弔いは盛大に② 最期の時
クレマはオブラートに包めば少し交通の便が悪いが、その分自然豊かで暮らすにはとてもいい場所、言葉を選ばなければ頭に“ド”が付く田舎と言っていい場所にある。
そこの中心、小高い丘の上にある教会がウルバノ・ゼルベーニの葬式の会場だ。
「あの教会か……」
喪服に身を包んだ三人と一匹の先頭を歩くジョゼットが葬儀会場を見上げて目を細める。あそこにたどり着いたらゼルベーニと本当に別れることになると思うと足取りが重かった。
「いい場所やな。偉大なる戦士を見送るにはこれ以上ないで」
一方、ケントは爽やかな風を全身に浴びながら、静かに覚悟を固めていた。
「たくさん人が来るかな?」
「この田舎かつ、傭兵なんて人によっては嫌悪全開になるようなことをずっとやってたジジイだからな。そんなに多くねぇんじゃねぇ」
トモルの問いにアピオンはぶっきらぼうに返す。オリジンズだからなのか、それとも元来の性格なのかメンバーで一番ドライに今回のことを受け止めているようだった。
「っていうかアピオンなら今の時点で何人来てるかわかるんじゃないの?」
「まぁな。教会周辺には今のところ……人間の指で数えきれるくらいの人数がいるかな」
「そんなもんかい。伝説の傭兵にしては寂しいな」
「まだ開始には早いから、もう少し増えるだろうさ」
「それでも三十人いくかどうかって感じですかね」
「豪快やが、変なところ謙虚で恥ずかしがり屋な部分があったからな。派手な式を嫌ったのかもしれんな」
「だとしたら私達よりも呼ぶべき人がいると思うんだが」
「ですよね。お世話になったし、お呼ばれしたことには感謝してますけど、正直たった一度仕事を一緒にしただけのぼくに話が来るなんて……」
「ワイもや。ワイ的には濃い時間やったが、あの人にとってはそんなもんでも」
「私も上司が言葉を交わすのを見ていただけ」
「なら、何で……」
「「「うーん……」」」
「あれじゃね?ちょうどいい付き合いの奴ら全員死んでたんだじゃね?で、お前らに白羽の矢が立った」
「アピオン……」
「その冗談は傭兵には笑えんわ……」
怪訝な顔で妖精を責めるような目線を送るトモルとケントの後ろでジョゼットもウンウンと頷いた。
「はっは!悪い悪い!この状況で不謹慎だったな」
「本当だよ」
「それに招待された傭兵はお前らだけじゃなさそうだし」
「え?」
「少なくとも似た雰囲気の奴が一人いるぜ。お前らと遜色ないオーラを醸し出している奴がよ」
そう言うと妖精は小さな顎をしゃくり上げ、皆の視線を誘導した。その先には教会の前で喪服を着込んだ男が二人話し込んでいた。
一人は小太りで喪服をパツンパツンと張らせた見るからに人の良さそうな男。
もう一人も喪服がはち切れそうになっていたがこちらは筋肉で。ジョゼットに劣らぬ優れた体格のワイルドでセクシーな男を体現したような壮年の髭の男が立っていた。一目でこちらが妖精の言ってる奴だと理解できた。
「ゼルベーニさんの知り合いだけあるわ。めっちゃ強いであいつ……」
「ええ……」
「強いに決まってるだろ。見覚えがないか?特にドキはわかるはずだ」
「え?あんな人知らん……あ!」
瞬間、ケントの脳内のデータベースからその男の若き日の顔と名前が弾き出された。
「まさか『ハインツ・ベルクヴァイン』か?」
「ベルクヴァインって傭兵戦争の……?」
「そや!ワイの憧れてるレナルド・マークスやゼルベーニさんと一緒にあの地獄を戦った」
「すげえ大物が出てきたな」
言葉とは裏腹に妖精はピンと来てないみたいで、声に感情は込もってなかった。
「挨拶に行こう」
「挨拶って……ワイ面識ないし」
「ぼくも」
「なら尚更挨拶して交友を深めておいた方がいいだろ。大丈夫、私は少し繋がりがある」
「そうなんか?」
「こちらも上司が話していたのを横で聞いていただけだがな」
昔を思い出して僅かに頬を緩めると、ジョゼットはベルクヴァインともう一人に近寄って行った。
「ん?」
「失礼します。ハインツ・ベルクヴァイン殿とお見受けしますが」
「そうだ。わたしがハインツ・ベルクヴァインその人だ……って、ちょっと偉そうかな」
「別にいいんじゃないですか、今は社長なんですし」
(あれ?意外と話し易そう?)
