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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第二章 赤都編
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赤都へ(4)

 カラハが戻ってきたのはその2日後だった。

 ひどく青い顔をして、薄汚れてまるで亡霊のようにあたしたちの前に現れた。

「どうしたの……?」

 いつも着ている赤の着物が焼け焦げている。

 何かあったのだろうか。

「大将のいた拠点が、神徒に襲われてた……」

「えっ?!」

「仲間が誰もいなかった。おそらく逃げたんだと思うが、どこへ行ったかわからねえ」

 あたしたちは絶句してしまった。

 神徒に襲われて、無事なのだろうか。そもそもあたしたちは、その外道衆の大将に会うためにここまでやってきたのに。

「怪我は?」

「俺はねえよ。姿を見てすぐに逃げたからな」

「賢明な判断だね」

 ガーシャがカラハの手足を見て、軽い火傷にだけ薬を塗っていた。

「神徒の話を聞いてもいい?」

「あれは……なんだ、見たことのない生き物だった。炎の毛並みで、数え切れないほどの尾があって、足は四本だったがとても獣には見えなかった。尾に気持ち(ワリ)いほど目玉がついてぎょろぎょろしてた。あとは――」

「あとは、口からどろどろの溶岩を吐いた」

 ガーシャがカラハの台詞を先取りした。

 カラハがはっとガーシャを見る。

「お前何で――?」

「決まりだ、火口から出てくる予定だったけど、すでに姿を現してたみたいだね。眷属も多そうだ。この火傷はそういうことでしょ」

 最後の傷に薬を塗って、ガーシャはにこりと笑った。

「間違いない、多尾の(キツネ)の神徒だ。火山を飛び出す前に場所が分かってよかった。すぐに向かおうか」



 温泉の宿を引き払い、赤都へ向かう船に乗った。

 白狼のテラスは一瞬断られかけたが、とても良い子だと力説したら何とか乗せてくれた。

「こっちはこっちで大変だったみたいだな」

 カラハが温泉街の様子を見ながら言う。

 賑わっていたはずの温泉街は閑散としていた。翡翠色の温泉が流れていた湯畑は枯れ果て、黒い玄武岩のみが残されていた。樋は静かにそこにあり、湯煙もすっかり消えている。

 到着して最初に見た景色が嘘のようだ。

「アギも怪我してるしよ」

 言われてアギはむっと言い返した。

「お前も火傷だらけだろ」

「アギほどでかい怪我はしてねえよ」

「メイカさんも怪我してるから無理しないでね」

「そんな調子で神徒に挑んで大丈夫なのかよ……」

「うん、今回はナユちゃんに期待してるから」

 え、あたし?

 何も聞いてないんですけど。

 首を傾げたら、ガーシャはニコニコ笑いながら頭を撫でた。何かを誤魔化された気がする。

「最初に赤都(セキト)の神徒狩りの協力を取り付けたいんだけど……どうしようか。カラハを連れてくわけにいかないし」

「赤都なら、別に俺が入っても問題ねえぜ」

「そうなの?」

「ああ。赤都は職人の里で、寺社組織もないからな。神徒狩り組織はあるが神徒狩りだけ(・・)を生業にしてるやつはいない。皆、本業は別にある。つまり蒼都ほど俺たちを排除しようとする空気がねえのさ。だからこそ、俺たちの拠点は赤都の近くにあんだよ。それに――」

 カラハは煙草をくわえてにっと笑った。

「職人てのはそもそも色んなものの『仕組み』を知ろうとするやつが多いんだ。つまり、興味の方角が揃っちまえば本質は俺たちと同じなのさ」

「赤都の神徒狩りのとりまとめ役も、代替わりしていなければ鍛冶組合の会長を兼任しているガオウ様だ。いろんな意味で都の顔役だ、怒らせたりしないようにな」


 話しているうちに船は接岸した。

 目の前には桜島(サクラジマ)がそびえている。白根温泉にいた時よりずっと近い。もくもくと噴煙を上げる火口が見上げる位置にあった。黒々とした山体は噴火の影響か大きく(えぐ)れ崩れていたが、それでもどっしりと湖の中に構えている。どうやら細い洲はあるが基本的に陸から離れた島になっているようだ。

 船を降りたあたしたちは、港とほぼ一体化している赤都に迎えらえた。

 湖の近くこそ少しばかり平地になっているが、周囲は完全に山に囲まれている。そもそもこの湖自体が火山の噴火口がくぼんだ土地らしい。

 なるほど、赤都につながる街道が制限されるわけだ。

 完全なる平野に位置していた蒼都と違い、狭い土地に黒っぽい建物が密集していた。木ではなくレンガや石で組まれたものが多いのは、火山地帯の特性か。工房が多いと言っていたが全体が煙っている気がするのは煙を出す建物が多いせいだろう。

