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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第一章 蒼都編
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蟹討伐(4)

 メイカ様の言葉に、あたしは返答できなかった。

 目を見開き、動揺したまま絶句してしまった。

「私の知るラクシャ様は、見た目はアギによく似ていたが、人懐こさと素直さはナユタ、お前によく似ていたよ。誰もが憧れるほどに強く、太陽のように明るく、そして底抜けに優しかった。無論、幼い私もその強さに魅せられていた一人だった」

 ぴちょん、と水滴の落ちる音がした。

「ラクシャ様は、10年以上前から何度か都を訪れていたように思う。もしかすると、私が知る以前からつながりがあったのかも知れない。ただ、いつ頃からか神徒について調べ始めたのだ。ラクシャ様に心酔していた私の父上は、分家ながら寺社宗主の血筋でありながらその研究にのめりこんでしまったのだよ」

 当時のことはよく覚えていないが、と前置きし。

「だが、寺社組織の怒りを買い、父上とラクシャ様は10年前に都を追放された」

 メイカ様の口から語られたのは、これまらあたしたちが知らなかった父親の足跡だった。

 集落には入ってこなかった、10年前の物語の続きだ。

「その後、父上とラクシャ様がどこへ行ったのか――すまない、私も知らぬのだ。もし母上が存命であればご存じだったやもしれんが、今となっては分からない。外道に身をやつし、外道衆のところにいる可能性もある。私から積極的にソレを進めることは出来んんが、もしナユタがラクシャ様を探しているのであれば参考にしてほしい」

 暑さもあって、ぼうっとする。

 ふわふわとしていて、現実味がない。

 何も答えられないでいると、メイカ様はふと笑った。

「急にこんな話をしてすまなかったな。都の人間であれば、特に神徒狩りであれば、ラクシャ様の名前は必ず憶えている。もしかすると、アギの姿を見れば気づく人間もいるかもしれない。が、先ほど言ったように、父上とラクシャ様の話は都ではご法度だ。誰も口にできないだろう――だからどうしても、話しておきたかった。ここなら、誰も他に入れないからな」

