弔いは盛大に① 訃報
「…………ん?」
ウレウディオス財団が保有している施設の一室、その中のフカフカのベッドの上で目を覚ましたトモルの目にスマホのランプの光が目に入ってきた。
「ふわぁ~!メールかな……」
寝起きのトモルは大きく口を上げながら背筋を伸ばし、眠け眼を擦るとようやくスマホに手を伸ばした。
(やっぱメールだ。差出人は……『宇佐美』さん!?)
その名前を見た瞬間、トモルの脳みそは一気にスイッチが入り、稼働を始める。そしてそれに呼応するように親指がスマホの画面の上を忙しなく滑っていく。
(宇佐美さんから連絡なんて……もしかして急を要する仕事か?)
トモルは画面をタップすると、メールの画面が開いた。
お久しぶりですラブザさん。覚えていますか?あなたに何度か仕事を斡旋させてもらった仲介人の宇佐美です。突然のメールで驚いたことでしょうが、実はあなたに伝えておいた方がいい話が……。
急なことで驚くでしょうが先日……。
「ッ!!?」
メールを最後まで読み進めていくうちにトモルは目を見開き、最後まで読むと掛け布団を跳ね飛ばし、ベッドから飛び起きた。
「アピオン!起きて!!」
「ん……?もう食べられない……?」
「そんなベタな夢なんか見てないで早く!!」
「ふわぁ~!!うるさいな……」
隣のベッド、正確にはベッドの上にある枕の上で大の字になって寝ていた小さな相棒を指でつついて起こす。人間もオリジンズも寝起きの行動はあまり変わらないらしく、アピオンは先ほどのトモルの行動をトレースするように大口を開けて背筋を伸ばし、目を擦った。
「何があったんだよ?命に関わることじゃなけりゃもう一眠りさせてくれ……」
「命に関わるといえば命に関わることだよ!宇佐美さんから久しぶりにメールが来た」
「ウサミ……?」
「仲介人の!」
「あぁ……仕事を何度か紹介してくれたあいつか。またなんか依頼されたのか?」
「実は……って、これ自分で読んで!!」
「うおっ!?」
慌てて寝間着を着替えているトモルはアピオンのいる枕にスマホを投げ落とすと、表面が波打ち、トランポリンのように妖精が跳ねた。
「乱暴な。おれっちもスマホももっと優しく扱いなさいよ」
「ごめん!だけど今はそんなこと言ってる場合じゃないんだって!メルヤミさんに話しをしないと」
「ん?今日の仕事の話か?」
「違うって!いや、違わないけど!」
「はぁ?どっちなんだよ?」
「だからメールを読んでって!!そうすればぼくの気持ちもわかるから!!」
「ハイハイ。メールを読めば……なっ!?」
言われるがままメールを読むとアピオンの表情もまた一変した。驚きを隠せず、言葉を失う。
「これってマジかよ!?」
「嘘であって欲しいけど、マジなんでしょ!宇佐美さんは人の悪い冗談を言うタイプじゃない!!」
「そうだよな……だったら……こうしちゃいられねぇ!!急げよ!トモル!!」
「ぼくはずっと急いでるって!!」
「だ、だよな!メルヤミのお嬢様はもう起きてるかな!?」
「寝てても叩き起こすさ。君にやったようにね」
「緊急事態だもんな!!」
「あぁ、だから早く行くよ!」
「おう!!」
トモルとアピオンは部屋から飛び出した。寝起きとは思えない真剣な顔で。
「メルヤミさんの泊まっている部屋は……」
「こっちだ!っていうかなんかみんな集まってるくさいぞ」
「え?みんなって……」
「みんなだよ!!」
くっちゃべりながら妖精に導かれるまま上の階の部屋に。到着と同時にインターホンを押した。
ピンポーン……
「何でこんな早朝からみんなが……」
「あいつらも何か緊急事態があったんじゃねぇ?」
一人と一匹がそわそわと扉の前に立っていると……。
ガチャリ……
「みつ子さん!」
「お二方ともお入りください」
メイドが扉を開け、二人を中に誘った。
「では失礼します!」
「します!!」
二人が中に入ると豪奢な装飾やなんだかうまいんだか下手なんだかわからない前衛的な絵画の飾られた部屋の真ん中でこれまたきらびやかな椅子に腰をかけ、寝間着のメルヤミ・ウレウディオスが足を組んでいた。その後ろには財団の運営を取り仕切る辣腕、トラウゴット・マジエンスが、二人の前に相対するようにジョゼット・アイメスが腕を組み、ケント・ドキが腰に手を当てて立っていた。
「ジョゼットさん、ケントさんも来ていたんですか!?」
「あぁ……」
「ちょっとな……」
二人にはいつものように迸る覇気はなかった。どこか顔も悲しげでまるで大切なものを失ったかのようで……。
「お二人ともどうされたんですか……?」
「ワイらのことはええやろ」
「それよりも何か急ぎの用事があるんじゃないのか?」
「そうでした!メルヤミさん実は――」
「知り合いの葬式に出たいから任務を下ろさせてくれないか?」
「知り合いの葬し……え!?」
心を読んだかのようなメルヤミの言葉にトモルは驚き、お嬢様は辟易したかのように小さく「はぁ……」とため息をついて頭を抱えた。
「メルヤミさん?大丈夫ですか?いや、それより何でぼくの言いたいことが……」
「あなたで三人目だからよ」
「え?」
刹那、トモルはケントとジョゼットの曇りがかった顔の理由を察した。
