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神徒奇譚  作者: 早村友裕
終章 神都編
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烏討伐(2)

 水平線に一筋の光が走る。

 メイカ様と並んで準備運動を始めたら、テラスが駆けてきてわん、と鳴いた。

「そう言えばメイカ様、ガオウじいちゃんがくれた短刀使ってみた?」

「まだだが、どうした?」

「毘沙門天(ビシャモンテン)様の加護がついてるの。思ったより攻撃力高いから、余裕のあるうちに使ってみておいた方がいいかも」

 目覚めた烏(カラス)の神徒が大きく翼を広げた。

 大きく深呼吸。

 討伐二日目、日暮れまでこの神徒が都を襲わないように押しとどめなければならない。

 その時、足元に黒い鼠(ネズミ)が駆け込んできた。


――黄都が猫(ネコ)と開戦した


 黄都(キト)。

 ガーシャとハテルマ様のいるところだ。

 大丈夫、彼らなら問題なく討伐してくれるはずだ。

 メイカ様が目を細めて朝日を見た。

 烏(カラス)の神徒がゆっくりと目を覚ます。

 次の瞬間、烏(カラス)が大きな雄たけびを上げた。

 弾かれるようにしてあたしとメイカ様は、光玉を蹴って空に飛び上がった。


 相変わらず声の攻撃が頭にガンガン響くが、どうやらこれはあたしだけの弱点らしい。メイカ様はあたしの朱印を施した紙をまるめて耳に詰めただけで平気だそうだ。

 メイカ様は大きく回転する光の剣を携えて羽の攻撃を避けながら烏(カラス)の神徒に近づくと、立て続けに何枚もの翼を削り取っていた。

 さすが、攻撃力が段違いだ。

 あたしが光玉で太陽の光を集めて顔を焼いた隙に、メイカ様は3つの頭を順に切り落とした。

 頭が再生するまでは動けないらしい。翼を半分刈り取られ、首から先を失った烏(カラス)はどしん、と地面に落ちて動かなくなった。

「無限に再生するだけで、この神徒自体はさほど強くないな。今のところは、だが」

 同じ方法で何度か首を斬り落としてやればそこそこ時間を稼げるだろう。

「……ただ、この烏(カラス)は徐々に強くなると聞いた」

「うん。ゴクジョウ師匠が鷺(サギ)を倒したって連絡の直後に1つだった頭が3つに増えた。その後、おそらく蟹(カニ)の神徒を倒した後に2枚だった翼が円環になるほど増えた」

「なるべく削りとって再生の時間を稼ごう。ただ私が懸念しているのは――」

 メイカ様が白色に発光する神徒を見ながら言った。

「亀(カメ)を倒したらあの神徒が固くなり、狐(キツネ)を倒したらあの神徒が炎を使うようになる事だ」

 メイカ様の言葉を聞いてぞっとした。

 その理屈で言うと、他の都の神徒を全部倒した時、それ(・・)は天候的大災害を起こしながら炎と雷と毒をまき散らす上にどうしようもなく固く刃の通らない、音波や羽を飛ばしてくるとんでもない神徒が誕生することになる。

「まあ、それは成ってみてから考えるしかないな。駄目だったら我々が『白』の侵食に負けて滅びるだけだ」

 恐ろしい想像に震えたが、おそらくそれは父も兄もガーシャも、カルラ様たちもとうに勘定に入れている事なのだろう。

 あたしのように怖気(おじけ)づく者を出さないように公表していないだけだ。

「案ずるな。まずは今、この場を守り切る事を考えよう」

 にこりと笑ったメイカ様の変わらない笑顔に安心する。

 目の前の課題だけを残して、何か起きたら次の指示をすればいい。メイカ様の指令は的確で、簡潔だ。だからこそあたしたちはメイカ様の指揮について行ったのだ。

 そしてあたしはしっかり者のこの姉が大好きだ。

 返事をするようにテラスもわん、と鳴いた。


 しばらくはそうやって首を斬り落としては再生を待ち、また再生したら二人で首を刈り取って……と繰り返していると、何度目かで不意に、頭が残っているにも関わらず烏(カラス)の神徒がゆっくりと地面に降り立っていった。