 そう言ってメイカ様はざばりと湯船から立ち上がった。

「さて、私は先に部屋に戻っている。落ち着いたら戻ってくるといい。他にも話したいことはたくさんあるのだ」


 あたしはしばらく動けなかった。

 メイカ様が湯殿を出て、静寂が湯気を満たすまで、身じろぎすらできなかった。

 まさかこんな場所で答えを聞くことになるとは思わなかったからだ。

 あたしの父親が旅に出た理由。

 幼いアギとあたしを置いて消えた理由。

 ちゃぷりとお湯が湯船からあふれた。

『旅に出るときは、大切なものといらないものを置いていけ』

 父は、どんな気持ちでそんな言葉を遺したのだろう。

 メイカ様の父上は、なぜあたしの父と一緒に消えたのだろう。

 そしてメイカ様は、置いて行かれて寂しい思いをしたのだろうか。誰か、彼女を支えてくれる人はいたのだろうか――あたしにアギとガーシャが、村のみんながいたように。

 メイカ様ともっと話したくなって、あたしは急いで部屋に戻った。


 部屋に戻ると、メイカ様が二人分の布団を並べて敷いてくださっていた。

 その用意をしている彼女はとても嬉しそうで、あたしと仲良くなりたい、もっと話したいというのが嘘ではなく心から思ってくれているのだとわかった。

 枕を抱えるようにして布団に寝転がりながら、メイカ様ととりとめのない話をした。

 あたしの世界は狭いから、ずっとアギやガーシャの話ばかりをしていたのだけど、メイカ様はとても楽しそうに聞いていた。

 つまらなくないか、と聞くと、メイカ様は首を横に振った。

「私の方こそ、この蒼都の狭い世界しか知らない。どろどろと(くら)い澱のような寺社連中といると、お前たちのように、自由に真っすぐに生きている姿が羨ましくもある」

 ごろりとお行儀悪く転がって、メイカ様は笑う。

 と、そこへ、ふすまをトントン、と叩く音がした。

「誰だ?」

 少し空いた隙間から見えたのは白い毛並みだ。

「テラス」

 賢い白狼が部屋の前にお座りしていた。

「メイカ様、テラスは女の子だから一緒でもいいですか?」

「構わんよ」

 テラスを部屋に招き入れると、あたしとメイカ様の間に寝転がって、ワン、と鳴いた。

 お日様の匂いのするテラスと一緒ならよく眠れそう。

「これは」

 メイカ様はテラスを見て、目を見張っていた。

 テラスはそんなメイカ様をちらりと見て、わふんと鳴き、メイカ様の掌に白くて大きな手を重ねた。

「……ああ、わかったよ。お前もナユタを見守っているのだな」

 まるで二人で話しているかのように見つめあったメイカ様とテラス。

 テラスも安心したように布団の間に伏せた。

 ふかふかの白い毛並みを撫でていると、眠くなってきてしまった。

 まだ、話したいことがいっぱいあるのに。

「……メイカ様みたいなお姉さんがほしかったな」

「ふふふ、私もナユタが妹になってくれると嬉しいよ」

 なんだかとても嬉しいことを言われた気がする。

 でも、急激に眠気に襲われ、枕に顔をうずめる。

 メイカ様の穏やかな声が聞こえる。

「テラスもアギやガーシャと同じようにずっといるのか?」

「うん……生まれたときからずっと一緒……とても、賢い狼なの……」

「……お前には、狼に見えているのだな」

 メイカ様の言葉に、違和感を覚えた気がしたが、それを追求するにはあまりにも眠すぎた。

「おやすみ、ナユタ」

 新しい友達の優しい声と、柔らかい白い毛並みに包まれて、あたしはそのまま眠りに落ちた。



 次の日の朝、メイカ様はきっちりと帯を締め、綺麗に髪を結い上げ、軽く化粧をして準備した。

「ナユタ、覚えておけ。女であれば見た目で武装することも有効だ。もちろん、自分自身の気を引き締めるためにもな」

 自室を出たメイカ様から昨夜の砕けた雰囲気は消え、神徒狩りの長の姿に戻っていた。

 隣に立つあたしが腑抜けた格好をするわけにいかない。

 メイカ様のおつきの人が用意してくださった真新しい空色の着物に着替えた。袖を通しただけで上等な生地であることがすぐにわかる。普段は子供のような兵児帯でごまかしているが、今日は金糸の入った美しいしっかりとした帯を華やかな広げて結んだ。

 いつも上半分だけあげている髪は、しっかりとまとめてメイカ様に借りた水色のトンボ玉のかんざしを挿した。

 よくできている、とメイカ様から褒められた。

 村できちんと着付けを習っておいてよかった。

 下駄も黒塗りの高級なものだ……慣れなくて、足を痛めないといいけれど。

「我はこのまま海岸の神徒を狩りに行く。そなたは兄についていてやれ」

「わかりました」

「ガーシャの方は借りていく。ゴクジョウが褒めるほどの弟子であればかなりの戦力になろう」

 ……ほめてたっけ?

 首を傾げると、メイカ様は笑った。

「他でもないゴクジョウが、アギとガーシャの二人で倒せない神徒は蒼都の神徒狩りでは倒せない、と即断言したのだぞ? それがいったいどれだけの賛辞なのかは知っておいた方がいい」


 総勢20名の神徒狩りが招集され、ゴクジョウ師匠の指揮下に入った。

 師匠は田舎の方で道場をやってるけど、もともと蒼都で神徒を狩っていたこともあるらしい。

「師匠って強いから、蒼都にも一定数の信奉者がいるみたいなんだよね。昨日聞いてみたけど、神徒狩りの中で神格化されてるところもあるみたい」

 ガーシャが言った。

 あんな田舎にいたけど、やっぱりすごい人だったのかな。

「でも、メイカ様はそれ以上に強いらしい。もちろん武術を修めてるのもあるけど、朱印の力が飛びぬけてるそうだよ」

「そうなんだ。メイカ様はすごいなあ」

 そう言うと、ガーシャはすねたように口を尖らせた。

「ナユちゃんは年上のしっかりした女性に弱いからな……そんなすぐに懐いちゃって、嫉妬しちゃうよ。今日もオレだけ別行動なのにさ」

「ごめんね。あたしが行くとややこしくなっちゃうから、討伐頑張ってね」

「討伐は師匠に頑張ってもらうから、オレは案内だけするつもりだよ」

「また師匠が怒るんじゃないの?」

「大丈夫だよ、怒らせとこ」

 ガーシャこそ、師匠に懐きすぎでは。師匠のこと大好きじゃん。

 それこそ嫉妬しちゃうよ――もちろん、あたしもアギも、師匠のこと大好きだけどさ。

「さて、そろそろオレは行かなきゃ。アギのことは頼んだよ。でも、もう一回行っておくけど、知らない人について行かない、話しかけない、知らない場所に行かない。気を付けるんだよ。特に今日はすごく可愛い恰好してるんだから」

