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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
四章 当主

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560.弱いので、

怒りを燃料にしながらも、モハマは我を忘れなかったようだ。息を整え、二人の騎士をどう攻略しようかと冷静に思案する。そして二本の得物でもって、シャンティとソルベに襲い掛かった。

薬のせいか、その素質によるものか。モハマの動きは、非常に切れがいい。上位の騎士を二人同時に相手にしても、全く遜色が無かった。つまり――


逆の立場からすれば、二人掛かりで相手をしているのに、シャンティたちは少しも楽に戦えはしないという事だ。


「はぁあぁぁー……水を得た魚のようになりおって…………」


遠くからその様子を見守っていたフランは、膝からガクリと崩れ落ちる。

親の心、子知らず。特にシャンティは、大怪我すれすれのゾクゾクとした感覚を、楽しんでさえいるような節すらあった。そりゃあ、膝から崩れ落ちもするだろう。呆然と彼女らを見詰める彼の声は、腹から出てはいなかった。


……これが、等価交換というものなのだろうか。馬鹿息子が家を出たので養子を迎えたら、その子がまた馬鹿だったとは……。中身を上位互換、とは行かなかったらしい。そう旨い話は無い、という事か。

そんな事を、フランはぼんやりと考えていた。


「こ……侯爵様、お、お気を落とさずに(?)!」


近くで共に見守っていたショコラが、フランを励ます。それに、ガレットデロワも同調をした。


「そうだぞ、侯爵!こうなっては、もう腹を括るしかなかろう。」

「……もしもの場合、首を括る事になるやもしれません……」

「全然上手い事を言えておらぬぞ⁉おい陸師団長、しっかりせぬか!」


何が、彼をそこまで絶望させるのか……。聞いた話では、シャンティの夫は花屋を営む心優しい青年だという事なのに。謎である。

きっと、他人には想像出来ない事情でもあるのだろう。


「侯爵様!シャンティ様にもしもの事なんて、ありませんわ!!ソルベ様も、共に戦っておられるのですもの。必ずご無事でやり遂げてくださいます――…」


元気付けようと、更にショコラがそう言った時。彼女の目の端に、ふととある場所が入った。

ここが戦場になったばかりの頃、フランがやって来た場所――厩舎に続く渡り廊下の、出入り口である。そこに、何か違和感のような……嫌な気配を感じたのだ。

それが何なのかを見極めるため、じっと見詰める…間もなくその正体に気付き、焦った。


「――っ侯爵様‼あれ!!」


そう言うと共に、ショコラはその出入り口に向かって指を差す。その只ならぬ声に、フランだけでなくガレットデロワもそちらへと目をやった。

薄暗い渡り廊下の出入り口から――…

数人の、外套姿の人物が現れたではないか!!


「‼あれは…、さっき私が相手をして来た奴らか!?」


厩舎前に出た所で待ち伏せを食らい、足止めをしたつもりが逆に足止めをされる事になった、クグロフの手下たち数人――。あれは紛れもなくそうだ、とフランは思った。


「なに!?侯爵、倒して来たのではなかったのか??」

「ええ、陛下……。確かに、奴らを縛り上げて来たはずだったのですが……」


“倒す”と言っても、殺したわけではない。あくまでも、“捕縛した”という意味だ。そしてそれは、間違いなく実行された。いくら現場から離れて久しいと言っても、自分が甘い処理をする事など絶対に無い。

だから、敵があんな元気一杯に走って来るなんて事は――


「もしかして……彼らも、あの薬を服用したのではないでしょうか⁇」

「あぁ、あれか……!!」


フランは片手で顔を覆った。

奴らは恐らく薬を使って体力を回復させ、縄抜けでもして来たのだろう。全く、厄介な物を持っていたものだ……。


「陛下、公爵!お下がりください‼」


素早く頭を切り替えるとシャッと鞘から剣を抜き、彼はショコラたちの前に出た。

あの外套姿たちは、真っ直ぐこちらに向かって走って来ている。十中八九、狙いは国王だ。この訓練場の光景を見て、自分たちが今何をすべきかと判断したのだろう。


「…チッ!あれだけ痛め付けてやったというのに、振り出しか……。ままならんな‼」


ただ待ち受けるだけでなく、フランは自分の方からも打って出る。迫り来る数人を相手に、たったの一人で立ち向かった。

彼が大柄な分、その剣も大きいようだ。類まれな腕力で一振りすると、複数人が飛ばされた。しかし、向こうは不正に力を増強させている。そのくらいでは、到底倒れてまではくれなかった。