「何だ……?」

 メイカ様が訝(いぶか)し気な表情を見せる。

 テラスが警戒するように唸り声をあげた。

「たぶん、どこかで神徒が倒されたの。昨日も、こうやって休んだ後にこの神徒が進化した」

 太陽は天頂。日暮れまではまだまだ時間がある。


 しばらく翼を畳んでいた烏(カラス)は大きく翼を広げた。

 円環のように輝く数十枚の翼。3つの頭。3本の脚。

 見た目は変わっていないように見える。

 しかし――

 首を狩ろうとしたメイカ様の光転剣が弾かれた。

 先ほどまで簡単に切り落とされていたはずだ。

「予想が当たってしまったようだな」

 メイカ様が呟いた。

 亀(カメ)の神徒が倒されたのだ。

 順調に各地の神徒が倒されているのを喜ぶべきか、目の前の神徒が強くなっていくのを憂うべきか。

「まあ、予定通りという事だな」

 隣のメイカ様は攻撃を弾かれたというのにあまり慌てていない。

「大丈夫だ、昨日、ナユタは攻撃が通らずともあの神徒と半日以上渡り合ったと聞いたぞ。姉である私がその程度の根性を見せなくてどうする」

 うちの姉かっこよすぎる。

 嬉しくなって首元に抱き着いているうちに烏(カラス)の神徒が完全に復活する。

 ぎしゃああああ、と最初よりずっと凶悪な鳴き声を上げた。

 耳を貫いて脳が揺らされ、思わず頭を押さえた。

 だんだん頭痛がひどくなっている気がする。

「さて……ラクシャ様たちからすればこの状況も予想のうちなのだろうな。一つだけ助言をいただいている」

「お父さんが何か言っていたの?」

 とう問うと、メイカ様はにこりと笑った。

 メイカ様は一度、光転剣を消した。

 それでも烏(カラス)はあたしたちが散々首を斬り落とした犯人だという事を知っている。

 明確にこちらに向かって敵意を飛ばしてきた。

「少しだけ集中する。時間を稼いでくれるか?」

「分かった」

 間髪入れずに返事をし、テラスと二人で空を駆けた。

 飛ばされてくる羽と音の砲撃を避けながら、収束した光線を放つ。

 が、意識も反らしていない状態でそんな攻撃が当たるわけもない。

 けれどメイカ様から意識が逸れればそれで十分だ。

 テラスはあっという間に烏(カラス)の真下まで駆け、飛び上がって足に噛みついた。

 翼の内側の目玉がぎょろぎょろと動いてあたしの方を見る。

 視線が集中してぞくりとしたが、足を止めるわけにはいかない。

 翼の脇すれすれを通過し、テラスと合流、隙を見て烏(カラス)の頭に飛び乗った。

 同時に腰の短刀を抜き放つ。

 刀身の軌跡に炎が迸(ほとばし)った。

 そのまま短刀を、烏(カラス)の頭部の目に突き刺した。

 短刀の根元から炎がぼう、と燃え上がる。

 ぎやあああ、と烏の声が迸(ほとばし)った。

 びりびりと大気が揺れる。あまりの衝撃に心臓が止まりそうになる。

 動けずにいると、テラスがあたしの襟首をつかんで離脱した。


 すれ違うようにメイカ様があたしたちの横を通り過ぎていく。

 先ほどより一回り小さい光転剣を携えて。

「落ちろ……!」

 メイカ様の吠えるような声と共に、烏(カラス)の首が一つ、落ちた。

 続けざま、左右の首が刎(は)ねられる。

 3つの首を落とされた神徒は動きを止めた。



「メイカ様!」

 地面に降り、荒れた呼吸を整えているメイカ様に駆け寄ると、大きく息を吐いてこちらに笑いかけた。

「すごい! いったいどうやったの?」

「以前ラクシャ様に教わった通りだ。剣を薄くして、回転を正確に、そして回転数を上げた。それで切れ味がだいぶ変わる」

 簡単に言うが、朱印というのはそうそう万能なものではない。

 意識で多少は変えられるとはいえ、相当な研鑽を積まないと難しいはずだ。

「……とはいえ、かなり集中力がいるな」

 目の前で動きを止めた神徒を見上げつつ、メイカ様は再び大きく深呼吸をする。

「けど、亀(カメ)の神徒が倒せたなら、アギとカラハが来てくれるかも」

「いや、狐(キツネ)を相手にしている赤都の援護が先だろう。かなり被害が出ていると聞く。少し休めば大丈夫だから、今のところは私一人でも――」


 メイカ様が言った瞬間。急激に空が暗くなり、遠くで雷鳴が閃(ひらめ)いた。

 晴れていたはずの空には大きく雲がかかり、雨がぱらぱらと降り出した。

 あっという間に土砂降りになる。

「今度は何だ?!」

 メイカ様が驚いているが、あたしはこれに覚えがあった。

 紅都(ベニト)の方角を振り返ると、予想通りそちらはここよりひどい土砂降りで、視界は全くない状態だった。

「鯰(ナマズ)が出たの!」

「何?!」

 その瞬間、メイカ様の影からにゅっとアケラ様が現れた。

「メイカ、移動だ。鯰(ナマズ)討伐へ向かえ」

「だが」

「行って、メイカ様。鯰(ナマズ)は雷を操るし地面を揺らすから、メイカ様みたいに遠距離で攻撃できないと――例えばガーシャみたいな糸だと被害が広がっちゃうの」

 どう考えても鯰(ナマズ)はメイカ様が討伐すべきだ。

 先ほどの攻撃力を発揮出来るなら、固い首を狙ってとどめをさす事だって出来るだろう。

「代わりを置いていく」

 アケラ様の影からぺっと吐き出されたのはカラハだ。

「カラハ飛べないじゃん、烏(カラス)は飛ぶんだよ!」

 そこへもう一人吐き出された。

「師匠?!」

 ねえゴクジョウ師匠も飛べないじゃん!!

