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No Name's Trust  作者: 大道福丸
傭兵達の日常
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嵐の夜に……①

 古来より雲の中にそれは住んでいると言われていた。

 しかし、科学の進んだ現在においてこの話をすると、きっと大抵の人は下らない迷信だと一笑に付し、一部の人はそうだねと信じてもいないのに適当に話を合わせてくれるであろう。

 かくいうトモル・ラブザも彼らと同じであった。雲の中にそれはいないと、ただの伝承でしかないと信じていなかった。

 あの夜までは……。



「あなた達って本当にツイてないわね」

 フレンジーの作った非人道的兵器FKTシリーズとの戦いを終えた次の日の夜。グロウムのレストランで三人と一匹の話を聞いたメルヤミは心底呆れ返った。

 結構大きな声を出してしまったが問題ない。ここにいるのは店の者と彼女の関係者だけ、つまり貸し切りだから。

「否定したいですけど」

「さすがに無理やな」

「一切反論する言葉が思い当たらない」

 三人もメルヤミの言葉に同意を示し、苦笑しながら、そんな可哀想な自分を慰めるように目の前の豪勢な料理を口に放り込んだ。

「どうやったらお葬式がそんなことになるのか教えて欲しいわ」

「こっちも教えてあげたいですよ。で、二度とこんなことに巻き込まれないように対策を一緒に考えて欲しいです」

「対策も何も完全にあんたが背負っている宿命みたいなもんだから、どうにもならないんじゃない?」

「やっぱそうですかね」

「あれだったら最近借りた家に延々と引きこもってれば?」

「それなりの貯蓄があるんでやろうと思えばやれると思いますが……」

「……今の無し。あなたにはまだまだ手伝ってもらいたいことが山ほどあるんだから今から隠居してもらっちゃ困るのよ」

「自分勝手な……」

「そうよ、あたしは生粋のお嬢様だからね。だけど自分だけワガママ言うんじゃなく、人のワガママを聞いてやる度量もある。ラストダンサーだったかしら?ゼルベーニさんの愛機については任せておきなさい」

 メルヤミが後ろに控えているメイド達に目配せすると彼女達は深々とお辞儀した。

「武装を使えないようにして、このグロウムの美術館に飾れるようにするまでもう一日かかるわ。あれを持ち込んだあなた達も責任をもって残ってもらうわよ」

「それはもちろん」

「ワイらはええけど、そっちは大丈夫なんか?今、ここにいる時点でかなり予定が変わってしまってるけど。金持ちは色々と忙しいやろ」

「スケジュールに振り回されるのは二流の金持ち。超一流はスケジュールを振り回して周りを困らせるものよ。何も問題はない」

「はっ!さすがですなウレウディオスの跡取り娘さん」

「フッ……」

 ケントの賛辞兼嫌味を浴びながら、楽しげにメルヤミはドリンクを口に含み、失った喉の潤いを回復させた。

「何はともあれこれで本当の本当に今回の一件は一段落かな」

「お疲れ様トモル・ラブザ。たくさん食べて英気を養いなさい。またいつでも戦えるように」

「不吉なことを言わないでくださいよ……自分のこれまでの経緯を考えると洒落にならない」

 そう言いながら今までの経験から食える時に食っておこうと、トモルは分厚いステーキ肉を口にねじ込んだ。

「それでいいのよそれで。せっかくあたしがご馳走してあげてるんだから、たくさん食べなさい」

「ふぁい……」

「で、いつもは言われるまでもなく誰よりもこの料理の群れにはしゃいでいるあなたはどうしたのかしら、アピオン?」

 テーブルの上、妖精の身体のサイズに合わせて取り分けられた料理が並べられていたが、一向に減っていなかった。

「なんか静かやなと思ったら、具合悪いんか?」

「いや、体調はいいよ……いいはずなんだけど……」

 アピオンはそっと顔を上げて、天井を見つめた。

「なんか空気が重いっていうか、圧力を感じるっていうか……」

「圧力?」

 トモルは窓の外に目をやった。人通りの多い道に面した店の中からはグロウムの住民が往来するのがよく見えた。

「特に何にも変わりがないと思うけど」

「強いて言うなら、ちょっと空に雲が増えてきているかしら」

「予報やと今晩を含め、ここ一週間は晴れのはずだったはずやけど」

「天気予報など当てにならんさ。にわか雨でも降るんだろ」

「ならその気圧の変化の影響を受けてるってことかしら?ルツ族は色々と敏感だから」

「今まではそんなことなかったんですがね」

「今まではなくとも、これからもないとは限らない。敏感ならばこのグロウムという土地の何かを感じているのかもしれない。気圧の変化により、アピオンくんだけが感じ取れるようになった何かを」

