蒼都襲撃(5)
ガーシャとセイカの間でどんな話をしたのかは分からない。でも、ガーシャがもう一度捕えられることはなかったし、何か言われることもなかった。
神徒狩りは大討伐の慰労ということで順番にお休みに入っていった。見回り組はいつもどおり偉そうに街中を歩き回っていたし、いつものように空中を歩いていたら笛を吹かれて追いかけられた。
古銭を大量に手に入れたことで、当分の間、神徒狩りたちはのんびりしても大丈夫そうだとメイカ様に聞いた。
だから、秋雨が何日か続いて晴れた日に、あたしたちは発つことにした。
とっぷりと秋に浸かった都は、もうそろそろ紅葉の季節を迎えるだろう。
春には花見、夏には海水浴、秋には紅葉、冬には雪見。理由を見つけてはお祭り騒ぎ、蒼都は本当に皆が楽しく暮らしている場所だった。
雨の静かな町でさえ、静かな中にも明るさと温かさがある気がする。
「今夜雨が止んだら、明日の早朝には出発するね」
ガーシャがメイカ様に宣言した。
「……そうか。寂しくなるな」
メイカ様は言葉通り本当に寂しそうに笑った。
あたしの勘違いでなければ、メイカ様もあたしたちと一緒に過ごすのがとても楽しそうだった。若くして神徒狩りの長になってしまったメイカ様。
もっと年相応に、それこそアギやガーシャのように、野山で友達と遊ぶ時間だって必要だっただろうに。
アギはそんなメイカ様を見て言った。
「じゃあ一緒に行くか?」
え?
あたしは思わずアギを見上げた。
そんなこと言ってもいいの?!
何事もなく、当たり前のように言ったアギに、メイカ様もぽかんと口を開けた。
本当にまるで、お祭りにでも誘うかのように。
「ナユタも都を離れるから神徒の出現は落ち着くだろうし、古銭は大量に置いていくし、師匠もいるし、少しくらいメイカがいなくたって大丈夫だろ」
「一緒に行きたい!」
あたしは我先に叫んでいた。
「メイカ様が一緒なら絶対に楽しい!」
隣で、オレのこともそのくらい熱烈に誘ってよ、ってガーシャが拗ねてた。ごめんね。
メイカ様は動揺していたけれど、すぐに断りはしなかった。きっとメイカ様にも行きたい気持ちがあるのだろう。
「だが私は……責任ある立場で……急にいなくなるわけには」
「……そんなのは、『残された大人が考える事』なんだよ」
アギが言い切った。
その言葉には覚えがあった。
集落を出ることを躊躇した時、薬師のカシギがアギとガーシャに言った言葉だ。あの旅立ちの日に受け取った言葉は、アギの中に根付いたのだろうか。
「メイカは十分頑張ってるし、別に一生ここへ戻らないってことじゃねえだろ。ちょっとくらい遊びに出たって誰も怒りやしねえ……あー、嘘だ。師匠は怒るかも」
怒るだろうね。
あたしはその様子を思い浮かべてくすりとしてしまった。
でもきっと、怒るだけでなんとかしてくれるんだよ。だって大人なんだから。
「蒼都を離れるなど、考えたこともなかったな」
メイカ様はぽつりと言った。
「……少し、考えさせてくれ」
部屋を出ていったメイカ様を見送って、アギはじっと閉じた襖を見ていた。
「どうしたの、アギ。メイカさんに共感しちゃった?」
ガーシャが問う。
「まあ……そんなとこだ。悪いな、勝手に誘って」
「何しろナユちゃんが大賛成だからね、オレもメイカさんが一緒なら楽しいと思う。それに……と、これはいいや」
ガーシャは途中で口を噤んで。
「ナユちゃんの事しか見えてなかった頃のアギとちょっと似てるよね。まだ子どもみたいな年なのに大人と同じだけの責任を負ってさ。もっと他にも広い世界があるのに、それが目に入ってないんだ」
「……お前も同い年だろ」
アギの突っ込みにガーシャは軽く肩をすくめた。同い年のはずの幼馴染は、時に一人だけ大人のような言動をする。
「俺もそうだった。周囲を頼れ、って言われて言葉では分かってたつもりだったんだが……蒼都に来るまで全然わかってなかった。きっとメイカも同じだ」
淡々と、ただ事実を述べるように。
でも、その声の裏には確かに裏打ちされた感情が見え隠れしていた。
「あいつはこれまで、ずっと一人で戦ってきたんだろうな。戦い方を見ればわかる。全方位を警戒して、誰かに何かを預けることもなく、振り返ることもしない……恐ろしく孤独なやつだと思ったんだ」
ほとんど唯一、肩を並べて戦える同世代の神徒狩りだからこそ何かを知ることもあるのだろう。
あたしには見えない世界。
「けど、俺ならあいつの背中を守ってやれるかもしれねえと思っただけだ」
いつだったか、ずっと孤独に戦い続ける神徒の長に守り手が現れることを切に願ったことがある。
妹のあたしを守り続けた兄なら、もしかして、あたしの大好きな人も守ってくれるだろうか。
少しずつ離れていくのは寂しいけれど、それはきっといい変化なんだ。
「じゃあ、説得してきなよ。お姉ちゃんを欲しがってるナユちゃんの為にもね」
「あ、ああ」
ガーシャに追い出されて、アギはメイカ様を追って部屋を出ていった。
そしてガーシャは反対側の襖をぱん、と開けた。
「盗み聞きはよくないと思いますよ」
「あー……すまん、そんなつもりはなかったんだ。メイカを呼びに来たら、おもしれえ話してたから入り損ねた」
隠れていたのはゴクジョウ師匠だった。
「聞いてたの!」
ひえー、メイカ様を誘ってたの聞かれた! 師匠は怒るって笑いごとにしたのも聞かれた! 全部怒られる!
