赤都へ(3)
次の日、カラハは一度別行動をすると言ってどこかへ行ってしまった。きっと仲間と連絡をとったり色々あるのだろう。むしろずっとあたしたちと行動を共にしてくれたことに感謝だ。
メイカ様は温泉街のお社を管理する神徒狩りに挨拶をすると言って一人で出て行こうとしたが、ガーシャがアギを連れていけと無理やり押しつけていた。
「こいつの手綱は握っといてね、メイカさん。蒼都に着いた日も、放っといたら騒ぎ起こしてたんだから。すぐふらふらっとどっか行っちゃうから気を付けてね」
ガーシャを睨みつけたメイカ様だったけれど、責任感の強い彼女はしぶしぶアギを連れて出て行った。
「大丈夫かなあ」
「なんだかんだでメイカさんは面倒見いいから大丈夫だよ。じゃあ、オレたちも情報仕入れに行こうか」
あたしはガーシャと二人で温泉街を散策することにした。
「……アギのことを気にしなくていいのは思ったより楽だな」
ぽつりとガーシャが言った。
幼馴染のこの人は、あたしたち兄妹を5歳児だと思って世話している節があるので、彼にしか分からない苦労があるのだろう。苦労かけてごめんね。
「オレもメイカさんみたいにしっかりした人がアギの隣にいてくれたらいいなと思うよ。まあ、本人たち次第だけど。残念ながらアギの感情がまだまだ遠すぎるし」
どうやらガーシャはあたしのお姉ちゃん計画には賛成のようです。
よかった。
宿があるのは坂をかなり上ったお社の鳥居の傍なので、見下ろすと町の全景が見える。
上から見る参道は人でにぎわっており、まるでお祭りの日のようだった。この温泉地に人気があるというのは嘘ではなく、朝一番で到着した赤都からの船にはたくさんの人が乗っていた。
湖はかなり広いようで対岸はうっすらとしか見えない。船がやってきた方向にかすかに見えるのがおそらく赤都なのだろう。赤都の右手には、大きな火山が湖から生えるようにそびえていた。都のすぐそばで活動を続ける活火山。今も噴煙が絶えず山の頂上から吹きあがっていた。
「あれが桜島と呼ばれてる火山だよ。すごいよね、あんな大きな火山の隣に大きな都があるなんて」
「危なくないの?」
「しょっちゅう噴火してるみたいだよ。けど、みんな火山灰の降る生活に慣れてるらしいんだよね。その火山灰で作られた硝子は特産品だし。工芸が発達したのも、火山性の資源が豊富だからなんだ」
「ガーシャは色んな事を知ってるね」
「本で読んだからね」
「それに、前にも来たことがあるから?」
ふとそう言うと、ガーシャは一瞬、息を止めた。
彼が夢の話をしてからこれを聞くのは初めてだった。けれど、聞いていれば何となくわかることもある。時に驚くほど博識で、来たことがないはずの場所のことをよく知っていて、一人だけ年上かのような物言いをするガーシャは、やはりあたしたちの知らない未来を知っている。
「……前に来たって言い方が正しいかは分からないけどね」
穏やかに笑いながら。
この話をすると、ガーシャがとても遠くへ行ってしまいそうで怖い。
でもあたしは、心の中に何もかもを隠して誰にも見せないように厳重に鍵をかけているこの人のことを、もっと良く知りたいと思ってしまったのだ。
怖さをごまかすために、手を繋ぐ。
彼がどこへも行かないように。
手を握り返してくれるそのうちはあたしたちの傍にいてくれると信じられるから。
「これは夢の話なんだけど……」
ガーシャは前置きをして話始めた。
「おそらくこの後、何度か地震が来る。それからしばらくしたら火山が噴火して赤都は真っ黒な灰に覆われると思う。神徒が火口から出て来るのは、その後だ」
「火口?!」
「今のオレたちならそれほど苦労せず倒せると思う。それよりも気がかりなのは外道衆の方だよ。ほとんど出会ったことがなかったから先が読めない。アギとナユちゃんを呼んで何がしたいか分からないし、敵か味方かも分かってないから」
分からない、と言いながら、ガーシャはそれなりに予想を立てている気がする。
