赤都へ(1)
赤都へ向かう旅路で、一つ忘れていたことがある。
先に言い訳をしておくと、忘れていたのはガーシャで、それも意図的に忘れた振りをした疑惑がなくもない。
実は、蒼都を出てすぐのどこやらの小屋で外道衆のカラハと待ち合わせる手はずになっていたらしいが、ガーシャがわざと無視して進行したため、カラハは自力で2日後に追いついてきたのだ。
正直言うと、あたしもアギも外道衆からきた手紙の事なんて全部忘れて赤都に行くことしか考えていなかったので、カラハの顔を見てようやく思い出したのだった。
「神徒が出まくってたからすぐに場所は分かったけどよ……普通、無視していくかぁ?」
「何言ってんの。先に仕掛けてきたのはそっちでしょ。そのせいでまたナユちゃんが危険な目に遭ってるんだから無視もしたくなるよ」
ガーシャが怒っている気がする。何故?
「……知ってたっつーのかよ」
「どういうこと?」
「蒼都で、オレと外道衆が繋がってるってセイカに漏らしたのがこいつら自身ってことだよ」
「え?! なんで?!」
「知らない。オレが来ると都合の悪い人がいたんじゃない?」
カラハがちっと舌打ちした。
メイカ様が額に手を当て、頭痛を催したかのように止めた。
「待て、ガーシャ、どういうことだ。この男は何者だ? そもそも今回の旅程に関しては説明が少なすぎるのだ。情報の共有を要求する」
あれ、あたしたち、メイカ様にどんな説明をして、どうやって連れてきたんだっけ? 2、3日前の前の事なのに思い出せない。
そしてメイカ様との情報交換はもちろん必要なのだが、神徒がずっと出続けていて、それを退治し続けている状態でゆっくりと話す時間などとれるはずもない。
最初に組み分けして順に休息をとるようにしないと全員が疲弊してしまう。
カラハが目の前の神徒の攻撃をかわしながらガーシャに言った。
「だから先に合流したかったんだよ馬鹿野郎! おい、お前、結界持ってただろ。出せ」
ガーシャは別の神徒を糸で結んで樹上に掲げながら、腰の袋の中から掌に乗るくらいの木の箱を取り出した。箱には朱印の施されたお札が重なるように貼られている。まるで中に何かを封じ込めるための入れ物かのように。
「そのまま持ってろ」
外道衆の男は戦闘的な意味でいうとかなりの実力者だった。
刀を鞘に収めると、呼吸を整え、抜刀。
居合いで目の前の神徒を両断した。神徒はぱくりと半分に割れ、白い人型の紙が周囲に舞い散る。
カラハは納刀と同時にその人型の紙を一枚掴むと、ガーシャの持っていた箱に突っ込んだ。
すると箱から真っ白な光が迸った。
そこへ、今度は古銭を拾って箱の隙間に突っ込んだ。
チャリンチャリンと音がして、ぶわりと光の膜が周囲に向かって膨らんだ気がした。
まるで、お社に古銭を奉納した時のように。
「今のうちに周りの神徒を全部倒せ!」
カラハの声で、アギとメイカ様が同時に、反射的に周囲の神徒を一掃した。
「お前はこっちこい」
あたしはぐいっと手を引かれてガーシャの近くに追いやられた。
刹那の静寂。
カラハが警戒し、ざっと周囲を見渡す。
しばらく後、神徒が新しく現れないことを確認したカラハは肩の力を抜いた。
「なるほど、こうやって使うのか」
ガーシャが箱の隙間から中を覗きながら言う。
「おそらくお前の体質も抑えられるだろうってのが大将の見解だったが……うまくいったようだな」
はあ、と大きく息をついて、カラハはその場に座り込んだ。
慣れていないと神徒との連続戦闘はとても体力を消耗するのだ。あたしたちの体力がどんどんついて行ったのは確実にこの無茶な行軍の所為だし、きっとメイカ様もカラハも次の都に到着するころには今と比べ物にならない底力がついていると思う。
問答無用の強制修行、というのは師匠の談だ。
でも今は結界が周囲に神徒が現れるのを抑制していた。
「すげえ! 本当に神徒がわかねえ!」
単純に喜ぶアギ。
メイカ様も息を整えながらこちらに戻ってきた。
「仕組みについてはいろいろと聞きたいところだけど……これは、簡易的にお社のような力を得られていると思っていいの?」
「ああ。そのままでも球形に近い範囲に対して効力を発揮するんだが、簡易的にでも境界があると範囲指定で強化される。例えばお社の鳥居や関所、それから石碑なんかを建てることもあるな。野外なら洞窟や小屋でもいい。区切られている空間さえあればいいんだが……」
