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よろしくお願いします。
なにあの双子怖い……。いつの間にそんなに好感度が上がっていたんだろう。
でも先ほどの約束は守ってあげようと思う。だっていくらなんでも可哀想だし……。
悲しげに見上げてくる双子には抗いきれないものがあった。
うん、買い物には補佐官のオーウェンに付き合ってもらおう。彼なら一人でもきっと逃げ出せるだろう。
お祭りで賑やかだった市場も、外れまでくれば普段通りの穏やかさだ。全速力で走ってきたせいで、ララの息が上がっている。
「ど、どうしたんです、急に」
「ああ、ごめんなさいね。急に……走りたくなって」
苦し紛れの言い訳に、ララは笑顔で「そういう時もありますよね」と言ってくれた。優しい気づかいだが、私にそういう時はない。
「この近くにいいお店があるの。そこで少し休憩しましょうか」
無我夢中で逃げ出したが、ここは偶然にも次の目的地の近くだ。
ララの手を引いて少し歩くと見えてきたそこは、一階が店舗、二階が店主の住居になっている小さなお店だ。
クリーム色の壁にかけられた看板には『ハンプティ・ダンプティのエッグタルト』と書かれていて、外からでも甘く香ばしい香りが楽しめる。
上部がガラス窓になっている片開きドアから中を覗くと小太りな店主の後ろ姿が見える。
ドアを開くとカウベルが小気味良い音を立てて、店主が「いらっしゃいませ」の声と共に振り返った。
「やぁ、エルザ! いらっしゃい!」
すっかり常連となっているから店主、ハンプティ・ダンプティが笑顔で出迎えてくれる。
この人は乙女ゲームには珍しく小太りの攻略対象。私のもう一人のオススメだ。
「こんにちは、ハンプティ」
「あれ、今日はいつもの素敵な彼氏達と一緒じゃないんだね」
「ちょっと。私をツバメを何羽も連れ歩くマダムみたいに言わないでよ」
「ははは! ごめんごめん! キミ一人でも来てくれて嬉しいよ、マドモアゼル」
私の姿で隠れていたのか、朗らかに笑うハンプティにはララが見えないらしい。半身になってララを中へと促した。
「一人じゃないのよ。お城のお客様を連れてきたの」
ララを紹介するとハンプティは、十人中十人が好感を持つだろう笑顔でララを店に招き入れた。
「二人とも時間はあるかい? 良かったらあがってお茶でも飲んでいってよ」
「もちろん、そのつもり。ハンプティのお茶は美味しいもの」
「そう言ってもらえると嬉しいな。ララさんは甘いものは好きかな? ちょうどいまタルトが焼きあがったところだから、これもよかったら味見していってね」
恐縮するララの背を押しながら、厨房を横切って奥にある部屋へと向かう。
この店はテイクアウト専門だが、ハンプティが常連客にお茶をふるまう時に使われる談話室があるのだ。
毛足の長いラグが歩き疲れた足に優しく、柔らかな陽の光が射す大きな出窓からは、白の国の街並みが広がっている。
壁にはハンプティの趣味で美味しそうな料理の絵がいくつも飾られていて、壁掛けの本棚には当然のように料理本が。寒い日には奥に置かれた薪ストーブに火が入るが暖かな季節の今日、それはその場で静かに控えていた。
ここは店主の人柄そのもののように居心地がいい。
いつもは猫脚の一人掛けソファを使わせてもらっているが、今日はララもいるので同じデザインのカウチソファに腰を下ろす。
幾分もしないうちに、ハンプティがお茶と焼き立てのエッグタルトをトレイに乗せてやってきた。
「タルトタタンは僕も好きだよ。たまに作ってる」
「美味しいですよね! お店には出さないんですか?」
「一人でやりくりしてるからどうしても手が足りなくってね。人を雇おうか悩んでるとこなんだ」
二人は美味しいお菓子を作るのも食べるのも好きということで、すぐに意気投合した。
小太りな体型のハンプティは、その外見のイメージ通りにおおらかで温厚な人だ。
おまけに料理上手ときているから、ゲームのキャラクター人気投票でも『結婚したいキャラクター』部門で数々のイケメンたちを差し置いて1位に輝いていた。
ストーリーも終始穏やかで、人手が足りないお店の手伝いをすることになったヒロインとのんびりとした時間を過ごす。
しかしヒロインが別の世界の人間だとわかって、最後の日まで楽しく一緒に過ごせたらそれで十分だと、自分の気持ちを押し殺してヒロインに自分の世界へ戻るように諭すのだ。
帰らない選択をしたヒロインの前で涙ながらに「本当は帰ってほしくなかったんだ」と漏らすシーンには私も泣いてしまった。
このゲーム屈指の癒し系ストーリーだ。
「あっ、エルザごめんね。二人で盛り上がってて」
話に入らず思い出に浸っていた私に、気が付いた二人が慌てている。
スチルにはない穏やかに話す二人を、心のカメラに収めていたから気にしなくていいのに……。
「ララがのんびり過ごせればと思ってここに来たのだから、楽しく話す二人を見ているのが楽しいの」
まぎれもない本心なのに、ハンプティは気を使ったと思ったらしい。
「そんなこと言わずに、キミとも話がしたいよ。そういえばこの前、スペードのキングが店に来てくれたよ」
「ああ、そういえばエッグタルトのお土産をもらったわね。とても美味しかった、いつも通り」
「そう言ってもらえると嬉しいな。それにしてもルーファスはすっかりキング然としてるね。キミ達があちこちで遊びまわってた頃からは想像もできないよ」
「人が見ている時のキングモードね。誰もいないときは相変わらずにガキ大将よ。うるさくて嫌になっちゃう」
「ははは! 相変わらず仲が良くってうらやましいよ」
肩をすくめる私に、すべてお見通しとばかりにハンプティが笑う。
いつもならここからルーファス達の面白話を展開していくけど、今度はララを退屈させてしまいそうだ。
「そろそろお暇するわね、まだ観光の途中だったから」
「そうかい? それならお土産を持って帰ってよ。ルーファスは甘いものが苦手だろう? キッシュを作っていたんだ。いつキミ達が来てくれてもいいようにと思って」
ララを促して立ち上がると、ハンプティがそう言いながら厨房に向かった。ハンプティのキッシュ!? ゲームにも出てないわ、そんなの!
「すっごく嬉しい! キッシュをいただくのは初めてね」
「確かそうだね。本当はメニューに加えようか悩んでいるから、感想を聞かせてほしいだけなんだよ」
丸い瞳でウィンクしながらお皿に乗ったキッシュを見せてくれる。ポテトとベーコン、それにほうれん草も入っている。具沢山だ。
「感想なんて、この香りだけでもう美味しいの一言よ。嬉しいわ、ありがとう。でもお茶の分と含めてこのキッシュのお代も払わせてね」
「ダメだよ! 試作なんだから!」
「銀貨五枚でいいかしら、店員さん?」
銀貨は前世の貨幣に換算すると一枚千円くらいの感覚だ。
「高すぎるよ!」
押し問答の末、妥当だと思う金額で落ち着いたが、ハンプティは不満げだ。
「まったく、エルザは言ったら聞かないんだから」
「次はごちそうになるわ。みんなも連れてまた来るわね」
「ぜひそうしてよ。その時はララさんも遊びに来てね。タルトタタンを用意して待ってるから」
わざとらしい不満げな表情を消して笑顔になったハンプティはララに話しかけるが、ララはあいまいに笑って「ごちそうさまでした」と言って頷かなかった。
今日で帰るつもりでいるからだろう。
ありがとうございました。
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