その4
大広間と庭続きの中庭の一角。
翔太が不機嫌そうに紗由に言う。
「おまえ、何考えとるんや。涼一はんに心配かけたら、あかんやろ」
「紗由は、翔ちゃんのお嫁さんになって、清流のおかみになりたいの!」
「おまえは、ええとこ嫁行けば、安穏に暮らせるやないか」
「私の幸せを勝手に決めないで!」
紗由は、自分の唇を翔太の唇に強く押し付けた。
「決めちゃだめ…」
「紗由…」
“お取込み中、ごめんよ”
「龍!」
「にいさま!…んもう、とうさまより邪魔くさいんだから!」
“聞こえてるけど”
龍の思念に、ペロッと舌を出す紗由。
“どないしたん?”
“その辺は何か感じないか?”
“…あ…正門のほうで動いてるやつ、ぴかぴかがおかしいわ”
“おばあさまが“蝶”に追跡させた。他にも何かいるかもしれない。注意して”
“わかった”
「広間に戻るで」
「…ぐるっと一周してからにしましょ。夢に変なものが出てきたから、ゴキブリホイホイ的なもの、何か所かに置いてあるの」
「変な夢?」
「おばあさまの“蝶”のような役目だと思うんだけど…ゴキブリみたいなカメラ付きメカが出てきて、部屋で探し物をしてたの」
「何探してたんや」
「そこまではわからない。でも、誰かに踏んづけられて壊れてた」
「…わかった。チェックしてから戻ろ」
翔太と紗由は、辺りに注意を払いながら奥の部屋へと向かった。
* * *
「あんなによく尽くしている奥様がいらっしゃるのに…」
これ以上、低い声が出るのかと思うくらい低い声でつぶやく玲香。
「玲香、失礼でしょ、涼一さんに」
鈴音はそう言いながらも、心なしか唇の端がゆるんでいる。
「おじさん、ごめんなさい。僕が余計なこと言ったから」謝る聖人。
「おじさん、ごめんなさい。私が本当のこと言ったから」謝る真琴。
「まあ、別にここは、兄貴の追及審議会じゃないからさ。玲香も、…な?」
「じゃあ、翔太の追求審議会なんですか?」
「玲香、いい加減にしろ」玲香の父・飛呂之が叱る。
「あ。お義父さん。この場合の、いい加減というのは、万事OKの加減ですよね。だったら、玲香は“いい加減”にしてますから。
要は、昔の話ではありますが、兄貴のあんなこんなを反面教師として、翔太の誠意を認め、二人の結婚も認めればいいのです!」
うっかり立ち上がってしまった賢児を、皆が見上げる。
「ちょ、ちょっと、賢児」さらに焦った顔で言う涼一。
「パパ、かっこいい!」
拍手する聖人と真琴。それを応援するかのように、龍も拍手する。周子と玲香も続いて拍手する。
「いや、あの…」涼一がうつむく。
「申し訳ございません!」翔太の父・光彦が、畳に擦り付けんばかりに頭を下げた。「翔太が分をわきまえずに、本当に申し訳ございません!」
「いや、光彦さん、そういう話ではありませんよ。翔太くんには、紗由だけでなく、うちの人間はいつもよくしてもらっています。みんな、翔太くんのことが大好きですから」
保が清流の人間を見回して微笑む。
「いえ、でも、翔太の対応が至らないばかりに…」鈴音も一緒に頭を下げる。
「よく言って聞かせますので、ご容赦くださいませ」
続いて翔太の祖母・弥生が頭を下げ、最後は飛呂之が正座しなおして頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
「私は頭は下げません!」賢児の横で玲香が立ち上がる。「確かに、紗由ちゃんをいただくには、清流では分不相応かもしれません。でも、翔太は、どこに出しても恥ずかしくない子です。
紗由ちゃんのことだって、小さい頃から、彼のできる範囲で一生懸命見守ってきました。翔太は、ただ本当に紗由ちゃんのことが…」
ぽろぽろと泣き出す玲香を、賢児がそっと抱きしめる。
「大丈夫。翔太のことを、誰も責めてないよ」
確かに賢児の言うとおりで、誰も翔太に文句を付けているわけでもなければ、二人の交際に反対しているわけでもない。
さらに言うなら、翔太の気持ちをきちんと確認したわけでもなかったのだが、玲香の追い込み方によって、その場の雰囲気は、すぐに二人の結婚を認めなければ悪であるかのような状況になりかけていた。
「賢児さま…」
賢児が玲香の頬を両手で包み、口付けようとしたとき、聖人と真琴が立ち上がった。
「ここでしちゃ、だめ!」
「す、すみません…」
賢治は慌てて玲香の顔から手を離した。
* * *
賢児と玲香がバカップルぶりを披露していた頃、翔太と紗由は、通称“隠し部屋”にいた。
“命”の修行場である“宿”の一番奥にある部屋。
その立場上、狙われることもある“命”に危険が迫った時に、その外に逃がすための仕掛けがなされている部屋だ。
「羽童さまが…!」
床に落ちている羽童に駆け寄る紗由。
「童さま! どないなさりました1」
翔太が羽童を両手でそっと救い上げる。
「心配ない。ちょっとダイブしただけじゃ」
「ダイブ…?」
翔太が、羽童の落ちていた場所を見ると、銀色のゴキブリがつぶれていた。
「これ、分析できるのかしら」
「“命”さまのところに持っていこう」
「あ…分析以前の問題かも。こいつの親分て…」
紗由は眉間にしわを寄せながら、ゴキブリの死骸をハンカチに包んだ。
* * *