 と思っていたら、さらに一人飛び出してきた。

「ルシャナ!」

 外道衆の弓使いのルシャナだ。師匠と一緒に鷺(サギ)討伐を終えて、戻ってきていたらしい。

 けど結局あたししか飛べない!

「ナユタ、気をつけろ。私も向こうを終わらせたらすぐに戻るから!」

 言いながらメイカ様はアケラ様と共に影の中へ消えていった。


 すでに烏(カラス)の頭は再生を始めている。

 さて、どうしよう。

 どうしようと言いつつ、答えは一つしかないのだが。

「ルシャナ、協力して。カラハと師匠の手の届く所まで烏(カラス)を落とそう。手の届く所までくれば、二人がなんとかしてくれるでしょ? よろしくね!」

 あたしが軽く手をあげると、三者三様で嫌そうな顔をした。

 そんな顔したって、みんなちゃんと協力してくれることは分かってるもんね。

 テラスの頭を撫でて、あたしは光玉を駆けあがった。


 復活した烏(カラス)の頭部を目指し、テラスと共に駆け抜けながら短刀で目を狙う。

 炎の軌跡が閃(ひらめ)いて、再び一つの目を焼いた。

 その時、まるで流れ星のように上から光の矢が降り注ぎ、翼の内側の目を寸分の狂いもなく残らず貫いた。

 相変わらず頭のおかしい精度の射手だ。

 翼の動きが止まった隙にあたしとテラスで残りの目を潰すと、烏(カラス)は叫び声をあげながら墜落していった。

 そこへ待っていたのは師匠とカラハだ。

 師匠が先に足から伝って背中に上り、拳に朱印を重ねて思い切り殴りつける。

 背骨が折れる勢いで反り返った烏(カラス)は勢いよく地面に激突した。

「十分だ」

 地面に足をつけたカラハは、たった一回の抜刀で3つの首を軽く斬り落とした。


「俺はこのまま上で待機するから、お前、あー、カラハだったか? お前は復活したらとにかく首を斬り落とせ。ルシャナは目の方を頼む」

「おう、分かった」

「はい、師匠」

 そう言えばルシャナはもともとゴクジョウ師匠の道場にいたんだったね。

 弟のケイくんには最初の町でだいぶお世話になったっけ。

 カラハが相変わらずテラスの背中を撫でている――人妻だったことへの衝撃からは復活し、これまでと同じように癒しを求めることにしたようだ。

 しかし、鯰(ナマズ)の神徒のせいで土砂降りが続いていて視界が悪い。

「ねえカラハ、亀を倒した後、アギはどこに行ったの?」

「あいつは狐(キツネ)討伐に行った。赤都(セキト)がかなり苦戦しているようだったからな。オレも行く予定だったが、ちょうどこの二人が神都へ戻ってきたんで、急遽こっちに変更されたんだ」

 首が復活すればカラハが落とし、飛ぼうとすれば師匠が殴り落とし、目が復活すればルシャナが射抜き。

 このまま鯰(ナマズ)か狐(キツネ)か猫(ネコ)が討伐されるまで時間を稼ぐ事が出来そうだ。

 父かカシギか、おそらくどちらかの采配だろうが、この3人が現時点での烏(カラス)討伐に最適すぎる。彼らの読みが的確過ぎて怖い。



 その時、断続的に続いていた地面の揺れが収まり、雨が収まり、空が晴れ上がった。

 急激な天候の変化に、あたしたたちは思わず空を見上げる。

 ちょうど西に傾いた太陽が見えた。

 メイカ様が鯰(ナマズ)を討伐したのだ。

「師匠、いったん退いて! 雷が来るかも!」

 ゴクジョウ師匠はそれだけで察して烏(カラス)の神徒から飛び降りた。

 カラハは最後とばかりに両側の大きな翼を二振りで切り落とし、ルシャナは残っていた翼の目玉をすべて射抜いた。

 3人とも判断と動き出しが早い。

 烏(カラス)の神徒の頭が3つ、徐々に復活してパリパリ、と稲妻のような光を帯びた。

 と思っていたら、それだけでは済まなかった。

 ルシャナが潰した目玉がぞろりと一瞬で復活したかと思ったら、広げられた円環のような翼がぼうっと赤く光り、炎を帯びた。翼の先から天に向かって炎が迸(ほとばし)る。

「おいおい、まじかよ。全員頑張りすぎだろ」

 カラハがため息をついた。

 どうやら、アギの方も頑張ったららしい。赤都の狐(キツネ)の神徒も倒されてしまったようだ。

 嬉しい悲鳴ではあるが、どうしたらいい? どうすれば止められる?

 神々しいほどに発光し、身体は固くほぼ攻撃が通らない、炎と雷を帯びた烏(カラス)の神徒を見つめる。

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