秋祭り(4)
ガーシャが受け取ったのは、外道衆カラハからの手紙だった。手紙には、外道衆の大将があたしたちに直接会いたいと言っていること、外道衆の大将と合流するには赤都の近くまで行きたいこと、蒼都を出れば結界の使い方も教えるし赤都まで案内すること、などが端的に書いてあった。
が、祭りの間は本当に忙しく、考える時間が全くなかった。
メイカ様もずっと忙しかったらしく、舞台の次に姿を見たのは祭りが終わった次の日の夜で、へとへとになって帰ってきて布団に倒れこんだのを見かけたのだった。
お化粧をちゃんと落として寝ないと駄目だって言ったのはメイカ様ですよ!
あたしはメイカ様を無理やり風呂に突っ込んで、髪を洗ってあげて、化粧を落として、髪をふいて、もう一度お布団まで運んであげた。メイカ様が小柄でよかった。
「ナユタ……お前は見た目以上に力が強いな……」
「そうだよ。アギとガーシャと一緒にいるには鍛えてないといけないの」
武術はからっきしだが、体力にはそこそこ自信がある。あと丁寧さはないが器用さにも。いわゆる器用貧乏というやつだ。
「毎日こうしてくれ……寝ているだけで綺麗になって布団に戻れるとは……良い心地だ……」
浴衣を軽く着せただけだから上気した肌が肩まで丸見えだ。煽情的すぎて他の人にはとても見せられない。
こんなだらしないメイカ様を知っているのは、きっとあたし一人に違いない。
「ちゃんと自分で入ってよ、メイカ様。あたしも、もうすぐ発つんだから」
「……ああ、そうか。だいぶ引き留めてしまったな。祭りまでの約束だったか」
「うん。お祭りのときに、前に住んでた村の旅商人の人が来ててね……あたしたちの父の手掛かりが赤都にあるかもって教えてくれたんだ」
少し声を潜めて。
メイカ様はうつらうつらとしていたがはっと目を開けた。
「だからあたしたち、準備が出来たら赤都に行くよ。メイカ様ともう少し一緒にいたかったけど」
「そうか……そうか。ようやく、手掛かりが見つかったか」
メイカ様は泣きそうな勢いであたしの両手を握った。
嬉しそうな顔を見ていると、外道衆の力を借りようとしていることでちくりと胸が痛む。
「見つかるとよいな」
メイカ様は心から祝福してくださっているようだった。
「本当なら、私も一緒に行きたいよ。ラクシャ様にもう一度会えるものならな」
「……メイカ様」
ぽろりとこぼした本音は、疲れていたからだろうか。
はっとして、メイカ様は忘れてくれ、と言った。恥ずかしそうに顔が真っ赤だ。
その時にふとつづらの中をのぞいた時に見た着物のことを思い出した。アギと同じ着物の柄。しかしそれは古く、アギのものとは思えなかった。
だとすると、答えは一つしかないのだろう。
「メイカ様は、あたしの父がとっても好きだったの?」
「……聞いてくれるな」
恥ずかしそうに枕に顔をうずめて。
「幼い頃の憧れだ。いわゆる初恋というやつだな。そこから抜け出せぬままこの歳になってしまっただけだ……言わせるな!」
わあ、メイカ様が可愛い!
「13歳で長になってから色恋とも無縁だったと言っただろう。私の心には未だにラクシャ様がいる」
メイカ様は枕に肘をついて小首を傾げた。
あたしも隣に転がって枕を抱える。
「戦う後姿が目に焼き付いて消えてくれないのだ。10年経った今も、猩々緋色の衣が今も私の心の大半を占めているよ。もはや記憶も曖昧になっているはずで、もしかするとその記憶さえ想像で補ってしまっているかもしれないが」
憧れを話す女の子というのは、どうしたって可愛いものなのだ。
「久しぶりに思い出してしまったな……」
メイカ様の照れた顔にあたしは胸を撃ち抜かれてしまった。
「他に、メイカ様が好きになるような人はいなかったの?」
「そもそも、私より強い男自体がそうそうおらん」
「戦うメイカ様は本当にかっこいいもんね」
あたしが褒めると、メイカ様は嬉しそうに笑った。
メイカ様の朱印は大きな剣だ。数え切れぬほど多くの剣がメイカ様の意思で回転し、敵を切り裂く。殺傷力の高いその朱印でたいていの神徒は一撃で分断されてしまう。メイカ様が齢13にして神徒狩りの長となった所以である。
ただ、メイカ様より強いとなると、今の蒼都には師匠かアギくらいしかいないんじゃないだろうか。師匠は何歳なのか知らないけど、メイカ様とは家族というか親子のような空気を感じるからそういう感じじゃなさそう。
待てよ、もしアギとメイカ様が番えば、メイカ様は名実ともにお姉ちゃんということになるのは。
それって、あたしにとって素晴らしい事なのではないだろうか!
