その7
風馬一家が到着すると、大広間には一瞬、微妙な空気が流れた。
一家でハワイに行く予定だったはずなのに、それを変更して清流旅館に来た理由は何なのか。そこにいた全員が同じことを思っていた。
“何か起きる?”
「何だよ、涼一。そんな胡散臭そうに見るなよ」
風馬が笑うと涼一が咳払いする。
「ハワイじゃなかったのか?」
「私が行くのやめるって言ったら、パパもママも行かないって言うの」華音が言う。
「華音は何で行くのやめたんだ?」賢児が尋ねる。
「ハワイは行き返りが混み過ぎ。着くまでの疲れを癒すなんて効率悪いと思うの」
「そ、そうだな…」
近々、玲香と二人でハワイに行く予定の賢児は目を反らす。
「別にすごく大変なことが起きるわけじゃないから」
涼一に向かってにっこり笑う華音。
「今まで、華織おばさんにも、風馬にも、大変なことが起きるときに大変なことが起きると言われたためしはないよ」涼一が微笑み返す。
「とうさま。華音ちゃんは、“すごく”大変なことが起きるわけじゃないって言ってるのよ」
「紗由…」風馬が慌てる。
「懸念があるなら、皆で注意したほうがいいわ。“力”のあるなし関係なく」
「ま。一般人より“力”のある人間のほうが多いし、特段心配はしてない」涼一が言う。
「それに、この後、“力”のある人間がもっと増えるわ」紗由が言う。
「せやな。進子ちゃん一家、翼くん、奏子ちゃん、まりりん、大地くん、史緒ちゃん、咲耶ちゃん、充と恭介くん…」
「そんなに揃えて何するんだ?」
賢児が尋ねた時、華音がすっくと立ちあがり、部屋の外へ駆け出した。
「な、何?」
「悠斗くんが来たんだろ」
龍が言うと、一同は納得した様子で頷いた。
* * *
「悠ちゃん!」
玄関に走ってくる華音を、高橋進と、その妻・未那、息子の悠斗と大斗は、一斉に見つめた。
「皆さん、いらっしゃいませ!」
笑顔で皆に挨拶する華音。
「お出迎えありがとうございます。皆さまは大広間のほうですね」澪が微笑む。
「はい」
愛想のいい声で答えるものの、華音の視線はすでに悠斗しか捉えていない。
“1歳半の頃からブレがないな…” 進は心の中で苦笑した。
* * *
宴会も落ち着いてくると、翔太、風馬、龍、進の4人は隠し部屋で話し合いをしていた。
「なんや、おかしいな。侵入はしてきたり、近所で待ち伏せてたりするのに、排除した後の反応がないわ」
「気づくかどうか試してただけとか?」龍が言う。
「気づいて潰したのが紗由さまと華音さまですからね。それ以上の力を持つであろう“命”と“弐の位”の力を判断するには十分かと」
「元々“命”に関わっているなら、それくらいは承知しているはず。新参者登場ということか」
「青龍さまが今朝からお出かけなんや。ちいと気になるわ」
「きっと情報集めて戻ってくださるよ」笑う龍。
「せやな。まあ、今夜から明日で、もっと集まるさかい、そこで何が起こるかやな」
「わざわざ、能力者が多数集まる時に…というのが、やはり気になりますね」
「まあ、皆がフルパワーになるわけにもいかないしなあ。目立ったことをすればおおごとになって、また西園寺に苦情が来る」風馬が苦笑いする。
「その点を承知した上なのか…あるいはまったく別の狙いがあるのか…」
「進子ちゃんのカン、よう当たるからな」笑う翔太。
「いや…さっきから皆の驚く顔が浮かんで…」
難しい顔の進に龍が言う。
「それ、たぶん敵とは関係ないよ」チラッと風馬を見る龍。
「何だよ、龍」
「みんな今頃、デジャブを体験してると思うんだ」
「悠斗くんもか…」翔太が小さくため息を漏らした。
* * *
「今日は無理そうです」
清流旅館の前を通り過ぎた黒い車の中では、男性が膝の上のパソコン画面に向かって頭を下げていた。
「デハマタキチジツニ」
画面から聞こえてくる合成音の声。
「承知いたしました」
男は「TS」の文字が象られているパソコンをパタンと閉じた。
* * *




