31 ピュア系弟属性
今晩の夕食は、パンを二種にトマトのスープ。それに蒸した野菜と鶏肉に辛い味付けのソースを絡めたもの、マッシュポテトと挽肉のパイが付いてきた。
これに酒を飲むものやデザートをつけるものなどは、それぞれの兵士達の自由だ。
あの女性への食事は、見張りのものが交代ついでに運んでいる。
俺達の食事と同じものを、あの女性にも運ぶことになっているが……女性だから、デザートでもつけてやるかと、器に入ったレアチーズケーキを手に取り、我に返った。
おそらく他の者はデザートなど付けないだろう。それにあの女性はコニー殺害の容疑者だ。ここまでしてやる必要はないよな……?
いやでも……ずっと牢屋にいてはつまらないだろうし。ああ、それなら何か本でも持っていってやろう。
いや。それはバレたら問題になる。やめておこう。……まぁでも……デザートくらいは、許される、よな?
「グレン。何を唸ってる」
「うわっ、も、申し訳ございません!!」
デザートを手に悩んでいたら、先輩兵士に呆れ調子で声をかけられた。
その勢いで、デザートをトレーに乗せてしまった。
「……お前、さっき食事は済ませてなかったか?」
俺の手元を見た先輩に問われ「ああ、次は俺が見張り当番なので、スペードの10の食事を」と答える。
先輩はわずかに眉を潜め、声を落とした。
「……聞いてないのか? 食事は出すなとお達しが出てるぞ」
食事を、出すな…………?
「えっ、ど、どういうことですか? もしやもう牢から出すことが決まったので……?」
そのようなはずがないのに、口から馬鹿な言葉が飛び出す。牢から出すから食事はいらない、ではなく、食事を出すなと言われたのに。
「いや。上からの命令だ。強情を張って犯行を認めないから、だろうな」
頭が真っ白になる。
「自白させるために、弱らせるということですか……?」
「……声を落とせ。いいか、グレン。気持ちはわかるが、大人になれ。上官からの命令だと言っただろう」
そう言った先輩の眉間には深いシワが刻まれ、この人も、こんな命令は感心しないものだと思っているのだと悟った。
俺達にとって、上官といえば一人しかいない。
これは、ダイヤの10のソフィア様が出した命令だ。
普通、位をいただく方というのは、就かれる前から名の通った方ばかりだ。就任されれば、誰それ様が、遂に位に就かれたぞといった具合に城は大いに盛り上がるものだが、ソフィア様にはそう言った噂がまったくなかった。
ダイヤの10に、ソフィア様が就かれる。ソフィア様? 一体何をされていた方だ? とは噂になったが。
突然現れた可憐な美女、と、それなりには話題になったが、その就任の理由といえば──キングに見初められたから、ということらしかった。
とはいえ10は10であり、またその見た目から信奉する者も出て、今ではキングやクイーン、ジャックまでが彼女の虜だと言うのだから、俺からすれば正直気味の悪い話だった。
この先輩も、俺と同じくソフィア様からは一歩引いていたからこそ、この命令には不信感を持っているらしい。
だが、先輩は言った。「大人になれ」と。
上官に逆らえば、一兵卒など簡単に職を失うことになる。この先輩には奥さんと、まだ三歳にもならない子供がいたはずだし、俺も姉と一緒に両親を養っていたが、その姉が結婚して家を出たばかりだ。仕事を失うわけにはいかなかった。
わかったなと言い添えて、先輩は逃げるように去っていった。聞かなければ何の憂いもなく持っていけたのに。いや、きっと親切で伝えに来てくれたのだろうとは、もちろんわかっている。
静かにトレーを戻した。
その時に、パンを一つだけ、紙に包んだ。自分の夜食だ。夕食があれだけで足りるわけがないから。そう、自分に言い聞かせて。
地下牢へと向かえば、スペードの10がベッドで寝転び髪を弄んでいた。
まったくこちらには関心を向けてこない。昨晩ほんの少し話しただけの俺のことなんて、覚えていないのかもしれない。
それなら、どれほど良かったか。
同僚に交代を告げ、足音が十分に離れたところで、スペードの10はむくりと起き上がった。
「こんばんは、グレン君! ……こんばんは、よね?」
「き、気安く話しかけるなよ。俺はあんたの見張りなんだぞ」
顔いっぱいで喜びを見せて、スペードの10が鉄格子の前まで跳ねるように歩いてくる。床にぺたりと座り込み、微笑んだ。
「ならお話ししていれば、ちゃんと見張れていることにならない? 返事が返って来れば、ここにいるって証拠になるでしょう」
その言い分には言葉を詰まらせてしまった。
昨晩もそうだが、この人は妙に言葉がうまく、流される。
そもそも、この状況がよくない。
美しい虜囚と見張りの兵士、なんて、まるでラブロマンスのようだ。またこの女性があまりにも美しすぎるのだから、正直言って直視するのも照れくさい。
いやいや現実を見ろ、と自分に言い聞かせる。
よくよく見れば、数日もこんなところにいるせいで、いささか肌は薄汚れて……いや汚れていても滑らかで艶のある柔らかそうな肌ではあるが、暗い地下で蝋燭に照らされた薄いブルーの瞳は水晶玉のようでなんとも幻想的だし、髪も絹糸のようとはいかなくとも、笑うたびにさらりと流れる様が思わず指を伸ばして触りたくなるほど綺麗で──って違う!
思い出せ。この人には恋人がいただろう。
恋人同士が鉄格子ごしに触れ合い、愛を語らう。その姿はあまりに美しく、まるで一枚の絵のようで、どうしても目が離せなかった。あの姿こそ、まさにラブロマンスのようだった。
自室に戻った後、ああ、俺は悪役の方かと我に返って落ち込んだ。
だがこの女性の恋人ときたら。わずかな逢瀬の後、戻る際に肌に刺さるような感覚があって、目を向ければ、今にも射殺すぞと言わんばかりの鋭い視線が俺をまっすぐ刺していた。あれには全身が凍りつくような寒気が走った。
あの目が言っていた。『この人にこれ以上の不自由があれば、ただじゃおかない』と。
あんな目がただの男に出来るわけがない。あれはすでに、片手で効かない人数を殺っている男の目だった。
思い出して、ぶるりと身震いした。
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