「うちのお兄ちゃんはきっとメイカ様より強いよ!」
そう主張すると、メイカ様は眉間にしわを寄せた。
「アギは強いが阿呆だからな。搦め手でいくらでも勝てるだろう」
……残念、駄目そう。
お姉ちゃん計画失敗だ。
「敵にしたくないという意味ではガーシャの方が上だな」
「ガーシャは?」
「無理に決まっておるだろう。あの腹黒なんぞ利がなければ相手にしたくもないわ」
即答。
思ったより本当に無理そうだった。
並んでいるとあんなにもお似合いなのに。
「まあ、アギはそもそもの戦闘力も火力もとびぬけているのは認める。近頃では徒手のゴクジョウが度々本気になっているところも目にしている。末恐ろしいよ」
ふわあ、とあくびをしながらメイカ様は言った。
「ラクシャ様と衣の色も同じで、何も恐れず、皆を鼓舞するように最前線で戦う姿がよく似ている。10年前もあの猩々緋の衣に皆が憧れた。言葉にせずとも再来だと思っている人間はこの都に多いだろうな。私も時折、見間違えてしまう程度には……」
あたしの中に父親の記憶はない。3歳の時まで一緒にいたはずだが、5歳だったアギやメイカ様との2年の差は大きいようだ。
あたしの知る背中はずっとアギだけであり、守ってくれたのも全部アギだった。
メイカ様を守ってくれる人はいないのだろうか。
あたしは、ずっと孤独に戦い続ける神徒の長にも、守り手が現れることを切に願った。
次の日、あたしは珍しく道場の早朝稽古を覗きに行った。この時間は熟練者しかいないので、初心者のあたしはお呼びでないのだけれど、メイカ様からアギが強くなっていると聞いたので見ておきたかったのだ。
中にはアギとガーシャの他にも数名の神徒狩りがいて、また、メイカ様自身も参加されているようだった。
小さく手を振ると、メイカ様は唇の端で笑った。
というかメイカ様はやはり熟練者に交じって稽古をしているのか……素晴らしい。
一通りの型稽古を終え、簡単な手合わせが始まる。
ゴクジョウ師匠の流派は基本的に徒手空拳だが、武器の扱いも一通り教わる。体の使い方は同じ、武器はその延長――といった感じらしい。基本稽古だけ参加しているあたしにはよく分からないけれど。
基本稽古だけでも学ぶことは多く、力を入れる瞬間や間合いの取り方、射線の選び方、何より、敵と遭遇した時の逃げ方はとても参考になる。
会敵したときは、まず逃げる。それがあたしの最重要事項だ。
戦えないこともないが、アギたちに比べると火力の弱いあたしでは神徒にとどめを刺せないし、何よりあたしは身軽で足が速く逃げた方が勝算が高い。もちろん、いざという時の戦う手段は必要だけど。
そろそろ新しい攻撃手段が必要だなあ。
考えていると、目の前にごろんと誰か転がってきた。
どうやらアギと手合わせしていた神徒狩りの一人が投げられたようだ。
「ナユタ、何してんだ?」
そこでようやくあたしに気づいたアギが眉間にしわを寄せる。
「見学。ほら、もうすぐここを出るでしょ。最後くらい稽古を見ておこうと思って」
「……近づいて怪我するなよ」
アギはそう言って稽古に戻っていった。
アギと入れ替わりでゴクジョウ師匠がやってきて、あたしの頭に大きな手をポンポンと置いた。相変わらずあたしをテラスと同列扱いしてくれている。
「そろそろ発つんだって?」
「うん。蒼都は居心地がいいんだけど、このままいたら心地よすぎて動けなくなっちゃいそうだしね」
そう言うと、師匠は笑った。
「ねえ師匠、アギは強くなった?」
「ああ。もうこの道場じゃ俺以外に敵はいねえよ。あとは教えたことを繰り返せば、研鑽できるはずだ」
「そうかあ」
「褒めてやれよ、あの日以来ずいぶん頑張ってたんだからよ」
師匠は言葉を濁しながら伝えてくれた。
あの日、黒いネズミに謂れなき糾弾をされた日、師匠もすべて聞いていたはずなのだ。それでも、あたしたちに何も言わず、ずっと今日まで見守ってくれた。
ただ、アギが誰より強くなるという誓いを立てたことだけを知っていたから。
「……本当にありがとうね、師匠。あたしたちをここまで連れてきてくれて」
「急に畏まるな。大人として当然のことをしただけだ」
