秋祭り(3)
カラハが現れても、ガーシャは動かなかった。
お社の近く、減ってきたとはいえ祭りで人が多いこの場所この時間に騒ぎを起こすことはないと確信しているのだろう。
「祭りでもねえと都に侵入できねえんだよ。お前らのせいでな」
「自分たちのせいでしょ」
ガーシャが外道衆の一人を完膚なきまでに叩きのめして取り押さえたのは先日の事。
それ以来、外からの出入りが非常に厳しく制限され、特に外道衆への風当たりはかなり強い。たくさんの人が都の外からも訪れる祭りは、外道衆にとってようやく訪れた侵入の機会だったのだろう。
人に紛れるためなのか、今日は地味な紺色のかすり模様の着物を着ている。煙草もすっていない。
「オレはナユちゃんに怪我させたこと、赦してないからね」
「悪かったよ。もっと穏便についてきてもらうつもりだったんだ……信じてもらえるかは分からねえけど」
「でもよかった。ちょうどキミたちに聞きたいことがあったんだ。そっちからきてくれて助かったよ」
ガーシャは腰の袋から何かを取り出した。
ちょうど掌に乗るくらいの木の箱で、細長い切れ込みがいくつか入っている。そして、仰々しく朱印の施されたお札が何枚も貼られていた。
まるで、中にいる何かを封じるように。
「あの時、小屋にこれが残されてたんだ。いろいろ見てみたんだけど、どうも簡易的にお社と同じ効果を得るような仕組みに見えるんだよね。ナユちゃんの話から聞くと、キミたちは結界、って呼んでたみたいだけど」
ガーシャの言葉に、カラハは顔を大きくゆがめた。
「うまく動かなくてさ。これの使い方教えてくれない? そうしたら、そっちの話も聞いてあげる」
「やっぱお前が確保してたかあ……」
カラハは両手で顔を覆った。
「今さら聞くが、お前たちは道を外れることに忌避感とかねえのか?」
「もしそれが、寺社組織の言う外道って意味だとしたら、ないよ。そもそもオレたちに信仰心なんてない」
「変わってんな」
「田舎者なんだよ」
ガーシャが肩をすくめる。
「お前、前に会った時と雰囲気変わったな。かなりふてぶてしくなった」
「なにしろ田舎者だったからね……最近ようやく世の中の仕組みがわかってきたところなんだ」
「それだけじゃねえな。きちんと武道を修めたか。ゴクジョウのヤロウの仕業だな。獣に武器持たせやがって、厄介な」
大きなため息をついたカラハは、両手を上げて降参の構えを見せた。
「わかった、うちの大将に聞いてみる。今日はお前たちと敵対しなかっただけで万々歳だ」
二度と都に潜入できなかったら手紙でも送るよ、と言い残し、カラハはまた闇に溶けていった。
ガーシャは掌の上に乗せたお札の箱をじっと見つめていた。
「ねえ、ガーシャ。あたし、まだ話してなかったことがあるの」
「なあに?」
「あたしとアギの父親のこと」
アギとガーシャにはまだ話していなかった。
メイカ様があたしにだけこっそり教えてくれたこと。
父ラクシャと、メイカ様の父上が外道に落ちたと言われ、都から追放されたことを話した。
「なるほどねえ」
「……あんまり驚かないね?」
「うん、まあ、予想していたことではあったかな。ラクシャさんの事はみんなが知ってるのに、口にしたがらないっていうか、意図して避けてる空気があったから、もしかしてとは思ってた」
お札の箱を袋にしまい、ガーシャは立ち上がった。
いつの間にか辺りに人はいなくなり、石段に座っているのはあたしたちだけになっていた。
「ただ、そうすると、10年もの間ラクシャさんがアギとナユちゃんに会いに来ない理由が分からないんだよね。追放されたのは都であって、集落じゃないんだから」
自然に差し出された手をとって立ち上がる。
ちょうど、吊られた雪洞がガーシャの表情をわかりづらくしていた。
「そのことについても、外道衆なら何か知ってるかもしれない」
次の日から2日間は秋祭りだ。
前夜祭で飲みすぎて転がっている住人もいるが、都の外からやってくる人々は今日からの方が多い。