この幼馴染はいつもあたしたちの想像のもっと向こうまで見渡しているから。
「それまでにできればこの町と、赤都の神徒狩りとは連携しておきたいけど、メイカさんはちゃんとたどり着けてるかなあ」
その時。
足元がぐらりと揺れた。
「……やっぱり、逃げられないかあ」
すぐに立っているのが困難なほどの揺れになる。
ガーシャがあたしをかばうように抱いた。それでも周囲が大きく揺れ動いているのを感じる。
どこかでがしゃん、と何かが落ちたり壊れたりする音が響いた。人々の悲鳴があちこちから上がっている。地面が動く、ごお、という地の底から響く音を聞いた気がした。
そしてどれだけの時間がたっただろう。
揺れが収まり、喧騒が遠のき、あたりはしぃんと静まり返った。
「ガーシャの言ったとおりだったね」
「うん。さすがにオレ自身もちょっと怖いよ」
失笑したガーシャは、町の方を見下ろした。
「怪我してる人がいるかも。出来る限り手助けしたいから、ナユちゃんも手伝ってくれる?」
もともと地震の多い地域ではあるため家の造りがしっかりしているのだろう。
店が並ぶ坂のあたりでは思ったほど倒壊の被害はなく、棚の上から者が落ちてきたり、揺れで転んでけがをした人がいたくらいだった。これだけ人が多い場所で、あの地震で、ほとんど被害がなかったのは重畳だ。
でも――
「……温泉が止まっちゃってる」
ここへ到着した時は轟轟と音を立てて樋の中を流れていた源泉の流れがぴたりと止まってしまっていた。
周囲の人もざわざわとその様子を見ている。
「もうちょっと温泉でゆっくりしたかったけど、早めに赤都に行った方がよさそうだね。メイカさんたちと合流しよう」
メイカ様たちは神徒狩りのところへ行くと言っていた。たいてい神徒狩りの詰所というのはお社の近くにあるはずだから、宿の近くにあるはずだ。
あたしたちは坂を上って宿へと向かう。
途中で怪我をしている人がいたらガーシャが手持ちの薬と包帯で対応していた。ただ、手当の準備をしていたわけではないからそれほど物資が多いわけではない。ガーシャの荷物も宿にあるし、一度戻らなくては。
急ぎ足で坂を上っている途中に、大きく何かが壊れる音がした。
見ると、お社の近くに人だかりができている。
何だろう。
近寄っていくとすぐに分かった。
大きな石の鳥居が倒れていたのだ。その近くに座り込んでいたのはメイカ様だ。肩のあたりを抑えて、袖口から血が流れている。
「メイカ様!」
「ナユタ」
メイカ様が呆然とした表情でこちらを見た。
「アギが」
メイカ様の近くに、アギが横になっている。眼鏡が壊れて、額のあたりからどくどくと血が流れだしていた。
ざあっと全身の血の気が引く。
あたしより先にガーシャが動いた。
「動かさないで! そのまま寝かせておいて!」
すぐにアギに駆け寄ると、着物の袖を破ってすぐに止血する。
先ほど手持ちの薬は使い切ってしまっている。
「ナユちゃん、宿に戻ってオレの薬箱取ってきて。メイカさん、状況を教えてくれる?」
「……地震の後、鳥居が倒れて、下敷きに……私は大丈夫だが、私のせいでアギが」
「落ち着いて。大丈夫だから――アギ、返事できる?」
「……ああ。くそいてえけど」
意識はある。
大丈夫。きっと大丈夫。
あたしは自分に言い聞かせるようにして、すぐに宿の部屋へと薬箱をとりに走った。
戻ってすぐに、ガーシャと交代してアギの額の止血をする。額だから派手に出血したけれど、致命的な傷ではなさそうだ。このくらいの傷なら、集落にいた頃もよく無茶して負っていた。
ガーシャはその間にメイカ様の方の怪我を見る。
「うん、打ち身にはなってるけど、骨折はしてなさそう。切り傷だけ処置しとくね」
てきぱきと傷口を消毒して薬を塗り、包帯を巻きながら今度はアギに話しかける。
「アギはどう? 動けそう?」
「ああ、問題ない」
「動けそうならちょっと深い傷だから宿に戻って縫おうか。ナユちゃん、新しい布をアギに渡して、自分で押さえてもらって」
