傭兵、家を借りる③
「これはさすがに……」
「デカいと言わざるを得ないな……」
「ノイ……」
新たなデカノイシは山の如くそびえ立ち、アピオンはもちろんトモル界雷も僅かに視線を上げなくてはならないほどの質量を誇っていた。
「これが本来のデカノイシでさっきのは小さい個体、もしくは大きめのノイシだったってこと?」
「いや、サイズだけじゃなく身体の中に渦巻くエネルギー量が段違いに上がってる。多分だけど、適合する人間を食って進化した奴だ」
「適合って、あの噂の?」
「その噂の奴だ。ドラグゼオとか特級ピースプレイヤーが装着者と完全適合すると爆発的にパワーアップするように、オリジンズも適合する人間を喰うと大幅にパワーアップ……進化と言っていいほど強くなる」
「進化……」
トモルはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「きっと遭難した奴の死骸でもつまんだんだろうな……羨ましい。おれっちも進化したいぜ」
「言っとくけど人を食べたオリジンズは大抵どこでも問答無用で殺処分だよ」
「じょ、冗談で言っただけだっつーの!!」
アピオンの目は右に左にスイミングしていた。それが真実であった。
「このオリジンズは……」
「お、おれっちのことよりこの進化デカノイシだよ!!こんな奴が街に出たら、歩くだけですげえ被害だぞ」
「そうだね。まずはこいつを……狩る!!」
「ノイッ……!!」
トモル界雷が臨戦態勢に入ったことで様子見していた進化デカノイシの目の色も変わる。通り道の何気ない障害物を見る目から、確実に排除すべき敵を見る目に。
「アピオン!!」
「言われなくても退散しますよ~!!」
アピオンも開戦間近の雰囲気を感じ取り、半透明の羽を目にも止まらぬスピードで羽ばたかせて今度は木の上に隠れた。
「これで場は整ったよ、進化オリジンズ……!!」
「ノイ……!!」
「…………」
「…………」
にらみ合う両者。先んじて動いたのは……。
「ノイシィィィィッ!!」
進化したデカノイシ!細い四本の足で地面と草を巻き上げ、先ほど倒した奴よりも速いスピードで突っ込んできた!
「進化してもやることは変わらずか」
ヒュン!!
もう見飽きたと言わんばかりに余裕綽々で回避するトモル界雷。結果、獣の牙はまた木に……。
「ノイッ!!」
バギィン!!
デカさに比例するようにパワーも上がっていた。進化デカノイシは難なく大樹を薙ぎ倒す。
「当たったら界雷じゃひとたまりも無いな……当たらなければ関係無いけど」
攻撃を回避すると同時にハンターは反転。速攻で勝負を決めるために銃を構えた。
(癖があることはわかった。それを計算に入れて……いや、そんなことをしなくても的がでかくなったんだ。当てられる……!!)
「ノイシィィィィッ!!」
先ほどと同じく振り返る獣のそそり立つ牙の間、眉間に、そこから弾丸の軌道のズレを考えて眉間のちょっと横に狙いを定めると、トモル界雷は引き金を躊躇なく引いた。
「ここだ!!」
「ノイッ!!」
バァン!キィン!!
「何……!?」
今度こそとはならず。弾丸は再び牙によって弾かれてしまった。けれど先ほどとは違いトモル界雷の狙いが外れたのではなく、進化デカノイシが銃撃を見切り、頭を動かして防いだのだ。
(反射神経も頭脳も進化してるのか?完全に見切ってたな)
「ノイシィィィィッ!!」
「なら攻撃パターンも増やしておけよ」
ピョン!!
相も変わらず突撃してくる進化デカノイシを跳躍して躱すと、真上から……。
「うりゃ!!」
バン!バン!バァン!!
銃を乱射!頭頂部から背中にかけて弾丸をばらまいた!
バシュッ!ボスッ!バシュ!!
