558.因縁の相手なので、
どうして、足止めを食らっているはずのこの騎士が、背後から自分を襲って来ているのか……。
ギモーヴはエウロギアの攻撃を防ぎながら、理解出来ないという驚きで目を見開いた。
今さっき、二人の騎士を押さえておくと言ってモハマが飛び出した。彼女も薬の恩恵を受けているし、その状態ならば尚更それが可能であるという事を、こちらは十分に承知している。――ことモハマの戦闘能力について、自分はそれを高く評価しているのだ。
だから、こんな事になっているのが、全く解せない。
エウロギアと剣をかち合わせたまま、ギモーヴはさっきの場所を見る。そして、その理由を知った。
彼女は今、二人の騎士を相手にしている。ただしその一人とはもちろん、今目の前にいるエウロギアの事ではない。そこには、彼の代わりに一人の女性騎士が……
ヴァシュランと共に戦線を離脱していたはずの、シャンティがいたのである。
『……ッ、どうやら、モハマの方が先に奇襲を受けたようだな……!』
想定外な敵の出現があった上、一時的にではあるが三人を相手にする形となり、そのせいで一人を取り逃がしてしまった……。それが、こちらを追撃して来たのだ。きっとそんなところだろう。
そのギモーヴの読みは、正しかった。
「団長‼あちらは、彼ら二人で対応するとの事です!私には、団長をお支えするようにと!」
「ああ、承知している!頼んだぞ、スーズ!!」
かち合わせていたのを離し、エウロギアは少し距離を取って改めてギモーヴに剣を向ける。そうして、この場に居合わせた数少ない近衛騎士による、包囲網のような状態が出来上がった。
――それは、もう一方でも同じ事。
「……チッ!余計な事しやがって……‼」
シャンティを前にしたモハマは、酷く顔を歪めた。……取り逃がした、あの若い男の騎士なら、もっと楽に倒せたはずだったのに……。面倒なのが戻って来た、と。
「わあ!その顔。やっぱり、こっちに来ておいて大正解~!」
煽るように、シャンティは笑顔で言う。この状況になったのは、図らずも――というわけではなく、図ったものだったからである。
戦闘の真っ只中からはほんの少し離れた場所で、ヴァシュランとシャンティはあの場面を目撃していた。そう、奴らが妙な薬を使う様子をだ。
「……これ、何だか不味そうですね……!」
満身創痍の彼を介抱するためその側にいたシャンティが、尋ねるようにして一人呟いた。
外側から見ていても、分かる。あれのせいで、こちらが優位だった戦況は、きっと変わってしまう――…。
グラスのところは、そのまま任せておいてもいいだろう。下手に手を貸すと、逆に邪魔になるだけなのは目に見えている。だが、他はそういうわけにも行かない。特に、クグロフの側近二人を相手にしている、ソルベとエウロギアのところ。あそこは、二人で何とか出来る状況を越えてしまうかも……‼
「――すみません、侯爵様。私は戦場へ戻ります。」
自分はもう、十分に休んだ。今すぐにでも、あの場所へ戻れる。
カチャリと腰に付けた剣へ手を掛けた彼女の顔は、すでに戦闘態勢に入っていた。加勢するため、いつでも飛び出せる状態だ。
「待て。私も行く。」
その言葉にギョッとして、前を向いていたシャンティは振り返った。
「何言ってるんですか⁉その体で……」
元々ボロボロだったものを、無理やり動かしていたのだ。もうとっくに限界を迎えている事は分かっている。立ち続けている事すら困難で、選手交代してからは、ずっと地べたに座ったままだったではないか。
「薬ならば、私も使っている。……奴らのような、いかさまな物ではないがな。痛み止めの効果は、まだ続いているようだ。もうしばらくは動ける。」
そう言って、ヴァシュランはゆっくりと立ち上がる。その途中、一瞬フラッとよろけたのでひやりとしたが……彼は、己の足でしっかりと大地を踏み締めた。
「動けるだけでは駄目なんですよ?戦えるんですか⁇」
「失敬な!無論だ。私を誰だと思っている。」
「――…近衛の団長様でしたね。」
やれやれ、とシャンティは一つ息を吐いた。
ヴァシュランという男は、頑固者だ。よく知った間柄ではなくとも、そのくらいは知っている。だから、止めても無駄だという事も……。
「分かりました。では、こうしましょう。側近のあの二人。まとまった状態では厄介なので、引き離します。そして、それぞれ一人を二人掛かりで制圧。卑怯なやり方だと言うのは、無しですよ?」