「なるほど、空間を区切ればよいのだな?」
メイカ様は真言を唱え、剣を回転させる。
「全員伏せておれ」
ガーシャがあたしの頭を抱えて地面に伏せる。
ガガガガガ、どんどんどんどんどん、とおおよそ普段は聞かない音が周囲に響き渡って、地面が大きく揺れた。
おそるおそるガーシャの腕から抜け出すと、巨大な丸太が10本以上、円形の等間隔に並んであたしたちの周囲に立っていた。メイカ様がそのあたりの巨木を何本か切って、ガーシャが並べて、アギが地面に打ち込んだんだろう。丸太と丸太の間隔は広めだが、即席の防護柵のようになった。
「これでよいか?」
「いいんじゃない?」
一部始終を見ていたカラハは引いていた。最近のガキどもは恐ろしいな、と。
メイカ様はそのカラハを指さして言う。
「だからこれは誰なんだ」
「いや、それはこっちの台詞だっつの。何でラクシャ様の息子と娘だけ連れてく予定だったのに、減るどころかガキが4人に増えてんだよ」
カラハが頭を抱えた。
「そもそも聞きたかったんだが、この嬢ちゃん、神徒狩りの長じゃねえかよ……」
「私もあらかた察しているが、こやつは外道衆の者ではないのか?」
「それだけお互いに分かってれば十分じゃない?」
ガーシャが説明を投げた。
残念だけど一番よくわかっている幼馴染が投げてしまったら、話が先に進まないのだ。
加工もされない生の丸太で区切っただけの場所で屋根もない野ざらしではあるが、せっかく落ち着けたことだし。とりあえずあたしは炊き出しの準備を始めた。
足の速い魚は昨日あたり神徒に追われながらも根性で食べ切ったから、残っているのは日持ちのする野菜とおばあちゃんがくれたうどんだ。せっかくだからお出汁をとってうどんを作ろう。
石を積んでかまどを拵えていると、アギが隣で鰹節を削り始めた。荷物をかなり減らしたから鍋は一つしかないけれど、お出汁を先に椀に入れて後からうどんをゆでれば大丈夫だろう。ガーシャは言われなくても近くの沢から水を汲んできた後に火おこしを始めている。
あまりに自然に炊飯が始まってしまったので、メイカ様とカラハが固まっている。
「ああ、メイカさんたちはそのへんで座ってて。すぐできるから」
メイカ様たちも何もしないのも落ち着かなかったのか、板材を切り出してきた後、切り株が並んでいるところに簡単な机を作ってくれた。
テラスはあたしたちを守るように丸太の外に落ち着いて伏せをしていた。
やがてうどんもゆで上がり、人数分のごはんができたので作ってくれた机に配膳する。あとは、いただいた野菜で浅漬けをつけて並べた。
「いただきます」
「山の真ん中であったかいうどん……」
カラハが手の中のお椀をじっと見ながら意味わからないという顔をしているが無視。
手を合わせてうどんをいただく。ちょっと冷め気味になっちゃったけど、大丈夫。とっても美味しい。
秋の山の中は肌寒く、温かいうどんが心にしみる。
ようやく少し、落ち着いた。
蒼都を出てからずっと戦闘続きで休息の暇もなかったから。
「じゃあ落ち着いたし、自己紹介しようか」
ガーシャが言った。
「ナユちゃんからね」
「あっ、はい、ナユタです。14……もうすぐ15歳。神徒狩りを名乗ってたけど、あんまり戦うのは得意じゃないです。何故だか分からないけど、お社の近くにいないと神徒が勝手に湧いてきます。困ってるので何とかしたいです……と思ったけど、この結界があればなんとなる気がするから、これの仕組みが知りたいです」
はい次、アギね、とガーシャがつないでいく。
「アギだ。年は16でナユタの兄。特技は戦う事と狩り、苦手なのは頭を使うこと。ナユタが幸せに生きていける手段を探してる」
「オレはガーシャ。アギとナユちゃんとは同じ集落の出身で幼馴染。目的は二人と一緒かな? よく戦わされてるけど、本職は薬師だよ」
お前薬師だったのか、とメイカ様が驚いていた。どう考えても戦闘が本職になってるよね。
「私はメイカだ。蒼都の出身で、先日までは神徒狩りの長をやっていた。経緯はよく思い出せんが、何となくこの旅に着いてきてしまっただけだから私自身の目的は特にない。強いて言えば、他所の都で見聞を広めることくらいだろうか」
