傭兵、家を借りる②
翌日、トモルとアピオンはカズ婆の依頼を果たすために早朝から杉吉山に入っていた。山中はうっすらと霧に包まれ、平地よりもひんやりとした空気が流れている。
「おれっち、わかっちゃったぜ!!」
斜面なんて自分には関係ないぜと言わんばかりにトモルの前を飛ぶ妖精は腕を組み、さも自信ありげに宣言した。
「わかったって何が?」
「お前が界雷を受け取った理由だよ!あれだろ?いつかの樹海の時みたいに木に炎が燃え移るのを嫌がったんだろ?」
「違うよ」
「違うんかい!!」
妖精は空中でツッコミを入れながら、ずっこけた。
「くそ~!絶対に当たってると思ってたんだが……」
「残念だったね。実際に放火魔にはなりたくないから、こういう場所ではドラグゼオを使いたくないってのもあるけどデカノイシ……ノイシを一回り大きくしたくらいのオリジンズなら炎を使わずに腕力だけでどうにでもなる」
「ノイシは野宿の時によく狩ってたもんな。でも、なら尚更使い馴れたドラグゼオの方が手間がかからないでいいだろうに」
「単純に今回の依頼のことだけを考えたらね」
「ん?その口振りだと今回の依頼の成否じゃなくて、もっと別のことを考えてか」
「うん」
そう言いながらトモルは首に下げた十字架を、待機状態のドラグゼオを優しく撫でた。
「ドラグゼオってさ……ちょっと有名になってきてない?」
「え?自慢?」
「違うよ。客観的に見て、ここ最近会った人や敵が存在を把握してたよねって」
「言われてみれば……」
「個人的にそれってメリット、デメリット両方あると思うんだ。メリットはもちろん有名になった分、仕事が舞い込む」
「だな」
「デメリットとしては、仕事内容によっては悪目立ちして面倒が増える……かな」
「あぁ……あんまり人に知られちゃいけない奴や護衛なんかな」
「逆にドラグゼオの名前にビビって楽できる可能性もあるけど、とにかく仕事内容によってはドラグゼオを使わない方がいいこともあるかもなってふと思ってね」
「なるほど。強さどうこうじゃなく、別の理由で使用が躊躇されるシチュも傭兵としては全然あるのか」
「だからサブ機っていうのかな?そういうものを一台持っておきたいと思ってて、カズ婆さんから界雷を勧められた時、ちょうどいいかなって」
今度は同じく首にぶら下げたお守りを軽くつまんだ。仕方ないこととはいえ、十字架とお守りを並べてつけるなんてなんだかずいぶん奇妙な格好になってるななどと思い、苦笑いが漏れる。
「理解したぜ。お前のしたいことが」
「家のことが一段落したら、そのことについてもゴンドウさんに相談したかったんだよね」
「多分だけど“だったらトゥレイターでいいだろ!また仕入れてやるよ!!”って言われると思うぞ」
「うわぁ……容易に想像できる。でも、せっかくだから今まであんまり触れたことのない会社のマシンを使ってみたいんだよね」
「使ってみたことのないマシンか……そう言えばお前、おれっちに会う前、最初は何を使ってたんだ?」
「それはね……」
ガサッ……
「「!!!」」
常人なら気にも止めないような小さな物音を聞くと、トモルとアピオンは一瞬で意識を戦闘モードへと切り替えた。
「悪いトモル……おれっち、最近ヤバい奴らばかりとやり合ってレーダーがおかしくなっていたみたいだ」
「ぼくもだよ。さすがに気を抜き過ぎていたみたいだ、反省反省」
「でもよ……」
「そうだね……今日のぼく達はツイてるかも」
「ノイシィィィィッ……!!」
木々の間の草むらを巨体を支えるには若干心許ない細い足で踏みつけながら太く鋭い牙を持った四足歩行のオリジンズが現れた。今回のトモルの標的、デカノイシだ。
「昨日ネットで検索したけど……実物は想像より大きいな」
デカノイシはその名前に違わぬ大きさを誇り、口から伸びた牙などはトモルの腕よりも遥かに太かった。
「おれっちはむしろこの程度かって感じだぜ。通常のノイシに比べても誤差じゃねぇ?」
「専門家に言わせれば大きさ以外の違いもあるんでしょ、知らないけど。それよりも……」
「ノイシィィィィッ……!!」
獣の目は明らかに血走っていて、毛も天を衝くように逆立っていた。
「早朝から縄張りに知らん奴らがくっちゃべりながら入ってきたらいい気はせんよな」
「本当に申し訳ない。だけど君の同胞と人間が共存するために、狩らせてもらう」
「ノイシィィィィッ!!」
勝手なことをと、ノイシは頭を下げ、反り立った牙の先を無礼極まりない人間に向けると、草を蹴り上げながら突進してきた。
「アピオン!!」
「おうよ!!」
ヒュッ!!
一人と妖精は左右に散開。アピオンはそのまま木の陰に隠れ、トモルはカズ婆から借りたお守りを握った。そして……。
「力を貸してくれ界雷!!」
その真の名前を呼ぶ!お守りは光の粒子に分解、機械鎧に再構成されると、トモルの全身を覆っていった。
いつもの桃色と黒のド派手な色とは真逆の地味な色合いのピースプレイヤー、トモル界雷、ここに誕生!