「もちろん心得ている。先に卑怯を持ち出したのは、奴らだからな。それでおあいこというものだ。」
何だ、意外と話せるではないか、と彼女は思った。
「女の方が戦闘に長けています。あれは、私とグゼレス子爵で引き受けましょう。侯爵様の方には、あの近衛騎士を向かわせます。お二人で、男の方を。」
「了解した。」
「では、お互いの健闘を祈って……」
「ああ、行こう!!」
――そうして、二人は再び戦闘の中に突入したのだが……
こちらからわざわざ引き離さなさなくとも、モハマとギモーヴは二手に分かれた。それは少々想定外の事態ではあったが、全く問題にはならない。むしろ手間が省けて有難いくらいだ。
ヴァシュランは目指す場所をギモーヴの進行方向へと変え、奴の行く手を遮った。あれはどうやら、またしても国王の命を狙っていたようだ。ならば、尚更やる気は湧いて来る。それに――…
こうやって、実戦で部下と共闘する日が来ようとは……。考えもしていなかった。何とも感慨深い。ヴァシュランは、しみじみとそう思っていた。
しかし、今はそうやって感傷に浸っている場合ではない。
この男の方へ来る事になったのは、力量による判断からだった。だがこちらに割り振られた事は、本望だったと彼は思っている。それは決して強がりだとか、そういう次元の話ではない。
……近衛師団団長として、この男には問い質さなければならない事があったから、である。
「――…貴様……“ギモーヴ”と、言ったか?」
剣先を奴に向けたまま、ヴァシュランは尋ねる。ギモーヴは、険しい顔でこちらを睨み付けていた。
「……ええ、そうですが。それが何か?」
「“ギモーヴ”というのは、取り潰されたデュボネ伯爵家の当主の名だったな。つまり貴様が、その末裔という事か。」
ギモーヴは、「ハア―」と長い息を吐く。
「知っていて聞くのは、何のつもりです?……ああ、お得意の尋問ですかね。」
「余計な事はいい。聞かれた事にだけ、答えろ。」
「そうだと、言っているでしょう。」
すぐ側では、他の騎士たちや一派の連中が死闘を繰り広げている。騒々しいその中で、彼らの間に流れる空気は、ぴんと張り詰めていた。
「――では聞こう。今から少し前、この晩秋の頃の事だ。……貴様が……貴様が、外交部部員を操ったのか?」
それは、この事態の幕開けとなった事件――。現公爵であるショコラの、父親。当時の外交部公爵だった、ガナシュを投獄する事になった件についてだ。
彼のいち部下であった男爵が、上司の罪を告発して自決するという衝撃的な事件。どんなに調べても他者が介入した事実は見付からず、残された証拠は全て、その内容が真実であるという事を示していた。それもそのはず。ガナシュを告発する文書の作成と自決は、男爵が自ら行った事だったからだ。――ただし。
男爵の意思は、そこには無かった。つまり彼は、操られていたという事である。
そして、それを操っていた張本人。それが――…
『……今、目の前にいるこの男……。“ギモーヴ”だ……!!』
近衛師団はまんまと騙され、無実の人間を投獄する事になってしまった。人を操ってあんな事を起こせるなどと、想像する事さえ出来なかったとはいえ……。悔やんでも悔み切れない。
「どうなんだ?答えなさい。」
込み上げる衝動を抑え、ヴァシュランは静かに問い質した。ギモーヴは、気怠そうに溜息を吐く。
「……外交部部員……?ああ。そういえば、そんな事もしましたか。あれは……確か中年の男でしたが、とても純粋で助かりましたよ。実に楽な仕事でしたね。あれほど催眠を掛けやすい人間には、初めて会った!」
はははと笑いながら、奴は軽く答える。ひと一人の命が失われ、一人のひとの人生が狂わされたというのに、まるで遊びの話でもしているかのように……。
すると、震える声で反論が聞こえて来た。
「……お前……!そのせいで、ガナシュ卿を誤認逮捕する事になったのだぞ⁉それが判明しても、確かな証拠が無い以上、簡単に牢から出す事も出来ず……。滅茶苦茶じゃないか!どうしてくれるんだ!!」
義憤に駆られたエウロギアが、目を血走らせて叫ぶ。するとギモーヴは彼の方を見て、ふっと笑った。
「知った事ではありませんね。大体、事実誤認をしたのは、あなた方でしょう?自分たちの過ちを棚に上げ、私だけを責め立てるというのは……。それが、近衛師団の正義とやらなのですか??」