内心すくみ上ったあたしを後目に、師匠は頭を下げた。
「俺からも頼む。メイカを連れて行ってやってくれ」
「……いいの?」
ガーシャが聞く。
「ああ」
師匠は、頭をがりがりとかいた。
困ったとき、言葉を選ぶとき、師匠はいつもそうしている。
「俺は、3年前にメイカを置いて都を離れちまったことを後悔してんだ」
師匠は少し、目を伏せた。
「あの当時は、メイカの母が急逝して、俺を長にしたい派閥とメイカを長にしたい派閥で神徒狩りが真っ二つに割れて、寺社組織の思惑も絡んでめちゃくちゃになりそうだったんだよ。だから俺は、無用な争いを避けようと田舎に引っ込んだんだ」
そうだったのか。
師匠とメイカ様が親しそうだし、蒼都の神徒狩りは師匠をすぐに受け入れてたし、何をするにも勝手知ったる感じだった。それが少し不思議だったけど、数年前まで師匠が蒼都の神徒狩りだったからだったんだ。
それも、神徒狩りの長に選ばれるほどの。
「だがそれは間違いだった。メイカはまだ13歳だったってのにな。もっと近くで面倒を見てやるべきだった。誰がいなくても、俺だけはあいつの味方をしてやるべきだった」
それこそ当時は、あたしとアギのような関係だったんだろうか。親子か、兄妹のような空気を感じるのは、ずっと家族のように過ごしていたからに違いない。
「ナユタに会ってここまでついてきちまったのも、お前の境遇に同情したのもあるが、メイカのことを思い出したからだ。年も近いし、当時のメイカを思い出しちまったんだよな」
師匠はあたしの頭を相変わらずぐりぐりと撫でた。
メイカ様にもずっとこうしてたのかなあ。
「お前たちといる時のメイカは本当に楽しそうだ。同じくらいの年で、しかも同じくらい強いやつらだからきっと気が楽なんだろうな。隣にいるのが守る対象じゃなく一緒に戦える相手だってのは。それは戦闘だけじゃなく、戦略を考えるって意味でもな」
師匠は、ガーシャを見て言った。
ガーシャは肩をすくめた。
「だから、メイカ本人が心を決めたなら連れて行ってやってほしい。俺は3年前の贖罪で、蒼都の神徒狩りをまとめるくらいのことはしてやってもいいから。安心して行ってこい――ああ、すまんが、何年かしたら帰って来いよ。交代したら隠居して、田舎でゴロゴロ過ごす予定なんだから」
縁側に出れば、ちょうど雨が止み、濡れた葉から溜まった水滴が落ちているところだった。
きっとこのまま雨は止むだろう。
そうしたら、明日にはここを出発する。
メイカ様は一緒に来てくれるだろうか――あたしは、帰って来ない隣の空いた布団の主を思いつつも、そのうちに眠ってしまった。
明朝出立の日、用意しておいた荷物を持って部屋を出ると、ガーシャが待っていた。
「アギが帰って来ないんだけど」
「メイカ様もいないよ」
明け方に出発するって言ったじゃん。
そもそも、アギはメイカ様を説得できたのか。
テラスがワン、と鳴いたのでそちらに行ってみると、庭の片隅の木の根元で座り込んで重なって寝ている二人を発見した。夜には雨が上がっていたとはいえ、メイカ様の髪は濡れていたからきっと昨日からずっとここにいたんだろう。
「まったくもう……」
ガーシャは容赦なくアギの頭を叩いた。
「アギ、行くよ」
「んあ?」
寝ぼけ眼をこすったアギは、自分の上にメイカ様が乗っているのに気づいてぎょっとした。
起こさないようにそっと手を下ろす。
「ところで、メイカさんは連れてっちゃっていいわけ?」
「……よくわからん」
一晩かかって何してんだよ、とため息をつくガーシャ。
「じゃあそのまま連れてっちゃいなよ。ナユちゃんを連れて村を出た時みたいにさ。荷物はオレが持つからさ」
それは誘拐というのでは。
と思ったが、アギはそれでいいかと納得してしまったのか、メイカ様を起こさないようにそっと背中に担ぎなおした。
完全に誘拐犯の手口だ。
まあでも師匠がいいって言ってたし、いっか。
まだ皆が眠っている朝靄の時間、あたしたちは挨拶もせず、静かに蒼都の神徒狩り詰所を後にした。
関所に向かって大通りを歩いていくと、まだ人がいないはずの時間に誰か立っている。
それも一人や二人ではなさそうだ。