「ノイィィッ……!!」
「ちっ!効いてない……!!」
弾丸は全て命中したが、逆立った毛の絨毯に衝撃を吸収され、進化デカノイシの命どころか動きを止めることもできなかった。
「一番の武器が通用しないなら界雷では無理だな。だとしたら、ここは……」
トモルは界雷を脱ぐと、別のピースプレイヤーの名前を口にした。その名は……。
「玲剣!!」
「そっちかよ!!」
トモルの声と生い茂る葉っぱの中のアピオンのツッコミと共に現れたのはきらびやかな装飾の施されたいかにも高級そうなマシンであった。
「売るつもりだったのにだらだらとタイミングを逃して今日に至る。こうなったらぼくのサブ機になる性能があるって見せつけてくれよ玲剣!!」
「ノイシィィィィッ!!」
トモル玲剣は向かって来る進化デカノイシにこれまた美しいデザインをした剣を召喚しながら真っ正面から突っ込んで行った!
「ノイノイィィィィッ!!」
「真っ向勝負するつもりか!?」
「まさか!」
「ノイ!?」
激突寸前で軌道変更、さらにスライディング!美しきマシンは正面からぶつかるのではなく獣の横を通り過ぎ、そのついでに……。
「はあッ!!」
ザンッ!!
「――イシッ!!?」
巨体を支える細い足を切りつけた!両者の間に鮮血が舞う!
「……駄目か」
傍目から見ると完璧な攻撃に見えたが当のトモルの顔は冴えない。気だるそうに獣の後方で立ち上がると、攻撃をした剣に目をやる。
「一太刀入れただけでこの様かよ……」
刃は刃こぼれ、刀身にはひびが入っていた。攻撃したはずなのに剣の方がもう使いものにならないほどにぼろぼろになっていたのだ。
「ノイ……」
一方の獣の足は出血こそしているが薄皮一枚切れているだけで動きに支障をきたすようなものには見えなかった。
(あれだけの質量を支えているんだから、そりゃあ筋肉の塊だよね、簡単に切り落とせないか……)
「ノイシィィィィッ!!」
大したダメージはないとは言っても斬られたらそれはイラつく。進化デカノイシは今までよりも怒気を纏って、猛然と駆け寄って来た!
「もう飽きたって……」
ヒュッ!
だが、言葉通り飽きるほど突撃を避け続けたトモルには通じず。いや……。
「ノイ!!」
「!!?」
「ノイシィィィィッ!!」
ガチッ!!
「――くっ!?」
進化デカノイシは急停止からの急速方向転換!この足は丈夫なだけじゃないと言わんばかりに力任せに強引に軌道を変え、ついに牙の先に玲剣の装甲を引っかけた!
「こいつ……!!」
「ノイノイ!!」
ヒュッ!チッ!ヒュッ!ヒュッ!ガチッ!!
進化デカノイシは今までとは打って変わってジグザグと激しく蛇行し、トモル玲剣を少しずつ削っていく。
(進化しただけはある。これだけ機敏に動けるとは)
「ノイノイノイィィィィッ!!」
(調子に乗って……!だが玲剣では……悪くはないけど物足りない。ぼくには少しオーソドックス過ぎる。何より……)
「目立つ!!」
ガァン!!ヒュン!!
「――ノイ!!?」
タイミングを見計らい、玲剣は獣の額を蹴り、そのまま踏み台にして飛び越した。
「ドラグゼオより目立たないマシンを探してるのに、このデザインじゃな。やっぱり下取りに出すべきか……」
「言ってる場合か!!奴さん、踏み台にされて怒り心頭って感じだぞ!!」
「ノイィィィィッ……!!」
「承知してますよ。そうなるように仕向けたんだから」
「ノイシィィィィッ!!」
進化デカノイシは今日一番の推進力を発揮した!猛然と、一心不乱に突撃してくる!
「トモル!!」
「だからわかってるよ……やっぱりぼくにはあれしかないって」
玲剣が光の粒子に分解されると同時に、トモル・ラブザの首からぶら下がった十字架が熱と光を放った!
「熱く行こう、ドラグゼオ」
静かにその真名を呟くと、彼の家の家紋を彷彿とさせる桃色の炎竜が顕現した。
桃色と黒で彩られた装甲と炎を模した角飾り、エメラルドを彷彿とさせる二つの緑色の眼を持った竜の姿を目にすると、妖精は……。
「……勝ったな」
小さく、しかし力強く確信を持って呟いた。
「ノイシィィィィッ!!」
「もう逃げない。逃げる必要なんてない!!」
ガシッ!!ズザアァァァァァァァァッ!!