グッと、エウロギアは言葉を詰まらせた。奴の言う事はもっともだ。それが分かっているからこそ、余計にギモーヴのした事が憎らしい。
「…よくもそんな事が言えたな!!ガナシュ卿の事はそうだったとしても、お前が男爵を死に追いやった事に間違いはないではないか‼それを、知った事ではないだと!?」
「おや、今は当時の外交部公爵の話だったでしょう?男爵の件は、それこそ関係ないではありませんか。」
「私は‼罪についての話をしているんだッ!!」
一度は言葉を詰まらせたエウロギアだったが、気付くと更に興奮した状態になっている。これは良くない流れだ、とヴァシュランは思った。
……専門家ではないのでそうだとは言い切れないが、これはきっとギモーヴの調子に乗せられた状態なのだ。あの男は、人を操る事に長けた人間。このままでは、恐らく不味い事になる。
「それに――…君の話は一見すると、前の外交部公爵や男爵を思い遣っているように聞こえるが……。その実は、近衛師団の威信を守りたいだけ。そう思えるのですけれどね。違いますか?」
「なっ……」
これ以上は、本当に駄目だ。ヴァシュランは急いで口を挟む。
「スーズ!もういい。奴とはもう、言葉を交わすな!」
「しかし団長…」
「私の命令に従え、スーズ子爵!!」
びくりとして、エウロギアは口を閉じる。
……ヴァシュランという人間は、常日頃から厳しい人ではあったが……ここまで強く咎められたのは、初めての事だ。叱責されないよう、注意して生活して来たからという事もある。だからこそ、ハッと目が覚めた。
「あぁ、可哀想に……。すっかり委縮してしまったようではありませんか。脅迫まがいの言動だなんて、近衛の団長失格なのでは?」
「黙れ外道!」
ヴァシュランは、一言でぴしゃりと切り捨てる。それから、エウロギアの方を向いた。
「これ以上の問答は必要ない。我らが捕らえるべきは、この男だ。その事実だけで十分。行くぞ。近衛の威信に懸け、必ず捕縛する‼」
「はっ、はいっ!!」
言質は取れたのだ。もう、間違えない。これで、心置きなく捕らえる事が出来る。
ヴァシュランとエウロギアは、共にギモーヴへと攻撃を仕掛けた。
催眠術を扱う事からも分かる通り、この男は主に裏で暗躍して来た人間なのだ。派手に暴れ回るのは、向こうの女の役目。
『……だからこそ、我々二人にも、十分勝機がある!!』
一対二が卑怯だなんて綺麗事、とっくに棄てている。何が何でも、どんな手を使ってでも、捕縛する!――その一心で、二人はほぼ同時にギモーヴへ向かって剣を振り下ろす。これならば逃れられまい。
やったと思った、その瞬間……
「‼ッ…」
「グゥッ」
ヴァシュランとエウロギアの剣は、共に弾かれた。後ろに飛ばされながら、『まさか』と彼らは思う。
あの一瞬の内に、奴は一人で二人分の攻撃を捌いてみせたのだ。
「……腹立たしい。実に、腹立たしい!」
ギモーヴが声を荒らげた。さっきまでと、空気感が変わっている……。
そう、ついさっきまでの奴の言動には、余裕があったのだ。こちらを手の平の上で転がしてやろうとでもいうような、余裕が。
しかし、今は――…
「お前たちは、私を見くびっているな?どうせ、大して戦えないとでも、思っているのだろう⁉」
「……!」
苛立ちを感じる。そして、見透かされているようだ。しかしそれは、催眠とは関係のない事のようである。
「所詮はいち師団の、団長の分際で……。この私に楯突こうとはいい度胸ではないか、シードル!」
「何を言っている!」
「分を弁えろと言っている!!」
奴は、更に声を張り上げた。
「……いいか、シードル。騎士団は、元は殿下のヴァンルージュを頂点とした、一つの組織だった。その総団長の右腕が、我がデュボネ伯爵家!お前たち師団は、その下だ!!」
「だから何だと言う!?よもや、上司に向かって敬意を示せなどと、言わないだろうな?貴様の家は、とうの昔に取り潰されたと言ったはずだ!貴様が上司だった事実は無いッ!!」
負けじと、ヴァシュランも返す。――だがギモーヴは、今度は笑い声を上げた。
「ククク……ははは!だから、私はお前たちよりも上だと、言っているではないか。……私が催眠だけに頼っていると思うなら、大間違いだ!」
……だからこそ、今でもクグロフの側近である事を認められている――。
「しかも、薬のおかげで体調はすこぶるいい。私を舐めた事、後悔するのだな。」
そう言ったギモーヴは、逆にヴァシュランたちへと攻撃を繰り出した。




