蒼都襲撃(3)
目の前に現れた巨大な牡鹿は、あたしとアギを狙って周囲の木々をなぎ倒した。
あたしとアギは神徒を倒してしまわない程度に弱らせながら山の中を移動していく。
「倒さないってのは案外難しいな」
大きく光玉を蹴りながらアギが言う。
言っている傍から、次の神徒が現れた。
キキキキキ、と擦れる音。
白く発光する巨大な獣が現れる。
大きく咆哮をあげる神徒が追従していく。
すでに複数体の神徒を引き連れて、あたしとアギは駆けていた。
「そろそろいいかな……それじゃ、次は川の方に行ってくるね」
「気をつけてな」
神徒の相手はアギに任せ、あたしは大きく飛ぶ。
地面からは気づかれない程度に高い場所を光玉で飛びながら、平原を越えて行った。
その先にあるのは海かと見まごうほど対岸の遠い川だ。この平野を作り出した神通川、その河口付近では川幅が見果てるほど広かった。
弱ったお社の力では、神徒の出現を抑えられないだろう。
あたしは、あたしを餌にする。
川面から伸びてきた蛇の神徒の攻撃を紙一重で避けながら方向を変えた。
神徒に追われて、思い出すのは蒼都へ来る道中に湧きに湧いた神徒をアギとガーシャとテラス、それから師匠と一緒に討伐した時のことだ。ほんの一か月ほど前の事なのに、ずいぶん昔の事のように感じる。
神徒を増やしながら陸地へ向かい、次は別の方角へ向かう。
都の四方でそれを繰り返すうち、蒼都は周囲から攻め来る神徒の群れに取り囲まれる形になった。
まるで地獄絵図だな。
白く発光する様々な神徒が都へ一斉に向かっていく様子を上空から見下ろしながら、他人事のように思った。
以前はあたしのせいで神徒の被害が広まることをひどく恐れていたというのに、今はあまり怖くない。だってアギが、被害だけは出させない、と断言してくれたから。
それだけではない、メイカ様が、ゴクジョウ師匠が、神徒狩りたちが守る蒼都は、住んでいる人たちも含めて決して弱い都ではないことをあたしは知っている。
ただ――もし、アギがたちがいなければ、あたしは単独の力で蒼都を落とすことさえできたかもしれない。
これは確かに、黒い鼠が言うように、世界を壊すに相応しい力だ。
世界の理を破壊するのが外道なら、誰より深く外道に堕ちている自信がある。
――それでもかまわない。
ただ平穏に暮らしたいだけなのに、それが叶わないなら戦って手に入れるしかないじゃないか。
あたしは怒っているのだ。
勝手にあたしとメイカ様の為だと言って勝手にガーシャを奪っていったセイカへの怒りだ。そして、勝手にあたしを伴侶にしようとして気持ちを一方的にぶつけてきた事への怒りだ。
そうそう、今度会ったらはっきりとお断りしなくては。次にセイカに会っても、きっと怖がらずに話せるはずだから。
そして、一方的に糾弾してきた黒い鼠に対する怒りでもある。
黒い鼠を前に、当時あたしは震えることしかできなかった。アギに縋り、ガーシャを頼ることでしか自分の未来を信じられなかった。
でも、今は違う。
あたしは自分の力で前に進む覚悟をした。そしてその結果を自分の責任として受け止める覚悟も。
あたしたちの周囲の大人がずっとそうしてくれていたように。
あたしは空から飛来して関所の手前に着地、関所に向かって走り出した。
なるべく焦って、急いで、到着したかのように。
「お願い、すぐに中に入れて……都の周囲で神徒が大量に発生してるの! メイカ様に知らせなきゃ!」
慌てた門番が地平を見ると、砂埃をたてながらどの方向からも白く発光する巨大な生き物が迫ってきている。
ひいっと悲鳴を上げた門番に逃げるよう指示し、関所を通りぬけて、そこから走る、走る、走る。
途中から走るのもまだるっこしく、光玉を出して、飛んだ。
本当は街中で朱印の力を使ってはいけないのだけれど、あまりに自然に使ってしまうのでよく見回り組に怒られていた。
その姿から、あたしはこう呼ばれるようになったらしい。
――蒼天の舞姫
舞うように空を飛んでいく神徒狩りの女の子。
案の定、ぴぴーと笛を吹きながら見回り組がやってくる。