ガーシャの指示でアギにまっさらな布を渡すと、慣れたように自分で押さえて、体を起こした。
「いってえええ」
「アギがそんな怪我するの久しぶりだよね。最近はぜんぜん怪我しなくなってたのに」
「メイカが子供を助けようとしたんだ、ちょうど、鳥居が倒れてきたから危ないと思って……でも、結局怪我させちまったな」
「……いや、アギがいなければ二人とも下敷きだった。助かった」
メイカ様とアギのところにご両親と思われる二人と5歳くらいの子がやってきて、お礼を言っていった。
二人ともあの子を助けたんだな。
「さて、ちょっとこの後のことも話したいし、アギの手当てもしたいし、もう一回宿に戻ろうか」
部屋に戻ってアギを布団に転がし、ちょっと痛いけど我慢してねーと言いながら額の傷を数針縫った。手際が良すぎる。アギも慣れているのか、痛そうにはしているものの、基本されるがままだった。
最後にアギの頭に包帯を巻きながら二人に言う。
「メイカさんもアギも、落ち着くまでは温泉も禁止ね。まあ、さっきの地震で温泉も止まっちゃったみたいだけど」
「は?」
温泉が止まった、でアギは眉間にしわを寄せた。そうしたら縫ったばかりの傷が動いてしまったのか、額を抑えて下を向いていた。
「後はこの後の事なんだけど……」
ガーシャはそこでいったん言葉を切った。
どう話そうか考えているようだった。
「……ええっと、メイカさんには話したことなかったんだけど……実はオレ、ちょっと未来が見えるんだよね」
ガーシャの言葉で、メイカ様は首を傾げた。
そして何か聞きたげにして、聞こうとして、やめた。
「……能力そのものについて、今問い詰めるのは面倒だからやめておく。未来が見えると言ったが、それは意図的にか?」
「いや、欲しい情報が手に入るわけじゃなくて完全に成り行き任せ。しかも変わっちゃったりするから不確定情報だよ」
「だが、今それを口にしたという事は気になる未来があるという事だな」
「さすがメイカさん、話が早い」
にこりと笑ったガーシャは、これから続けて何度か地震が起きる事、その後に噴火が起きて火口から神徒が出てくることを告げた。
未来が見えるというのはある意味嘘ではないが、あたしの知る事実とは似て非なる真実だ。眉一つ動かさず、すらすらと答えるガーシャに恐怖すら覚える――おそらく、あたしやアギに対しても嘘をついていたり誤魔化していたりすることがたくさんあるに違いない。
そういえば以前アギもガーシャがすべてを話しているわけではないと思っているような言動をしていたな。
「未来の是非はともかく、いま地震が起きたのは事実だな」
「うん、だから早めに赤都へ渡っておきたいなと思って。ただ、地震のせいで温泉が止まっちゃったから都に戻る人も多そうだし、少し様子見でもいいかな」
「確かに、今日明日の渡し船はいっぱいになりそうだな」
「カラハも戻ってないし、無理しないで少し休もう。この後も大型の神徒と戦わなきゃいけないんだから」
ガーシャの言葉でメイカ様は軽く小首を傾げる。
「大型、というと、蒼都で討伐した蟹のような異形になるのか?」
「おそらく。あいつら、眷属も多いからオレたちだけだとちょっと苦戦するかもしれないんだよね。だから、先に赤都やこの町の神徒狩りと連携しておきたいんだけど」
「そちらは大丈夫だ。この町の神徒狩りとは先ほど会ってきたし、赤都の神徒狩りの長とは代替わりしていなければ面識がある。協力を取り付けることは可能だろう」
「ありがとう、さすがメイカさん」
そういえば、聞いたことはなかったけれど、ガーシャの知る未来では赤都にメイカ様はいなかったのだろうか――きっと、いなかったんだろうな。
だとしたら現時点ですでに事態は好転していると言える。
「今回は、どんな神徒なんだ?」
アギが聞くと、ガーシャはにこりと笑って答えた。
「狐だよ。炎を纏った狐の神徒が火口から大量に飛んでくるから火傷しないように気を付けてね」




