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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第一章 蒼都編
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蟹討伐(5)


 うっすらと意識が浮上する。

 だけれど、目がうまく開かない。呼吸がしっかりとできない。声も出せない。体も動かない。かろうじて喉の奥からうめき声が漏れた。

 一瞬混乱しかけたが、冷静になる。

 落ち着け、まずは状況を確認するんだ。

 目が開かないのは目隠しをされているせいだ。口にはさるぐつわがかまされていて、声も出せそうにない。

 体は横たえられていて、手足は縛られていた。地面は、感触からすると板間のようだった。毛羽立つ肌触りは、通常人が暮らしていない場所であることを感じさせる。廃屋か何かだろうか。せっかくメイカ様にお借りした綺麗な着物だったのに汚れてしまったかもしれない。

 雑に扱われたのか、体のあちこちが痛んだ。特に膝がひりひりと痛いから負傷しているに違いない。

 ……ここはどこだろう。遠くまで来ていなければいいんだけど。

 意識を失う直前にルシャナの姿を見たのを思い出す。

 さすがのあたしでもわかる。

 どうやら外道衆に捕えられたらしい。

 まずは何とか視界と声だけでも欲しい。最悪の場合、朱印を発動してでも逃げなくてはならない。


 思い切って横に転がってみると、壁らしきものにぶつかった。

 痛い。

 反対向きに転がってみると、途中で止められた。

 見えないけど、誰かに踏まれている気がする。

「いつの間にか起きてんじゃねースか」

 ルシャナの声だ。

 とりあえず目隠しだけでもほどいてよ! とさるぐつわをかまされたままうーうー唸って全身でじたばたしたら、普通に腹を蹴り飛ばされた。悶絶するほど痛い。

「大人しくしてろ」

 ルシャナと別の男の声がする。

 先日、お社で会った男とも違う声だった。粗暴な感じの声はルシャナと一緒にいたあの男性ではない。

 と思っていたら、ふわりと煙草の匂いがした。

 あの人もいるな。

 少なくともここには3名の見張りがいるわけだ。

 何とか痛みに耐えて呼吸を整えていると、煙草の男の声がした。

「やめろ。大将から丁寧に連れて来いって命令だ。無駄に傷つけんな」

「うるせえな、あんまり暴れられると困るんだよ。結界が壊れるだろうが」

 結界?

 お社のような結界のことだろうか?

 これ以上蹴られたくないので反対側に転がって、壁に背中を擦り付けるようにして座りなおした。

 帯が壁に擦れてひっかかったから、壁もあまりきれいではないようだ。

 何とか目隠しだけでも取れないかと頭をぶんぶん振ったけど、きつく巻かれていて到底外れそうにない。

「大人しくしとけっつっただろ!」

 突然、顔を横から殴られて脳が揺れた。

 グラグラする。

 殴られた頬がずきずきと痛んだ。口の中も切れたようで、鉄の味がした。

 理不尽な暴力に驚いたが、怒りも覚えた。

 メイカ様に父の話を聞いているから外道衆の話を聞いてみたいと思うし、穏便に迎えてくれれば一緒に行くことも(いと)わないのに、どうして初手からこんな荒っぽく攫おうとするんだろう。

 あたしたちはもっと会話をすべきだと思う。

 でも、これ以上殴る理由を与えることはない。一応生かして連れてくるように言われてるみたいだし、あたしは大人しく沈黙し、耳に神経を集中した。


 よく耳を澄ますと、ざざ、ざざんと水の音がする。

 川とは違うこの流れの音は、海だ。

 海の波の音が聞こえている。おそらく海岸近く、人のいない廃屋にいるのだろう。

「カラハさん、迎えの船はいつ来るんスか?」

「宵闇に紛れて来るはずだ。まだ少し時間がある」

 煙草の男はカラハというらしい。

 どうやら船であたしを連れて逃げるつもりらしいけど、そんなことしたら海上で大量の神徒に襲われると思うよ?

 アギとガーシャが、どれだけ苦労してあたしをここまで連れてきたのかも知らないで。

 と、そこであたしは二人の保護者のことに思い至った。

 知らない人について行かない、話しかけない、知らない場所に行かない――ガーシャの言いつけを思い出す。知らない人について行ってないし、話しかけ……はしちゃったけど、知らない場所に行ったわけじゃなくて連れてこられただけだもん。