近寄り難い雰囲気を醸し出していたベルクヴァインだったが、そう言って部下と笑い合う姿は人の良さそうな好漢に見えて、トモル達の緊張感が少しだけ緩和された。
「私はジョゼット・アイメス。ヴラドレン・ルベンチェンコの部隊にいた者です。青と黒のソルダを集めた」
「あぁ!ルベンチェンコ殿の!そう言えばドレッドヘアーでわたしと同じくらい大柄なマッチョな男がいたな!覚えているよ!やたらと攻撃的な気配を漂わせていたから!」
「若気の至りです。忘れてください」
逞しさの権化のような男達は子供のように無邪気な笑顔を浮かべながらがっしりと握手した。
「で、彼らは君の今の仲間かね」
「はい」
「トモル・ラブザです」
「おれっちはアピオン!」
「ルツ族か。久しぶりに見たな。喪服まで着て、なんともかわいらしい」
「今日のためのメイド軍団の特注だぜ!!」
妖精は自慢気に空中でくるりとターンした。
「それで君が……」
「ケ、ケント・ドキっす。ベルクヴァインさんの活躍はめちゃくちゃ聞いています!!」
「わたしなんて全然だよ。ゼルベーニさんやマークスの奴に司令塔なんて押し付けられて、引きこもっていただけだ」
「いやいや!数々の防衛戦で名を上げたベルクヴァインさんが後方を守ったから傭兵戦争はあんな結果になったわけで」
「いやいや……」
「社長、それ以上は謙遜というより嫌味に見えますよ」
「ん?そうだな。では、その称賛、ありがとうと素直に受け取っておこうか」
「それでいいんすよ!それで!!」
興奮した様子のケントもまた力強くベルクヴァインの手を握った。
「改めてハインツ・ベルクヴァインだ。今は柄にもなく“ベルクヴァイン・セキュリティサービス”の社長などやっている。で、こっちが……」
「『ユルキ・ピュルッコ』です」
小太りの男ユルキは名乗ると、軽く会釈をした。
「彼には今言ったベルクヴァインセキュリティを手伝ってもらってる。“ウェイター”をやっていたところをスカウトした」
「ウェイターから最強の護衛集団に転職って……凄まじいな」
「自分の仕事は事務とかそっちですから。荒事は社長が選び抜いた他の精鋭メンバーの仕事です」
そう語るユルキの横で、何だかとても可笑しそうにベルクヴァインは口角をニヤニヤと上げる。
「何か自分変なことを言いましたか?社長」
「いや、別に。それでいいんだよお前は」
「ですよね」
「「「?」」」
「それよりもいきなりだが君達に話があるんだが」
「なんや?まさかワイをスカウトする気でっか?」
「君が優秀なのはわかるが、生憎もう間に合ってる。というかわたしの話ではなくゼルベーニ氏の、彼の愛機であるこの『ラストダンサー』についてだ」
ベルクヴァインは上着のポケットからジャラリとネックレスに繋がれたタグを取り出した。
「ラストダンサー……」
「その名の通り伝説の傭兵の最期のマシン。傭兵戦争も生き残ったレジェンド中のレジェンドだ」
「それが一体どうしたんですか?」
「実は君らの誰かに引き取ってもらおうかと思ってな」
「「「な!!?」」」
頭の片隅にもなかった言葉をかけられ、一同は驚きのあまり大きな口を開け、一歩後退りした。
「いいリアクションだ。まぁ、そうなるよな」
「ええ、なりますとも……」
「ワイらにラストダンサーを渡そうなんて……」
「どうしてそんな話になったんですか?」
「いやな、ゼルベーニさんが死んだ時に家族の中でもどうしたものか真っ先に話し合いになったんだ。処分するには心が痛むし、かといって大事に保管するにも物騒で、価値があり過ぎるし」
「人によってはかなりの値段をつけるでしょうからね」
「あぁ。ゼルベーニさんには息子が三人いるんだが、みんな一般的な仕事についているから、本当に困り果てて、終いには押し付け合いにまでなってしまったそうだ」
「伝説のピースプレイヤーの悲しい現在……」
妖精は何だか目の前のタグに凄い同情をしてしまった。
「その後色々落ち着いて話し合った結果、故人と交友のあった傭兵に託すのがいいという話になって、家族やこの故郷にいる顔馴染みだけでひっそりとやるつもりだった葬儀に何人かの傭兵や軍人を呼んだのだそうだ」
「なるほど。だからぼくらに白羽の矢が……」