 アギはすでに目を見開いている。見張っておかないとすぐにその辺へ消えそうだ。ガーシャは先手を取ってアギの着物の衿首を掴んでいた。

「おそらく時間がないから神徒狩りとの連携を急ごう。アギ、勝手にどこか行かないでよ」

 すでに道を逸れようとしていたアギの首がぐっとしまった。

「ナユちゃん、アギがどっかいかないように手を繋いどいて」

 ガーシャの要請を受け、あたしはアギの手をとった。

 責任重大。

 ガオウ様はお社ではなく鍛冶場の方にいらっしゃると思う、というメイカ様の言葉であたしたちは都の中を歩き出した。


 歩いているだけであちこちからトンカンという鍛冶の音がする。

 町が狭いのも相まって、まるでこの町自体が生きて、動いているような気さえした。

 これはアギでなくとも色々と見たくなってしまう。

「全部解決したら戻ってきていいから」

 ガーシャが釘を刺してくる。

 火山灰を使った硝子(ガラス)製品の話もしていたな。アギの眼鏡がまた壊れちゃったから、新調しないといけないし、どうせこの町には滞在することになるだろう。

 あたしが硝子(ガラス)の風鈴を見つけて右に行こうとするとアギが左に引っ張ってくる。

 それを見たガーシャが真ん中に入った。

「二人ともどこも行かないで」

 強い力で引き戻されて、道の真ん中を歩いていく。

「相変わらず保護者だな」

 メイカ様がくすくす笑う。

「メイカさんはやく一人引き取ってよ」

「悪いが怪我をしているから無理だ」

 後ろからカラハがくわえ煙草でついてくる。テラスはその隣を歩いていた。

 赤都へ来るときにテラスにカラハの見張りをお願いしていたので、どうやら一人と一匹はそこそこ仲良くなったようだ。特にカラハは疲れるとテラス相手に愚痴を言っていることも多いし、テラスは嫌な顔一つせず聞いている。賢い白狼は人の言葉を理解していそうなのに。

 先頭を行くメイカ様が足を止めたのは、大きな間口に大きな木の看板がついた鍛冶屋の前だった。

 メイカ様は躊躇なく扉を開け、大きな声で叫んだ。彼女の声は非常に通りやすい。

「ガオウ様はいらっしゃるか?」

 騒がしい鍛冶場でもすぐに奥から妙齢の女性が前掛けで手を拭きながらでてきた。

「はいはい、ご用事ですか?」

 顔にすすがついている。作業中だったのだろうか。

「蒼都から来た神徒狩りのメイカという者だ。ガオウ様にお伝えしたいことがあるのだが、お目通りいただけるだろうか」

「少々お待ちください。奥で作業中ですが、切りの良いところで案内します」

 奥は作業場らしいが、手前は店になっていて、壁には所狭しと刀が並んでいた。ガオウという人はどうやら刀鍛冶らしい。

 ここではアギよりもカラハの方が興味を惹かれていた。

 しばらく待つと、奥から小柄なご老人が現れた。

「ガオウ様」

 小柄ではあるが矍鑠(かくしゃく)としたおじいちゃんだ。

「おお、まさかと思ったが、本当にメイカか!」

「ご無沙汰しております」

 メイカ様は深々とお辞儀をした。

「大きくなったな! 以前来たときはまだ子どもだったというに」

 メイカ様の手を握ってぶんぶんと振りながら。元気なおじいちゃんだ。

「どうした、何か困ったことでもあったのか?」

「ええ、ガオウ様にご相談事があって参りました」

「何でも言うがいい。メイカの為ならじいちゃん老体に鞭打って頑張るからな」

 まるで可愛がっている孫娘にするように、ガオウ様は優しく笑った。



「……火口の神徒か」

「はい。討伐自体は我々で行えると思いますが、眷属が多く、町に被害の出る可能性がございます。そちらはできれば、赤都の神徒狩りの手を借りたいのです」

「色々と聞きたいことはあるが……」

 メイカ様の話を聞いたガオウ様は、蓄えた髭を撫でながら言った。

「赤都の神徒を動かすことは問題ない。が、討伐をメイカらだけで行うと言ったが、それは可能なのか?」

「はい、問題ありません」

 メイカ様は断言した。

「お主自身が?」

「私と、アギです」

 メイカ様に呼ばれた気がして棚の刀を見ていたアギがこっちを見た。

「ラクシャ?!」

 ガオウ様が目を見張った。

「ラクシャ様の……息子、です」

「息子がおったのか!」

「父をご存じなんですか?」

 あたしが首を傾げると、メイカ様はあたしの方を指した。

「ラクシャ様の娘のナユタです」

「娘もおったのか!」

 ガオウ様が悲鳴のような声を上げた。

「成程な……さらにメイカもおれば討伐できると言い切る理由もわからんでもない」

 娘は全く似ておらんの、とあたしをよーく見ながら。

「お前の父のラクシャは、蒼都を追放された後しばらく赤都におったのだ。外道の者ゆえ積極的に関わる事は避けておったが……あやつの最後の刀を打ったのはわしじゃからの。あれは何年前だったか、不意に姿を消しよった。サイショウに聞いても何も言わんから、その後の事はわしも知らん」