町の警邏の若者だ。もうだいぶ顔見知り。
「またお前か! 町中を飛ぶなと何度言ったら――」
「そんな場合じゃないよ、すぐに避難して!」
あたしの声で、周囲の人たちがざわめいた。
「大量の神徒が都に向かってる! この間の蟹と比較にならない規模で!」
「はあ?!」
見回り組が固まっている間に、近くにいた神徒狩りがあたしに向かって叫ぶ。
「こっちで人を集めてすぐに関所の方に行きます! ナユタさんは、メイカ様に知らせてください!」
「お願い!」
神徒狩りは、あたしたちのように光玉を展開して上空を飛んで行った。
光玉の使い方は他の神徒狩りにも教えたけれど、アギやガーシャほど戦闘中にうまくは跳べなかったし、あたしほど自在に空中を動けるようにもならなかった。けれど、街中を移動するには十分だった。
動き出しの早い神徒狩りにはっとしたように、見回り組も動き出す。
あたしは一度、町の中に降りた。
近くにいた米屋のおじさんが声をかけてくれる。
「ナユタ、大丈夫なのか?」
「うん、あたしは大丈夫、だけど、アギが残って戦ってる……」
あたしはなるべく、悲しそうな顔をして。
「お兄ちゃん一人だと大変かもしれない。いつもはガーシャと一緒に戦ってるから」
もちろんアギが負けるような相手ではない。どうやって倒さずに連れてくるかの方を苦心しているくらいだ。
でも、あたしは演技する必要があった。
だってそのために駆けまわって神徒を呼んだのだから。
「メイカ様に知らせたら、あたし、ガーシャを釈放してくれないかお願いしに行ってみる」
みんなが言うには、黙っていれば良家の子女やら深層の令嬢に見えるらしいから。
目をウルウルさせて上目遣いにお願いすれば、きっとみんなあたしの味方をしてくれる。
「……本当だ、こんな時に寺社連中は何やってんだ」
「ガーシャは何も悪いことしてないのに、捕まえて閉じ込めて」
「神徒がきてるってのに、このまま襲われたらどうするんだ?!」
ここまで徐々に高めてあった見回り組への不満が募る。
あたしは心の中で安心しながら、そっと皆の輪を抜け出して神徒狩りの詰所へ向かった。
詰所に戻ると、メイカ様と師匠が二人並んで待っている。
メイカ様は額に手をあて、頭痛を催しているかのような表情で言った。
「ナユタ……お前本当にやったのか」
「うん。思ったよりうまく出来てびっくりしてる。もうすぐアギが神徒を連れて関所に着くよ」
「普通、本当に出来ると思わんだろ!」
メイカ様が叫び、師匠が生暖かい笑顔でメイカ様の背中をポンとたたいた。
俺の気持ちが分かったか、と言うように。
「じゃあ、予定通り俺は古銭の奉納したあとは道場にこもってるから、本当にやばくなったら呼べ」
師匠は手をひらひらと振って去っていった。
「……ああああ、もう、来たならば仕方ない」
メイカ様は自らの両頬を両手で叩いて気合を入れて。
「お前は予定通り、見回り組のところへ行ってこい。他の場所は任せろ。私の威信にかけて、誰一人被害は出させん」
メイカ様を見送って、あたしはその足で白壁の寺社組織がある方角へ向かった。
途中、関所に到着したらしい神徒狩りからの速報が入る。
神徒が大量に都へ向かっている。数は確認できるだけで数十から百。海以外の全方位を取り囲むように蒼都へ向かっている。メイカ様が西へ、アギが東へ。神徒狩りは関所正面に全員集結せよ。
数十から百、という数に、聞いていた人々が青ざめたのが分かった。
蒼都に属する神徒狩りは熟練者も多く、連携すれば化け物の神徒を複数名で倒せる程度の実力があるが、それでもすべてを倒せるかは分からない。
海側から蟹の神徒が湧いた時と同じように、見回り組が避難を呼びかけている。
でも、今回は避難の指示に従わず、別の方向にいく人もいる。
なんだろう?
寺社の本丸がある跳ね橋の前に見回り組の敷地があり、その中に牢屋敷があるのは知っていた。おそらくガーシャがそこにいるはずだ。
そして向かおうとしたら、向かう道に人があふれていて通れなかった。
皆避難もせず、何をしているんだろう?