「ああ、やっぱり、出立するならこの時間だと思った」
最初にアギに声をかけたのは鍛冶屋のテンドウさんだ。
「見送りくらいさせてくれ。君たちにはずいぶん世話になったんだから」
「いえ、世話になったのは俺の方です。本当にいろんな経験をさせてもらって……本当に、楽しかった」
アギは驚きながらも答えた。
その言葉は心から言っているように思えた。アギの世界が広がったのは、間違いなくテンドウさんの力が大きいのだから。
それよりも、とテンドウさんと一緒にいた若者が問う。
「お前の背中にいる方の事も聞きたいんだけど……聞かないほうがいいか?」
「寝てるんだ。静かにしてやってくれ」
「いや、うん、まあ、それもそうなんだけど……」
若者はいろいろ言いたげにして、でも全部飲み込んだ。
ごめんね、誘拐犯で。
いつも朝市で顔を合わせていた八百屋さんたちは、獲れたばかりの野菜や魚を渡してくれた。元気でやれよ、と見送ってくれた。いただいたものはテラスの背中に括り付けて、それでも足りずに両手で持って。
ほとんど毎日通ったおうどん屋さんのおばあちゃんがゆでる前のうどんを野菜の上に乗せてくれた。
「あとは、お出汁とらなきゃだから鰹節と、昆布と……」
「おいおいあんま持たせるな。荷物になるぞ」
おじいちゃんに突っ込まれながら。
一緒に遊んでくれた小さい子も、眠い目をこすりながらお見送りに来てくれて、大事なおはじきを1つ、くれた。キラキラ光る赤い硝子はその子の宝物だったはずだ。
短い間だったけど、たくさんに人と出会って、人に恵まれて、本当に楽しかったな。
ふと郷愁が胸をよぎったけれど、その感情は大事に抱きしめて歩いていく。
きっとまたここへ戻ってくるために。
関所を出てしばらく歩いていると、アギの背中でようやくメイカ様が目を覚ました。
「おはよう、メイカ様」
「ナユタ……?」
一瞬起きかけたメイカ様は、まだ眠そうにこてんとアギの肩に頭を乗せて、おかしいという事に気づいたらしい。
「は? ここはどこだ?」
パッと起き上がって、見知った顔が並んでいる事に気づいて、でも自分が運ばれていることに気づいて、周囲の景色が明らかに外である事を認識して。
言葉を失っていた。
「ああ、でも起きてくれてよかった。そろそろ神徒が湧き始めるからさ」
「は?」
メイカ様が眉間にしわを寄せた、そして、自分がアギの背中にいることに気づいてみるみる真っ赤になった。
「ちょっと待て、下ろせ! どういうことだ?! ここはどこなんだ?! 蒼都は?!」
「関所はもうだいぶ前に通り過ぎたよ。メイカさん寝てたから勝手に連れてきちゃった」
「はあああ?!」
「まあいいじゃん、どうせ行くつもりだったでしょ?」
「あたしもメイカ様が来てくれて嬉しい」
ガーシャとあたしの言葉で、メイカ様はもう一度アギの肩に頭を落とした。
「……準備くらい、させてほしかった」
荷物の準備か、心の準備か。
とりあえず、蒼都に戻ることは諦めたようだ。
よかったよかった。とりあえず誘拐することに成功したようだ。
けれども、わかっていたことではあるが、周囲に白い紙の人型が舞い始めた。つい最近都の近くでものすごい数を狩ったばかりの気がするんだけど、全然減らないな。
そしてまた、神徒を狩り続ける旅路が始まるのだろうか。
蒼都まで行くには、師匠がいても大変だったからなあ。今回はメイカ様がいるけど。
―― ノウマク サ マン ダ
頭の中に神徒の声が響く。
アギの背中で嘆いていたメイカ様もはっと顔を上げた。
「まさかとは思うが、あの神徒の量が次の都に着くまで続くのか?」
「あー……うん、だいたいはそう。途中にお社があればちょっと休めるよ」
メイカ様がもう一度崩れ落ちた。
最初のころのゴクジョウ師匠と同じ反応をしていて、思わずあたしは笑ってしまった。
次に向かうのは赤都。
ガーシャが言うには、職人の多い工房の里。とくに刀鍛冶が有名で、常に噴煙を上げる近くの活火山が観光名所なのだとか。
そして、そこにはまた異形の神徒が待っているという。
期待半分、不安半分。
それでも、これまでよりもずっと軽い足取りで旅の路を行くのだった。




