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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第二章 赤都編
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蒼都襲撃(4)


 アギの元へ降りたら、アギはガーシャの姿を見て抱きつこうとした。

 が、避けられていた。テラスのもふもふ突進と顔舐めは受け入れてられていた。あたしもさっき受け入れてもらえたもんね。すぐにはがされちゃったけど。残念だったね、アギ。

 そしてガーシャは、げんなりしながら神徒の大軍を見る。

「あれは、もうどうでもいいやつでしょ。アギ、ナユちゃんと一緒にできるだけ派手に戦ってくれる? あと、ナユちゃんはアギの眼鏡の構築もお願いしていいかな。そっちの方が戦いやすいでしょ。ナユちゃんもできるだけ広く飛びまわってね、都からよく見えるように。光玉はたくさん出して、意味なくていいから見やすいように動かしておいて」

 ガーシャはてきぱきと指示を出した。

 何しろ小さい頃からずっとあたしたちの司令塔だから。

「で、オレはメイカさんの方に行くから」

「えー?」

 あたしが文句を言うと、ガーシャはニコニコ笑いながら頭をぐりぐり撫でた。

「メイカさんだけ飛べなくちゃ戦いづらいでしょ。大丈夫、ナユちゃんは、オレがいなくたって一人でも飛べるんだから――何しろ、蒼天の舞姫なんでしょう」

 その名前はあんまり好きじゃないよ。

「小さいのは討ち漏らしても小隊が出てるから大丈夫。深追いしないで面倒そうな大物だけやっつけて。それから、ナユちゃんはそれなりに姿を見せたら早めに関所まで戻ってね。神徒が無限に湧き続けちゃうから。ちなみにお社への奉納は?」

「奉納は師匠が行った」

「よし、じゃ、あとはあの群れだけ何とかすればいいわけだ」

 短時間で状況把握を終え、全員に指示して。

 うん、やっぱりあたしたちにはガーシャが必要だと思う。

「夕刻前には全部倒して、関所のところで集合ね」

 最後に、とても百を越す神徒の大挙を前にしているとは思えぬ、一緒にお祭りにでも行くような約束を残して、ガーシャは去っていった。

 後姿を見送って、アギがあたしに笑いかける。

「うまくいったんだな」

「うん。あっさり出してくれたよ。準備に時間をかけたかいがあったね」

「よくやった」

 お褒めの言葉と共にあたしの頭をぐりぐり撫でたアギ。

 兄に褒められると嬉しくなってしまう。単純だから。

「でもね、たぶんね、後で叱られると思う」

 アギは返事をしなかった。

 と、その時、駆けつけたテラスがわおーんと鳴いた。

「……来る」

 神徒の集団が眼前まで迫っていた。

 もちろん、何の恐怖もない。この程度の群れ、都へ来るまでに何度も乗り越えてきたのだから。

「行こう、テラス」

 白狼の喉を撫で、あたしは空へと飛んだ。


 師匠から武術を学んでもう一つよかったことがある。

 敵の攻撃の軌道がとても読みやすくなったのだ。

 以前はよけきれなかった(ヘビ)の神徒の(しな)る鞭のような尻尾を軽くかわし、後頭部から光線で頭を撃ち抜いた。丸い穴が開いて反対側の景色が見える。アギが猩々緋色の衣を翻し、戦い続ける姿が。

 地面に着地したら猪型の神徒が迫ってきたので、大きな水の膜で包み込んで、突進方向を変えてやる。

 視界を失って暴れた猪は、近くにいた別の猪の腹に突っ込んでいった。

 後ろから飛んできた(コウノトリ)の神徒は、上からテラスが抑え込み、牙で翼をむしり取った。

 人型の白い紙と古銭が入り乱れて地面にガシャンと落ちた。

 あたりには古銭が散乱している。後で拾い集めるのが大変だな。

 ふと見れば、目立つ猩々緋色の戦士がとんでもない勢いで神徒を狩り続けていた。

 あたしはメイカ様の言葉を思い出していた――何も恐れず、皆を鼓舞するように最前線で戦う姿がよく似ている。

 まだ見ぬ父親に思いを馳せそうになった時、アギが叫んだ。

「ナユタ! この辺は狩り終わった! ガーシャたちと合流するからお前は戻れ!」

「わかった! テラスは残って」

 わおんと鳴いてメイカ様の方へ駆けだすテラス。

 あちらでもメイカ様の回転する剣の輪がどんどん敵を切り裂いている。前夜祭で舞った時のようにガーシャが手助けしているのだろう、神徒を討つ飛天は本当に美しい。

 一瞬見惚れそうになったが、周囲にまた神徒が湧く気配を感じたので、慌ててあたしは関所まで退いた。



 都に戻り、関所の屋根の上から戦場を見渡すと、ガーシャの言った意味が分かった。

 これは確かに絵巻物のような光景だ。

 アギの緋色の着物は白く発光する神徒の中で遠くてもよく目立つ。よく使う炎の朱印も相まって、まるで炎の化身のようだ。広範囲の攻撃で何体も一度に(ほふ)ると、あたしのように壁や屋根に上って見物している人々から感嘆の声が漏れた。