「さてお手並み拝見といこうか」
「ノシィィィッ!!」
「君に言ったんじゃないって」
ヒュッ!!
「――ノイ!!?」
再び猛スピードで突っ込んで来たデカノイシをトモル界雷は闘牛士のように軽やかに躱した。
(足回りは悪くない。だけどやっぱりドラグゼオに比べると重いな。相手によってはちょっとキツイかも)
トモルはさらに界雷の感触を確かめるようにその場でジャンプした。
(量産品にそこまで求めるのは酷か。まぁ、多少弄れば少しはマシになるだろう)
「ノイシィィィィッ!!」
「わかってるよ。忘れてなんかいない」
そう言いながらトモル界雷は長大な銃を召喚し、両手で構えた。
「銃もまたデカいな。ぼくのバトルスタイルからはちょっと外れてる気がするけど……ドラグゼオと同じような装備だと面白味がないし、良しとしよう」
「ノイシィィィッ!!」
三度目の突撃!それに対し、界雷はデカノイシの牙の間、眉間に狙いをつける。マスクの裏のディスプレイに映し出されたカーソルにもばっちりロックオンと表示されている。
「ターゲットロック。銃の威力は……どうでしょう!!」
バァン!!
放たれた弾丸は空気の壁を貫き、狙い通りデカノイシの眉間に……。
キィン!!バスッ!!
「……あれ?」
弾丸は狙い通りに飛んでくれず、僅かに右に逸れて牙に衝突、円柱状の曲面の上を滑るようにして弾かれ、木の幹にめり込んだ。
「ノイシィィィィッ!!」
「ちっ!!」
ヒュン!!
トモル界雷は地面を転がり回避。横をすぐには止まれない暴走特急が通り過ぎた。
「あのババア、何が弄ってないから問題なく扱えるだ!完全に照準かバレルが狂ってるじゃないか!!」
「トモル!口が悪いぞ!!」
「悪くもなるさ!死んだ旦那さんが自分の癖に合わせてなんかしたのか、それともカズ婆さんが知らず知らずのうちに何かしたか……」
「そんなことどうでもいいだろ!銃が使えないなら、他の方法を考えないと!!」
「他の方法?そんなものはとっくに思いついてるよ!!」
苛立ちながらそう答えるとトモル界雷は僅かに後退りし、周りで一番大きく太い大樹を背にした。
「ノイシィィィィッ!!」
その行為の意図に気づかない獣は懲りずに突撃を敢行。斜面を一気に下っていく。
「デカノイシ、君がノイシ同様猪突猛進の突撃が得意だってのはよくわかった。そしてその大きさ故にさらに小回りもブレーキも利かないことに」
「ノイシィィィィッ!!」
「だから!!」
ヒュン!!ドゴオグサッ!!
「――イシッ!!?」
デカノイシをギリギリに引き付けてからのジャンプ!結果、獣は大樹に頭突きし、牙が幹の奥まで突き刺さった!
「ノイシィィィィッ!!」
「それだけ深く刺さったら、簡単には抜けないでしょ」
チャキ……
「――ノイッ!?」
じたばたと牙を抜こうと暴れるデカノイシにとは対照的にトモル界雷は悠々と獣のこめかみに銃口を突きつけた。
「そしてこの距離なら変な癖がついているマシンでも……当てられる」
バァン!!
山に銃声が響き渡り、小鳥型オリジンズがびっくりして飛び去った。
一方の頭部を銃弾に横断されたデカノイシは……二度と動くことはなかった。
「ミッションコンプリートだな」
決着を見届けたアピオンが前にやってきて小さな親指を立てたが、トモル界雷は首を横に振った。
「いや、まだだよ。あくまでカズ婆さんの依頼は人里に降りて来ない程度に間引きしてくれって話だから、もう一頭くらい仕留めておかないと」
「そっか。考えてみれば、こんな簡単に遭遇したってことは、予想以上に増えてたからって可能性もあるのか。んじゃバンバン狩って行こうぜ!!」
「いや、この山にいるべき適正な数が正確にわからないし、下に運ぶ手間を考えるとあと一頭か二頭が限界だよ。それ以上となるとゴンドウさんにも協力してもらって後日ってことになるね」
「では、改めて……あと一頭狩りに行こ――」
ゾクッ……
「――うっ!?」
刹那、妖精の小さな背中に凍えるほどの寒気が走った。
「アピオン……?」
彼とは長い付き合いのトモルは即座に異変を察知し、マスクの下で怪訝な顔を浮かべる。
「今度は逆にこんな人のいるところに近い場所にあるべきじゃない気配過ぎて、見落としていた……!!無意識に勘違いだと、そうであって欲しいと思ってたんだ……!!」
「……そんなにヤバい奴がいるのか?」
「あぁ……ちょっとこれはまずいかも……!」
アピオンは身を小刻みに震わせながら、視線を移動させた。するとその目線の先の木々の奥から……。
「ノイ……!!」
先ほどの大柄な獣よりもさらに一回り大きい獣が、デカノイシよりもデカいデカノイシが姿を現した。




