その6
玲香はさらにまばたきを増やしながら言った。
「ん、もう、まーくん。ハワイがどうとか、小さなことにこだわる男子はモテナイわよ」
「真実っていうのは、小さなことの中に潜んでいるんだよ。涼一おじさんが、“科学の未来を語る”って番組で言ってたもん」
「涼一さんは、そんな次元の低い真実を究明するために、日々研究をされているわけじゃないわよ」
「じゃあ、そんな次元が低いごまかしをしたらダメよ、ママ」うんざりした顔で言う真琴。
「んもう。まこには、お土産買ってこない」口を尖らせる玲香。
「まあまあ」保が間に割って入る。「…よし、そうだ。今度2人が行きたいところに連れてってやるぞ。どこがいい?」
「僕は春休みにアメリカに2週間ホームステイしたいな。」身を乗り出す聖人。
「よし。私のほうで手配させよう」保が言う。
「そんな、お義父さま…」少し慌てる玲香。
「ありがとう、じいじ。僕ね、いろんなとこ視察してきて、帰ったら、じいじにも教えてあげるね」
うれしそうに笑う聖人の耳元で龍がつぶやく。
「おまえ、紗由よりおねだりが上手くなったな」
「じゃあ、ちょっと詳しい相談でもするか」
保は聖人の傍にやって来くるとささやいた。
「最初から、これが目的か?」
「政治家の目で見ると、やっぱりそうなる?」聖人はにこにこしながら答えた。「でも、本番はこれからだよ、じいじ。一番おいしいところは、まこが持っていくって、決まってるんだ」
「まだ先があるのか…」
聖人の言葉に保が真琴のほうを見ると、ニッコリ笑ってピースする真琴の姿が見えた。
* * *
翔太と紗由が大広間に戻ると、宴はたけなわという様相を呈していた。
「こっちにこい、翔太!」機嫌良さそうに賢児が大声で呼ぶ。
「まあ、せっかくだから、この機会に2人の結婚話を進めてはどうかという話になってな」うれしそうな保。
「まあ、そういうことなわけだが」少々強張った顔で涼一も認める。
「紗由ちゃんのこと、大事にするのよ」玲香が子供を諭すような言い方をする。
「お認めをいただき、ありがとうございます」
西園寺家の人々に頭を下げる光彦。横にいる鈴音と飛呂之と弥生も深々と頭を下げる。
「あの…」
いつの間にか、婚約どころか、話は結婚まで進んでいて、何が何だかわからない翔太が龍のほうを見ると、龍は舌を出しながら肩をすくめた。
「おまえたち、もうすぐ結婚するみたいだよ」
「は?」
「わーい。…じゃあ、翔ちゃん。他の女の子たちは、私が卒業するまでには整理しておいてね」微笑む紗由。
「え?」驚いたように紗由を見る翔太。
「整理しておいてね」念を押すように、紗由がじっと翔太の目を見つめる。
「は、はい」
翔太の額から、途端に汗が滝のように流れ出した。
* * *
風馬一家は駅から徒歩10分の道のりを、それぞれにスーツケースを引きながら歩いていた。
「ねえ、パパ。何でうちの車降りて、わざわざ歩くの?」昇生が不服そうに言う。
「お正月は食べてばかりだからな。運動も必要だ」
「あーくん、早く行きましょう。おばあさまがお待ちかねよ」華音が、弟のぶんのスーツケースも引いて走り出す。
「おねえちゃん、待ってよ!」
「確かに…お義母さまはお待ちかねのようだわ」澪が言う。
「母さんが飛ばした“蝶”が3つに分かれたな。忍び込んだのは元“禊”の奴らだけではなかったようだな」
「お正月くらい、ゆっくり休みたいわ。石もたくさん持ってきたから、重くて重くて…」澪がちらっと風馬を見る。
「すまない。かあさんが翔太くんと紗由に新しい石をと言うもんだから…」
「こちら側から読みづらいってことは、向こうもかなり慎重に事を運んでいるのよね」
「ノーマークの二人に頑張ってもらうか」
風馬は先へ走っていく華音と昇生の後姿を見つめた。
* * *
昇生は、いったん華音を追い越してから、ふと、沿道に目をやり、足を止めた。
「バラ…こんな時期に咲くんだ…」
昇生が手を伸ばすと、華音がその手を握った。
バラのとげに自らの手の甲を押し付ける華音。
「おねえちゃん…血が…!」
「大丈夫よ」ニッコリ笑う華音。
「でも…」
「パパやおばあさまと一緒の時は、野の花に手を触れてはダメよ」
「おねえちゃん…?」
華音は野ばらを一瞥し、小さな声で“さよなら”と囁いた。
二人の背後で枯れ始める野ばら。
「さ、行きましょう」
華音は再び、二つのスーツケースを引き始めた。
* * *