 メイカ様はガーシャと組んで、捕らえた神徒を一体ずつ確実に裂いていった。回転する剣の威力はすさまじいが、それ以上にまるで光輪を背負っているかのような姿が神々しく本当に美しい。祭りの前夜に奉納された舞のようにひらりひらりと飛び回る姿が目に焼き付いた。

 それだけではない。

 小型中型の神徒たちを、神徒狩りたちが1体残さず討っていく。

 最初は息を呑んでいた観客たちが次第に声を上げ、やんややんやとはやし始める。

 民衆の心を掴むために、って言っていたっけ。

 でも、あたしはそれ(・・)が大事なことを心から思い知っている。扇動というと言い方は悪いが、たくさんの人を味方につけるのは本当に大きな力になる。それは、言葉で訴えかけるのも一つの手立てだけれど、もっと別の方法がたくさんある。

 その一つが、こういった『見世物』なのだろう。


 関所の屋根の上からアギたちの戦いを見ていたら、都の方角から人ごみをかき分けて青藍の羽織の一団がやってきた。

 その姿を見て、皆が道を開けている。

 その先頭に立っていた人が、あたしの姿を上に見つけて大声で叫んだ。

「ナユタ!」

「……セイカ」

 たくさんの人を扇動して勝手にガーシャを牢から出しちゃったところだから、怒られるにきまってる。だから今会いたくはなかったんだよなあ。

 でも仕方ない。

 見つかっちゃったんだもの。

 あたしはふわりと地面に降りた。

 集まっていた人々もあたしたちに場所を開けてくれた。

 セイカは急いでこちらに来たようで、息を切らしている。

 向き合うと、まだ少し怖い。セイカがまた手を掴んでこないか構えている自分がいる。

「神徒に襲われたと聞きましたが、大丈夫ですか。怪我はないでしょうか」

 最初にあたしの心配をされて、面食らった。

 絶対に怒られると思っていたのに。

「大丈夫。怪我なんてしてないよ」

「よかった」

 本当にほっとしている様子を見て、勝手に身構えていた自分を戒めた。

「セイカは……ガーシャを連れ戻しに来たの?」

「え?」

 本当に分からない、という顔をしたセイカに、しまったと思った。まだ見回り組からセイカには報告されてなかったのか。後ろで顔なじみの見回り組が唇に人差し指をあてて必死であたしを黙らせようとしている。

 言わなきゃよかった!

 セイカは神徒狩りが戦う平原の方を見て、あたしに視線を戻して、ため息をついた。

「……その話は今すべきではないでしょうね」

 だいたい察したらしい。

「僕がここへ来たのは、ナユタ、貴方の身を案じたからです。神徒の群れが現れたことを伝えて戦いに出たと聞いたので、不安になってしまいました」

「あたしは神徒狩りだもの。逃げるのも得意だから大丈夫だよ」

 まるでアギやガーシャのように心配してくれるんだな。

 無事のようで安心しました、とセイカは言った。

「それからもう一つ、神徒狩りの皆様の姿を見てみたいと思い、ここまで参じたのです」

「どういうこと?」

「以前お話ししたでしょう。僕は長年、寺社と神徒狩りとの橋渡しを続けてきました。双方がもっと歩み寄るべきだと思っているのです。それには、もっとお互いを知っていかなければなりません。ですから、塀と堀に囲まれた城の中にいるよりも、こうして皆さんと同じ場所に足を運びたいのです」

 取り囲んでいた人々から、感嘆のため息が漏れた。

 セイカに言われて気づいたが、あたしは街の中でセイカ以外に寺社組織の人間を見たことがない。セイカが来ているような珍しい詰襟の服が寺社の人間の証なのだとしたら、彼らは本当に外へ出てこないのだろう。

 もしかすると、セイカも寺社の人間としてはとても珍しい部類なのではないだろうか。

 前夜祭に来ていたのも、都の皆と同じようにお祭りを楽しみたいと思っていたからなのだろうか。

 あたしはまだセイカのことをよく理解できていないのかもしれない。

「セイカは蒼都が好きなんだね」

「ええ、そうですね」

 ガーシャを勝手に連れていったから怒っていたけど、それもメイカ様とあたしを外道衆から引き離すためで、彼にとっては守るための措置だったらしいから。

「前はメイカに止められてしまいましたから、もう一度言いますね」

 セイカは、眼鏡の奥の目を細めて穏やかに笑った。

 メイカ様とよく似た顔で、まったく違う表情で。

「僕はナユタ、貴方に隣にいてほしい。寺社だけでなく、神徒狩りだけでなく、皆が手を取り合って明るく生きられるような蒼都が、貴方がいてくださったら実現できる気がしたのです」

