蒼都襲撃(1)
セイカの言葉に、ガーシャは全く動じなかった。
腕を組み、偉そうに鼻で笑った。
「どこからの密告か知らないけど、その言葉一つで捕縛に来るなんて寺社はよっぽど暇なんだね」
現実問題、あたしたちはこれから外道衆の手引きで赤都に向かおうとしているので罪状が事実と言えば事実なのだが、それが一体どこから漏れたのか。
対応が苦手なあたしとアギは黙っておく。変なことを言うとしょっぴかれそうだ。外にいたテラスがあたしのところにきて、寄り添ってくれた。
「そもそも外道衆にナユちゃんが捕まって、助けたのはオレとアギだよ? 何故そんな相手と手を組む必要があるの? オレ、ナユちゃんに怪我させられた事を全くもって赦してないんだけど?」
どこかぞくりとするような冷酷な笑みを浮かべてガーシャは言う。
そうだそうだ、と神徒狩りから肯定する声が飛んだ。
「無論、一か月前の事件のことは僕も承知しています。が、しかし、都の秩序のためには疑わしきを見逃すわけにはいかないのです。もし、貴方にやましいところがないのであれば、調査にご協力をお願いします」
「断ったら?」
「強硬手段を執ることになります」
にこりともせず、眼鏡を上げながらセイカは言った。
抵抗したら勝てるだろうが、見回り組と争ったとなれば人々への心象がよくない。特に、獣だのなんだのと野蛮な印象のあるあたしたちが、都の権威であり治安の象徴である見回り組を吹っ飛ばすわけにはいかないだろう。
それが分かっているから、ガーシャも手を出さないのだ。
「選択肢はないわけだ……アギ、大人しくしてて」
強硬手段、と言われて今にも飛び出しそうだったアギを制して、ガーシャは進み出た。
「貴様ら、ガーシャを連行したとして、いつ釈放する了見なのだ?」
「疑いが晴れれば」
「巫山戯るな、二度と釈放せんと言っておるようなものではないか」
メイカ様が一蹴した。
しかし、セイカは退かなかった。
「蒼都を守護する者として、外道の侵入を許すわけにはいきません。それが、疑いだったとしても放置した時に取り返しがつかなくなる可能性もあります。我々はそれを防ぐために存在するのです」
「貴様……神徒狩りを敵に回す気か?」
「やめて、メイカさん。オレのために争わなくていいよ」
ガーシャはメイカ様も制して、一人、セイカの前に歩み出た。
見回り組がどのくらいの権力を持っていて、ここでガーシャを見送ったらどうなるか分からない。あたしは思わず追いかけて、ガーシャの手を取っていた。
振り返ったガーシャは穏やかに微笑んでいた。
あたしの頭を抱くようにして顔を近づけると、耳元にそっと囁いた。
「……大丈夫だよ。泣かないで、大人しく待っててね」
名残惜しそうに手を離して。
ガーシャは神徒狩りの詰所を後にした。
残されたメイカ様は触れるのも怖いくらい怒っていた。
「セイカ、あやついったい何を考えておるのだ! これまで見回り組と神徒狩りが対立せぬよう動いてきたというのに、ここへきていったい何がしたいのだ?!」
誰かが怒髪天をついていると、周囲は冷静になるものだ。あたしが攫われたとき、アギの怒りでガーシャが冷静になったように。アギもあたしもメイカ様を見て冷静になってしまった。というか怖い。里のねーちゃんたちが怒っている時と同じだ。触らぬ神に祟りなし。他の神徒狩りもおろおろしている。
「何の騒ぎだ」
道場の方からゴクジョウ師匠が出てきた。
「師匠助けて! ガーシャが見回り組に連れてかれちゃったの」
「はあ?!」
師匠は天を仰ぐようにして額に手を当てた。
「何で出立直前までこんなにいろんなことが起きるんだよ、お前らは?!」
いつも通りの怒声で、あたしはすっと落ち着いた。
ああそうか。いつもの事か。
あたしたちの行動指針を決めているガーシャがいなくなったから動揺しちゃったけど、問題が起きていること自体はいつもの通りなのだった。
「いつも困ったらガーシャがどうするか考えてたから、オレとナユタだとどうしたらいいかわかんねえ」
アギが正直に言うと、師匠はため息をついてがっくりと肩を落とした。
怒っていたメイカ様は、ぽかんと口を開けて、次の瞬間には笑った。あまりに朗らかに笑うので、師匠も含めた神徒狩りたちは面食らっていた。きっとみんな、高潔で落ち着いたメイカ様しか見たことないもんね。こんなに怒ったり笑ったりするなんて知らなかったかも。
