559.対称的な二組なので、
クグロフたちの一派は、完全に勢いを取り戻してしまった。戦場と化した騎士団の訓練場は、どこを見てもその戦いが激しさを増している。
「危ないところでしたな、陛下。」
戦闘の外側でその行方を見守っていたフランが、側にいるガレットデロワにそう声を掛けた。彼はこくりと頷く。
今し方、クグロフの側近であるギモーヴが、明らかにこちらへ向かって走って来ているのが見えていた。それを、近衛のヴァシュランとエウロギアが防いでくれたのだ。
「ですが、シードル侯爵様が狙われているようですわ。大丈夫でしょうか……」
同じくそこにいたショコラが、心配そうに口を挟む。ヴァシュランたちは暫しの口論をした後、戦闘に入ったのだが――。先に動き出したギモーヴは、エウロギアの方には目もくれず、ヴァシュランに向かって突っ込み剣を振り下ろしたのだ。
一人で騎士二人を相手にする事になった奴は、差し当たっての標的を、手負いの彼の方に定めたらしい。
「そうですなァ……。あやつも、いち騎士団の団長です。そう簡単にやられんとは思いますが……」
フランがそれに答えた時、周りの金属音に混じって、ヴァシュランの剣が攻撃を受け止める音が響いた。見守っていた一同は、一先ず胸を撫で下ろす。
……そう簡単にやられるようなたまではないとは思うが、元々手負いという不利な立場にある。しかも相手は、妙な薬を使って狡までしているのだ。胸を張って大丈夫だとは、言えない……。フランはその言葉を吐かずに吞み込むと、新しく口を開いた。
「…あの若いのは、ずいぶんとあれに心酔しているようですからね。団長が潰されれば戦意喪失し、自滅してくれる可能性が高いとでも踏んだのでしょう。それで、まずはシードルの方を確実に叩こうと。全く、卑怯な連中の考えそうな事だ!」
ギモーヴはついさっきまで、仲間のモハマと共にエウロギア(とソルベ)の相手をしていた。その中で、彼の実力は測り終えているのだろう。その結果、「弱い」とまでは言わないが……恐れるようなものではないと判断したに違いない。邪魔をして来たとしても、適当にあしらってやればいい。その程度であると。
「……ふむ。なるほどな。今のヴァシュランには楽に勝てそうだと、奴はそう考えているわけか……。」
彼らの様子を見詰めながら、ガレットデロワはぼそりと呟くように言った。その顔には、薄く笑みを浮かべているのだが――。その笑みが怒りを含んでいるように、ショコラには映った。
「――…陛下?」
彼女は、思わず声を掛ける。すると彼はハッとするわけでもなく、ちらりとショコラの方を見て、再びヴァシュランたちの方へと視線を戻した。
「先ほどのあやつらの会話、聞こえておったか?」
「……はい。」
そう答えた彼女は、下ろしている手の先でギュッと拳を握った。
ギモーヴは、最初に戦っていた場所よりはかなりショコラたちの近くまで来た所で、足止めを食らっている。それでも彼女たちからは少し遠かったのだが、大きな声で怒鳴り合うようにしていた会話は、きちんとここまで聞こえていた。――それで、彼が父と外交部の部員を嵌めたという事が、はっきりとしたのだ。個人的に、思うところもある。
それはともかくとして。
「確かに、ヴァシュランにも奴を侮っていたところがあったのは、否めまい。がしかし。あの男――…ギモーヴと言ったか。あれも、ヴァシュランの事を舐めておるようではないか。人の内心を分かった気でいる催眠使いが、聞いて呆れるわ。」
そう言ったガレットデロワは前方に向かって、今度は冷ややかな笑みを浮かべている。その視線の先を追って、ショコラも前を向いた。
「舐めている……」
今、目の前に広がっている光景。ギモーヴの実力がいかがなものかは知らないが、素人目ではどう贔屓目に見ても、あちらに分があるようにしか思えない。だってヴァシュランは……彼ら風に言うならば『死に損ないのボロ雑巾』で、一矢報いる事が出来たとしても、勝てそうには見えない状態だからだ。
戦えているだけで奇跡――。そんな風に思える。
