8 既成事実
どうぞよろしくお願いします。
保健室で応急手当てを受けたが、結局、大学の裏門の方に救急車を呼ぶことになった。朋佳と俺と朋佳の母と都が一緒に行くことになった。
俺は左手の甲から手首の方へ切り上げられ20cmほどの切り傷。
朋佳は右臀部に15cmほどの切り傷ができていたそうだ。
切りつけられたんだな。……刺されたのではなくて、本当によかった。
治療は消毒して縫合だ。
俺の方が治療が早く済んで廊下へ出ると都と朋佳の母がいた。
「本当に良かった。
最初、腰のあたりを刺されたのかとヒヤッとしたけど。
お尻の傷なら、川上が責任取れるでしょ」
都がそう言って、朋佳の母がほっとしたように、でもまだ顔色は良くないが……、微笑んだ。
俺は自分の左手を見た。
包帯で覆われている。
そして朋佳の母に向き合うと謝った。
「俺、いや、私を庇って朋佳さんは怪我を、申し訳ありません」
「いえ、悪いのは義弘さんです。
先生も朋佳も何も……。
それに……、朋佳は、謝られるよりは褒めてもらいたいんじゃないかしら。
大切な人を守ったんですもの。
でも……、なんで。
あの子は本当にトラブルによく巻き込まれて……、そういう運命なんでしょうかね……」
その時、治療が終わり、朋佳の母は呼ばれて治療室の中へ入って行った。
傷の位置が移動したりするのにむずかしい場所ということもあり、大事を取って今日は入院することになったそうだ。
病室に移動し、ベッドにうつ伏せで横になっている朋佳。
「お尻……。なんで、動いたり座ったりができないじゃん……。
しかも、お尻を怪我したなんて、笑い話じゃん」
朋佳は俺を見ると弱々しくも笑いを含んだ微笑みを浮かべた。
「川上先生、都さん。クラスのみんなに謝っておいて。
会計は典ちゃんに預けてあるから大丈夫と思うけど……」
「わかった! 典ちゃんによーくお礼を言っといてあげる。なにしろ命の恩人だもんね」
都がウインクして朋佳に答えてから、朋佳の母に目配せして「ちょっと話を……」と病室の外に連れ出した。俺と朋佳をふたりきりにしてくれた!?
俺はベッドの横の椅子に腰かけて朋佳の右手をそっと握った。
「助けてくれて、ありがとう。
でも、朋佳が傷つく方が、俺には、自分が傷つけられるより、何倍も何倍も、堪えた……」
「逆だね。前世と。
でも、私はもし、死んでても後悔はないかな。
川上先生を助けられたんだから。
前世では、私が殺してるし……。
でも、罪滅ぼしじゃなく、本当に愛している人を救えたのなら、後悔はないよ」
「ああ……、俺は……」
前世で俺は妹に自分を殺させた。
先に死ぬことでこの思いから逃げたんだ。
愛する者の死を見届けることから逃げた。
殺してもらったのに。
「私、死んでないってば!
もう、そんな顔しないでよ!
典ちゃんに感謝!
命の恩人がたくさんだよ。加藤先生に都さんに田中先生に教頭先生に西村先生と、警備員さん?
……川上先生の方が手で痛そう。
神経、手の方が敏感で痛みをより感じそうじゃない?」
朋佳が俺の左手を見て唇を嚙みしめた。
そんな朋佳がとても愛しくて、俺は握っている右手に力を込めた。
「大丈夫。痛み止めも貰ってる。
学院に戻って、報告や警察の対応もあるしな。
それから、朋佳のお尻の傷……、俺が責任をとるからな」
朋佳は恥ずかしそうに、でも顔を赤くして笑った。
「これが本当の合法的な『既成事実』ってやつ?」
俺達は笑った。
読んで下さり、ありがとうございます。