 と、心の中で言い訳する。

 この先どうなってしまうかは全く分からないけど、万が一助かったとしてどう考えてもお説教が待っているな。

 アギは眼鏡を作れたかな。目隠しされてみて分かったけど、周囲の様子が分からないって本当に不便だ。

 そして、鎖に捕らえられていたテラスは無事だろうか。

 このまま連れていかれたらどうなるんだろう。みんなに会えなくなってしまうのかな。それだけは絶対に嫌だな――怖い。


 考えを巡らせていると、不意に、どおん、と大きな音がした。

 小屋全体が揺れるようなその衝撃で、あたしは床に転がった。

「なんだ?!」

 次の瞬間、さらにすさまじい破壊音がして、外道衆たちの驚く声が上がった。

 それに混じって、聞きなれた声がした。

「ナユちゃん!」

 その声を聞いただけで全身の力が抜ける。

 もう大丈夫だ。何も怖くない。

 すぐに目隠しが切られ、さるぐつわを外された。

 まぶしさに目を細めていると、ガーシャはあたしの頬にゆっくりと手を当てた。

「痛っ……」

 思わず声が出る。

 口の端から血が垂れた気がする。

 ガーシャの指はそれを拭きとって、反対の手であたしの頭を撫でた。

「もう大丈夫だよ」

 手足の縄を切り、あたしを抱き上げたガーシャは背後に向き直った。

「お前らどんだけふざけてんの?」

 とんでもなく冷たい目をしたガーシャが、背後の男を見下ろしていた。

 すでに若草色の糸に雁字搦(がんじがら)めにされた男に見覚えがない。でも、おそらくあたしを殴って、蹴った男だ。

 その後ろには、ルシャナと煙草の男、カラハがこちらも糸に捕らえられていた。

 カラハが煙草をくわえたまま言う。

「……一応聞くけど、よくこの場所が分かったな。結界をはってたってのに」

「何言ってんの? ナユちゃんを襲った場所から痕跡全部残ってたよ。足跡も消す気ないし、テラスが匂いを追えたし。その先に不自然に気配のない小屋があったら怪しすぎるでしょ。隠れる気あるの?」