「公爵よ。あれは、自尊心の塊のような男だ。それが、一介の騎士と共闘しようと決めたのだぞ。これがどういう意味か、分かるか?」
「……いいえ。」
ショコラはふるふると首を横に振った。
……そういえば。ヴァシュランとは、これまであまり縁が無かった。もちろん、普段王宮内ではよく顔を合わせるのだが……。近衛師団の騎士自体が、今回エウロギアと共に旅をした事で、初めて深く関わり合ったくらいである。
「はは。であろうな。――…いつものあやつなら、一人で十分だと気負っていたであろうよ。もしくは、同格としか組む気など無かったはず。部下の手を借りなければならないなどと……本来であれば、屈辱とも言える事態だ。それを、躊躇いなく選んだヴァシュランの覚悟を、あの男は分かっておらぬ。」
頭の固い彼にとって、それがどれだけ画期的な事か――。あのギモーヴは、知らない。
だが、互いに幼い頃から知った間柄であるガレットデロワには、分かるのだ。
今のヴァシュランは、恥も外聞も捨てている。常日頃は何より誇りにしている「団長」の肩書だって、勝利の役に立たないならと、犬にでも喰わせてしまったかのようではないか。今あそこに立っているのは、ただのいち騎士。
そんな姿は、この自分でさえ初めて見る。
「どんなに無様な鼠になろうとも、猫に噛み付く――。あやつは今、そういう状態なのだ。」
迷いなく、ガレットデロワはそう言い切った。その顔は、自分の事ではないのに自信に満ちている。
「――陛下は、侯爵様の事を信じておられるのですね。」
「まあ、な。古くからのよしみというやつだ!」
晴れやかに二ッと笑い、彼は答えた。
「ならば、心配無用という事のようですぞ、公爵。シードルへの理解に関しては、陛下の右に出る者などおりませんからな。それよりも……」
国王の話を裏打ちするように、フランは言葉を添えたのだが……。その内容とは、真逆の表情をする。
そして彼は別の方向へと、目をやった。その先にいたのは――…。
「ソルベ様たちが、どうかしましたか??」
きょとんとしながら、ショコラは尋ねた。
そこで戦っているのは、敵であるモハマの他に、もう一人いる。ヴァシュランと同じく急遽助太刀に入る事になった、シャンティだ。
「ソルベの方はいい‼問題なのは、シャンティの方ですよ!」
……“ソルベの方はいい”とは、酷いな……。と、ショコラは思った。だが、そこは『信用があるから』という事にしておこう。
「どうして、シャンティ様が問題なのですか⁇あの方も、お強かったと思うのですが……」
だからこそグゼレス侯爵家の養子に入る事が出来たのだし、現在ソルベに次ぐ第三位にいるはずなのに……。
「いえね、彼女を我が家に入れる際、あれの夫との約束がありましてな……。」
「約束??」
「ええ……」
――当時シャンティには平民だった恋人がいて、結婚した後は陸上師団を辞めて故郷に帰るはずだった。そこを、実力を買ったグゼレス家が無理を言って、養子にと望んで引き留めたのである。
その時、その恋人……今の夫に、一つ条件を付けられたのだ。
「――…では、彼女を前線に立たせない事。これを守って頂けるのなら……」
彼女を養子にしようと考えた中に、その能力の高さがあった事は間違いない。何せ、グラスがいなくなった穴を埋める役目でもあるのだから。
しかし、陸師を率いるグゼレスの役割とは、それだけではないのである。
「なぁに、それならば心配は要らん‼我が家の娘になるという事は、王宮勤務!本部での雑務が主な仕事だ!!危険な任務には出さんから、安心するといい。しかも破格の出世だぞ⁉君も王都でいい暮らしが出来るようになる‼」
はっはっは――と、景気よく笑って太鼓判を押した。……あの時は、まさかこんな事になるとは……いや。
今回の件が起こり、ショコラたちを再度ノーテンラントクルフト帝国へ送った後にも、夢にすら思いはしていなかった。この王宮は、最も安全な場所だったはずなのだ。
――なのに。何故に義娘は、あんな最も危険な場所にいる??