もともとは秋の収穫祭なので、収穫した野菜で皆が作った飾りが町中を華やかに彩り、そこかしこで振る舞い餅が配られ、子どもたちは派手な衣で歩き回って、感謝の宴がそこでもここでも催される。
外から来る人達も、恵比寿様へのお供え物をたくさん持ってきているので、お社は奉納された収穫物ですぐにいっぱいになってしまう。
今日ばかりは神徒狩りもお社での手伝いに追われていた。
あたしもガーシャも駆り出されて、奉納に来た人から寄進物を受け取り、名前を書いてもらうという最前線に立たされている。アギは職人たちの若い衆で出している出店に駆り出されて行ってしまった。
いずれにしても、目が回りそうな忙しさだ。
ガーシャは昨日、大々的にメイカ様の隣で紹介されたせいもあり、いろんな人から声をかけられている――主に、若い女の子が多いみたい。根も葉もない噂と根も葉もある噂が相まって、とても人気が出たようだ。器用なガーシャは何でもそつなくこなすから、上手に相手をしているようだ。
あたしの方は次から次へとやってくる人たちに押し流されそうになりながらも何とか回転させていく。
たまに話しかけられるけど、あまり相手をしている暇はない。
寄進物を整理する裏方だって大忙しなのだ。
何を考える暇もなく動いていたら、唐突に、大きな声で名前を呼ばれた。
「ナユタちゃーん!」
あたしのことをそう呼ぶ人は実はあまり多くない。
はっと顔を上げると、人波におぼれながら見知った顔がこちらに手を振っていた。
「ジンさーん!」
こちらも大きく手を振り返す。
それに気づいた裏方の神徒狩りの人が、交代するよ、ちょうど昼だからついでに休んできていいよ、と言ってくれた。
ありがとうございます! と言い残してあたしはジンさんの方に向かった。
気づいたガーシャも、群がっていた女の子たちを残してこっちに抜けてくる。
「やあ、久しぶりだねえ。僕も久々にお祭りに来たけど、昔より人が多くなっててびっくりしたよ」
「ジンさん、久しぶり。ちょっとオレも抜けてくるからさ、ナユちゃんと先にうどん屋さんいっててよ。後ですぐ追いつくね」
ジンさんと二人で、行きつけのうどん屋さんの外の椅子に座って昼ご飯を待った。お社の外にいたテラスに、アギを呼んでくるようにお願いしておいたからそっちもそのうち来るだろう。
「ランカお姉ちゃんは元気? 赤ちゃんも元気?」
「ああ、ようやく生まれてからひと月経ってね、外に出られるようになったから僕もこうしていろんなものを仕入れに来たんだよ。不思議なもんで、こうして親になってみると、見る商品が違ってくるんだよねえ」
ジンさんは相変わらず大きな背負子を背負って集落のためにいろいろと仕入れているようだった。今回は、ランカお姉ちゃんが出産したばかりだから赤子のための服や体によさそうな薬も仕入れている。
「ランカさんがずっと君たちのことを心配していたんだ。でも、大丈夫そうだね。ふもとの村まで噂が来ていたよ」
「噂? 何の?」
「最近、蒼都に二体の獣を連れた蒼天の舞姫が来たってさ。いったい君たちが何をしでかしたのかは知らないけどね」
ジンさんがあははと笑った。
笑いごとではない。
「ちなみに僕が聞いたのは、異形の神徒を3人で討伐した話と、大量の神徒に襲われて今にもやられそうな人々を助けた舞姫の話と、外道衆に捕らえられた姫を助けるために島が吹っ飛んだ話かな。あと他にも神徒に襲われていた人を助けたとか、いろいろあるけど……」
内容は少し変わってる気がするけど、おおむね本当なのが怖い。
そりゃあ、毎日毎日もめ事を起こすなと師匠に毎度叱られるはずだ。
「ナユちゃんは、黙っていれば清楚な深層の令嬢に見えないこともないからねえ。美しい姫様を護衛する神徒狩りが、それも強くて見目の良い若者が二人もいたら噂好きな人の話のタネにもなっちゃうよ」
「何それ?」
ガーシャが見目麗しいのは何となくわかったけど、アギも? そしてあたしはなぜ姫になった?