「色々言われてもおれっちわかんない!」

「まぁ何にせよ早めにホテルに戻った方が良さそうね」

「雨に濡れてぼくらまで風邪を引いたらどうしようもないですからね」

「その料理はメイド達にタッパにでも詰めて部屋に運んでもらうわ。元気が出たら食べなさい」

「お嬢様ありがとう。顔に似合わず優しいんだよな……」

「トモル、相棒にもう少し礼儀というものを教えておきなさい」

「……はい」

 こうして食事会は早々にお開きになり、一向はそれぞれの部屋に戻り、眠りについた。

 本来ならばそのまま朝までぐっすりと眠れるはずだったのだが、その夜は……“それ”が来た夜は彼らに安眠することを許してくれなかった。

「トモル……」

「ん……」

「トモルってば!」

「ん……?もう食べられない……?」

「そんなベタな夢なんか見てねぇで早く!!」

「ふわぁ~!!うるさいな……」

 耳元でアピオンに声をかけられ、トモルは寝ぼけ眼を擦りながら上半身を起こした。

「どうしたの?もう朝?」

 そして横に置いてあるスマホを手に取り、現在の時間を確認すると深夜も深夜であった。

「まだこんな時間じゃないか……まったく……」

「おい!二度寝しようとするな!!」

 アピオンは半透明の羽を目にも止まらぬ速度で動かし、相棒の顔の横まで飛ぶと目を覚ませとペチペチ頬を叩いた。

「ッ!?わかったわかったって!?何があったの!?」

「外見ろよ!なんかヤバいことになってるぞ!!」

「外?」

 気だるげにベッドから降り、窓にかかったカーテンをどける。すると……。


ザアァァァァァァァァァッ!!ガタガタ……


「……え?」

 外では滝のように雨がどしゃ降り、暴風が吹き荒れて、がっちりと固定されているはずの窓を揺らしていた。

「なにこれ?」

「嵐だよ!見たらわかるだろ!つーか、こんだけうるせぇんだからおれっちに起こされる前に起きろよ!」

「ゼルベーニさんのあれこれの疲れが抜けてなかったから。あとウレウディオス御用達のここの防音設備はすごいよ。人間だったら外の音なんか全然気にならない。こんなホテルに泊まれるなんて幸せだねぼくら」

 トモルは薄く目を開け、遠くを見つめた。

「現実逃避してんじゃねぇよ!ほら!外に行け!」

「何で?こんな嵐の中で外に出るなんて危ないよ。普通にホテルで大人しくしてるべきでしょ」

「ただの嵐だったらな!」

「……なんだって?これ、ただの嵐じゃないの?」

「いくら天気予報が当てにならないつっても、晴れの予報からいきなりこんな嵐になるなんてあり得ないだろ!!」

「それはそうだけど……でも、だとしたら……」

「オリジンズだよ!!」

「!!?」

「こいつを起こしてるのはオリジンズだ!これのプレッシャーを受けて、おれっちは元気がなかったんだ!でも、あまりに力が強すぎて正確に認識できなかった……この野郎、とんでもなく強いぞ!!」

「オリジンズが嵐を……!」

 トモルは顔がくっつくほど窓に顔を寄せ、荒れに荒れている空を見上げる。

 そこには素人にもわかるくらい不気味で、おどろおどろしい巨大な暗雲が渦巻いていた。

「まさかあの中にオリジンズがいるっていうの?」

「色んな意味でドでかい奴がな……!」

「まさかまさかだけどアピオンはそれをぼくに倒しに行けって言ってるの?」

「それ以外どう聞こえたんだよ。バカかよ」

「バカはどっちだよ!天災じみたことを起こせるオリジンズになんて倒せるはずがないじゃないか!ぼくに死にに行けっていうの!?」

「じゃあこのまま黙って見ているだけか?」

「そうだよ!本物の嵐のように通り過ぎてくれるのを静かに待つだけ」

 トモルの言葉にアピオンはその小さな身体から発せられたとは思えないくそデカため息を「はぁ~」ついた。

「なんだよその態度……?」

「やっぱバカはお前だ。おれっちがたまたま移動中にこの街の上を通っただけの同胞に喧嘩売って来いって言うと思うか?」

「それは……」

「お前が起きる少し前に気づいて神経をこれでもかと研ぎ澄まして観察したところ、この上にいる奴は一切動いてねぇんだ」

「一切って一切?」

「微動だにしてない。明らかに意志を持ってこの上に滞在しているくさい。このまま奴が上に居続けたらこの街……沈むぜ」

「ッ!?」

 トモルは思わずゴクンと唾を飲んだ。

「だから悪いけどちょっとひとっ飛びして、退いてくれって言って来い」

「言って来いって話が通じる相手なの?そもそも人間の言葉が理解できるオリジンズなんて……」

「目の前にいるだろ」

「そうだった。大分混乱してるな」

「あの規模のことができるオリジンズならかなりの確率でおれっち並みの高い知性を持っている。まぁ、言葉を理解できても話し合いができる相手とは限らないが」

「その時は……」

 祈るように否定してくれと見つめるトモルの目の前でアピオンは力強く頷いた。

「やるしかない。ドラゴニック・ブレイズパニッシュメントで雲と雨ごと吹き飛ばすしか」

「それでも無理なら」

「このグロウムって街は今日か明日で最期だな」

「…………」

 悪寒が走った、背筋が凍った、逃げ出したい気分だった。

 だが、それでもトモル・ラブザが逃げることはない。なんだかんだで優しい彼は今にも失われそうな命から目を背けることはできなかったのだ。

「とりあえずケントさん達を起こして、今の話をもう一度してみよう。何か他にいいアイデアが出るかも」

「だといいけど……」

「出ないとしても、グロウムから住民を避難させるにはウレウディオス財団の協力が必要不可欠だ。とにかく……みんなを起こさないと」

 トモルは寝間着を脱ぎ、愛機である十字架を首にかけた。そして……。

「本当にツイてないなぼくは……!」

 自らに課せられた宿命を呪った。


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