「そういうことだから欲しい奴がいたら手を挙げてくれ」
「そんなノリで託していい代物ちゃうやろ。というか関係性を考えたら、あんさんが受け継ぐのが一番ちゃうんすか?」
「先ほどご家族からもそう言われたんだが、わたし的にはもっと若く現役バリバリで戦場に立っているような奴に渡した方がいいかなと」
「なら私も貰うべきではないな」
(逃げた)
(逃げおったな)
しれっといち抜けするジョゼットにトモルとケントが冷たい視線を突き刺すが、ドレッドの大男は何食わぬ顔で平然と受け流す。
「では、ケントくんかトモルくんって話になるが」
「悪いけどワイはパスや。ワイが目指すのはレナルド・マークス、様々な量産モデルを巧みに使いこなし、ミッションを遂行する傭兵。特注の専用機はノーサンキュー」
「ポリシーに反するか。なら……」
「ぼくもちょっと……」
「何でだよ?トモル、サブのピースプレイヤーが欲しいって言ってたじゃないか」
「目立たない奴をね。ラストダンサーなんて、世界で上から数えた方がいいくらい有名なマシンはぼくの望む機体じゃない」
「ピースプレイヤーなんて適当に色さえ変えちまえば見分けつかねぇだろ」
「つくわ!ボケ!!P.P.マニアの数と質を舐めんなや!!」
「仮に見た目は誤魔化せても武装が……グレネードをぶっ放すとか求めてない。火力ならもう十分」
トモルは喪服の下の愛機を人差し指でノックした。
「使い勝手は悪いわな。当のゼルベーニ殿が世界中で色んなものを吹き飛ばしてるして、悪名轟かしとるし」
「もっと普通のでいいんですよ。近接武器と遠距離武器が一つずつ付いてるようなシンプルな奴」
「それなら各社の主力商品を買えばいいやろ。一番オーソドックスな奴」
「それはつまらなくないですか?目立ちたくはないけど、もっと個性は欲しいですし」
「こいつ……!!」
わがまま極まりないトモルに思わずケントは額に青筋を立てた。
「トモルくんの二台目選びは他所でやってくれないか?今はラストダンサーをどうするかを」
「でしたね。でも、ぼくらが駄目なら他の人に話してみるしか」
「この後、何人傭兵仲間が来るかやな」
「さっきも言ったが、あまり呼んでないようだし、都合で欠席すると連絡もかなり来てるから、別の奴に期待するのはちょっとな……」
「んじゃ」
「お手上げか」
「「「うーん」」」
大の大人がにっちもさっちもいかなくなって、険しい顔で一斉に項垂れた。
「そんなら芸がねぇけど、また進化デカノイシみたいにウレウディオスに預かってもらえばいいんじゃねぇ?昨日、軽く見物したあのグロウムの美術館に飾っちまえばいい」
「「「それだ!!」」」
「いっ!!?」
大の大人が妖精の提言を受けると、一斉に顔を上げて、彼を指差した。
「それがいいよ!故郷にも近いし、いい名物になる!!」
「せやな。それが最善やな!!」
「ゼルベーニさん的には不服かもしれんが、これ以上ラストダンサーを暴れさせるのもどうかと思うし」
「では、私の方からウレウディオス財団に連絡しておきます」
「頼むジョゼットくん。いやぁ~、肩の荷が降りたよ~」
「ベルクヴァインさん、本番はこれからでっせ」
「あ、そうだったな」
「お葬式だから気合入れるのも違うと思いますけどね」
「それもそうだな」
「「「ははは!!」」」
(もう完全に厄介な呪いのアイテム扱いだなラストダンサー。これも戦場でたくさんの血を吸ってきた報いか)
清々しい顔で教会に歩き出す人間の後ろで、やっぱり何だか同情してしまって、妖精は複雑な顔をして付いていった。
「そう言えばゼルベーニさんの死因って何だったですか?」
「老衰ってことらしい。朝、起こしに行ったら亡くなっていたって」
「伝説の傭兵がベッドの上で亡くなるか。幸せなやっちゃ」
「いや、あの人のことだから戦場で死にたかったと思うぞ。今思えば傭兵戦争も、そのつもりで参加した気がするよ。ラストダンサーの名前からしてもな」
「さよか……」
「じゃあ最期の最期で望みを果たせなかったんですね」
「それがずっと人の生き死にに関わり続けたあの人への罰だったのかもな……」
(だとしたら……)
(ワイらも……)
(きっといつか……)
ふと見上げた空は嫌気が差すほど、青く澄み渡っていた。