人の噂というのは怖い。
「……集落に帰りたいな。大人しく暮らしたい」
「帰っておいでよ。皆、いつだって大歓迎だよ」
「そうはいかないのが困るんだよね」
いつの間にか来ていたガーシャが答えた。
ジンさんが笑いながら迎える。
「やあ、色男。しばらく見ないうちにまた綺麗になったねえ」
「オレ相手にまでそんなこと言ってるとランカさんに怒られるよ……というか、そんな遠くまでオレたちの噂が届いてるの?」
「ああ。ゴクジョウ様は今こちらにいるだろう? 代わりに都から町にやってきた神徒狩りがある事ない事言いふらしてるみたいだよ」
「……ガイだな。あのおしゃべりめ」
ガーシャが大きなため息をつく。どうやら心当たりがあるらしい。
「話半分に聞いといてよ。恥ずかしくて仕方ない」
「わかった、村に戻るときは適当に脚色して話しておくよ」
「脚色しないで!」
ガーシャの悲鳴に、ジンさんがのんびり笑う。
集落にいたころの穏やかな空気が戻ってきた気がしてホッとした。最近のガーシャはずっと気を張っているように見えたから。
「アギはどうしてるんだ? 一緒じゃなかったのか?」
「アギはね、最近もうあたしにあんまり構ってくれないよ」
「え?!」
ジンさんはびっくりした。
「あいつが妹離れすることがあるのか!」
「そうなんだよ、びっくりなんだけど、今は職人衆の若手に交じって色々経験してるみたい。もともと器用だし真面目だから、職人気質なんだよね。特に鍛冶にはかなり興味あるみたい」
「へー! そうかあ……」
ジンさんはしみじみと言った。
「実は、アギが一番心配だったんだよ。あまりに小さい頃からナユタちゃんを守らなきゃならなかったから、それ以外のことが目に入ってなくてさ。若者らしくいろんな経験して楽しんでくれればって……ああ、よかった。これでみんなにいい報告ができるよ」
クチバさんも、村を出る時同じことを言っていたな。アギがあまりにもあたしの事ばかりだから、もう少し周りを頼れって諭していたのだ。
「ナユタちゃんは、寂しくない?」
「えっ……離れ離れなわけではないよ。朝も夜も一緒だし。困ったときはあたし優先で助けてもらえるし、変わらず頼りになるし、あとはガーシャがいつも近くにいるし……うん、大丈夫だよ。ただ……寂しくないと言えば嘘になるけど」
そう言うと、ジンさんとガーシャが両側から頭を撫でてくれた。
何これ。
やっぱりあたし、周囲から5歳児だと思われてないだろうか。
「ナユちゃんも、町ではもう有名人だもんねえ。いつも忙しそうに御用聞きしてるよね、集落にいたことろ同じだ。可愛いし、すぐ誰にでも声かけるし、人懐こいし、アギと同じで器用だから、あとは人づてで大抵の困りごとは解決は出来るし、町の人から可愛がられてるよ」
集落にいたころもみんなのお願い事をできるだけ聞いて走り回っていたのだ。今も、みんなが困っていたらすぐ助けられるように暇さえあれば町の中をうろうろしている。だって、あたしにできることは本当に少ないんだもの。
おかげで町の人たちとほとんど顔見知りになった。
ジンさんは、うんうんと頷きながら聞いていた。
「3人とも、村の自慢の息子たちと娘だからな。どこへ行っても大丈夫だと思ってたよ」
そこへ、遠くからアギがこちらを呼ぶ声が聞こえた。
テラスが走ってきてジンさんに飛びついた。
ついでにアギもジンさんに抱き着いたもんだから、大変だ。
つぶれるー! とうめくジンさんをガーシャと二人で助け出した。
ジンさんもお腹がすいていたみたいで、みんなでまたとんでもない量のうどんを食べて、おばあちゃんに毎度のごとくびっくりされて。
満足したらしいジンさんは、蒼都を去ることになった。
もう少しゆっくりしていってほしいけれど、赤ちゃん生まれたばっかりだもんね。むしろこんな遠くまで来てくれたのはあたしたちを心配しての事だろう。あたしがここに来てから美味しいと思った食べ物はお土産にたくさん持たせたけれど、まだまだ足りない。
「次にジンさんが来るときにまだ蒼都にいるかわからないから……行き先は、誰かに教えていくつもりだけど。少なくともメイカさんには言っておくね」
「待って、メイカ様って神徒狩りの長じゃないか。僕がほいほい会える人物じゃないよ……」
ガーシャは偉い人との距離感狂ってるからな。
「じゃあ師匠に伝わるようにしておこうか?」
「ゴクジョウ様も僕からすれば殿上人だよ!」
ジンさんが叫ぶ。
ええ、あんな感じなのに偉い人なのかな師匠……どうせ町に戻ったら道場でゴロゴロしてるに違いないのに。
「あたしが町の人に言っていくよ」
「俺も職人衆に伝えてく」
「アギもナユタちゃんもお願いね。頼むよ」
ジンさんが行こうとしたとき、ああそうだった、と思い出したように胸元をごそごそとして手紙を取り出した。
「これ、都の手前あたりでガーシャの友達って人から預かったんだけど……本当かどうか分からなくて。とりあえず渡すけど、怪しいものだったら捨ててくれる?」
ジンさんがくれた手紙をぱっと開けたガーシャは、にっこり笑った。
「よかった。次の行き先が決まったよ」
「え?」
「赤都だ。よかったね、アギ。赤都は工房が多い職人の里だよ。武器を作ってる刀鍛冶も多いから、新しい武器も手に入るかもね」