すぐに体勢を立て直し、それぞれの得物で次々に掛かって来る。フランはそれを残らず相手した。

何せ、()()でも逃したら終わりだ。すぐそこには、奴らの標的である国王がいる。大将でもその側近でもない、名もなき伏兵にやられては洒落にもならない……。そして、そういう呆気ない幕切れというのが、現実には多かったりもするのだ。


「陛下、こちらへ。少し下がりましょう。」

「そうだな、公爵……」


この訓練場に、もはや安全地帯は無い。ガレットデロワを庇いながら、ショコラはフランたちの側から離れた場所に移動した。いざとなれば、臣下として自分が肉壁になろう。そう思いながら……。


「くっ……ずいぶんと、年寄りをこき使ってくれるものだな!お前さんたちは、年長者に対しての遠慮というものを知らんのか⁉少しは手加減してくれてもいいのだぞ‼」


戦いながら、フランは敵に不満をぶつける。

よく考えてみれば、不合理ではないか。主戦場にいる現役の部下たちは、一対一や二などで戦っているというのに……。なぜ一線を退いた団長が、一人で複数人と戦わなければならない?しかもこちらは、倍くらいの年齢だぞ??

敵は敵で、当たり前だが容赦なく攻撃を仕掛けて来る。こいつらも、漏れなく若い連中であるのは間違いない。(ずる)なら、こちらがしたっていいくらいではないか。

考えれば考えるほど、理不尽だ!!


「――…ジジイを舐めるなよ、小僧どもがあッ!!」


一層大きく力強く、フランは剣を振る。右の敵へ、左の敵へ……。向こうの攻撃はやはり、さっきよりも力が増している。防御するのも一苦労だ。一度に繰り出されるいくつもの得物の切っ先を弾き、こちらからも斬り掛かる――。その神経と体力は、確実に削られて行った。

そうなれば、やはりどうしても隙が生まれてしまうものである。


「あっ……しまった!!」


ある時その隙を突き、手の離せないフランのところから、敵の一人が飛び出した。それは当然その命を狙い、国王のもとへ駆ける。

ショコラは背中にガレットデロワを隠し、両腕を広げその前に立ち塞がった。


「陛下……公爵ーー!!」


動きを止められているフランは、その場から叫ぶ。だがそれも空しく、敵の得物は無情にもショコラの前に突き出される。もう終わりだ――と思った、その時。


ガキン、と音がして、すんでのところで刃物が弾かれた。


「ルヴァン!!」


国王の前に立ち塞がるショコラの前に現れた、もう一枚の壁。それはもちろん、彼女の警護をする少年だった。


「……あーあ。あのオジサン、一人であの人数を相手にするとか、やっぱり無理なんじゃないか。」


彼は、ぶつくさと文句をこぼす。


「もう!そう思うのなら、最初から出て来てくれたらよかったのに。」

「はあ?何で??俺はあくまで、あんたを守るためだけにいるんだ。余計な仕事をする義理は無いね!」


そう言って、ルヴァンはフンと鼻を鳴らした。ショコラはやれやれと溜息を吐く。


「またそんな事を言って……二人で一緒に戦ってくれたら、私も安全になるでしょう?」

「あんたの側にいて、襲って来た奴を叩いた方が効率的だ。無駄な事はしない。」


こんな時だというのに、ああ言えばこう言う……。

しかし、彼の主張にも一理あるから、厄介だ。一瞬、最初に命令をしておけば……とも思ったが、同じ理屈で撥ね付けられていたかもしれない。


『けれど、やっぱり今の状態は良くないわ。このままだと……最悪、ルヴァンは陛下を犠牲にして、私の方を助ける可能性が高いもの……!』


それは不味い。途轍もなく、不味い事だ。


ショコラは訓練場の全体を見渡し、「うーん」と考えを巡らせた。

素人目に見た分析とはいえ、戦況は五分五分である。いや、こちらが勝てる見込みは十分にあるだろう。彼らが使った薬だって、どのくらい効果が続くかは分からない。……直前まで使わなかった、という事は……そんなに長くは持たない可能性が高いのではないだろうか?持久戦に持ち込めば、きっとこちらが有利なはずだ。


『そうなると、どうやって陛下をお守りするかだわ。今一番危険なのは、()()かもしれない。』


今、最も負荷が掛かっているのは、間違いなくフランである。彼は紛れもなく、誰よりもよくやっている。だが、完璧であり続けるのは難しい……。この先も、さっきのように敵を取りこぼす事があるだろう。それを責めるのは、酷というものだ。

