に進み出た。
前衛にメイカ様、アギ、カラハの3名、じいちゃんがその護衛と補助。あたしは後方で全員を炎から守りながら切り落とされた尾を凍らせ、無力化していく。
出来るだろうか。
「大丈夫。落ち着いて。ナユちゃんなら出来るから」
ガーシャがあたしの肩に手を置きながら言う。
肺が焼けそうなほどに熱い空気の中、あたしは深呼吸。
しっかりと狐の神徒を見据えた。
同時に、前衛の3人が地を蹴った。