普段は面倒かけるなだのなんだの、大騒ぎしているのに、こういう時だけ大人ぶって。
あたしが笑うと、頭をぐしゃぐしゃ撫でられた。
「じゃあ、俺もそろそろ田舎に帰るかな」
「メイカ様が寂しがるよ?」
「よっぽどのことがなきゃ、メイカだってもう大丈夫だろ」
そろそろ引退して次世代に渡したいんだよ、と。
面倒見がいいのに面倒くさがりの師匠。本当にありがとう。間違いなく、師匠はあたしたちにとって、親の一人のような存在で導き手の一人だった。生まれ育った村を出て何も分からなかったあたしたちに生きる力をくれた。
言葉にしたら照れるだろうから直接は言わないけれど。
そして、出立の準備を始めて気づいたのだけれど、都に来る前にはほとんどなかった荷物がいつの間にかすごく増えている。
アギとガーシャが寝泊まりしている部屋で皆で荷物を整理しながら困り果てていた。
「もしかして荷台とかあった方がいいかなあ……」
「ジンさんが持ってたような背負子があれば俺が担ぐけど」
「いや、戦闘が予測される以上、荷物を増やしたくない。ここに置いていこうよ。どうせまた戻ってくるでしょ。いいよね、メイカさん」
「かまわんよ。この部屋をそのまま使え。お前たちの所属は蒼都の神徒狩り組織なのだ。赤都に行ってもそれは変わらん。むしろお前たち、勝手に鞍替えするんじゃないぞ?」
「大丈夫。オレたちは世話になったし、ここが好きだから帰ってくるよ」
「ならよい」
こうして見ているとメイカ様は普通の女の子に見えてしまう。普段は、高貴な神徒狩りの長であるというのに。同い年で部下でもないアギやガーシャといる時は、年相応の反応ができるのだろう。
「そもそもお主らを受け入れたのは一時的な措置だ。主らは遅かれ早かれ目立っておっただろうからな。形だけでも神徒狩りに受け入れ、敵対せず済んだのは不幸中の幸いだ」
「師匠に感謝しておいてあげてね」
「わかっておるわ」
打てば響くような二人の会話を聞きながら、持っていく服を選んでいく。
メイカ様に用意していただいたり、町の人からお下がりをいただいたり、アギやガーシャが買ってくれたり。服の枚数がとんでもないことになっている。
広げて、たたんで、迷っていたら、ガーシャとメイカ様が後ろから口を出してくる。
「ナユタ、この着物は持っていけ。何があるかわからん。一枚だけでも上等なものがあった方がいい」
「こっちの桃色のも持っていこうよ。いつも水色だけど、これもよく似合ってたよ」
「おい、ガーシャ、お前さっき荷物増やすなって言ってなかったか?」
アギが呆れたように言う。
「ナユちゃんの着物は必要でしょ」
「ならばこっちにせい。私とお揃いで買った着物にしよう」
おかしいな、うるさい人が三人に増えているぞ?
兄が二人と、姉が一人。
いつの間にかあたしの周りにはずいぶん騒がしい家族が増えていたようだ。
と、そこへ神徒狩りの一人がやってきた。
「メイカ様。外に見回り組がきています。何か罪状があるようなのですが……」
「見回り組?」
「はい。セイカ様もいらっしゃるようです」
「わかった、すぐ行く」
メイカ様はすぐに着物を整え、背筋を伸ばした。アギとガーシャもすぐに後を追う。
あたしも立ち上がり、二人の後を追った。
「何の騒ぎだ」
門の前で神徒狩りと見回り組が小競り合いをしていたので、メイカ様が一喝した。
さっと道が割れ、門の前に立つ青藍の上着の集団が見えた。
その先頭に立っているのはセイカだ。
「セイカ、先触れもなくいったい何用だ?」
メイカ様が剣呑とした声音で問う。
「突然の訪問失礼します。神徒狩りが、外道衆と通じているという密告がありまして。先日の事件もありますので早めに参上した次第です」
外道衆。
その単語でメイカ様は肩眉を跳ね上げた。
「……簡単にその単語を出すでないぞ。お主にとっても関わりたいものではないはずだ」
「ええ、ですから穏便に済ませたいのです」
セイカは眼鏡の奥の目を細めると、ガーシャを睨みつけた。
「ガーシャ様。貴方に外道衆との繋がりがあるという密告が入っています。大人しく、ご同行いただけますか?」




