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よろしくお願いします。
「こんにちは、エルザさん。相変わらず白ウサギ殿が女性に声をかけていらしたか」
「こんにちは、ハッターさん。ええ、相変わらずですわ」
黒いシルクハットを傾けて挨拶してくれるこの人は、帽子屋ロイド・ハッター。攻略対象の一人で、白の国の一等地に貴族御用達の帽子工房を構えている。
ゲームのストーリーでは、ゼンを選択し観光に出かけるも人混みではぐれてしまったヒロインが、偶然にも白ウサギを見つけて声をかける。
ところが先ほどの調子で口説かれて困っていたところを助けてくれるのがこのハッターさんだ。
狙い通りにイベントを発生させられたらしい。
「御機嫌よう、ロイド殿。いやはや、お二人が私を離してくれんで、困っておるところです」
「ああ、文字通りにですね」
白ウサギの言葉に、ハッターさんは悪戯っぽく私の手元を見つめる。
少々気まずくなり、手を離した。ララも白ウサギからするりと手を離している。まだ握られていたか。
「ハッターさん、こちらはララです。スペードの城のお客様ですわ」
取り繕うようにハッターさんにララを紹介し、ララにも彼を紹介したが、ハッターさんを含む一般市民の攻略対象の四人には、ヒロインが別世界の人間だと終盤まで知らされない。
紹介を受けて、のんびりと会話している二人を見つめる。
あの三人の好感度を上げないなら、ハッターさんはオススメだ。
大人で優しい紳士なハッターさんとのルートは、ドロドロに甘やかしに甘やかされる。
しかしヒロインが別世界の人間だとわかると、一番大人であるはずの彼が、自分の世界に帰るつもりでいるヒロインを思わず引き留めてしまうのだ。
そんな自分に自己嫌悪して、ヒロインを突き放そうとするハッターさんを優しい愛で包み込むヒロインがまたいい!
しかし、残りの三人のうちの二人は個人的には好きなのだけどオススメはできない。
私のせいでイベントの発生にズレが生じている可能性があるから、出来るだけイベントは起こすように立ち回ってあげたいとは思っているが、あの二人だけはいっそ出会いイベントすら回避する方向でいこうと思う。
「エルザ姉ちゃーん!」
「……さぁ、ララ! そろそろ行くわよ! まだまだ見るところはたくさんあるわ!」
「エルザ殿、呼ばれておるようですが……?」
「気のせい気のせい! そんな長い耳しておいて役に立たないわね!」
ひどい!と飛び上がって嘆く白ウサギは放置して、ララの手を引く。
「ああ、トゥイードル・ディーとダムの兄弟ですか。あの二人はやんちゃですからね」
ハッターさんがフォローしてくれるが、私は決して子供が嫌いなわけではない。
「エルザ姉ちゃん、なんで逃げるんだよ! 今日こそ剣の稽古つけてよ。約束だろ!」
「エルザおねえちゃん、どうして逃げるの……? ひどいよ……」
可愛い二人の少年が全く同じ顔で、片方は眉を吊り上げ、片方は眉尻を下げて、こちらを睨む。
トゥイードル・ディーとダムの双子の兄弟。私がどうしてもオススメ出来ない、攻略対象の二人だ。それには当然理由がある。
私はどちらかといえば可愛らしいキャラクターが好きで、ノエルの他にこの二人のルートもとても気に入っていた。
活発でヒロインを振り回すが、大人ぶって背伸びするところが可愛らしいディーと、内気で大人しくヒロインにべったり甘えてくるダム。
二人とも一定の層から非常に人気の高い十五歳だ。
年齢から言って中身が幼すぎないかと思わなくもない。
しかしこの二人には、そのある層の更に一部を熱狂させるあるエンディングが存在する。その名は『あなたは僕達二人だけのものだよ』エンド。
通称『双子狂愛メリバエンド』だ。
この二人のルートに進んだ後、選択肢において双子の片方の好感度を上げていくことでさらにストーリーが分岐して各々のグッドエンドに進むわけだが、初見で一人だけを上げ続けることは難しい。
そして好きなように選択肢を選び、この二人の好感度に大した差もなくストーリーが進んでいくと、ある時二人の態度が一変する。
ヒロインが別の世界の人間だとバレるイベントだ。
そして監禁される。
正直に言おう。私はこのエンディングがものすごく好きだ。
大切なものを大事にしまっておきたがる幼さゆえの純粋さが、ヒロインに向けられて狂気に変わる。
もうあなたは僕達のものだからと容易く触れてくるディーと、意味はわからないが兄の真似をするダム。
二人から同時に愛される、たいへんに背徳極まりない展開だが、大きなベッドを用意して大人ぶるもこれに関しては二人ともまったく意味がわかっていないというシーンがあり、一部のお姉さま方と私が死んだ。
だが問いたい。いくら可愛い男の子とはいえ、現実に監禁されたいか?
