その5
大広間では、聖人が演説を始めていた。
「いいですか、皆さん」聖人が険しい目つきで周囲を見回す。
「翔にいは、うちのパパみたいな能天気なカップルの片割れとは違うんです! こんなことをしたいのも我慢して、紗由ねえの、されるがままになってるんです。これは、ある意味、拷問とも言える行為ではないでしょうか!」
「確かに」うなずく龍。
「それを理性でこらえて、紗由ねえを守り続けるという、この姿勢、これこそが、西園寺家の娘を嫁にする者としての、正しいあり方なのではないでしょうか!」
「そうだよな」賢児もうなずく。「能天気なカップルは余計だけど…」
「そして、両家の今後の繁栄のためにも、2人の行く末を暖かく見守ることが、両家のなすべきことなのであります!」
「いけいけ、まーくん!」真琴が叫ぶ。
「いいぞ! 聖人!」うれしそうな龍。
「翔にいは、今後も紗由ねえを守っていくことでしょう。そして、皆さんのご協力が、2人の幸せな将来には必要なのであります!」
「そのとおり!」保が拍手する。「すごいな、おまえ、演説上手だな」
「じいじの街頭演説ビデオとか、国会答弁ビデオを何度も見てるもん」
いつもどおりの、おっとりした口調に戻る聖人。
「まーくんはね、こう見えて勉強家なの」兄をフォローする真琴。
「やばいな。後継者は聖人にするとか言いそうだよ、じいじは」龍が苦笑する。
「えー、それでですね。僕は解決策を考えました。否定のための否定ではなく、建設的な提案が、今の日本…いえ、両家には求められていると思います!」
にこにこと拳を振り上げる聖人に、賢児が恐る恐る聞く。
「駆け落ちしろとか言わないよな?」
「パパ。それ、解決になってない」冷たい目で賢児を見上げる真琴。
「僕からの提案は3つあります! ひとつ! 鈴音おばちゃんが、紗由ねえをおかみとして教育する。ふたつ! 鈴音おばちゃんが、もう一人子供を産む。みっつ! 鈴音おばちゃんが、あと40年おかみを続ける。この3つのうちのどれかが実現すれば、今回の問題はすべて解決するのであります!」
「子供はちょっと…もう、年だし」うつむく鈴音。
「大丈夫だよ。おばちゃん、35くらいにしか見えないもん」
「やあね、まーくんてば」満面の笑みを浮かべる46歳の鈴音。
「40年おかみを続けたら、多分、日本最高齢だろうなあ」光彦が苦笑いする。
「見た目が65なら、全然平気でしょ?」かなりのサバを読みつつ、光彦をにらみつける鈴音。
「40年後なら、翔にいの娘に、おかみをさせればいいんです。何なら、僕のお嫁さんとか、僕の娘でもかまいません。最高齢のおかみの後継者として、最年少のおかみを公募してもかまわないではありませんか!」
聖人がこぶしに力を入れる。
「聖人は本当に頭がいいな」
うれしそうに聖人を見つめるのは華織の夫の躍太郎だ。
「40年と言ったら、あなたくらいの歳だもの、十分現役よね」
83歳にして、今も黒亀亭の主人を務める躍太郎を見て微笑む華織。
「そうだ! おばあさまが黒亀と清流のおかみを兼務でもいいんじゃない」
ものすごい発見をしたかのように喜ぶ真琴。
「年寄りをこきつかうなよ」龍が言う。
「聖人、おまえの嫁さんをおかみにしたら、うちの跡取りはどうなるんだ?」賢児が聞く。
「まこにお婿さんもらえば? でなかったら、僕たちの弟か妹、作ればいいでしょ」珍しく、冷たい口調で言う聖人。「知ってるんだからね。わざわざ僕とまこの合宿中を狙って、2人だけでハワイ旅行しようとしてるの」
「あ、あら、まーくんやまこちゃんは、パパやママと旅行したいの? 今どき中学生がそんなの嫌かと思って、遠慮してたのよ」
もっともらしいことを言う玲香だが、まばたきの回数が増えているのは内心焦っている証拠だ。
「ハワイだったら、いちゃいちゃしてばっかりの親とでも一緒に行きたいよ、ママ」
「すぐに二人の世界に入っちゃう親とでも行きたい」真琴も頷く。
「ところで、どうして、わかったんだ?」
賢児がおそるおそる聞くと、聖人は小さく溜め息をついた。
「パパが何度も合宿の日程を確認するし、ママが毎日夕飯作りながら“アロハ・オエ”を歌ってるからだよ」
「あら、やだ」玲香は頬を染めた。
* * *
「ぶれないなあ、賢ちゃんと玲ちゃんは…」
辺りの様子をチェックしながらため息をつく翔太。
「まあ、あの二人が別のことに集中していて、妙な感を働かさないほうが、こちらとしては、いろいろ探りやすくて助かるわ」
「特殊能力がないぶん、ガチで調べにかかるからな」
“パパとママの気は引いておくから、大丈夫だよ”
“あら、まーくん。ありがと”
“涼一おじさんの気も引いておくから、大丈夫”
“…まこちゃん、ありがと”
「ねえ、翔ちゃん。あれじゃない? 正門の横の松の木の下」
「ああ…何か動いとるな」
走り寄る二人。
「あの夢、私のことだったのね」
そう言いながら、無表情に草履で思い切り踏みつぶす紗由。
「おい。草履が痛むやろ」
「壊れちゃったかも…お姫様だっこでいいよ」
「両方脱いで足袋で走れや」
「んもう。つれないんだから」
口をとがらせながら、紗由が壊れたメカゴキブリをティッシュに包んで袂に入れる。
「…すごいピカピカや」
「え? このゴキブリが?」
「ちゃう。駅方面から、風馬さん御一行がおいでや」
「華音ちゃん、ハワイに行くって言ってたのに…」
「風馬さん、澪ちゃん、華音ちゃんが来るゆうことは、何やあるんやろな」
「翔ちゃん。あーくんのこと忘れてる!」
あーくんというのは、華音の二つ下の弟、昇生だ。
「…すまん。すんごいピカピカ3つしか目に入らんかったわ」
「でもねえ、すごい華道コンクールで小学生初の優勝したみたいよ、あーくん」
「そりゃ、すごいな」
「おばあさまの“蝶”みたいなの、お花で作れるといいのにね」
紗由と翔太は、この先起こるであろう何かに思いを馳せた。
* * *