「普通、街中の足跡は追えねえんだよ。この野生児め……」

 そのくらいの追跡、奥の山の深い森の中で罠猟師のクチバさんに鍛えられたアギとガーシャなら何の問題もない。


 その時、上空から業火を纏った猩々緋色の着物が舞い降りてきた。

 背中だけで怒っているのが分かる。

 それを見たカラハは、縛られた状態で抜刀し、自分とルシャナの糸を切って脱出、アギの三叉戟をぎりぎりで受け止めた。

 が、勢いを殺し切れず後ろに向かって壁をぶち抜いて吹っ飛んでいった。

 アギがそのまま追っていく。

 見送ったガーシャは床に転がされている男に視線を戻す。

「あっちの二人がナユちゃんを殴ることはないと思うから、きっとキミの仕業だと思うけど……死ぬより辛い目に遭う覚悟はできてる?」

 ガーシャを睨みつけた男だったが、次の瞬間、ごきりと音がして右腕が変な方向に曲がった。

 口に何か詰められているようで、声は出なかったが、悶えるようにして暴れた。

「意味わからないよね。何で人の大事なものを簡単に傷つけたりできるのか」

 次に、右手の指が一本ずつ音を立てて折られていった。

 痛みに悶えると折れた個所に響き、さらに悶絶することを繰り返している。

「アギがブチ切れてたからオレは冷静になろうと思ってたけど無理だったなあ」

 声音がいつもと変わらないのが本当に怖い。

 眉一つ動かさず、次に左足が、その次に右足が折られていく。

 もう動くこともできず転がされているだけの男に抵抗する力はない。

「……ガーシャ、もういいよ」

 声を出したら切れた口の中がめちゃくちゃ痛かった。

 でも、放っておくとじわじわと苦しませながら殺してしまいそうだったから。

「よくないよ?」

 にこりと笑ったガーシャの笑顔にぞくりとした。

 ああ、でもこんな奴の顔も見たくないよね。

 そう言いながらガーシャはもはや正常な人間の形をしていないそれを上空へ投げた。

 その時ようやく気付く。

 この小屋には屋根がない。そういえばさっきアギも空から下りてきた。

 ガーシャはあたしを抱いたまま空中に跳んだ。

 はっと下を見ると、海の真ん中の孤島のような場所に隠れるようにして掘っ立て小屋が……建っていた、形跡があった。

 というのも、そんなもの完全に吹っ飛ばされていたからだ。

 そして孤島の反対側から火の手が上がった。

「ナユちゃんを攫われたあいつがどれだけ怒ったかわかる?」

 わかりません。

 わかりたくもないです。

 ガーシャはにこりと笑った。

「オレの怒りが一瞬覚めて冷静になっちゃうくらいだよ?」

 次の瞬間、天からの怒りのように深紅の火柱が(ごう)と立ち上がり、すさまじい炎が燃え狂い、

顔が熱で焼けた。

 呆然とするあたしの目の前で、島の向こう側半分が吹き飛び、一瞬大きな円形の穴をあけた後、海水が一気に流れ込んだ。

 比喩でなく地形が変わってしまう。

 もはやこれは災害だ。

 神徒を狩るとかそんな悠長な話ではない。

「ほら、ナユちゃんも冷静になったでしょ。そろそろ止めに行こ。ああ、その前に」

 ガーシャは小さく真言を唱えて、あたしの頬に唇を当てた。

 優しい光が包み込んで、痛みがすぅっと引いて行った。

「……顔を殴ったのだけはほんとに許せない。やっぱあいつはあとで百回殺そう」



 黒々と渦を巻く海を見下ろしているアギのところへ駆けつけた。

お兄ちゃん(・・・・・)!」

 そう呼ぶと、はっとしたアギがこちらを見た。

「ナユタ!」

 三叉戟を放り投げてこちらに手を伸ばしたアギが、あたしを受け止めた。

 思い切り抱き着いて、無事を確認する。

「ああ、よかった……」

「来てくれてありがとう、お兄ちゃん」

「お前がいなくなった時、心臓止まるかと思った。肝心な時に俺は――」

「ううん、あたしが油断したのがだめだったの。ほんの少しの距離だからってアギと別れなきゃよかった」

 もう会えなくなるかも、と思った瞬間の恐怖は本物だった。

 アギの人生を縛ってしまうかもしれないけれど、あたしが無理なのだ。アギのいない日々が考えられない。

「テラスも無事なの?」

「ああ。テラスが最初に知らせてくれて、すぐにガーシャのところにも走ってくれて、だからすぐに見つけられた。遅くなったら、町中の痕跡はどんどん消えて追跡困難になるからな」

 ほっとしたらようやく思い出した。

「そういえば、アギの眼鏡は……?」

「まだない」

「えっ」

 よく見るとアギは眼鏡をしていない。

「見えてないの?」

「ナユタの顔がよく分からない程度には見えねえ」

「どうやって戦ってたの?!」

「……勘」

 あたしの兄はやっぱり野生に帰ってしまいそうです。

 誰か助けて。


 と、その時、海の中から真っ白に発光する足が伸びてきた。

 はっと見ると太陽が西に沈もうとしている。

 そもそもこの辺りは、お社の力が薄い。

「おっと、今度はさせないよ」

 ガーシャが足を糸できつく縛って、ぱあんと弾けさせた。

 人型の紙がひらひらと舞う。

「先に、こっちから釣りあげようか」

 ガーシャが楽しそうに笑って若草色の糸を垂らす。

 そして、一本釣りの要領でぐいっと引き上げた。

 海中から現れたのは巨大な(タコ)だ。

「今度は(タコ)かー」

 烏賊(イカ)は足が10本、(タコ)は8本。

 ガーシャはそのまま砂浜に蛸の体を叩きつけると、塊の肉をタコ糸で縛るように、全体にぐるぐると巻き付けた。

「『爆ぜろ』」

 ガーシャの声に合わせて、巨大な蛸は細切れにされ、四方八方に飛び散った。

 古銭は砂浜に飛び散った。

「拾ってる時間はないね。早く帰ろう。さすがにみんなに迷惑かけちゃいそうだ」

 ちょうど、太陽が沈んでいく。

 黄昏時がやってくる。

 急がなければ。


 アギとガーシャはそろって砂浜へ降り立った。

 そこにはテラスが尻尾を振って待っていた。

「テラス! よかった!」

 アギの腕から下りてテラスの首に抱き着くようにして撫でまわした。

 ケガもしていないみたいだ。

 そして一通り撫でまわした後、都の方角に目を向けた瞬間、息を呑んだ。

「……嘘」

 地面の割れ目から人型の紙が湧いてくる。

 それも一か所ではない。

 砂浜の間、岩場の隙間、道の脇……少しひび割れがあると思われる場所から間欠泉のように吹き出したのだ。

 村を出たあの日を思い出す光景に、胸がずきんと痛んだ。

「もしかして、洞窟から?」

 あの洞窟はかなり大きかった。地下でこの辺りまで割れ目が伸びている可能性が高い。

 そこから無数の神徒が湧いてきている。

「……メイカ様」

 地下の洞窟に(カニ)の討伐に行ったというメイカ様と、神徒狩りたち。

 彼らは果たして無事だろうか。

「何が起きてんだ?」

 目が見えてないアギが眉間にしわを寄せている。

 先ほど視界なしでも戦えていたのは、怒りによる特殊状態だったのか。

「ナユちゃんは都に戻ることだけ考えて。テラス、アギを先導できる?」

 わん、と鳴いた賢い白狼は、アギに尻尾を握らせた。

 ガーシャはあたしを抱き上げて、都への道を駆けた。


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