「お前ら……全く、本当に見ていて飽きないな!」
「力で解決していいならできるが、それじゃ駄目なんだろう?」
「ふふ、ガーシャによく躾けられておるの。それだけわかっていれば十分だ。今はまだ、大人しくしておけ」
ひとしきり笑ったメイカ様は目じりの涙をぬぐった。
「お前たちがこの先、どうするかは知らん。私は聞かん。ただ――お前たちは、3人一緒にいるべきだ」
ガーシャがいなくなるなんてとても絶望的な状況なのに、何故だか、あたしもアギも大丈夫そうだなという気持ちになれた。
師匠とメイカ様がいてよかった。集落を出てからしばらく、あたしたちは、あたしたちなりに世界を広げてきたらしい。3人で閉じた世界にいたあの頃とは違うのだ。
まずは相手が何を考えているか探らないと分からん、ということで、メイカ様とあたしは寺社組織の本丸へ向かうことになった。あの場ではセイカの意図を汲むことは出来なかったが、対面で話せば少しは読めるのではと考えたのだ。
アギや師匠は武力行使するかもしれないと疑わせるから、メイカ様とあたしでちょうどいい。見た目の威圧はないけれど、何かあっても対応できる程度の能力と、セイカと話せる程度の親しさ。ということで選ばれた。
詰所から出てお社の鳥居を過ぎてさらに都の奥、ぴっちりと隙のない白壁がずっと続いている場所がある。神徒狩りの詰所とは比べ物にならない広さ敷地。ここが寺社組織の本丸だった。
お社より奥に行くことはあまりないので、ここへ来るのは初めてだ。
白い漆喰の塀と、都の繁華街とは深く水の張られた堀で隔てられており、その中に入れるのは一握りの人間だけ。入るときには跳ね橋を通らなくてはいけない。
「ここより先が寺社の敷地になる。ここからは分かりづらいが都の中心街と同じ程度の敷地がある。寺社の幹部連中の屋敷が立ち並んでおるが、一番奥が宗主の館だ。そこには絶対に近づくな。まあ、警邏が見張っているから近寄れんと思うが……見回り組の詰所は敷地外にあるが、セイカはおそらく屋敷の方にいるだろうな」
あっさりと中に入れたことに拍子抜けした。
以前、メイカ様が分家とはいえ寺社宗主の血筋と聞いた気がするが、もしかすると思ったよりずっと偉い人かもしれない。少なくとも、あたしがせっせとお風呂に入れたり、ガーシャが軽口をたたいたり、アギの相手にと画策するような相手ではない気がする。
都の大通りと違い、美しく磨かれた石畳に覆われたまっすぐな通りには雑草の一本も見られなかった。かなりこまめに手入れされているのだろう。左右にはきちんと区画が分けられた土地に同じようなお屋敷が立ち並んでいる。屋根は黒々とした分厚く立派な瓦が葺かれ、壁も真っ白な漆喰だ。柱の木は立派に家を支えていた。あの柱にする木を育てるだけで気の遠くなるような時間と手のかかる世話が必要なはずだ。
あまりに整然とした街の様子に唖然としてしまった。まるで別の世界に迷い込んだようだ。
縦横まっすぐに整備された道のさらに先には、高台になっている場所があり、本でしか見たことのない、『城』と呼ぶにふさわしい大きな建物が建っていた。
きっとあれが宗主様のおうちなんだろう。
「ナユタ、口を閉じろ。お前は口さえ開かなければ、よい家柄の子女で通るのだから」
そのために上等な着物を着せてきたのだからな。
メイカ様が笑う。
わかっている。お陰様でずっとどきどきしながら歩いているのだ。
絹で織られ金糸の入った着物は、あたしが着るには豪華すぎて汚さないかひやひやする。おそらく汚したり破いたりしたら、あたしには到底弁償できない、目の飛び出るような値段がするだろう。怖すぎる。
「さて、家に戻るのも久しぶりだが……」
メイカ様は宗主のお城のすぐ手前、ひときわ巨大なお屋敷の前で立ち止まった。
くらくらする。このまま帰りたい。
が、もう遅い。
「お帰りなさいませ、メイカ様」
門に立っていた二人の門番がメイカ様に深々と礼をした。
「久しいな。セイカは在宅か?」
「はい、いらっしゃいますよ。お伝えしますので少々お待ちください」
門番の一人が屋敷の中へ入っていき、しばらくして戻ってきた。
「セイカ様がお待ちです。メイカ様とお連れの方も、こちらへどうぞ」