カラハが、これ俺もやるのか? うろたえていたが、全員の視線を一斉に浴びて、諦めたようだ。落ち着くためか、煙草を取り出して火をつけた。
煙草を吸ってないと死ぬ病にでもかかっているのかもしれない。
「カラハだ。あー……分かってると思うが、外道衆と呼ばれてる一派の一人。地方に情報収集に出されてるどちらかというと末端の人間だ。うちの大将からはそっちのラクシャ様の娘と息子を連れて来いと言われてる。悪いがナユタとアギの二人だけと言われてたんで、ガーシャとメイカ……を、連れて行ってどうなるかは正直俺にもよくわからん。ついてくるなら相応の覚悟をしておいてほしい」
「何歳ですか?」
「21」
「特技は?」
「居合い」
「趣味は?」
「煙草だな」
「何で外道衆にいるの?」
その質問で、カラハはふいっとあたしを見て、ゆっくり煙草の煙を吐いた。
「お前、物知らずだからって聞いていい事と悪いことがあんだろ」
「……ごめん、聞かれたくない事なら答えなくていいよ」
「偏見がねえのは美徳でもあるが、時にただの無神経なんだよ。世間一般の常識や感覚ってやつをもう少し学んだ方がいいぜ。とはいえ……この中じゃ、まともな信仰の感性があるのはメイカくらいだろうから学べってのも難しいか」
細い煙を上に吐いて。
「……まあ、いいか。お前らの事情を一から十まで知ってんのに、こっちが開示しねえってのも後味悪いしな」
一から十まで知られてるの。
それはそれで何故なのか詳しく教えて欲しいんだけど。
「兄弟を神徒に喰われてんだ」
カラハは何事もないかのように言ったが、あたしは息を呑んだ。
「昔、俺は菫都近くの町に住んでたんだが、あの辺りは都以外にお社がほとんどねえ。蒼都とは比べ物にならねえくらい神徒の被害が身近だった。蒼都はお社の加護も含めていろんな資源が豊富だから被害が少ない方だ。かなり恵まれた土地だと思うぜ? だから、蒼都以外の普通の土地で言えば、俺の過去なんてよくある話なんだ。よくある話なんだが……まだ若かった俺にはそう簡単に受け入れられる出来事でもなかった」
聞いているだけで苦しい。
この人が淡々とこうやって話せるようになるまでどれだけかかったのだろう。
「だから納得できずに故郷飛び出して、神徒そのものの存在を抹消するか、お社そのものを作るか、色々考えながら色々問題起こして放浪してたら、外道に落ちて、今の大将に拾われた」
カラハは中心に置いていた結界の箱を指で弄りながら言う。
「これをもっと大きくできれば、俺の故郷も救える気がするんだよな……」
最後の言葉だけは、カラハの心の底からの言葉のように聞こえた。
メイカ様はじっと話を聞いていた。何か、自分の中の価値観と折り合いをつけるかのように。あたしたち田舎者と違って都生まれ都育ち、それも寺社組織側の人間だったメイカ様に外道の話はすんなりとは受け入れがたいのだろう。
あたしは、二人の感情を想像することしかできないけれど。
「残念ながら俺はそういった研究に向いてなかったからな。大将の役に立てるようにそこらを飛び回ってんだ」
「そうだったんだ……」
「湿っぽくなるなよ、よくある話だっつったろ」
最後に煙を大きく吐いて、カラハは立ち上がった。あたしの頭に手を置きながら。
「お前変な奴だな、人の事情に無遠慮にずかずか入ってきてるのに……聞かれると、不思議と話しちまう。何か、そういう特殊能力でもあるのか」
それはあたしのせいじゃなくて単純にカラハがいい人なんだと思うけどね。
「でも、カラハは21歳だったんだね。もうちょっと上かと思ってた。あたしたちの事ガキって言ったけど大して変わらないじゃん」
「お前とは7つも違うだろ」
「そうやって言い返すところが子どもっぽい」
言い返すと図星をつかれたのか、ぐっと黙った。
かまどの片づけをしていたガーシャが後ろで笑っていた。うん、わかってる。カラハのこの性格、ガーシャが好んでいじめる相手だ。戦闘に関してかなりの実力者であるにもかかわらず、考える方が少し足りない、そして、粗暴に見えても、根が単純で素直な性格。さらにそこはかとなく感じる面倒見のよさそうな空気。
アギとか、師匠とか、そっちの類の人間だ。
だから蒼都を最初に出た時無視していったのか……妙に納得してしまって、あたしも苦笑した。