意味が分からない。
「そ……それで、シャンティ様の夫君は、今どちらに……??」
「……他の平民らと同じように、隣のフェゴタへ避難させております。ここに残っていても、まともな生活など出来んでしょうからな……」
ガトーラルコール王国の騎士団で最も大きな陸上師団の団長が、青くなって滝のような冷や汗を流している。……とりあえず、この事態が今すぐにばれる事はない。だから……
「おおい、シャンティ!!頼むから、怪我なぞしてはくれるなよ!!お義父様とのお約束だぞーーお!!!!」
彼は、声の限りに叫んだ。心の叫びである。そしてそれは、義娘の耳に届いた。
「……ちょ、ちょっと、義姉上……。父上が、何か言ってますけど……」
“…の方はいい”のソルベの方が、その声に反応して赤くなった。あんなに大声を出して、恥ずかしい……。この状況、父親参観そのものである。
「あぁ。怪我くらい、いつもの事なのにねえ?…可笑しな団長!」
けらけらと笑いながら、シャンティは軽い調子で返す。こちらはこちらで、緊張感が無い。
「いや、そういう話じゃないですよ、たぶん‼ほら、あの……義兄上の出した条件!あれの事を言っているのでは⁉」
そんな会話をしている最中にも、両手に得物を持ったモハマが、彼ら二人に攻撃を繰り出している。ソルベもシャンティもそれを上手くかわしながら、話を続けた。
「――…うちの人が出した、条件……」
モハマの切っ先をすんでのところで弾き、シャンティは真面目な表情をする。が、それも一瞬の事だった。
「って、何でしたっけ??」
「ちょっとォ!!絶対覚えてますよね!?こんな時にまで、おふざけはやめてくださいよ!」
ぺろりと舌を出して言う彼女に、ソルベは思わず声を荒らげる。この人は、どうしてこの状況でもこんな感じなのか、と……。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。滅多にない、義姉弟での共闘ですよ??」
「……しょっちゅうあったら、困るんですけど……」
まだ物言いたげな目で義姉を見ながら、彼もモハマの攻撃を弾き返した。
「いやー、正直ね?ここのところ、ずぅっと本部で雑務ばっかりしてたじゃないですか。もういい加減、体が鈍ってしょうがなかったんですよねえ。同じ騎士なら分かるでしょう?この感じ!」
「……まあ――…。」
その言葉に、ソルベは妙に納得させられた。……とどのつまり、騎士なんて体力馬鹿の集まりである。そこに男女の違いなんて無い。適度に発散しなければ、何かが爆発しそうになる生き物だ。
もっと歳を重ねれば別なのかもしれないが、活きの良い若い時分で、椅子に縛り付けられ書類と睨めっこ??そんな事が出来ようか。――否であると、即答しよう。
「ねっ⁇それに、さっきまでは多勢に無勢で、一方的にやられ…」
「……おい……」
義姉弟の会話に、ゆらりと重たい声が割り込んだ。二人は、その声の方を見る。
「アタシを無視して、楽しくお喋りか?いい気なもんだねえ……。」
さっきのソルベよりもじっとりとした目付きで、モハマがこちらを睨んでいた。当たり前の事だが、相当お怒りのご様子である。
とりあえずは刺激しないよう、ソルベは穏やかに返す。
「無視は、していませんよ?」
「どこがだい⁉アンタらが本気でやってない事くらい、誰にだって分かるんだよ‼」
「だったら、本気でやるしかないような攻撃でも、して来たらどうですー⁇」
彼はギョッとした。シャンティが口を挟んで来たのだ。しかも、相手の怒りの壺を的確に狙ったような言葉を選んで……。
「もしくは一旦、話をする時間をくれるとか……。合流してからその暇がなくて、相手をしながら話すしか、なかったんですよねえ。」
「あねうえぇーー!!」
せっかくの気遣いが……。余計な茶々を入れてくれたおかげで、台無しである。ソルベは頭を抱えた。刺激しないどころか、見開いたモハマの目が……、血走っているではないか。
「……ホントに、腹の立つ野郎どもだ……。いい度胸なのは、褒めてやろう。」
……あーあ。『お義父様とのお約束』空しく、義娘は敵を煽って行く流儀のようである。全く。相手も恐らく、まだ本気を出してはいないだろうというのに……。
「私は、野郎ではないですよ?言葉は正しく使ってくださいね。」
「義姉上ーー‼本当に、もうヤメテ……」
泣きそうになっている義弟を「まぁまぁまぁ」と宥めると、シャンティは真面目な顔をして剣を構えた。
「……さっき言いかけた話の続きですが。ここまでは一方的にやられていたので、全然気持ちよく戦えていなかったんですよね、私。だから今、思い切りやりたい気分なんです!」
今にも怒りに我を忘れそうになっているモハマとは対称的に、彼女は生き生きと楽しそうな顔をしている――。
ソルベは溜め息を吐くと、剣を構えた。
「……その話。改めてしてくれなくても、よかったです……。」
彼は思った。聞いて損をした、と。




