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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
四章 当主

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561.やってしまったので、

当然の事だが、今ルヴァンに言った事の全てが本気だったわけではない。

例えば、あの戦闘の中へ入って行く事について。平気な顔をして手を振ったって、本当は怖いに決まっている。そこで無事でいられる保証なんて、どこにも無いのだ。それくらいはショコラだって分かっていた。

あの言葉は、彼を納得させるためのもの――。ただし、本当の事も語っている。


“標的として、自分は最も優先順位が低い”。その事に間違いはない。クグロフの手下と戦う騎士はみな強いし、敵にも余所見をしている暇など無いだろう。あの中へ入っても、狙われる可能性はあまり高くはないはず。


『けれど……意図しない動きによって、こちらに刃が向かってしまう事は、あるかもしれないのよね……。』


もしくは剣などが手から離れ、自分の方へ飛んで来るという事も……

想像して、ショコラは少しゾッとした。それでも、立ち止まったり引き返したりはしない。ふるふると頭を振り、その恐怖を振り払う。

それに……。危険な場所ならば、これまでにだって何度も足を踏み入れているではないか。それを潜り抜け、ここまでやって来た。慄くなど、今更なお話である。


彼女の足は、力強く地面を蹴って進んだ。


自分の警護を国王に付けた判断だって、間違っていない。あの状況で彼を守れる方法は、それしかなかった。何度考えてみても、これが最善策だ。

代わりに自分は、グラスのもとへ行く。それはつまり、最も激しい戦いが繰り広げられている場所――彼とクグロフが戦っているすぐ側へ、という事である。そんなのは、危険度が増す愚行だと思われるだろう。しかも、グラスの足手まといになる……。

だがそんな事にはならないと、ショコラは考えていた。彼のところへ行くのは、ただ守って貰うためではない。


『私は、()()()()()()()()()()邪魔をしようと思っているのだもの!』


なぜか、彼は自分を気に入っている。さすがのショコラにも、その事は理解出来ていた。再三にわたりあれだけ分かりやすく乞われれば、何らかの執着がある事は嫌でも認識するというものだ。――そこに何か、付け入る隙があるのではないだろうか……。そう考えたのである。


『そのためにも、まずは無事に辿り着かなくちゃ!』


走り始めて間もなく、一番危険な場所を目指すショコラは、敵と味方が入り乱れる地帯の目の前までやって来た。それなりの広さがあると言っても、ここは騎士団の訓練場。広大な野外ではないのだから、当たり前の事である。戦闘は、すぐ目と鼻の先で行われていたのだ。

ここまで来たら、躊躇などしていられない。


「――お、お邪魔いたします!!」


誰にともなく断りを入れると、思い切ってその中へ突っ込んで行った。

右を向いても左を見ても、敵と味方が熾烈な戦いを繰り広げている。巻き上げられた土煙――あっちからもこっちからも、耳をつんざくような金属音が鳴り響いていた。


真っ直ぐに走る事は、出来ないだろう。その覚悟はしている。それぞれに剣を振るう騎士たちの合間を縫って、右や左……もしくは一旦戻ったりして、蛇行しながら行く事になるに違いない。周りをよく見て、慎重に進まなければ……。

巻き込まれるかもという心配もさる事ながら、自分の存在が騎士たちの迷惑になるかもしれないという危惧もあった。そこにいないはずの、丸腰の人物――。そんなのが不意に現れたら、邪魔で仕方ないに決まっている。更に怪我でもしようものなら、洒落にもならない。

決して、彼彼女らの邪魔にはならないように。そこにも気を配りながら、ショコラはその中をひた走った。


しかし――…


『まあ……!』


ごちゃごちゃとした中を進んでいたはずなのに、その先に人の通れるような空間が出来て行く……。どうやら、騎士たちがわざわざ道を開けてくれているらしい。要するに、ショコラがそこにいるという事を分かって、危険が及ばないようにと避けてくれているようなのだ。これは嬉しい誤算である。

激しい戦いを繰り広げているにも拘わらず、周りの事がきちんと把握出来ているなんて凄い!これが陸上師団の上位騎士たちなのだな、とショコラは感動した。


「ありがとうございます‼」


お礼を言いながら、とにかく少しでも早く通り過ぎようと足を動かす。急いでその場からいなくなる事――。それがせめてもの恩返しである。


そんな騎士たちのおかげで、ショコラは無事にグラスのいる所まで辿り着いたのだった。


「――グラス様!!」


折を見てそう呼び掛けると、彼はこちらを見てギョッとした。


「…ショコラ⁉どうしてここに……⁇」


グラスが動揺するのも無理はない。普通に考えれば、彼女がこんな所へ来る道理など無いのだから……。

ショコラは彼に駆け寄り、手短に伝えた。


「実は、かくかくしかじかで……」

「か、かくかくしかじか…??」


彼の頭上に、いくつもの疑問符が浮かんでいるのが見える。不味い。

理由を話せば少し長くなってしまう。そんな暇は無いと思って、説明を飛ばしたのだが……それはどうも逆効果だったようだ。


「ええと……ですね、グラス様の近くにいた方がいいと思って、ここまで来ました!」


……うん、物凄く簡潔に言えば、そういう事だ。何も間違ってはいない。今のところは、これで納得しては貰えないだろうか……


「――…そうでしたか!分かりました!!」

「…えっ……」


ショコラは拍子抜けしてしまった。あんなふわふわとした説明で、グラスがやけにあっさりと受け入れてしまったからだ。……いや、時間が無いのだから、それでいいのだが……。