でも、それが命取りとなり、全ての苦労を無にする事になりかねない――。


この場の様々な状況を加味し、ショコラは一つの答えを導き出した。


「――ルヴァン。貴方に、命令をします。」


フランたちの方までさっきの敵を押し戻し、少年がこちらをちらりと振り返る。


「命令?何?」

「ここでの戦闘が終了するまで、陛下の警護に就きなさい。」


すると驚いて、彼は完全にこちらを向いた。


「はあ!?そうしたら、あんたはどうするんだよ??」

「私は、グラス様のところへ行くわ!」

「はああ!?!あんな、戦場の真ん中に!?頭がおかしくなったのか??」


そう言って、ルヴァンは激しい戦闘の中を指差す。刃物が乱れ舞うあそこは、誰がどう見たって危険でしかなく、丸腰であの中に突っ込もうだなんて正気の沙汰とは思えなかった。彼女の言葉を聞いていたガレットデロワも、同じく驚いて唖然としている。


「心配しないで!大丈夫だから。だって、私――…()()()()!!」


ショコラは胸を張り、自身満々にそう言い放った。彼ら二人はポカンとして、一瞬時が止まってしまう……。

それから、ハッと我に返った。


「――いやいやいや、おかしいおかしい!やっぱり頭がヘンになってるぞ、お前‼落ち着け!!」

「落ち着くのは貴方よ、ルヴァン?」

「なんでだよ!!」


……確かに、傍目に見れば、青ざめて取り乱しているのはルヴァンの方だった。ショコラはと言えば全くもって冷静で、落ち着き払っている――…。

彼女は本気で、真面目にそれを言っていた。


「こ、公爵……。我々には、そなたの言っている事が、さっぱり分からぬのだ。きちんと説明をしてくれねば、彼も納得は出来まい……。」


なぜか、国王が間を取りなそうとしている。


「はい、陛下。」


彼女はにっこりと微笑んだ。そして、口を開く。


「――いいですか?今ここで最も命の危険に晒されているのは、陛下です。次に、騎士様方。そして貴方よ、ルヴァン。」


順々に、ショコラはその顔を見る。しかしルヴァンは、怪訝な顔をした。


「だから何でだよ!陛下が、っていうのは分かる。けど、その次はあんただろ⁇」


すると彼女は横に首を振った。


「いいえ。あの方々の立場に立って、考えてみて。彼らの目的は、陛下を害する事にあるでしょう。だから陛下はもちろんの事、その障害となる騎士様方も排除しなければならないわ。それに、邪魔をするなら貴方も……」


その相手が強ければ強いほど、徹底的に潰す必要がある。でなければ、自分たちが危険に晒されるからだ。


「でも、私をご覧なさい。武器も持っていないし、スカートは長くて、いかにも鈍臭そうだわ‼どこからどう見ても、危険な人物には見えない……言うなれば、雑魚ね!!」


……スカート云々ではなく、普通に鈍臭そうに見えるとルヴァンは思った。


「ううん、もっと下だわ。何も出来ない私は、路傍の石……。全て終わって疲れ果てても、簡単に蹴り飛ばせるような石ころ!――そんな人間を、わざわざ狙う意味があるかしら?やろうと思えばいつでも殺せるのに、今そうする必要はある??」


畳み掛けるように、ショコラは全力で己を卑下する。……何も、そこまで言わなくても……とも思うが、確かにその通りではあった。彼女に脅威は、一切感じない。これに倒される事があれば、恥ずかしくて死ねるだろう……。そのくらい、自他共に認める弱さなのである。


「私は“弱い”から、標的にする優先順位が最も低い……つまり、一番安全なのは私という事なのよ!!」


妙な説得力に、ルヴァンとガレットデロワはこくこくと首を縦に振らされた。

……しかし、言われてみればそうなのだ。ショコラを狙う暇があれば、一人でも多くの騎士を狩るか、国王の命を取りに行く。そうしてやるべき事をやった後、ようやく彼女に狙いを定めても遅くはない。自分が奴らなら、確実にそうする――…。ルヴァンは、そう思った。


「ねえルヴァン。もし私が無事でも、陛下にもしもの事があれば、結局この命で償うしかないのよ。臣下だけが生き残るなんて、許されないもの。そうしたら、今監獄にいるお父様も、同じく罰を受ける事になってしまう。だって、元々反逆罪で捕まったのだから。ほらやっぱり、と判定されるわ。」


――その話には、やや飛躍があるだろう、と国王は思った。恐らくは、彼女もその事を分かっているはずだ。分かっていながら、するというのは……


「……ガナシュ様が、罰を……⁉」


少年は、深刻な顔をしている。


「分かった。国王を守れば、いいんだな?その命令、従ってやるよ。」

「ええ、いい子ね。お父様にもそう報告してあげる。それじゃあ、お願いね!」


そう言うと、ショコラは戦場に向かって走り出した。


「おい!いくら標的にされないって言っても、気を付けろよ!!」

「分かっているわ!」


手を振る彼女を、ルヴァンとガレットデロワは見送った。

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