「もしかしてお二人も?」
「あぁ、つい今しがた同じことをお嬢様に嘆願したところだ」
「おっさんの次にワイも同じ話を」
「そうですか……まさか三人とも同じタイミングで知り合いを亡くすとは……」
「アホか!どんな奇跡やねん!そんなわけあるか!!」
「え?でも、今同じだって……」
「ドキが言ってるのは私達が別々の知人を亡くしたということではないってことだ」
「「はい?」」
トモルとアピオンは一糸乱れぬ動きで首を傾げた。
「駄目やおっさん。こいつら寝起きで頭が回っとらへん」
「恥ずかしながらその通りかと……」
「では単刀直入に言おう……君が出席しようとしているのは『ウルバノ・ゼルベーニ』という人物の葬儀ではないか?」
「――ッ!!?」
「そうだ!その人だよ!!」
「やはりな……」
「ようやく事態が飲み込めました……お二人ともゼルベーニさんと知り合いだったんですね」
「大して会話を交わしたこともないが、昔同じ戦場で同じ軍として肩を並べた」
「ワイも任務で一回一緒になって世話してもろうた」
「ぼくもです。あの“傭兵戦争”を生き残ったウルバノ・ゼルベーニその人だって知って、凄い驚いた記憶が……」
三人の脳裏に顔をしわくちゃにして笑う白髪の坊主で髭を蓄えた老人の顔が浮かぶと、さらに寂しい気持ちになった。
「世界というのは存外狭いもんだな……」
「はい……」
「ワイらがやるような任務をこなせる奴なんてそんな数おらへんから、それぞれ巡りあっていてもそこまで不思議でもないような気もするけどな」
「言われて見れば……世界というより、傭兵村が閉鎖社会なんですかね?」
「きっとゼルベーニ殿なら満面の笑みを浮かべながら同意していただろうな」
「せやな……」
「黄昏てるところ悪いけど、話を戻していいかしら?」
「……あっ!」
「せやせや!お嬢!今回は悪いが、降りさせてもらうわ!」
そう言ってメルヤミに向かってケントは手を合わせ、頭を下げた。
「私も今回は。明後日式が行われるゼルベーニ殿の故郷『クレマ』はお世辞にも交通の便がいいとは言えませんし、今すぐ向かわないと」
「幸いにも今回の任務は先日ぼくが仕留めた進化したデカノイシの遺体とその他諸々を研究所に運ぶ護衛ですから、ぼくらがいなくともどうにかなるかと」
「そうね。確かにわざわざあなた達を付いてもらう必要性は感じないわね……」
「じゃあ……?」
「駄目よ」
「駄目なんかい!!」
ケントはついツッコミ風になって真剣さが伝わりづらくなってしまったが、彼なりに抗議の意志を示した。
「あんた人の話聞いてたか!?アイドルのライブ行くためにズル休みしようとしてんちゃうぞ!ガチで恩人が亡くなってその葬式に参列したいって言ってるんやで!?」
「わかった上で言ってるのよ。例え父母が亡くなっても平気な顔で仕事をこなすのが本当のプロフェッショナルだと思わない?」
「うっ!?だけど、別にワイらじゃなくとも今回の仕事は……」
「受けた仕事はどんなに簡単で退屈でも全力でやる……それもまたプロのあるべき姿」
「この人でなしが!!あんたに血は通ってへんのか!?」
「ケントさん!落ち着いて!」
「止めるなトモル!!いくら何でもひど過ぎるやろ!!」
「そう、あたしはひどい女。そしてとても気まぐれ……トラウゴット」
「はい」
「気分が変わったわ。予定を変更して、絵画や彫刻を『グロウム』の美術館に運ぶわ」
「はっ!すぐに手配します」
トラウゴットは何だかとても嬉しそうな顔で了承すると、そそくさと部屋の外に出て行った。
「おいこら!こっちの話が終わっとらんのに、勝手すんなや!!」
「ケントさん!!」
「だからトモル止めるなって!ワイがこいつの性根を叩き直してやる……!!」
「そんな必要ないでしょ!!メルヤミさんはぼくらのことを思って予定変更してくれたんですから!!」
「何を訳わからんことを……へ?」
一気に熱が冷め、代わりに頭上に大量の?マークを浮かべたケントがトモルとジョゼットの顔を見ると、二人は首を縦に振った。
「お嬢様が行くと仰ったグロウムは葬儀が行われるクレマに最も近い都市だ」
「あ」
「今日これから出発して明日グロウム、そこから車を走らせれば余裕で明後日の葬儀には間に合います。仕事を終えてからね」
「………」
ケントは無言で身なりを整えた。そして……。
「ご配慮ありがとうございますメルヤミお嬢様」
深々と、膝に額がつくほどに深々と頭を下げた。
「傭兵戦争を起こした『リヒャルト・ローゼンクランツ』氏は父と親睦があった。奥様ともね……」
「「「…………」」」
「そのローゼンクランツ氏の呼び掛けに応じ命を懸けて戦ったウルバノ・ゼルベーニ氏をウレウディオス財団の者としてあたしも無下にできないわ。だからあなた達の口から父やあたしの代わりに伝えておいて……お悔やみ申し上げますって」
「はい……」
「必ず、このケント・ドキの名前に懸けて」
こうしてトモル達傭兵三人はかつて共に戦場を戦った偉大なる戦士の葬儀に向かうことになった。
しかし、悲しいかなこれだけの戦士が集まって何も起こらないはずもなく……葬儀は彼らの予想を超えた方向に転がっていくことになるのだった。