「ぐっ!!」
「――ノイッ!!?」
ドラグゼオは避けずにそのまま進化デカノイシの突撃を受け止める!二つの牙をそれぞれ両手で掴んで、微動だにせず……とは行かずに、強制的に後退させられ、地面に足で二本の線を描いた。
「ドラグゼオも押し込んでくるか……これが適合する人間を口にしたオリジンズ……」
「ノイィィィィッ……!!」
「だけどこっちだって完全適合してるんだよ!!」
グイッ!!ズザザアァァァァッ……
「ノイッ!?」
今度は逆に獣が四本の足で線を描かされた。炎竜が全力を発揮し、どんどんと押し返していく。
「まさかドラグゼオを使うことになるとは思わなかった。君はよくやったよ進化オリジンズくん」
「ノイノイ!!」
「でもここまでだ!!炎は使えなくとも、熱なら!!」
ジュウゥゥゥゥゥッ!!
「――!!?ノイィィィィッ!!?」
桃色と黒の装甲がトモルの闘志を糧にして熱を帯びる!手のひらと牙の間から白い煙が昇り、あまりの熱気に獣は目を閉じてしまう。
「今だ!!」
その一瞬の隙を見逃さずドラグゼオを右手を放すと、指を揃えてピンと張った。それを……。
「でやあっ!!」
ザシュッ!!
「――ノ!!?ノイィィィィッ!!?」
瞼の上から獣の左目に突っ込んだ!鮮血が涙のようにドロドロと瞳から垂れ落ちていき、そこから言葉にならない痛みが全身を駆け巡り、進化デカノイシは山を震わせるほどの悲鳴を上げた。
「痛いか?痛いよね?できることならもっと穏便に済まして上げたかったんだけど、未熟なぼくを許しておくれ」
今回の任務は人間社会のことしか考えていない自分勝手なことなのではと、トモルの心を罪悪感が襲う。それでも人間である自分にはこうするしかないと言い聞かせ、その複雑な気持ちを生暖かい感触に浸っている右手に送った。
「これなら炎も使える」
ボオオォォォォッ!!!
「――!!?」
ドラグゼオは眼孔内にある右手から代名詞とも言える桃色の炎を噴射した。
炎は進化デカノイシの内臓を、骨さえも焼き尽くしたがトモルの計算通り外に漏れることはなかった。けれども獣の命を断つには十分な威力を持っているのは言うまでもない。
「ごめんよ、君はただ生きていただけなのに」
謝罪を口にしながら右手を引き抜くと、腕には軽く煤がついているだけであった。炎によって付着していた血液も肉片も一瞬で蒸発させられたのだ。その乾いた感触が、横たわる巨体がトモルの心をまた少し切なくさせた。
「やっぱり強いぜドラグゼオ!!」
そんな彼の心情など知らずにアピオンが歓喜の声を上げて合流した。
「結局、またドラグゼオに頼っちゃったよ」
「まぁ、お前のお父さんの渾身の作品だからな。トモル・ラブザにとってはこれ以上のピースプレイヤーはねぇってこったな」
「別にドラグゼオより強いマシンを求めてる訳じゃないんだけどな」
桃色のマスクの下でトモルは困ったように額にシワを寄せ、小さくため息をついた。
「とにかくこいつとさっき狩った奴を運ぼうぜ」
「だね。さすがにこれ以上増えるとドラグゼオでも骨が折れる」
「んじゃ千花にレッツゴー!!」
「いや、千花にはいかないよ」
「え?昨日の話じゃ……」
「ただのデカノイシだけならなんとかこっそり運べたかもしれないし、仮に見つかってもカレーの食材ってことで誤魔化せたけど……」
桃色の炎竜と妖精は視線を落とし、再び進化デカノイシの巨大な死骸を見つめた。
「……これをこっそりってのは無理があるな……」
「見る人が見ればただのオリジンズじゃなく特殊な個体って見抜くだろうし、街中に運ぶのはやめておいた方がいい」
「じゃあどうするんだ?」
「ぼくが借りる予定の小屋に運ぼう。そしてゴンドウさんとカズ婆さんに連絡して……」
