その26
翔太の母・鈴音は、本日の来客、青蘭学園大学旅行サークルの面々への対応を頭の中で反芻していた。
翔太からの注文は、やや複雑ではあったが、清流旅館の女将として、そして息子と、未来の嫁のためにも、役割を果たさねばと思っていた。
「おかん、着いたでえ」
「おかえり、翔太」
玄関で、飛呂之、光彦らと共に座っていた鈴音は、一瞬、息子に目を向ける。
翔太はサッと横に身を反らし、旅行サークル一行が鈴音の視線に入る。
翔太の後ろにいたのは、副部長の坊城だ。
「ようこそ、おいでくださいました。当主の飛呂之でございます」
丁寧に頭を下げる飛呂之。それにすぐ続く鈴音と光彦。
「女将の鈴音でございます」
「板長の光彦でございます」
「みんな、しゃちこばらんでええわ。初メンバーは坊城さんだけや。そないに堅苦しい人やないて」
その言葉で、坊城が頭を下げる。
「坊城と申します。この度、サークルの人員がお世話になります。よろしくお願いいたします」
頭を上げて、鈴音が言う。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。…翔太からうかがっていた通りの、お美しいお嬢さまで…」
「翔太の言う“美しい”には“聡明な”の意味もあるからなあ」
飛呂之が言うと、光彦も続く。
「今回のミステリーツアーのコンダクターをなされるとか。息子が一番の頼りにしていると申しておりました。よろしくお願いいたします」
「そんな…」うれしそうに微笑む坊城。
「じゃ、みんな上がってや」
翔太に言われ、玄関を上がる一行。
鈴音が坊城の荷物を持ち、部屋へと案内していく。
その様子を見ながら、真里菜が紗由の耳元でささやく。
「さすがは名女将ね」
「勉強になります」
「部屋割り、どうなってるの?」奏子が尋ねる。
「私たち3人は一部屋。隠し部屋の手前の手前の部屋。史緒ちゃんと女史が同じ部屋で、別館のほう」
「女史のおばさまが九条家の夢宮だったわよね」
「そう。その、慶子さんのご主人の弾さんが、まーくんとまこちゃんの教育係」
「女史は、こちらの“お仕事”まったく知らないのかしら?」
「知ってたら、紗由ちゃんに怖い態度取れないでしょ」
「…実は知ってるみたい」ぼそりとつぶやく紗由。
「ええーっ!」びっくりする真里菜と奏子。
皆が驚いて振り向くと、紗由が愛想笑いを浮かべる。
「すみません。最近、3キロ太っちゃったって話をしてて」
「あれだけ食べて、よく3キロで済んでるよね」恭介が言う。
「えへへ」
少し歩を緩めて、皆と距離を開ける3人の話は続く。
「大物ねえ、ある意味」感心する真里菜。
「力は特に感じないけど…そういう人に知らせるって、何か目的があるのかしら」
「おばあさまの指示らしいわ」
「じゃあ、そのうち開いて、何かのお役目にってことなのかしらね」
「かもね」
「男性陣の部屋割りは?」真里菜が尋ねる。
「にいさまは翔ちゃんの部屋に泊まるって。大地くん、翼くん、充くんは隠し部屋の手前の部屋。恭介くんと、明日来る、その“お友達でツアー参加者の蒼也くん”は別館」
「ツアー参加者は20人くらいいるんでしょ。そちらはどこに?」奏子が尋ねる。
「別館その2にお泊りよ。世間で“出る”って噂の場所が窓から見えるの」
「恭介くん、邪神役上手にできるかしら…」心配そうな奏子。
「乗り移られる役でしょ。うんちくたれる邪神ていうのもねえ…何で龍くんは、恭介くんをご指名したのかしら」
「…恭介くんがちょうどいいって言ってたわ」ぼそりと言う紗由。
「つまり、参加者20人の中にいるであろう“黒也くんネオ”と、恭介くんとの絡みで何かが起きるってことかしらね」
真里菜が言うと、奏子がポケットから石を取り出して言った。
「そのようね」
「それを、私たちもそれぞれにフォローする」頷く真里菜。
3人は、充と喋りながら歩いて行く恭介の後姿を見つめた。
* * *
その少し前、清流旅館の向かい側にある丘の上では、一人の青年が、紗由たち一行が清流に入っていくのを眺めていた。
「ご到着か…」
青年は一人ずつ、顔と名前を頭の中で反芻していた。
龍の顔と名前を確認した瞬間、当の龍が振り返り、丘の上を見上げた。
「あ…」
龍は青年に微笑みかけ、言った。
“お手柔らかに”
* * *