通されたのはこれもまた豪華すぎる客間だった。見渡したら目が潰れそう。
綺麗な着物をお借りしてよかった。いつもの薄汚れた服では浮いてしまうところだった。最低限の礼節はわきまえないと大変なことになるというのは集落の女性陣から教わったことだ。
「こちらでお待ちください」
案内してくださった女性が三つ指ついて部屋を辞し、あたしはメイカ様の少し後ろで緊張して正座待機した。
「そう緊張するな。どうせ来るのはセイカなのだ」
「そんなこと言うけど無理だよ……あたしの知ってる世界と違いすぎるんだもん」
メイカ様は笑った。
「まあ、神徒狩りの生活からはだいぶかけ離れておるな」
でも、メイカ様はこんな世界で育ったんだ。
どんな子どもだったんだろう。友達はいたのかな。どんな遊びをしていたのかな――どういう風に、神徒狩りになったのかな。
あたしはまだメイカ様のことを全然知らないみたいだ。
その時、不意に襖が開いた。
はっと見ると、侍女が開いた襖を通り、セイカが入ってきたところだった。
「早かったですね、メイカ」
セイカの言葉に、メイカ様は眉間に皺を寄せた。
「私が来る事はわかっていただろう。御託はよい、座れ」
まるでメイカ様の方が家主のように。
上座にセイカが座るのを待たず、メイカ様は切り出した。
「何を考えている? あんな白昼堂々ガーシャをさらって、神徒狩りを残らず敵に回すつもりなのか?」
「神徒狩りと敵対する意図は一切ありません。罪状は述べた通り、外道衆との繋がりが認められた事です」
「いったい誰の証言だ。虚言ではないのか?」
「理由は言えませんが、虚言ではないと判断できる程度の情報だと申し上げておきましょう」
「だが実際、ガーシャは今や蒼都の神徒狩りの中心的存在だ。それは先の秋祭りでも分かっている事だ。それを捕縛するなど、神徒狩りだけでなく都の民も敵に回す行為だ」
「承知の上です。それでも恵比寿様に守られたこの都で、道を外れる行為だけは何を置いても赦されない」
セイカは頑なだった。
眼鏡の奥の表情は読みにくい。
「僕は、次期宗主候補の一人として都の秩序の平定に心血を注ぐと決めています。外道衆が秩序を乱す可能性がある以上、それを排除せざるを得ません。10年前のように過ちを犯す人間をこれ以上宗主一族から出したくはないのですよ」
セイカがメイカ様の父親の事を言っているのは明らかだった。
その言葉でメイカ様が眉を吊り上げた。
「貴様……っ」
「外道衆の疑いがある者との繋がりを絶つのはメイカのためです。貴方はあの男とあまりに近づき過ぎています。10年前、貴方と母君が寺社を体よく追い出され、市政の神徒狩りとして命を懸けることになったのは貴方の父親が外道に落ちて追放されたせいでは? メイカ、貴方が若くして長に祀り上げられ、苦心したのも外道の衆の所為でしょう?」
なんと残酷なことを言うのだろう。
「セイカ、言い過ぎだよ」
あたしは思わず後ろから口を挟んでしまった。
セイカはあたしに向かってにこりと笑った。
「あの男を捕えたのは、メイカのためでもありますが……ナユタ、貴方の為でもあります」
「え?」
「僕は貴方に興味があると言ったでしょう」
あたしは首を傾げた。
「外道との繋がりの可能性は一切断つべきです。よい機会だと思いますから、今のうちにあの男とは距離をおきなさい」
ガーシャと距離を置く? ありえない。何を言ってるんだろう。
頭の中が疑問でいっぱいになる。あまりの意味わからなさに固まってしまった。
メイカ様も開いた口が塞がらないといった様子だ。
「論外だな。ナユタは寺社組織と全く関係ない。それ以前にこの都の人間ですらない。お前には自身の思惑に当てはめる権利などない」
「それはメイカ、貴方自身が先ほどおっしゃっていたでしょう。もはや蒼都の神徒狩りの中心的存在だ、と。それは、あの男だけに限った話ではありません。蒼天の舞姫、ナユタ自身もすでに都どころか、他地域での知名度も高まっています」
だからその二つ名は何。
それこそ誰も許可してないんだけど。
「僕は、神徒狩りと寺社との橋渡しを長年続けてきた自負があります。それはこれからも変わらない。ナユタ、できれば貴方には僕の隣にいていただきたい。生涯の伴侶として」