疑問を感じていたにしては、あまりにも安易に受け入れ過ぎではないだろうか。しかも、爛々と目を輝かせて――…。


「あ、あの、グラス様…」

「ここは、本当に危険ですからね。決して側を離れないように!私の前に出てはいけませんよ?」


前を向き、クグロフの方に剣を向けながら彼は言う。その後ろに隠れるようにしながら、ショコラは返事をした。


「はいっ!――邪魔にならないようにしますから、私の事はお気になさらずに。」


無論、危険は承知で来ている。グラスのお荷物になるつもりは、毛頭無いのだ。今まで通り、いないものとして戦ってくれて構わない――。そういう意味だった。


「……いいえ。ここへ来た以上、私は貴女のために戦いましょう。誰一人として、指一本触れさせません。ご安心を!」

「……⁇」


彼の負担にはならないようにしよう、と思っていたのだが……。グラスは、自ら進んで余計な縛りを掛けてしまったではないか。しかも、なぜか自分のために戦う事になっている??何だか申し訳ないな、とショコラは思った。

なのに彼は、困ったり気負うどころか、むしろ楽しそうですらある。というか、意気込んでいる?……そこだけが、さっきから彼女にとっては色々と謎だった。


――それもそのはず。

グラスの近くにいた方がいい、と言ったショコラの言葉が、彼にとっては全てだったのだ。


こんな時にも拘わらず、彼女が自分の側に()()()と言っている……(そんな事は言っていない)。

彼は、その事にいたく感激していた。つまりは、舞い上がっているのである。


「そうとなれば、ヴァンルージュ!さっさと決着を付けようではないか‼」


剣を構えたグラスは、威勢よく啖呵を切った。すると、少し距離を取った正面にいたクグロフが、突然噴き出すではないか。


「…ブハッ!」

「⁉何が可笑しい!」

「……いや、だってよォ……。テメー、そりゃ……」


腹を抱えながら、奴は答える。


「呆気なくやられる雑魚の台詞じゃねーか。」

「た、確かに……!」


思わずショコラも同意してしまった。それからすぐ、ハッと気付いて口を押さえたが、もう遅かった。


「ショ…ショコラ??」 


振り返ったグラスは、衝撃を受けたような顔をしている……。それを見たクグロフは、更にゲラゲラと笑っていた。


「ぶアッハハハ!!ショコラもそう思うってよ‼」

「違います、違います!そういう意味ではなくて……」


ショコラは必死に弁明しようとする。本当に、今の同意に他意はなかったのだ。

――『さっさと決着を付けよう』――…。確かにその台詞は、物語なんかだと、負ける方の人物がよく言っていそうだなと思っただけで……。


「グラス様が弱いだなんて、全く思っていませんよ!?」

「よわい!?!」


上手く繕おうとしたのに、逆に引き裂いてしまったようである。よっぽど精神的に深手となったのか、グラスは真っ白くなって固まってしまった。……いや、砂になって、今にも崩れてしまいそうな……。


「グ、グラス様!しっかりーー!!」


彼はクグロフではなく、ショコラによって倒される寸前ではないか。邪魔をしないどころか、とどめを刺してしまいそうである。まさか、こんな事になろうとは……。思いもしていなかった。


「――…さぁて。」


一通り笑い尽くすと、今度はクグロフがこちらに向かって剣を突き出した。


「んじゃーそろそろ、その決着とやらを付けるとするか。このままお笑いやってる場合じゃねぇしな。」


未だ衝撃の中にいるグラスに対し、彼には余裕が感じられる。これでは、本当に負けてしまいそうな雰囲気だ。

焦りを募らせるショコラに、クグロフは語り掛ける。


「ショコラ。お前を殺すつもりはねえから、安心しな。ただ、妙な事は考えんなよ?巻き添え食って死ぬ事になる。そうならねーように、下がっとけ。」


……とはいえ。巻き添えを食う間もなく、今のグラスは、一撃で仕留められそうなほどに脆い状態だ。これまで互角にやり合って来たというのに、最後は一瞬で片が付くかもしれない――。


『なァんだ。結局はこいつも、詰まんねえ奴だったってわけか。』


もう少し、楽しませてくれるかと思ったのに……。クグロフは残念そうに、一つ溜め息を吐いた。

だからといって、手加減などしてやるつもりは無い。否。だからこそ、一思いにやってやる。


そうして、剣を振りかざした。


「グラス様!グラス様!!」


ぼんやりとしているグラスに、ショコラは懸命に呼び掛ける。その体を揺さぶってみたりもして……。だが、反応は無い。


「本当に、しっかりしてください‼このままじゃ――」

「退け、ショコラ!!」


ハッとして前を向くと、剣を持ったクグロフがすぐそこまで来ている。彼女は選択を迫られた。

グラスから離れ、自分の命を守るか。グラスを庇い、彼の盾になるか――。


『どうしよう、どうしたら……!』


いい案は、何も考え付かない。その間にも、無情に時は流れる。

ああ、ここへ来る事にした事自体が、やはり間違いだったのか……。自分がここに来なければ、少なくともこんな事になってはいなかった。確実に。グラスはきっと、思う存分戦えていたはずだろう。

けれど、今更後悔したところで、後の祭りというものだ。


「……ごめんなさい、グラス様!私、余計な事を…」


ショコラは彼に抱き付き、最期の詫びを口走った。その時である。


大きな鈍い金属音――。

それが、自分のすぐ耳元で響いた。


「貴女が謝る必要はありません。」


気付くと、グラスの剣がクグロフの刃を弾いていたのだった。

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