答えは否だ。
この二人と知り合ったとき、あの可愛らしい双子! むしろゲームの時より幼くていい! と、つい可愛がってしまった。
後悔はしていない。嘘だ。このエンディングを思い出してからは「逃げてない逃げてない! お姉さんは忙しいの! 大人には色々あるのよ!」と煙に巻いて逃げる日々だ。
そろそろそれも限界に近付いている気がする。
頼むから滅多なことは考えないでほしい。
後ろ手にララを隠して逃げる隙を窺っていたが、目敏く新しい遊び相手を見つめた二人は、私を押しのけララに近付いた。
「姉ちゃん誰? エルザ姉ちゃんの友達?」
ディーは興味津々な様子だが、内気なダムは兄の後ろに隠れて顔を半分だけ覗かせている。ああもう可愛い。
「こら! この人はお城のお客様よ! ちょっかい出さないの!」と慌てて割り込むも、優しいララが「私は大丈夫ですから」と取りなしてしまう。
「こんにちは、ディー君、ダム君。私はララです。エルザさんはお友達じゃなくて、観光に付き合っていただいているの」
腰をかがめて双子に話しかけるララ。ああ、あんまり優しげに微笑まないほうが……。
「ふぅん。なら俺達も一緒に案内してやるよ!」
「結構よ! ララは城の大切なお客様なんだから、私が責任もって案内します。子供は子供と遊んできなさい!」
ララと親しくさせてなるものか。好感度が上がったらどうするんだ。
しっしと手で払うと二人が顔を見合わせて拗ねた、しかし悲しげな表情で見上げてきた。
「エルザ姉ちゃん、なんで俺達にそんなに冷たいんだよ。俺達が何かした?」
「僕達がなにかしたなら謝るから……嫌いにならないで、エルザおねえちゃん……」
「うっ……」
外見はとても可愛らしい二人の、そんな表情には心が痛む。ダムなんて目尻に涙が溜まっている。
思い返せば、今まで仲良くしてきたのに急に態度が変わったら、この子達も戸惑っただろう。
この二人は何もしていないのに、ゲームの知識だけで勝手に警戒して冷たく接しすぎたと反省する。
それにディーとダムが狂うきっかけは、大好きなヒロインが自分の世界に帰ってしまうことが嫌だからだ。
ならずっとこの世界で暮らす私には当てはまらないはず……。
本当に避けた理由はもちろん話せないけど、二人を傷つけたことをきちんと謝ろう。
「……二人ともごめんなさい。あなた達が嫌いになったなんてことはないのよ。ただ私は去年スペードの10になったでしょう? それで仕事がとても忙しくなっちゃったの」
これは本当だ。一般の兵隊のときとは違い机仕事は格段に増えて、その反面、市井の巡回警備の仕事が減っていて二人と会う機会がそもそも少なくなっていた。
ハンカチを取り出してダムの涙を優しく拭う。「本当?」と鼻声で聞く二人の頭をなでると、さらさらの髪が指の間を通って心地いい。
「本当よ。今日はダメだけど、別の日に一緒に遊びましょう。約束するわ」
「またすっぽかしたりしない?」
「しないわよ。二人は何かしたいことはある?」
約束を取り付けたからか、双子は先ほどと打って変わって嬉しそうに笑顔を見せる。
ころころと変わる表情がとても可愛い。
「買い物に行きたい! 付き合ってよ!」
「僕も、買いたいものがあるの」
「いいわね! なんだったら私がプレゼントするわ。今までのお詫び」
わぁ! と歓声をあげて抱きつく二人をぎゅっと抱きしめ返した。
本当に今まで悪いことをしてしまったな。これからは今までの分もたくさん可愛がってあげようと思う。
「それで、何が欲しいの?」
「「えっとねぇ……大きいベッド!」」
前言撤回。
ララの手を引いて、私はその場から全力で逃げ出した。
ありがとうございました。
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