「ご足労を願おうってのか」
「うん。こいつはぼくの手に余る。きっとゴンドウさんも驚くだろうな」
「想像してたよりもでけぇな……」
ドラグゼオはアピオンに話した通りに山の下の家の前に獲物を運び、ゴンドウ達を呼び出した。そしてカレー屋店主が案の定、感嘆の声を上げたのである。
「よく仕留められたな」
「ゴンドウさんに出会ったばかりのぼくだったら無理だったかもしれませんね。でも、幸か不幸かこいつ以上のたくさんの強敵と戦ってきましたから」
「……そうだな」
見た目はそこまでの変化はない。だが、思い出される初めて会った時のトモルとは明らかに纏っている雰囲気が違うのを感じると、不思議とゴンドウの胸の奥は熱くなった。
「進化したのはこっちもか……」
「え?何か言いました?」
「いや、それよりもどうしたもんかね……ちょっとこいつはおれの手にも余るぞ」
「ゴンドウさんでも売り捌けないんですか?」
「進化したオリジンズなんてレア中のレア物だからな。ピースプレイヤーの素材としてもかなりの高値がつくと思うが、下手なところに売って悪巧みに使われたらと思うとな……」
「そんなことしないと心から信用できるお客さんはいないんですか?」
「目の前に」
「ぼくは買いませんよ。これでピースプレイヤーを作るのも、何か違う感じがしますし……」
「となると、どうするかな……」
「あんたのお得意さんのウレウディオスに引き取って貰えばいいんじゃないか?」
「カズ婆さん、それは……」
杖をついた老婆が鶴の一声を上げたかに思われたが、トモルは顔をしかめたままであった。
「なんだい?何か不都合でもあるのかい?」
「信用はできるんですけど、あまり頼りたくないってゴンドウさんやカズ婆さんを訪ねたのに、結局最後の最後で頼み事するとなると何か複雑で……」
「小さい男だね。そんなことを気にしてるのかい」
「そう言われると、凄い情けない気分に……」
「この際お前のプライドは横に置いておけよ」
「ゴンドウさんまで……」
「婆さんの言う通り、ウレウディオスに預けるのが最善な気がしてきた。あそこならオリジンズの研究施設もあるし、社会の役に立つ使い方をしてくれるだろう」
「それはまぁ……」
「あとお前が贔屓にするくらいだから金払いがいいんだろ?進化したオリジンズなら傷物でもかなりの値段で、上手くやればこの家を借りるどころか買える金を稼げるんじゃないか?」
「ぼくが間違ってました!ウレウディオスに任せましょう!!」
((こいつ……!!))
(やっぱり何にも変わってねぇなこのドケチ)
金に目がくらみ、意見をあっさりとひっくり返すトモルの顔を見て、一同は大いにドン引きした。
「何か後味があんまり良くないけど、話はまとまったようだね」
「お騒がせしました。この遺体を売ったお金で家賃を払わせてもらいます」
「こっちとしても懐が暖まるなら文句はないよ。好きに使いな」
「やったー!!」
トモルは両手を天に向かって突き上げて、喜びを全身で表現した。
「それにしてもこんな大きなデカノイシを仕留めるなんて」
「我ながら良くやったと思います」
「うちの旦那でも、このサイズを狩ったのは一回あっただけだったね」
「そうですか、一回あった……え?」
「カズ婆……それボケじゃねぇよな?」
「ボケとらんわ!十年とちょっとくらい前にこれと変わらぬサイズを、まさにこの場所でしっかりと見たわ!!」
「見たって……旦那さん、この界雷を使ってたんですよね……?」
「そうじゃ」
「界雷で進化したかもしれないデカノイシを……」
「上には上がいるってことじゃな」
「…………ですね」
念願の家を手に入れたトモルだったが、最後の最後で自分の未熟さに打ちのめされたのであった。