 そこまでの会話を、神徒狩りに指示と檄を飛ばすメイカ様の後ろでごちゃごちゃやっていたら、案の定師匠に睨まれた。


 討伐隊を見送って、あたしとアギとテラスが残された。

「とりあえずアギの眼鏡を作ろう。テンドウさんのところでいいんだっけ」

 あたしはアギの手を取って、町中を歩きだした。

 朝の町は、獲れたての魚や野菜などを道端で売る露店が多く出ている。一つ一つ見ていきたいが、眉間にしわを寄せたアギの手を引いているので我慢。

 ガーシャがいないからあたしがしっかりしなくては。

 テラスは長い尻尾をふりふりしながら先導してくれる。

「アギ、大丈夫?」

「ああ。少しずつだが、音で周りの様子が分かるようになってきた。もう少し訓練すれば、眼鏡なしでも戦えるかもしれない」

 とりあえず戦う気満々なのがアギらしい。

 とはいえ、視界がない状態で、音で周囲の状況を判断できるとなると、ますます野生の獣に近づいている気がする……うちの兄は大丈夫だろうか。そのうち本当に山に、野生に帰ってしまわないだろうか。

 メイカ様は父と兄が似ていると言っていたが、そこかしこで聞く父親の印象はとても兄と似ていると思えない。もしかすると、見た目だけは似ているのかもしれないが。

「ガーシャがいねえから、あとで打ち込みの相手だけしてもらえるか?」

「うん、いいよ」

 アギの様子を見ながらゆっくりと歩いて行って、テンドウさんの鍛冶屋に到着した。

「すみませーん!」

 声をかけると、しばらくしてカタンと扉が開き、テンドウさんが姿を現した。

 先日作った扉の調子はよさそうだ。

「急に訪ねてきてすみません。アギの眼鏡が壊れてしまって、新しいのが欲しいんですけど、ここで作っていますか?」

「ああ、大丈夫だよ。二人とも中に入るといい」

 仕事場に入ると、外とは全く違う暑さに襲われた。鉄を鍛えるための火で、空気が熱されている。

 テンドウさんに言われてアギを三和土(たたき)に置いた椅子に座らせた。

「目が悪いとは聞いていたが、確かにこれは大変そうだね。眼鏡の枠はうちで作れるんだけど、もしかすると硝子(ガラス)の研磨の方が時間がかかるかもしれないな。ちょっと、職人を呼んでこようか」

「あ、あたしが行ってきますよ!」

 硝子(ガラス)工房は、ここからすぐのところにあったのを覚えている。

「じゃあお願いしていいかな。テンドウが呼んでるって言ってくれれば来てくれると思うからさ」


 あたしはアギを置いて一人で外に出た。

 眼鏡を作ってもらえそうでよかった。このままだと、アギが一人で動けなくてかわいそうだ――もしかしたら、硝子(ガラス)の研磨を待っているうちに視界に頼らず戦う方法を編み出しそうで怖いけど。

 テラスと並んで硝子(ガラス)工房への道を駆けていると、見知った姿を発見して思わず足を止めた。

「ケイくん! ……じゃないな、ルシャナ?」

 まるであたしを待っていたかのように佇んでいたのは、先日出会ったばかりのケイくんの姉その人だった。

 テラスが警戒してぐるるる、と唸りを上げる。

 大丈夫だよ。

 あたしはテラスの頭を撫でた。

「本当に、あんた自身はまったく警戒しないんスね」

「だってケイくんのお姉さんなんでしょう? ゴクジョウ師匠に聞いたよ」

 そう言うと、ルシャナはちっと大きな舌打ちをした。

「……その名は聞きたくない」

「喧嘩でもしたの?」

 首を傾げると、彼女は顔をひきつらせた。

 その時、後ろにいたテラスからキャインという悲鳴があがった。

「テラス?!」

 振り向くと、テラスが太い鎖に捕らえられている。

「何するの!」

 駆け寄ろうとした瞬間、あたしの背中にバチン、と何か強い衝撃が加わった。

 それっきり、あたしの意識は完全に途絶えてしまった。


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