「父上もこちらにいらしたのですか?」

 メイカ様が驚いた顔をした。

 しまった、とガオウ様が一瞬口を噤み、ごにょごにょと言い訳をする。

「……サイショウには口止めされておったのだ。だが、お前、サイショウの小間使いと一緒におるもんじゃから知っているものと」

 ガオウ様がそう言って指したのは、店内を見回っていたカラハだ。

「うちの大将がどうかしたか?」

「は?」

 メイカ様が眉間にしわを寄せた。

「え?」

 カラハが首を傾げる。

 ガーシャがあーあ、といった顔をした。

 あたしもアギもぽかんとした。

「カラハ、お前……お前の言う大将とはサイショウと言うのか?」

「ああ、そうだが」

 言ってなかったか? と首を傾げるカラハ。

 ガオウ様も口を滑らせたと気づいて小さくなった。

「サイショウは私の父の名だ。10年前に外道に落ちて蒼都を追放された宗主一族の末子だ!」

「はあ?!」

 どうやらカラハも知らなかったらしい。

 驚いていないのはガーシャだけだ。

「ガーシャ知ってたの?」

「セイカに対して外道衆の情報を漏らした辺りから予想はしてた。単純に外道衆からの情報ってだけじゃあれだけ確信しないだろうと思ってさ。セイカに対してそれだけ説得力を持たせられて、外道と関係のありそうな人物っていうと一人しか思い浮かばなかった。詰所で見つけたものもあるけど……その話はいいや」

 あと、それがメイカさんを連れてきた理由の一つでもあるんだよね、と言われてあたしも開いた口がふさがらなかった。

「待て、つまり、今、神徒に襲われて行方不明なのは……」

「……お前の父親ってことになるな」

 10年会っていない相手でも、父親である事には変わりない。

 もちろん、カラハに言われた時から神徒を狩りに行くつもりではあったが、さらに予断を許さぬ状況になったようだ。

「落ち着いて、メイカさん。オレたちのやることは変わらないよ。神徒を倒して、サイショウさんに会うだけだ」

 ガーシャの言葉で、メイカ様はふーっと大きく息を吐いた。

「ああ、そうだな。確かにそうだ」

 メイカ様の目に光が灯った。

 とても、怒っている。

 アギがまたメイカ様を見てぎょっとしていた。本当にうちの兄は失礼だと思う。

「一刻も早く神徒を狩りに行くぞ。父上には色々と、本当に色々と言いたいことがある」


「待てい」

 今すぐにでも出て行ってしまいそうなメイカ様に、ガオウ様が声をかけた。

「わしも行く。メイカに言ってはいかんことを言ったのもそうだが、サイショウが心配じゃ。微力ながらわしも加勢する」

「ですがガオウ様、赤都の神徒狩りは……」

「シャラに任せていく。よいな」

「御意に。こちらはお任せください」

 最初に迎えてくれた女性が首を垂れる。

 メイカ様があたしたちを見渡した。

「本当はアギとナユタのためにここへ来たのだがな。私はどうしてもカラハの大将に会わねばならなくなった。すまんが皆、助けてくれ。私は――父親を助けたい」

「もちろん」

「任せろ」

 あたしとアギは間髪入れずに返事をした。

 正直、あたしもアギもその外道衆の大将にさほど興味がなかった。あたしたちの興味は、その外道衆のさらに先にいるあたしたちの父親だ。

 あたしたちの父親ラクシャの情報も先ほどガオウ様が教えてくれたように、蒼都から赤都へ移動したところで10年前に足取りが途絶えている。

 きっとその先は、メイカ様の父が知っている可能性が高い。

 とすれば、結局のところ目的は一緒だ。


 全員が決意した時、地面が――揺れた。


 大きな揺れは白根温泉で遭ったものと同じだ。

 近くにいたガーシャがあたしを引き寄せて、アギはメイカ様の手を引いた。

 壁の刀はしっかりと括られているので落ちることはなかったが、立っていられないほどの揺れがあたしたちを襲った。

 しばらくして落ち着いたが、皆、ガーシャの言葉を思い出していた。

――何度か地震が起きて、火山が噴火して、火口から神徒が這い出して来る。

「……アギ、離せ。私はナユタじゃない。何度も間違えるな」

 メイカ様の声がした。

「間違えてねえよ。今度は、メイカだとわかってる」

「はあ?!」

「地震で、鳥居が倒れた時のこと思い出して怖くなった。メイカが……死ぬかと思って」

 アギの言葉でメイカ様は大きくため息をついた。

「安心しろ。私は簡単には死なん。恥ずかしいから離せ!」

 メイカ様に突き飛ばされて、ようやくアギはメイカ様を離した。

「……それに私だって私のためにお前が怪我をするのは嫌なんだ」

 ぽつりと呟いて。

 そして、あたしたちの視線に気づいて真っ赤になった。


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