 周囲から歓声と悲鳴が飛んだ。

 セイカはあたしに手を差し出した。

 今度は怖くなかった。

「僕と共に人生を歩んでいただけませんか?」

 今度は完全に周囲から歓声が上がった。


 前とよく似た台詞なのに、今度は全く違った言葉に聞こえた。

 何故あの時は、あんなにも怖がってしまったんだろう。急に女性であることを求められて動揺したからだろうか。あたしの覚悟が足りないせいで。

 もっとセイカと話せばよかったんだ。だって、初めて会った時にメイカ様と似ていて、とても落ち着いた人だと思ったのは間違いなかったし、怖い人ではなかったのに。

 でも、残念ながら答えは決まっていた。

「ごめんなさい!」

 あたしは大きく頭を下げた。

 再び群衆がどよめき、悲鳴と疑問の声が飛んだ。

「あたしは蒼都に来てあんまり時間がたってないけど、それでもこの都がとても良い場所だって知っているよ。毎日とっても楽しいし、ごはんも美味しい。見回り組の人とも、喧嘩するけど……嫌いじゃないし。皆が手を取り合っていけたらっていうセイカの考え方はとても素敵だと思う」

 生まれ育った村を出て、神徒と戦いながらたどり着いたこの都は、すでにあたしの第二の故郷になっていた。

 どこから来たかもしれないあたしを迎え入れて、可愛がってくれた。

「でもね、あたしは蒼都だけじゃなくて、色んな景色が見たいんだ」

 見渡す限りの平原も、果てまで続く水平線も。村を出てから初めて見た景色があたしを駆り立てる。

 もっともっといろんな場所に行きたいと。

 その時に隣にいるのは、きっとセイカではないだろう。

「だから、セイカの隣にはいられません。ごめんなさい」

 群衆がどよめいているのが分かる。こんな全員の前で求婚されて、思いっきり断ってしまったんだから。しかもどうやらセイカは人気ありそうだし。

 セイカは差し出した手を握り締めて、そっと胸元に戻した。

「そうですか……残念です」

「あたしはもともと蒼都で生まれ育ったわけじゃない。またこれからも旅に出る。でも、きっとこの町が好きだからまた戻ってくるね」

 そう言って笑うと、セイカも少し微笑んでくれた。



 次の瞬間、頭上からとんでもない熱の塊が降ってきた。

 あたしとセイカのちょうど間に。

「近寄るなっつったろ!」

 あっまずい。神徒との戦闘で高ぶった感情のままここで暴れたらめちゃくちゃになっちゃう。

 あたしは咄嗟にアギに後ろから抱き着いた。

「やめてお兄ちゃん!」

 セイカはアギが上から落ちてきた衝撃で後ろに吹っ飛んで転がっている。見回り組の人たちが慌てて助け起こしているけれど、細くて軽くて弱いから死んじゃうかも。

 あたしは必死でアギを止めた。アギだけ止めても、もう一人いる兄が駄目かもだけど。

「大丈夫だから! 何もしてないから! ちゃんとお断りしたし!」

「お断り?」

 何をだ、と問うアギに、誰かがぼそっと呟いた。

「……ナユタがセイカ様に求婚されてた」

「ああ?」

 アギが眉間にしわを寄せる。

「駄目だ、許さん。もし、万一、将来、本当にお前がどこかへ嫁ぐなら、少なくとも俺より強くないと」

 アギより強い人間なんてほぼいない!

 聞いていた全員思っただろう。

 過保護の兄に対する恥ずかしさと、それをみんなに聞かせる罪悪感で、あたしは強硬手段を執ることにした。

 アギの眼鏡を矯正解除。

 メイカ様とガーシャが戻ってきたのを視界の端で確認しながら、アギをその場から強制退場させた。



 詰所に戻ったら、話を聞いた師範に死ぬほど笑われた。

 笑いすぎて道場の床に転がって、畳を叩いて呼吸困難になるまで笑った。

「そりゃ俺も見たかった……セイカが大観衆の前で求婚して、思いっきり、フラれたとかっ……あー、若者はみんな勢いがあっていいなあ」

 他人事だと思って。

 あたしはアギがセイカを攻撃し出した時に心臓止まるかと思ったよ。

「セイカは(ツラ)もいいし、寺社の人間と思えないほどこっち寄りだし、物腰も柔らかいから若い女にすげえ人気あんだよ。お前らが来てからちと分散したけどよ」

 思いっきり爆笑した師匠は、あたしの頭をわしわし撫でた。

「そいつら全員から大切にされてるお前は羨望の対象ってわけだ。セイカの信奉者に刺されないように、夜道には気をつけろよ」


 後から聞いた話によると、神徒をすべて狩りつくした後には本当に大量の古銭が残されて、まるでそれこそ祭りのように神徒狩りも見回り組も職人衆も町の人たちも、メイカ様とセイカが音頭を取って、皆で古銭を集めたらしい。

 なにそれ楽しそう。あたしも一緒にやりたかった。

 でもあたしはこれ以上神徒を呼ばないように、神徒狩りの詰所で待機だった。

 どうせそのあと、お祭りのようにみんなで騒いで飲んで楽しんだんだろう。

 羨ましすぎる。


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