人並みの上を飛んで見回り組のところまで行くと、町の人たちはまさにそこへと押し寄せていた。
見回り組の門番が中に入れまいととどめているが、今にも押して入りそうだ。
「ああ、ナユタ。よかった、今、俺たちからもガーシャを出してもらえるようにお願いしてたんだよ!」
先頭に立っていた魚屋さんが言った。
そうか、さっきあたしたちと話していた人が、ガーシャを開放するため、我先にとここへ駆けつけてくれたんだ。
あたし自身が願ったことなのに、想像以上にみんながガーシャのことを考えてくれたことに感動してしまった。
あたしは、ゆっくりと地面に降り立ち、見回り組の人に告げる。
「聞いたでしょう。いま、神徒が都に押し寄せてるの。アギとメイカ様が討伐しに行ったけど、四方から押し寄せてるからとても手が足りない。蒼都が、みんなが危ないの」
あたしは懇願する。
「お願い、今すぐにガーシャを返して。手遅れになる前に」
普通なら絶対に通らない願いだっただろう。
でも、人々が一度に押し寄せ、口々に同じことを願い、そして、実際に神徒が都へ押し寄せているこの状況で見回り組に選択肢はなかった。
「……分かった。セイカ様には後で報告をするから……」
あたしはそれを最後まで聞かず、制止を振り切って中に入っていった。
「ガーシャ!」
大きな声で名前を呼びながら走る。
すると、さっき関所の近くで会った顔見知りの見回り組がこっちだ、と呼んでくれた。
一番奥の牢の鍵をがちゃがちゃと開き、中に声をかける。
「出ろ! 迎えだ!」
しばらくして、その扉の向こうから、疲れた顔をしたガーシャが出てきた。
あたしはそのまま幼馴染に飛びついた。
「ガーシャ! よかった!」
「やめて、オレ何日か風呂入ってないからさ。それよりナユちゃん、これはいったい何の騒ぎ?」
「えへへ、お迎えに来ちゃった」
「……大人しく待ってて、って言ったのに?」
問われて口を噤んだ。
大人しくしていなかったことはすぐにわかってしまったらしい。
「お前ら、急げ。神徒が大量に都へ向かっている。解放してやるからすぐに討伐に迎え」
見回り組の人の言葉で、勘のいいガーシャにはおそらくすべてがバレた。
ガーシャが口を開けて固まっている。
絶対怒られる。
目を泳がせていたら、ガーシャはあたしの頭をぐりぐりと撫でた。
「……言い訳は後で聞く」
怖くて幼馴染の顔を見られません。
怒られるときは一緒だよ、アギ。
「さて、せっかくわざわざ出してもらったんだからちゃんと働かなきゃね」
朱印を浮かべ、光玉を召喚し、新緑色の光に包まれたガーシャは、にっこりと笑った。
きっと、怒ってる。
ガーシャと共に空へ飛びあがる。
先ほど越した門のところで、みんなが上を見てこちらを指さしてくれている。
あたしは大きく手を振って、ガーシャも大きくお辞儀をした。
集まっていた民衆は湧き、喝采の中であたしたちは見送られた。
「でも別に、オレが行かなくたって大丈夫なんでしょ?」
「アギとメイカ様がいるから多分平気」
「全く……オレのいないところで無茶しないでよ。何かあったらどうするの」
ガーシャは大きくため息をついた。
「あのね、オレは自分であいつらについて行ったんだから、ちゃんと自分で出るつもりだったよ。ちゃんと言ってから行くべきだったね。それは反省してる。ちょっと調べ事をしたくてあの場所に留まってたんだ……まあ、それなりに分かったからいいや」
「待てなかったの。すぐにでもガーシャに会いたかったんだよ」
「素直なナユちゃんは本当に可愛いなあ……」
いつだったかと同じ台詞で。
「そんなこと言われたら許しちゃうじゃん」
関所を越えるあたりで、平地で戦うアギが視認できた。
アギからはたぶん、見えてない。眼鏡の強度がいまいちだから。
メイカ様も思ったより近くにいるみたい。
「そうだね、どうせなら……メイカ様を見習って、民衆の心をもっと掴んでおこうか。ちょうどみんな、一緒にこっちまで来ちゃったみたいだし」
ガーシャに言われて振り返ると、関所のあたりに人がいっぱい詰めかけていた。
「何で?!」
何で誰も避難してないの?! 見回り組は何してるの?!
「秋祭りの直後だからね。みんなまだお祭り気分なんだよ。今は見回り組のいう事を聞きたい気分じゃないだろうし。蟹の時も大丈夫だった、って記憶も新しいし、楽しい事が大好きな蒼都の民がこんな楽しい一世一代の催し事を見ないわけにはいかないでしょ?」




